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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
4章
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4-1 俺の物語

4章開始です。ストーリーがどんどん進んで行きますのでお楽しみに。

 眠い。

 体が鉛のように重く、身じろぎするのも億劫だ。

 たとえ朝が来て、絶世の美女に耳元で「おはよう」と囁かれたとしても目を覚まさない自信がある。

 そんなハプニングなら是非来てほしいものだけれど、三大欲求の中で睡眠欲がぶっちぎりの今は上手く受け止められそうにない。

 ただただ、ひたすらに寝ていたい。


「おはようございます」


 鈴を転がしたような綺麗な声がする。

 耳元で囁かれているのか、吐息がくすぐったい。

 それでも俺は惰眠を貪る事を選択した。


「おはようございま~す。起きてくださ~い」


 再びの声。どうやら声の主はどうしても俺を起こしたいらしい。

 そんなに起きてほしいんならそれなりの態度ってもんがあるよなあ~。

 俺も鬼じゃないからアレとかコレとかまでは要求しないけど、こう、ねえ? Aとかはあっていいんじゃあないかな?

 だって俺死んだんだしそのくらいの役得は……役得……死……。

 死んでね、俺?


「うわらぁぁぁっ!?」

「まあ、起き抜けにすごい声。ふふ、怖い夢でも見ましたか?」

「ばぁぁぁっ!! ……あれ? ここ、どこ?」


 ひんやりと無機質な水晶の宮殿。

 覚えがある。以前、冷蔵庫のダンジョンで海底に押し込まれた際に辿り着いた、ウンディーネ(美)さんのいる水晶宮だ。

 確か、死後の世界だとも言っていた。

 え、じゃあ俺、マジで死んだの?

 覚えているのは真っ赤な真琴に胸を剣で刺されるところまでだ。

 それ以降の記憶は綺麗サッパリ抜け落ちている。

 まさか救急搬送されてここに連れてこられたわけじゃないだろうから、考えたくはないけど、あれは夢でも何でもなかったって事じゃないか。

 胸を触ってみると、服が大きく破れていた。が、その下の皮膚には傷一つない。

 一応ズボンも脱いで脚の咬み跡を確認してみる。そちらも綺麗なものだった。


「ふふ、随分と大胆ですね。私、思わずドキドキしてしまいそうです」

「え? あ、ああー、すんません……」


 やべ、恥ずい。

 慌ててズボンを履き直し、改めてウンディーネ(美)さんを見る。

 うーむ、やっぱりあのウンディーネ(駄)と同一だとは思えない。


「俺、死んだんですか」

「はい。死にました」

「くっ、なんてあっさり……。元の場所に生きて戻るとかはできたり……」

「不可能です。肉体はもう死んでいますから、戻ったところで魂は定着しません」


 これまたあっさり絶望的な状況をお突き付けなさる。

 そうか、俺、死んだのか。

 死にたくない死にたくないと思って必死こいて戦ってたけど、死ぬ時はほんと、一瞬なんだなあ。


◆◇◆◇


 水晶宮の暮らしは意外なほど快適だった。

 腹も空かないし、眠くもならない。走り回れば息は切れるけど疲れもしない。

 どういう原理なのか、高いところからわざと飛び降りても痛いだけで、痣のひとつもできなかった。

 ここではもう、死ぬ事もできないようだ。

 別にイカれたわけじゃない。ただ、なんとか戻る方法がないか色々と試してみてるだけだ。

 その度にウンディーネ(美)さんは俺の手を取り目を見ながら、少しばかりお説教めいた言葉を言う。


「いけませんよ。いくらここでは傷つく事はないからと言って、いたずらに自身の体を弄ぶのは、死に対してとても不敬です。もうしないと、誓えますか?」

「誓いま~す」

「あ、その顔は次の悪い事を考えている顔ですね。では次は、私もきちんと怒ります。どんぴしゃです」

「だからそれ使い方間違えてますよ。こういう時は……えっと、激おこ?」

「げきおこ……ふふ、また、面白い響きの言葉ですね。ええ、では、激おこです」


 いやニッコリ微笑まれながら言われてもなんだが、ひたすら顔が良いのでよしとする。

 この調子で色んな言葉を教えたら可愛く誤用し続けてくれないかな。何もないこの世界では、ウンディーネ(美)さんだけが癒やしだ。

 そういえばこの世界には、人間は俺しかいない。

 1秒間に何千、何万と命が終わっていそうなのに、やたら閑散としているのだ。

 しばしぼんやりしていると、隣に座ったウンディーネ(美)さんが話しかけてきた。


「曽良さんの世界の事、もっと教えてくださいませんか?」

「いいけど、上手く話せるかな」


 そうして俺は、ウンディーネ(美)さんに、俺の知っている限りの現代知識を伝えた。

 と言っても政治や歴史なんて面白く語れる気はしないし、覚えている範囲で面白い部分だけ抜粋して、ほとんどはエンタメ方面の知識ばかりになってしまったが。

 それでもウンディーネ(美)さんは楽しく聞いてくれていたようだった。

 特に興味を示したのは、人間を描いた物語であるらしかった。


「やはり人間は、とても面白い生き物ですね。私では理解の及ばない事がたくさん。混沌としながらも、きちんと流れに沿った営みを紡ぐ貴方達はきっと、とても心の豊かな種なのでしょう」

「神様らしく、スケールのデカい言葉だなあ。そんなに言うほど、人間って良い奴ばかりじゃないぜ。中には悪人だって大勢いるし、みんな毎日笑ってるわけでもない。今だって、ダンジョンが現れて悲しい思いをしている人は大勢……」


 ダンジョン。

 ここにいる限り、もうあの忙しない日々は送らずに済むんだろうか。

 寿命が1ヶ月延びて一喜一憂したり、死ぬかもしれないと思いながらも陽花達と馬鹿話してみたり。

 間違いなく、気の休まらない大変な日々であった。

 ダンジョンよ、いい加減にしてくれ! と思う時だって何度もあった。

 うっかり小便しただけでなんでこんな仕打ちを受けなきゃならないんだと、天を呪いもした。

 それでもやっぱり、こうして離れてみて、もう戻れないのだと言われると。

 仕方ないかと割り切れるもんじゃないな。


「……曽良さん。死は恐ろしいですか?」

「……ああ。怖い。すごく」

「では、今は?」

「…………わからない」


 生きている時は死ぬのが怖かった。

 でも今はこうして、生きているっぽいのに明確に死んでいると言われて、曖昧っちゃ曖昧な状態で、死ぬのが怖いかどうかもわからない。

 ひとつハッキリした感情があるとすれば、これはたぶん、『後悔』といった類のものだ。

 真琴を助けてやれなかった。陽花を最後まで守ってやれなかった。アパートを燃やして静夏さんに迷惑を掛けてしまったし、ウンディーネの事も中途半端で終わってしまった。


「どうして死が恐ろしいのでしょう。どの生物も、当たり前にそれを受け入れているのに、貴方達、人間だけはそうじゃない。死を当たり前に受け入れられず、死を遠ざけようとする。どうしてでしょう?」

「そりゃ……自分がいなくなった後とかを想像するから……。いや、別にそうじゃないんだよな。たぶんみんな、死を知らないから怖いんだ。死んだらどうなるって、誰一人証明した人間がいないから、だから怖いんだ」


 知らないものに触れるのは怖い。

 結果がわからないものを、最初に試すのは勇気がいる。

 しかもありとあらゆるチャレンジとは違って、確実な片道切符なのだ。誰だって、受け入れるのは躊躇する。


「今、曽良さんは死を知りました。ご感想は如何ですか?」

「なんか、受け入れてるつもりで、その実どうしようもなく悔しいって感情しかないかな。未練ってやつかも」

「そう……。もし戻れるとすれば、貴方はそれを選びますか?」

「選べるなら、選びたいもんだ。でもそうは行かないんでしょう」


 どうせ俺の体はあの場の炎で灰になっているだろうし、戻っても胸の致命傷でまたここに帰ってくるのがオチだ。

 だからそれに関しては諦めるしかない。

 諦めるしかないのだとわかっていて……それでもなお、俺は拳を握ってしまっていた。

 諦められるわけあるか、馬鹿。

 まだやらなきゃいけない事が山ほど残ってる。

 死んだままで、満足できる事なんてひとつもない。

 だから本当に、戻りたい。戻らなきゃ駄目だ。


「私には、死が恐ろしいという感情はわかりません。けれども、私がこの世から消え、誰も私を思い出さなくなるのだとしたら、それは少し、寂しいです」

「……今のウンディーネが、そんな感じだ」

「新しい私の事、ですね。良くしてもらっているようで、何よりです」


 また『新しい私』というワードが出てきた。

 なんとなく推測はできる気がするんだが、今はそれも無意味だ。

 もう一度あいつに会う事があれば、記憶を取り戻す手がかりとして、話してやれるのにな。


「曽良さん。もう一度、死への恐怖を思い出す事になったとしても、貴方は再びの生を得たいですか」

「え?」

「次の死は本当に未知のものになるかもしれない。こんな都合の良い死は訪れないかもしれない。それ以上の苦しみがあるかもしれない……。そんな恐怖を抱えながら、今再びの生を得られるとすれば、貴方ならどうしますか?」


 それは、生き返れるという事だろうか。


「今から私が話すのは、貴方の思うような方法ではありません。残念ながら、貴方のいた世界は既に、運命が決定づけられてしまいました。もうそこに、貴方が干渉する事は決して不可能です。だけど……」


 ウンディーネ(美)さんが言いよどむ。

 まるで、言ってはならない事を明かそうか迷っているようだ。

 やや間を置いて、ようやくウンディーネ(美)さんは言葉を続けた。


「違う世界であれば、貴方は運命に干渉する事ができる」


 ちょっと待て、それって、何の話だ?

 違う世界ってなんだ。地球じゃないどこか?

 いや、そうじゃないのか。

 俺が干渉できる、干渉したがる意思を向けるであろう世界。

 『俺』が元いた世界とは違う世界。

 パラレルワールドの事を、彼女は言っているのか。


「行けるのか、そんな世界……!」

「以前もお伝えしましたが、ここは時間と空間の乱れる場所。そして数多存在する全ての世界の、全ての時間が交ざる場所なのです。上手くすれば、違う世界の望んだ時間へ、赴く事ができるかもしれない。そんな、可能性のお話です」


 絶対に成功するわけじゃない時間移動。いや、並行世界の移動になるのか?

 安全性が担保されていないからこそ、彼女は躊躇していたんだろうか。

 死ぬのは怖い。それは先が見えないから。

 この移動だって同じだ。誰も実証した奴なんていないし、それを試みた奴は全員漏れなく変人扱いが世の常だ。

 だからもし、失敗すれば、そのまま時空の彼方へ消える事だってあり得る。たまにSFモノでも見るやつだ。

 けれど、今なら。


「もしかすると、ウンディーネ(美)さんが俺の家に住んでる世界にも行けるかもしれないって事か」

「え? ああ、ふふ。前向きに解釈すれば、そうでもありますね」

「俄然燃えてきたじゃねえか! あのウンディーネ(駄)がごろ寝して俺が飯作るのを待ってるんじゃなく、ウンディーネ(美)さんなら満漢全席だってやってみせるぞ、俺は! うおお、目指しちまうかな、その世界!」

「それで良いのですか? 私は、ふふ、少し恥ずかしいけれど、嬉しいですが」

「もちろん超オールライト、これ以上ないくらいの正答だよ俺にとっちゃ! ……あーでもまあ、それは後になるかな。とりあえず、ウンディーネ(駄)を迎えに行ってやらんと」


 あいつ今頃、アパートで途方に暮れてるだろうし。生活能力皆無だからな、マジで。

 1人じゃ米も炊けないんだ、俺が世話してやらないとすぐ死ぬぞ。

 まったく難儀なダンジョン生命体だよ。


「つーわけなんで、戻りますわ。あいつのいる世界に」


 そう口にした俺を、ウンディーネ(美)さんは一瞬、目を伏せてから。


「はい。また、お会いしましょうね」


 微笑みと共に送り出してくれた。


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