3-8 ラッシュ・アワー
暗闇の奥へと進んだ真琴が見たのは、太さが消火ホースほどもある銀の蛇であった。体長は2メートルほどだろうか。鎌首をもたげ、こちらを油断なく睨んでいる。
アナコンダにも似ているが、口が4つに割れる辺りは地球の生き物だとは思えない。
開いた口の奥が光った。次の瞬間、一直線に放たれる稲妻を横に転がって回避する。
転がりながら落ちていた警棒を拾い上げ、鎌首をもたげた蛇の胴へ横薙ぎに打ち付ける。
ただの警棒の一撃だが、真琴の高いステータスならば十分に威力のある攻撃となる。
蛇は苦しみながらのたうつ。だが、まだ倒せてはいない。
(やっぱり頭を潰さないとダメか)
のたうちながら蛇がこちらを向き、がぱっと口を開けた。
その横面を叩いて狙いを逸らさせる。
再び発射された稲妻が壁に当たって弾けた。
「1、2……」
そこで真琴は一旦距離を取った。とどめを刺す前に、相手の攻撃を見極めておこうと思ったのだ。
情報を持ち帰ればより攻略が楽になるはずだ。
「4、5……っ!」
稲妻を上へ跳んで躱す。
一度の稲妻攻撃から次の攻撃までは約5秒。
それだけあれば、一度躱してしまえば攻撃も容易い。直線的な攻撃なので、出鼻さえ見極められればわずかに動くだけでも当たる事はない。
頭上から思い切り警棒を打ち下ろし、ヘビの頭骨を砕いてやった。
すると、蛇はぐったりと地面に伏し、消えた。
「ふう。弱い敵で良かった。曽良さんの様子を見るに、難易度が低いのは本当かな」
蛇の姿は恐ろしげだが、攻撃は直線的で隙が大きく、まともに食らっても激痛と麻痺が起こる程度であればお遊びのようなものだ。
ダメージについてはステータスの高低もあるだろうが、お世辞にも高いとは言えない曽良でさえ傷のひとつも負っていないのだから、自分や陽花が食らったところでどうにかなるとは思えない。
(こんなところで遊んでいていいんだろうか……)
ふと、そんな事を考えてしまう。
貴重な時間を使ってでもここに来たのは、ひとえに曽良を強くするためだ。
重要な協力者である曽良に強くなってもらうには、選べるダンジョンの難易度が限られてくる。
同伴して上位のダンジョンへ行けば早いが、そんな事を続けていても本人の成長には繋がりにくい。
だが、弱いままで連れて行けば、足手まといになるだけだ。
ベテランのエクスプローラーですら手こずるのが、あのヒカリヤのダンジョンなのだから。
自分は今すぐにでもヒカリヤへ行ける準備は整っているというのに、他人に合わせなければならないのはもどかしい。
「この選択は、正しいんだろうか、梓弓……」
――違うだろ。
「っ!?」
不意に、暗闇に声が響いた気がして、真琴は辺りを見回した。
だが、暗闇のどこにも誰もいない。モンスターの気配さえ感じない。
――弱え奴は切り捨てればいいんだよ。
――真琴。とっくにわかってんだろ、そんな事。
「誰だ!?」
しん……と通路内が静まり返る。
その不気味さに、真琴はわずかに身震いした。
◆◇◆◇
「っしゃおら!」
アクア・ネビュラを振るってぶっとい蛇を刺し貫く。
陽花の言った通り本当に難易度の低いダンジョンらしく、モンスターはどれも一発で倒せるレベルで弱かった。
いや、俺が強すぎるのか? まあなにせ俺は、あの地獄のような海中をたった1人で乗り切ったくらいだし? 言うてミノタウロスとか1人で倒してるし? あの馬鹿でかいジズも俺の舎弟みたいなもんだし???
知らぬ間に超レベルアップしてたりするんだろうな~。そろそろステータス更新も行っとくか。
なあ陽花、俺って強くなったと思うよな? ん?
そう思って陽花を見ると、うじゃうじゃと湧いた蛇の死骸の山の上で「ふぃ~」と息を吐いていた。
「ん、センパイ、ボクの事じっと見てどうしたんすか?」
「なんでもないです」
俺が1匹倒してる間に、陽花も真琴も無双してました。
もうあいつらだけでいいんじゃないかな。
いやいやいや! いつまでも女子の後ろに隠れてられるかよ。
わしがやってやるっちゅーねん。せめてここのボスは、わしがこう、こうして、こう!
シュッシュッとアクア・ネビュラを振ってイメトレしていると、陽花がめちゃくちゃ怪訝な目で見てきた。
くぅ、お前にだけはそんな顔されたくない……!
……さて。
ずいぶん奥に来たと思うが、未だに謎解き的な要素が見えない。
というかさっきから暗いので、何かあっても見逃している可能性が高い。
「ウンディーネ、どうだ? ボスはいるか?」
『うーん……「妙な感じ」ね』
よっしゃハモった!
ふふ、睨んでる睨んでる。腹の中にいてもわかるようになったからな。
お前いっつもいっつも「妙な感じ」で済ませるからな!
もう読めてんだよこのパターンは!
『ふん、そういう態度取るなら探知してあげない』
「わーった、わーった。悪かったよ。んで、今度はどう妙なんだよ。なんちゃらヌーボーくらいの頻度で妙な感じが更新されてんだろ」
『むっかぁ……。何ていうか、すごく遠いのよ。階層を跨いでいるとかじゃなく、こう、自分が呼ばれるのを待っているような……』
相も変わらず抽象的でわからん。
しばし3人で蛇を倒しながら道を進んで行く。
一見すると線路に見えなくもない轍はずっと続いているが、全く果てが見えんな。
が、遠方に明かりが見えたので、なんとなくそこがゴールかと思えた。
「これは……」
「駅のホーム、でしょうか」
「なんか謎があるっすよね!? そんな空気感あるっすよね!?」
「かもな。よっしゃ、上がってみるか」
苦戦してホームに上がり、陽花を引き上げてやろうとしたら、奴め一足で跳び乗りおった。
はいはい、ステータス以前に運動神経の違いですね。
「あ、あの、曽良さん……」
「ん? あ、ああ、悪い」
気を使ってくれたのか真琴は手を差し出してきたので、掴んで引っ張り上げてやる。
見さらせ陽花ァ! これが『先輩を立てる』ってやつだよ! 日本人らしい気の使い方ってやつを覚えておかないと社会に出た時苦労するぞ!?
まあ俺、フリーターだけどさ! 今絶賛ニート中だけど!
「なんか、フツーにダンジョンの外にあるホームっぽいんだよな」
「ええ。見てください。自動販売機に、あれは、売店でしょうか。そんなところまで地球の物とそっくりだ」
売店に売っている物は菓子に雑誌にアルコール類にと、日本の駅売店のそれと全く変わらない。
が、そのどれもが、載っている文字らしき物がコンビニのダンジョンで見た引っかき傷のような物に置き換わっていた。
「ウンディーネ、これ読めるか?」
「ええと」
「がぼっ……よ、呼んだのは俺だけどノーアポで出てこないで……」
口からずるりと這い出てきたウンディーネの上半身が、しげしげと雑誌を眺めた。
「『我は求む』……。あら? ここに置いてある物、全部同じ意味ね。全部、『我は求む』。それしか刻まれていない」
「我は求むぅ? なんだそりゃ、抽象的どころの騒ぎじゃないな。何を求めてるのか添えろよな……」
ホームの両端には上に続く階段もある。
ただ、あの上が外と同じく駅になっているのかはわからない。
もっと危険な光景になっているのかも。
でも、ここに来るまでに大した謎も何もなく、隠し扉を通ってきたわけでもない。
別に来ようと思えば誰だって来られる場所で、そこまで含めて低難易度のダンジョンとして知られているのなら、階段を上ったところで何もないと考えるのが妥当じゃないだろうか。
期待せず、上へ向かってみるか。
「センパイって階段上る時に上見る派っすか? 俯いておく派っすか?」
「お前、男に向かって言いづらい事訊くじゃん。足元だよ、足元。万が一にもリスクを避けるのが賢いやり方ってやつなの」
「えー、別にセンパイが前の人のパンツ見てよーが、ボク的には全然どーでもいいんすけど……」
「じゃあ訊くなや」
こいつと会話の波長を合わせるのは本当に疲れるな……。それとも何か、見てほしいのか、ケツを。
今日もいいケツしてるな! って叩きでもしたら、ダンジョンを出る前にドロドロになるまでぶん殴られるかダンジョン出てから静かに鉄の輪っかが手首に嵌まるかどちらかだろうな。
そういうのを避けるために下向いてるんだと理解してほしい。
「や、ほんとどーでもいいんすけど、この場合は上見といた方がいいかなーって」
「あ? なんでだよ」
「なんか、聞こえません?」
「聞こえ……?」
耳を澄ませる。
ドドドド……という地鳴りのような音。
後ろを振り返っても何もない。
となると、まさか……!
「なんか来たっす」
「来たな。来た……うおおおおおおおおお!!?? なんじゃありゃ!?」
ドドドドドドドドドドドドドドド!!
そんなけたたましい音と共に、大量の影が二足歩行で下りてくる。
き、気持ち悪ぃ!
「陽花、真琴、バックだ、バック!」
「っすよねやっぱり!」
「ええ!」
踵を返して階段を下ろうとするも、今度は下からも大量の影が迫ってきていた。
マジかよ、さっきまで何もいなかっただろ!?
「うわああああああああ!?」
「せ、センパイ!」
「陽花、こっちへ!」
真琴が陽花を掴んで跳んだ。
壁にあるわずかな出っ張りに張り付くようにして逃れる。
俺はと言うと。
「あべべべべべべべべべべべべべべべべべっ!!!!!!」
謎の二足歩行モンスターズによって、散々に踏みつけられ、蹂躙されたのであった。




