1-5 きつね蕎麦の王子様
翌日。
平日の昼間にぼんやりしてるのは普通なら抵抗感があるものなのだろうか。2年もフリーターやってると、どうもその感覚が鈍ってくる。
とはいえ別に、公園で鳩と語らってる訳でもなく、ある意味金よりも大切なものを得るために、俺は役所に来ていた。
「12番の方ー」
俺の番号が呼ばれ、どっこらしょと腰を上げる。
温和そうなおじさんの座るカウンターまで歩いて行くと、突き飛ばされるようにおばさんに横入りされた。
「何よ?」
「何って……」
俺の番なんですけど、と言おうとすると、じろりと睨まれてしまった。
番号札取ってるのに横入りって、生き急ぎ方が尋常じゃないな。
余命1ヶ月の俺ですら、ぼんやり12人分も並んでたのに。
なんなら今日はちょっぴり寝坊までしたんだぞ。この生き急がなさを見習って欲しい。なお、ウンディーネにはちくちくと小言を言われた。
「私はね、昨日は忙しかったの。本当は行こうとしてたんだけど、忙しかったのよ、家のこととかで。でもあなた、何? どうせ一攫千金狙って働かないとか、そういう人でしょ? 私、家のことがあるの。だから今日しかないの」
俺も刻一刻と目に見えて寿命が減ってるんで、早くしたいのは山々なんだけども。
我慢を覚えようぜ。俺くらいになるともはや、ちょっぴり寝坊してから優雅に朝飯食って来たんだ。
なお、ウンディーネには神器『アクア・ネビュラ』ですげーつつかれた。あいつの神器、孫の手くらい応用利くんじゃないか?
「あんたらなあ、どっちでもいいんで早くしてくれますかね」
見ると、カウンターのおじさんがイラついていた。ペンの尻で何度もカウンターを叩きながら貧乏揺すりで音を立てている。
いや外見と性格のギャップえげつないな。
癪だが、大人しく譲ろうかと思った時、
「ご婦人」
と涼やかな声がした。
振り返ると、男が立っていた。
一言で言えば、美形。二言で言えば、超美形。そんな形容が正しく思えるような人物だ。
中性的な顔立ちは女にも見えるが、なよなよとした感じではなく、まるで彫刻のように凛々しい。
王子様と呼んでも差し支えないだろう。
当然、おばさんは頬を赤らめて目を奪われていた。
「その方より先に受付をしても、講習はみんな同じ時間になりますよ」
「えっ、そうなの?」
知らんかったんかい。
おばさんがカウンターに確認すると、やはり苛立った声でおじさんが「ああそうですよ」と返した。
あんた一体、何をそんなに怒ってるんだ。
「素敵なご婦人。日々の生活で、心荒む時もあるでしょう。ですがどうか、心の美しさはそのままでいてください」
すっげえー歯の浮くセリフ。
口にしてるのが王子様じゃなきゃ、今すぐ歯医者行ってセメントで口ん中ガッチガチにしてもらうところだ。
王子様の説得でようやく納得したのか、おばさんはカウンターを俺に譲った。
おじさんはもはやイラつきを通り越して舌打ちしている。なんて短気な人間に遭う日なんだ今日は。
そんなでも仕事はきちんとしてくれた。申請用紙と料金を渡し、講習の時間を教えられ、再び待つ事になる。
途中、腹が減ったので食堂へ行くと、先ほどの王子様がトレーを持って立っていた。
こちらに気づき、ニコッと微笑まれる。
うっかり目覚めてしまいそうになるからやめてくれ。
会釈を返し、同じ列に並んだ。
「奇遇ですね」
「あ、あー、まあ。エクスプローラーの資格を取りに来たんで」
「私もです」
近寄るとやけに良い匂いがするもんだから、緊張して訳の分からない返しになってしまった。
背は俺より少し低い、170センチってところだろうか。
ただ、手足がめちゃくちゃ長いし顔も小さい。何頭身あるんだろうか。あるいはモデルなんかやってるのかもしれない。
どこかで見た覚えがないか記憶を探るも、当然のように俺のライブラリーには彼の顔はなかった。
そんで言葉遣いも丁寧で物腰も柔らかい。俺が女だったら危なかったぞ。
いや、今も危ないんだが。
もう抱かれてもいいかもしれない。
貞操くらいなら全然捧げられる。
「どうしてエクスプローラーの資格を取るのか聞いても構いませんか?」
「んーまあ、その、のっぴきならない事情があるというか、命の危機、的な」
「命の? それは、大変ですね」
「そっちはなんで? 事務所の方針とか?」
「事務所……? あ、いえ、私はそういう活動はしていなくて。ただ、お金が欲しいというのが率直な理由です」
「へえ……」
意外だ。
芸能人とかじゃないって部分じゃなく、動機が。
金稼ぎなんて粗っぽい理由、縁遠そうな雰囲気なのにな。
俺がまじまじと見ていると、王子様は照れ臭そうにふいと目を逸らした。
「あ、べ、別に軽蔑したとかじゃないっていうか、お金が欲しいって当たり前の事だと思うし、ただ結構ストレートに言うな、って」
しどろもどろになりながら弁解すると、王子様は「ふふ」と口に手を当てて笑った。
2人とも注文を受け取って空いている席に着く。
一つ一つの仕草も様になっていて、同性として悔しくなってきた。
見なよ。王子様の目の前に置かれたきつね蕎麦がまるで高級フレンチだぜ。
対する俺のカレーの品のなさと言ったら。カレーは美味いけどね!
「まだ名乗っていませんでしたね。私は穂浪真琴です」
「私は錦曽良です」
思わず口調を正してしまった。
穂浪さんにくすくすと笑われてしまう。
「穂浪さんは……」
「真琴、でいいですよ」
陽花が初対面で「陽花かひーちゃんかばななんって呼んでくださいっす!」と要求してきて一瞬で関係断絶を決意した事があったが、その時とは真逆の感情が湧いてしまう言葉だ。
全く不快感を抱かせないってすごいな。
「じゃあ、真琴さん。さっきお金が欲しいって言ってましたけど、エクスプローラーでなきゃいけない理由があったり?」
「そうですね……。何も持ってない私が、手っ取り早く稼ぐにはこれしかない、というか。まともに雇ってくれる所もありませんし」
言って、真琴は目を伏せた。
若いし、有能そうだし、引く手数多だと思うんだけどな。
それこそタレントにだってなれそうだ。
ただまあ、これ以上は詮索すべきじゃないだろうから、俺はそこで追求をやめた。
「逆に曽良さんは? 命の危機というのは一体……」
「俺は別に、フリーターとしてブラブラしてるだけなんですけども、家の一部がダンジョンになって、変な奴に因縁つけられて、余命1ヶ月って感じで……。まあそんなこんなで、ダンジョンに潜らなきゃならなくなった、ってやつです。ダンジョン攻略しないと、死ぬ」
ってやつ、と軽く言っておいてなんだが、言葉にすると訳が分からん。
俺が真琴の立場なら正気を疑って即、席を立つな。
「そう、ですか……」
ほら見ろちょっと引いてる。
その後はなんとなく気まずくなり、お互い無言で食事を続けた。




