3-14 ゲーム・オーバー
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3章は次回で終わります。
「う、おおおおおっ!? うちが燃えとるやんけ!!」
ごうごうと燃える木造アパート。
それは紛れもなく、昨日まで俺が住んでいた場所だ。
ジズの言葉で走って帰ってきた俺は、アパート前の道路で膝を着いて呆然としていた。
同じように隣では、静夏さんが呆然としている。揃って馬鹿みたいだが、マジで取り繕っている余裕もない。
何だこれ? 何で燃えてる?
まさかうちか? 火の不始末でもあったのか?
「曽良……」
「静夏さん、大丈夫ですか、って、大丈夫なわけはないんですが、とにかく一体何が……」
「わ、わかんない……。あたしも、あんたが怪我したって言うからジズちゃん達の様子を見に来たら、目の前でいきなりドカンと燃え上がって……」
目の前でドカン?
おいおい、まるで爆発でもしたみたいじゃねえの。
考えられるのはガス漏れくらいだ。ジズ達がふざけたのだとしても、爆発を起こせる奴は1匹もいない。
あるいは……。
「ロドリゴ、ちょっと……」
「ワット?」
「正直に言ってくれ……。しゅ、パイナップル的な物とか商品で扱ってないよな? お前は善良な野菜農家だもんな?」
「ノー! ソラさん、それはあまりにブレイ……。パイナップルみたいなのはすごくリスキー。買う人もイナイ。ワタシ、そんな物扱わない!」
「だよな!」
野菜もリスキーだと思うけど、この際悪の種が全て燃えてしまったのなら逆に社会的には良い事なのか。
いや、んなわけがない。家燃えてんだぞ。
『曽良』
俺の中で沈黙していたウンディーネが口を開いた。
昨夜は力を使いすぎて深く眠ってしまっていたらしい。
『何かがいる』
「え?」
言われて俺の部屋の方を見て、ぞわっと総毛立つ感覚があった。
いる。俺達に敵意を持った、何か邪悪なものが。
激しい敵意だ。殺意と言い換えてもいい。
どうしてそんなものが俺の部屋にいるのか、部屋の中で何やってるのかはどうでもいい。
そいつが部屋にいるのが、何かとてもまずい事のような気がした。
部屋には泉がある。ウンディーネの力の源でもある泉が。
ダンジョンは通常の人間には破壊できないから、単なる放火魔野郎なら何も恐れる心配はない。火が消えてから静夏さんにボコボコにぶちのめしてもらえばいい。
だがもし、もしも。
燃える炎の中でも平然としていられる、ダンジョンにまつわる力を持った何者かであれば。
例外的に、ダンジョンを壊す事だって可能なんじゃないか。
ミノタウロスが扉や壁を破壊した様を思い出し、身震いした。
泉を壊されればどうなる? ウンディーネは……俺は。
居ても立ってもいられず、俺は燃えるアパートの方へ駆けた。
「あっ、馬鹿、曽良!」
「センパイ!?」
当然消防隊員に止められそうになるが、同時に起こった小爆発が俺を止めようとした隊員を怯ませ、その隙に俺は炎へ飛び込んだ。
背後で悲鳴が上がっているのがわかる。が、ウンディーネの加護のおかげか、火は全く熱くなかった。
ていうか、危ねえ! ダンジョン外でステータス補正が効かないんだから、ウンディーネの能力だってダンジョンの外じゃ使えないかもしれないって考えてなかった!
ダンジョンを侮らないとか言っときながらこのザマかよ。
まあ、そんな事今はどうでもいい。
俺の部屋があったであろう場所へ行き、もう用を成していないドアから中に飛び込む。
「ゲホッ……!」
『吸っちゃ駄目! 有害な物に耐性はあるけれど、酸素が奪われるのはどうしようもないわよ』
慌てて身を低くする。先に言っといてくれよそういうの……。
思った通り、下手人の気配はトイレの中から濃く臭っていた。
吐き気がするほどに強い敵意だ。
未だかつて、人生の中でこんな意思を向けられた事がないから、困惑も非常に強い。
アクア・ネビュラを手の中に出し、ドアを破る。
石の階段も火に包まれていたので、慎重に姿勢を保ちながら下りていく。
程なくして、泉のある空間に出た俺は、燃え盛る炎の中に立つ人影を見つけた。
長い髪も肌も、炎を思わせる真っ赤な人型だ。
モンスターか? にしてはあまりにも人間に近いというか……。
その燃える人間がこちらへ向いた。顔が見え、思わずハッと息を呑む。
「え? ……は? おま、何してんの、真琴……」
足元には小さなジズ、ベヒモス、リヴァイアサン。
それぞれ、目も当てられないほどにボロボロにされている。早いところ手当をしてやらないと。
だがそれ以上に、俺は明らかに真琴の顔をしたその人物に、目を奪われていた。
「は、はは、おいおいおい……。そんな服も着ずに、行き過ぎた日焼けみたいなイメチェンまでして、うちに何しにきてんの? あっ、まさかこのダンジョンに何か金目の物がないかと思ってこっそり攻略しにきたな? 残念だったな、ここはマジで何もないぞ。いるのはそいつら地球外ペット3匹と、ほらそこの、牛の形した最高に趣味の悪い庭石しかなくて…………マジで、何やってんの、お前」
ビリビリと肌に刺さるほどの圧。
これには覚えがある。昨日、ダンジョンから搬送される時に駅から感じたものだ。
『……曽良さん』
随分とエコーの癖が強い声で、真琴が語りかけてきた。
『こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったんです。私は、私は、私は!』
「落ち着け、な? アパート燃やしたのはその、まあ弁償くらいはしてもらうけど、静夏さんも話の通じないバーサーカーじゃないから、事情を話せば9割9分殺しくらいで許してもらえるはずだから」
『私は助けたかっただけだ! 私は、助けたかっただけ! どうしても、助けたかったんだ!』
やべえ、話が通じてねえのは真琴の方だぞ。
どうにか落ち着かせないと、手に持った馬鹿でかい剣で斬りかかられたらステータスの差でひとたまりもない。
ていうか何なんだあの姿。なんか、ネプテューヌにも似てるけど……。
『サラマンダー……!』
俺の中のウンディーネが忌々しげな声を上げた。
『出てきなさい、サラマンダー! 真琴に何をしたの!?』
「さら……?」
『ヒャッハッハッハッハッ!!』
急に頭の中に声が響いてビビってしまった。
なんだこの品のない笑い声は。
『久しぶりだなァ、ウンディーネェ! いつぶりだ? あの7日間以来か?』
『……さあ』
『つれねーなあ。あんなに絡み合った中じゃねえか』
「えっ、お前あのサラマンダーとかいうのとそういう関係なん?」
『知らないわよ! 勝手に言っているだけでしょう、あんなの』
まあ、そりゃそうか。
記憶もない奴に元カレ登場はさすがにな……。
『いやいや、覚えといてくれよそこはァ。お前だろ? オレ達が必死こいて作った命の火を……まとめて押し流して滅ぼしたのはァ!!』
『っ!?』
滅ぼした……?
一体、何の話してんだこいつは。
話が突飛すぎてわけがわからない。
『ぶっ殺して力を奪ってやろうと思ったら、そんな人間に飼われてるなんて驚きだぜェ。見たとこ、力も共有してんのかァ。プッ、だっせ』
おい、こいつから殴っていいのか。
なんか無性に腹立つぞこいつ!
いきなり人様の家燃やしといて勝手抜かしやがって。
こうなりゃフリーター様のマジな怒りの鉄拳で、社会の厳しさとか不条理とか礼儀とか、なんかもう色々な物を叩き込んでやるべきだな。
てめえに明日を生きる資格はねえ。
『曽良、逃げて』
「おう、任せとけボコボコに……なんて?」
『逃げて。お願い。今まで戦ってきた相手なんて、レベルが違う。格上だとか、そんな次元の話ですらない。今度こそ、殺される』
縋るような声に冷や汗が流れた。
こいつが同じような事言ってたのは過去にもあったけど、その時はなんだかんだ乗り越えられた。
でも今回は、それどころじゃないシリアスな声色で、言うなればウンディーネ本人も「死にたくない」と口にするかのようで。
思わず、後退ってしまった。
その瞬間、
「なっ……!」
『ふっ……!』
たったの1歩で肉薄されている。
真琴が大剣を逆袈裟に振るのを、辛うじて突き出したアクア・ネビュラで防御した。
体が吹き飛ばされ、土の地面を転がる。
今の一撃を食らっただけで、もう手に力が入らなかった。
俺が病み上がりである事を除いたとしても、異常なまでのパワー。たとえ真琴の高いステータス補正でもこんなもんは発揮できない。
この馬鹿力には覚えがある。やはり、ネプテューヌと同じ力に違いなかった。
だとすればサラマンダーとかいうのはウンディーネと同じ存在なのか?
いや、今はそんな事どうだっていい。
立て。立たなきゃ殺される。
「あ、が……」
『……』
いつの間にか隣に立っていた真琴に、心の底から恐怖がこみ上げてくる。
なんなんだよ。一体、なんだってんだよ。
つい昨日まで、殺し合う仲じゃなかっただろ俺達。
そりゃ俺は年長者のくせにたっぷり迷惑も掛けたし、いつも申し訳ないと思いながらダンジョンに付き合ってもらってたよ。
金が欲しいって言う真琴の助けにはなれなかった事は間違いない。
それでも、本気で殺すほどの事なのか?
陽花とじゃれて笑ってたお前は、ヒュドラから俺を助けてくれたお前は、実は俺の事、殺したいほどに憎んでたのか?
この状況に、答えが欲しい。
何が起こったのか、どうしてこんな事をしているのか。
さっき真琴が叫んでいた「助ける」という言葉。あれが、何か関係しているのか。
けれどそんな答えは、当然のように得られる事はなく。
「ぐ、ああ……っ」
真琴に首を掴まれ片手で軽々持ち上げられる。
アクア・ネビュラは、とっくに地面に転がっている。手の中に呼び戻したところで握っていられない。
脚の傷がズキズキ痛む。たとえ逃れられたとしても走れるかどうか。
走ったところで、こいつが外に出れば、静夏さん達が危ない。
絶体絶命の大ピンチ。
鼻血1本のアイデアすら出ない。
万策は、尽きた。
「真琴……!」
もうどうしようもなくなって、俺はほとんど無意識に言葉を発していた。
「すま、ん……お、れは……お前の、事……助け、ら、れ……」
そんな、無様な謝罪の言葉を言い終える前に。
俺の胸を、燃える大剣が貫いた。




