4-2 RE:地下鉄車両ダンジョン
で、だ。
なんか良い雰囲気で別れようとして、ふと気が付く。
戻るってどうやって?
ここに来た方法もわかってないのに、任意の場所に戻る方法なんてもっとわかるわけがない。
そもそも日時の指定ってどうやんの? 配送オプション的な選択肢はどこにあんの?
もうほんとちょこっと戻りたいのに、10年20年、いやあるいはもっと前に戻っちゃったりしたらどうすんの?
そもそも戻った時にその世界の俺ってどうなんの!?
色々とわからないことだらけで、救いを求めるようにウンディーネ(美)さんを見た。
が、しかし、ウンディーネ(美)さんは「早く行かないのかな」とばかりの不思議そうな目でニコニコと見つめてくるばかり。
ヒントになりそうな情報は得られそうにない。
あれ? これもしかして、知らない俺が駄目なのかな?
おもむろに傍にあった水晶の塊を拾い、天へ掲げてみる。
「転移!」
シ――――――――ン。
壁に反響した俺の声が消える頃には、自分の馬鹿さ加減に対する後悔の言葉がレポート用紙200枚分くらいは綴られていた。
水晶の塊は見なかった事にして、今度は2メートルほどの水晶に登ってみる。ツルツルとしているが、出っ張りなどを利用して上手く登った。
ところで2メートルの高さから飛ぶのって案外勇気がいるんだよな。このくらいじゃ下手打っても捻挫くらいしかしないってのはわかりきってるし、そもそもここじゃ怪我は一切負わないわけなんだけど、それでも精神的なストッパーが掛かるというか。
俺を見上げるウンディーネ(美)さんに軽く手を挙げてから、「おりゃっ!」と声を上げて跳んだ。
ぐぎっ。
「ぐおおおお……! い、痛え、痛えよぉ……! 足が曲がってはいけない方向に曲がったぞ、今……。なのに全然動くの何でだ……!」
「あのう、何をされているのでしょうか」
「あ、お気になさらず! すぐ! すぐ出ていきますんで!」
「はあ……」
心配そうに覗き込んできたウンディーネ(美)さんに曖昧な笑みを送ってから、呼吸を落ち着け、水晶宮の果てを目指して駆け出す。
それはもう、全力の疾走だ。時間を超えるんならスピード、これはあらゆる映画でも基本だろ。
が、これまで体育でも『がんばりは見えます』な評価しかもらえなかった俺の脚では、時速88マイルどころかその辺の小学生に勝てるかも怪しかった。
ぜえはあと大きく肩で息をしていると、いつの間にか隣へ来ていたウンディーネ(美)さんが背中をさすってくれた。
優しい……。その優しさを、今のウンディーネ(駄)にも分けてやってほしい。
「大丈夫ですか?」
「へ、平気っす! 全然、マジで、はあ……5分休ませてください……」
他にも手段があるのかもしれないが、とりあえず休憩。疲れはしなくても心臓がバクバク鳴っていて耳にうるさいんだ。
その場に座り込む。隣に、ウンディーネ(美)さんが座った。
「もしかして、戻る手段を探されているのでしょうか」
「うっ…………はい……」
わからない事は人に訊く。失敗しないための常識を、あえてスルーしようとしたら格好いいどころか非常にダサい結果になってしまった。
大人しく教えを請う事にする。
「では、あなたが戻りたい瞬間を思い浮かべてください。強く、鮮明に思い浮かべるほど、ズレはなくなります」
「お、おう。ええと……」
俺の戻りたい時間。
それはもちろん、刺されて殺されるよりも前だ。あの瞬間に戻ったところで、真琴とエンカウントしてる以上は絶対に助からないし。
ステータス更新したり、退院する時も駄目だな。早く帰ったところで結局、真琴はあの力を持ってうちに来て、鉢合わせして殺されるかの違いしかない。
となるとさらに前。入院中、は論外。駅、も論外。ヒュドラに咬まれた後はとにかく全部論外。何もできないうちに事態が終わってしまってたからな。
ていうか今考えると、あの時真琴がヒュドラを倒したのも、サラマンダーとかいう奴の力か?
真琴は炎で焼くのが弱点って言ってたし、そうだと考えれば合点がいく。
やはりサラマンダーの力を手に入れるより前がいい。それでヒュドラを倒せれば万々歳だ。
具体的にそれがいつか、だが、いっそもっと前に戻ってみるか?
「では、そろそろ」
「ちょ、タンマタンマ! まだ回想終わってないから!」
こういうところは今のウンディーネと同じだわこの人!
ええい、どうする。戻りすぎるとなんか面倒だし、その間に余計な事してしまう可能性もあるし、ええと、戻るならもうちょい近い日時、でもヒュドラに負けたらその時点で俺が死ぬのは確定っぽくなって、ええと……!
「それでは、またお会いしましょう」
「待ってって!!」
俺の叫びも虚しく、ウンディーネ(美)さんが指を振ると水流が現れ、俺を押し流した。
これ覚えてるぞ。冷蔵庫の時のやつだ。
そうか、移動ってこうやるんだな。
……え? じゃあ、ウンディーネ(美)さんがやってくれなきゃそもそも移動できなかったじゃん。
何で俺がまだ居座るのに不思議そうな顔してたの。
妙な天然さに、俺の心は釈然としないままであった。
◆◇◆◇
「動くダンジョンっすよ!」
「………………へ?」
ジワジワと、虫の鳴く声がする。
いまいち利きの悪いエアコンが音を立て、床に寝そべったウンディーネがスナック菓子を齧っている。
「だあかあらあ、動く……」
「……地下鉄、か?」
「え? あ、うっす! それっす! ねえ行きましょうよセンパーイ」
慌ててスマホを確認すると、日付は真琴に殺される1日前。そして時間は、
「ダンジョンに入る前の昼……」
俺の呟きに、陽花も真琴も不思議そうな顔をした。
「センパイ、どこのダンジョンに入ったんすか?」
「曽良さん?」
うおっ。
真琴の顔を見て思わずびっくりしてしまった。
真琴も、何が何やらと目を丸くしている。
様子に変わったところはない。が、この甘いマスクの下で俺を殺す機会を虎視眈々と窺っているのだとしたら、めちゃくちゃ怖い。
「真琴……。サラマンダーって知ってるか」
「サラマンダー、ですか? 確か、パラケルススが提唱した四大精霊、火の精霊でしたよね」
「そうなの……?」
「私に聞かないでよ」
ポテチ食いながら面倒臭そうに返事するウンディーネ(駄)。
めちゃくちゃ腹立つが、このシリアスとはまったく無縁の空気感。
これは、まさか、マジで……!
「も、戻ったぁぁぁ――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」
思わず上げた歓喜の叫びに、隣の部屋から何やら乾いた音がしたのは言うまでもない。




