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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
4章
58/112

4-10 ランクB

 7月の半ば。

 ステータスを更新した俺は、心の中でガッツポーズした。


■錦曽良

Level:42 Rank:B

STR:70 DEX:600 AGI:55


「ぐふっ、ぐふふふふ……」


 おっと、失敬失敬。つい気持ち悪い笑い声が漏れてしまいましたぞ。

 このわたくし、錦曽良、とうとうランクBまで来ちゃいましたー!

 これすごくね!? エクスプローラーになって2ヶ月しか経ってないんだぜ!

 夏休み明けに印象が変わる女子並みのスピードだ。クラスの男子があらぬ妄想で嫉妬に狂っちまうぜ。

 ここ最近はバイトも行かず、フリーターに許された無限の時間をずっとダンジョン攻略に費やしていたのだ。

 陽花達と手近なダンジョンを片っ端から攻略し、寿命とステータスを大幅に向上させた。

 全ては、ヒカリヤダンジョンを攻略するための準備だ。

 そうだ。準備といえば、もう一つ大きな事がある。


「お待たせ」

「曽良さん! どう、でしたか?」

「おう。完璧に整ったぜ」


 ステータスカードを誇らしく掲げると、真琴が覗き込んで息を呑んだ。


「私のために……ありがとうございます……!」

「感動に浸るのはまだ早いよ。これは、スタートラインに立っただけだからな」

「でも……はい、ふふ、ありがとうございます、本当に」


 わずかに滲んだ涙を拭い、真琴が礼を述べた。

 すると、俺の頭に急に声が響いた。


『ケッ、なーにくだらねェ茶番やってんだクソども……。カスみてェな迷宮の主からカスみてェな力を奪って、何になるってんだァ?』


 俺の脅迫、もとい説得によって、サラマンダーは真琴と契約をする事になった。

 以来、俺と同じくダンジョン攻略のために力を貸さざるを得なくなっている。真琴に危険が及べば、サラマンダー自身も危険になるからだ。

 代わりに真琴が倒したモンスターの生命力はサラマンダーの力になる。ただし、俺とウンディーネのように寿命とトレードするような関係じゃない。真琴が差し出す対価は、自分の中にサラマンダーを住まわせる事。そして、四六時中この口の悪い野郎の愚痴を聞く事だ。


「うるせえぞ。ヒカリヤダンジョンの攻略までは大人しく力を貸す契約だろ」

『ハハッ、馬鹿かてめぇ。人間ごときが俺を縛ったつもりかァ? こっちはてめぇらを鉄火場に放り込んだ後で逃げたっていいんだぞ?』

「はっはっは、そりゃ、できねえだろ」


 ずいっと真琴の胸の辺りに顔を近づける。

 ウンディーネもそうだが、感覚的にこいつらは心臓辺りに住んでいるっぽいのだ。


「そ、曽良さん……?」

「お前が真琴から離れられない事は知ってるからな。一度契約したら、好き勝手にできねえのがお前らだろ」

『クッ……!』

『ほんとそういう下衆なセリフだけ板についてきたわよねえ』


 表情は見えないが、悔しそうなサラマンダーと呆れてるウンディーネがわかる。

 何とでも言え。俺が軽蔑されて真琴が助かるんなら万々歳だ。

 ウンディーネと違ってサラマンダーは力が落ちていない。だから、契約した真琴は絶大な力が得られる。

 俺の選択は正しかった……と思う。

 現にダンジョン攻略は格段に楽になった。俺と真琴、ウンディーネとサラマンダー。ダンジョン生命体の加護を得た者同士、普通のエクスプローラーには不可能な攻略ができる。

 市役所を出ると陽花が待っていた。

 何故かちょっとむくれている。待たせすぎただろうか。


「悪いな、待たせて。ジュースでも飲むか?」

「いらないっす……」

「なんだよ、ご機嫌斜めじゃんか。悪かったって」

「別に……」


 記者会見でイラつく大物女優みたいだぞ。

 やや気まずい空気を醸し出す陽花と、真琴も肩を並べて歩く。

 帰り道に何を話しかけても「うっす……」とか「そっすね」しか言わない陽花。一体どうしたってんだよほんと。

 そういやダンジョン攻略中も、たまーにこんな感じになっていた。このところ、急ピッチで攻略を進めすぎてさすがに疲れたんだろうか。

 いつも無理させてきたのは悪いと思う。ダンジョンの攻略が無事に済んだら、残った金で旅行でも行くか。

 それで機嫌を直してくれるかはわからないけれど、陽花にはどんだけ報いても返しきれない恩がある。

 そうこうしているうちに真琴とは別れた。が、陽花は何故か俺の家まで付いてきた。


「帰らないのか?」

「……別に」

「せめてキャッチボールはしてくれよ。仕方ねえな、茶でも飲んで休んでいけよ。ゲームも適当なやつやっていいぞ」

「……」


 おかしいな、いつもならここで食いつくんだけど。

 それとも馬鹿にされてると思って、逆に怒らせちまったか。


『女子の心がわからないの、あなた』

「はあ? お前は男女の前にダンジョンの生命体だろ……」

『ふーん、本当にわからないのね。まあ、そのうち痛い目見るわよ』

「おい、どういう事だよ。おい」


 ウンディーネは答えなくなった。


「今の、ウンディーネさんと話してたんすか?」

「ん? ああ。口うるさい奴だよほんと」


 冷蔵庫から取り出した麦茶とコップ、それからスナック菓子を開けた皿を持ってテーブルの前に座る陽花の所へ行き、目の前に置いてやった。

 麦茶を注いでいる間に陽花はスナックをつまんだ。

 普通に食べてくれる辺り、コミュニケーションを拒否してるわけではないらしい。


「ほら、暑い中待たせて悪かったよ。ぐっとやってくれ」

「…………」


 陽花がコップを掴み、一息で麦茶を呷る。


「ぷはっ」

「お、いい飲みっぷりだねお嬢さん。ほら、グラスが軽くなってるぞ。飲んで飲んで飲んで」


 テキトーなコールをしながら空のグラスに麦茶を注ぐ。すると陽花が飲むので、再び注いでやる。


「ぷっ……もう、いいっす。そんなに飲んだらおしっこ行きたくなっちゃうじゃないっすか」

「だから、はしたないから言い方考えなさいって。どうせ今さら俺達の仲だろ。行きたくなったら大小問わず行ってこいよ」

「センパイんち、トイレないから漏らすしか選択肢ないんすもん」

「お、そうだったな。近くの公衆トイレなんてもはやうちの一部と言っても過言じゃないんだぜ」


 くすくすと陽花が笑った。

 ようやく笑顔を見せてくれた事に、ひとまず安堵する。

 それからは他愛のない話に花を咲かせた。

 大学時代の事や、2人でよく行っていた安い居酒屋の思い出、親父さんが俺に会いたがっているという話。

 ダンジョンなんかに関わる前も、よくこうして俺の家に来てはくだらない話で暇を潰していた。

 年頃の男女が何やってんだと言われそうだが、もう妹みたいな陽花とは間違いは起きようがないので、彼女も俺の事を警戒せずにいてくれるのだと思う。

 こいつに男でもできた日にゃ、忙しい親父さんに代わって俺がジャッジを下してやりたいくらいだ。うちの陽花に、悪い虫は付かせたくない。


「はー、まったく、お前といると飽きないよ」

「……それ、どういう意味っすか?」

「言葉通りさ。ずっとこうして馬鹿やってたいくらいだぜ」


 陽花がどう思ってるかはわらかないけど、少なくとも俺はそう思う。

 これでめちゃくちゃ嫌われてたら嫌だな。ある日突然「センパイの話聞くの苦痛でしょうがなかったっす」とか言われて……それはマジで嫌だ!


「じゃあ、ずっとしましょうよ、馬鹿な話」

「おう、そうだな。さっさとダンジョン攻略して、真琴の家族助けて、そんでまた」

「マコ関係ないじゃないっすか」


 おっと……?

 陽花の語気が、少しだけ強くなった。

 え、もしかして喧嘩中……? 俺の知らないところで、気まずい事になってたり?


「センパイにとってボクって何なんすか?」

「は? えっと、後輩? 親友……仲間、かな?」

「……それだけ?」

「それ、だけ……だけど……」


 じり、と肌に圧を感じる。

 おかしい。陽花はこんな問答、してくる奴だったっけ?

 そりゃ、喧嘩した事がないわけじゃない。俺のせいで陽花を怒らせた事だって何度もある。

 けど、明らかに今、不機嫌になっている陽花は、一体どこからその憤りが湧いてきているのか判断がつかない。

 ここのところ何かあっただろうか。いつもどおり俺達3人で……。

 いつもどおり?

 まさか、真琴と一緒なのが気に食わないってのか?

 散々一緒に攻略してきといて、そうなるか?

 どう切り返したものか迷っていると、陽花は立ち上がった。

 そのまま出て行くかと思ったら、俺の隣まで来た。


「陽花……?」

「……あーもう、わかんない! わかんないっす!」

「な、何がだよ。俺の方がわかんねーんだけど」

「わかんないのがわかんないっす! わかってくれないのもわかんないっす!」

「落ち着いてくれって。な? 一回、座ってじっくり話を……!?」


 ぞくり。

 全身の産毛が総毛立つような不気味な気配。

 この感覚、少し前にも味わったぞ。

 燃えるアパート、燃えるウンディーネの泉、そして燃える真琴。

 フラッシュバックしてくるそれらが、今感じたものと同調する。

 すなわち『殺意』だ。

 いやいや、さすがに、ないだろ。

 陽花だぞ? なんだかんだ、心優しい女の子だぞ。

 しかも俺相手に、そんなマジな殺意なんて抱くはず……。

 違う。

 これは、俺相手の感情じゃない。何故か知らないけれど、その機微が俺には読み取れる。

 まるで掘った砂に流した水を見ているように、つらつらと、ある方向へその感情が流れるのが見える。

 その方向はなんとなくわかる。が、考えたくない。

 もしこの感情の行き着く先が最悪の回答だった場合、一体俺はどうすればいいんだ。

 陽花がごそごそとポケットをまさぐった。

 そこから出てきたのは、1本の万能包丁だ。

 見覚えがあると思ったら、俺の家の台所にあるやつじゃないか。確か流しに放置してあったはずだ。いつの間に取ってたんだ。


「センパイ。もう一度だけ聞いていいっすか」


 やめろって。

 こんなシリアスな空気、俺と陽花に似つかわしくないだろ!


「ボクってセンパイの何なんすか?」


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