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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
3章
45/112

3-12 サラマンダー

「陽花――――――――!!」


 急いで立ち上がってアクア・ネビュラで首を薙ぎ払う。

 2本とも綺麗に切断され、陽花の体が地面に転がった。

 駆け寄り、抱き起こす。様子を見ようとした瞬間、俺は信じられないものを目にした。

 ヒュドラの傷口の細胞が盛り上がり、2本の首が生えてきたのだ。

 いや、2本どころか、他の首も再生し始めている。

 そういえば真琴が言っていた。警戒すべき能力は「毒と再生」だと。

 俺は馬鹿か! どうしてそんな事見落としてんだよ!?

 ともかく距離を取らなければならない。

 陽花を抱きかかえ、階段の上へ走ろうとした。だが、脚がもつれて転んでしまう。


「ぐっ、は……!?」

『限界よ! 毒が回り始めてる!』

「ここでかよ……!」


 ぐったりとしている陽花は、唇も紫になっており、どう見たって正常じゃない。

 このままだと速攻で死ぬ。それだけはわかる。


「真琴、陽花連れて、逃げろ……! それから、病院に……!」

「そんな、駄目です! 曽良さん!」

「いいから行け! 俺は全然余裕だから、マジで。こんなもんな、消費期限切れの牛乳飲んだ時のピンチに比べりゃ、屁でもねえ……!」


 ヤバい、目眩がしてきた。

 まともに立ってるのもキツい。

 毒は抑えている時は感じないのに、少しでも回ると激烈に効果を発揮するらしい。

 俺でこれなら、陽花はどうなる? まさかもう、死……。


「さっさと行けっつってんだよ馬鹿! 年長者の言う事は聞け!!」


 一瞬びくりと身を強張らせた真琴は、俺と陽花を比べるように見てから、陽花を抱き上げて走って行った。

 よし、これでいい。

 後はネプテューヌでも何でも使って、こいつを倒せば解決するはずだ。

 【麻痺】がステータス異常を与えてきた蛇を倒す事で解けるんだから、きっとこの毒だって同じもののはず。

 陽花が死ぬ前にこいつを倒せばいい。それだけの話だ。

 心臓目掛けてアクア・ネビュラを突こうとして、急に手に力が入らなくなり、俺は崩折れた。


「あ……?」

『曽良!!』


 ちくしょう、ここまでか……。


『曽良――!!』


◆◇◆◇


 轍の続く道を真琴はひたすら走っていた。

 方向はこちらで合っているはずなのに、来た時よりもずっと長く感じてしまう。

 腕の中の陽花はどんどん呼吸が弱くなっていく。まだ耐えられているのは、高めのステータスのおかげか。

 こんなはずではなかった。所詮、フリーで入れるダンジョンなどどうという事もないと思っていた。

 なのに現実は、自分はほとんど何もできないまま、友人が死にかけている。

 それを自覚すると、真琴の目から自然と熱い物がこぼれ落ちた。


「くそっ、くそぉっ……! どうして、どうして……!」


 ずる、ずる。

 音が聞こえてくる。今しがた来た道から、大きな物が這う音が。

 今さらながら地面を見て気付いたが、この轍はおそらく、ヒュドラの蛇腹が付けたものだ。

 線路の跡などではない。つまりここは最初から、奴の巣だったのだ。

 曽良はもうやられてしまったのだろうか。

 だとしても、自分だけでも逃げなければならない。

 何故なら大切な友人の命が……。


 ――ホントーにそうかぁ?


 不意に、いつか聞いた気がする声が響いた。

 ヒュドラの口が開かれ、稲妻が放出される。

 跳んで躱すが、背負っていたリュックを掠めてしまった。

 リュックに火が点いたので脱ぎ捨てる。


 ――死にたくないって感情の炎は、友達なんてくだらない物を種に燃えてんじゃねえ。お前を本当に燃やす物は何だ?


 声がする。

 挑発的な、けれど胸の奥から何かをこみ上げさせるような、声がする。

 声が問うてくる言葉に、真琴は、


「家族を、助ける」


 はっきりとそう答えた。

 瞬間、リュックの炎がより一層に燃え上がり、確かにその中に見えたのだ。

 何かの部屋……祭壇のような物、そしてその前に佇む、黒い肌の男が。


 ――いいぜ、よく言えた。


 そして真琴は、陽花を地面へ下ろし、


 ――今日からオレとお前は一心同体だ。せいぜい燃え尽きないよう、気をつけな。


 全身を燃え上がらせた。


◆◇◆◇


「……らさん……」


 誰かが揺さぶっている。

 ズキズキとした痛みが、段々と意識を覚醒させてくる。


「そら……ん……」


 ゆっくり目を開けると、真琴が覗き込んでいた。

 あれ、ここって、ホーム……?

 そうか俺、ヒュドラの毒にやられて倒れたんだった。

 馬鹿、真琴の奴、何で戻って来て……ん?


「気が付きましたか。大丈夫、ここはダンジョンの外ですよ」

「え…………あっ、ひ、陽花は!?」

「それも、大丈夫。今さっき救急隊に運ばれていきました。毒は消えて元気だったんですが、咬み傷もあったので」

「そうか……。消えたって事は、ダンジョンは」


 周囲はざわざわと騒がしい。野次馬の中には俺を撮影している者もいて、シンプルに不愉快だ。

 だが、どうも倒れた人間が物珍しくて見てるだけじゃなく、漏れ聞こえてくる言葉を拾うと、ダンジョンが消えた事がわかった。


「お前が倒したのか……?」


 俺の問いに、真琴が静かに頷く。

 すっげえな。毒も再生能力もある上に稲妻まで吐いてくるとんでもないモンスター相手に、よく死にかけの陽花抱えて戦えたな。

 やっぱ高ステータスは違うんだな。俺も、本腰入れて攻略しないとまずいか。


「曽良さんももうすぐ救急隊が来ますから、病院で治療を受けてください。脚の怪我は思ってる以上に酷いですよ」

「マジ? ……うえ、意識したらすっげえ痛くなってきた……むしろ痛いの通り越して麻痺してる」

「ふふ、アドレナリンが出ていたんでしょうね。大丈夫、きっとすぐ良くなりますよ」


 めちゃくちゃ顔の良い真琴にそう言ってもらえると錯覚じゃなく痛みも疲れも吹っ飛ぶ気がする。

 アイドルにハマる人間の気持ちがわかった。真琴最推しかもしれん。

 やがてやってきた担架に載せられ、俺は人生初の救急車へ押し込まれた。


『曽良』

「よお、ウンディーネ……。今回は完敗だったな」

『ごめんなさい』

「んだよ、らしくねえ。いつもなら『え~女の子に助けてもらって自分は無様に寝てたんですかあ~? プププ、ダッサ!』くらい言うだろ」

『い、言わないわよ……。あのね、私、あなたと同じで、どこかで迷宮を侮っていたんだと思う。その……私は、強いと思っていたから』


 まあ、それはあったな、絶対。

 俺達に侮るなと言っておきながら、こいつもこいつで無茶な力の試し方をしたりと、自分の力を過信してたか、測りかねてた部分があったんだろう。

 ダンジョンはナメるな。わざわざ講習で習わずとも、んな事、このご時世を生きる奴なら誰だって知ってる事なのにな。

 俺はウンディーネがいて、自分が特別な存在だと勘違いしてたんだろう。


「俺も、ごめん。それから、ありがとな。お前がいなきゃ、すぐ死んでた」

『…………ふん、当たり前よ。私がいなきゃ、あなたはすぐ死ぬ』

「おーおー感謝してまっせ。これからもよろしくねーっと」

『む……。あら?』


 ふと、ウンディーネが何かに気付いたような声を上げた。

 そしてその感覚は、体を共有する俺にもなんとなく伝わる。

 何だ今の。

 駅の方から何か、異常な圧があったような。

 気持ち悪いものと敗北感を残し、俺のこの日のダンジョン攻略は終わった。


◆◇◆◇


 家路を歩く真琴は、周囲に誰もいない事を確認してから、ポケットからライターを取り出した。

 100円で買える安っぽいものだ。と言っても、真琴は当然ながらタバコなど嗜まない。

 ライターを2、3度擦って火をつける。

 すると、小さく揺れる火の中に『彼』がいた。


『よお』


 サラマンダー。全身が焦げたような肌をした、燃える赤毛の男はそう名乗った。

 そして真琴にこう、要求してきたのだ。

 迷宮の主から命を奪え、と。


「ようやく、だ。ようやく私は」

『おお、ようやくだ。さて、どうする? 何を焼くんだ?』


 ライターの火が消えるのと同時にサラマンダーの姿も消える。

 真琴の口元には、笑みが浮かんでいた。


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