1-4 BAKA、襲来
どもっす! ボクは竜宮陽花っす!
いきなりっすけど、皆さん人生が変わる瞬間っていつだか分かるっすか?
好きな人ができた時? 好きな人に告白した時? 好きな人と一緒になれた時?
うーん、惜しい! 惜しいっすね!
正解は……。
「せーんぱーい! 陽花が遊びに来たっすよー!」
「や、やめろ! それはマジで入らないから!」
「大丈夫よ。私の体が入ったんだから、これも入るでしょう」
「なんでお前は俺の体内を住みよくしようとするんだよ!? 体内生活のクオリティを上げるな!」
「……せん、ぱい?」
敬愛する先輩が、謎の女にティフ◯ールのケトルを食べさせられそうになってるのを目撃した時っすね。
◆◇◆◇
「はあ、雲泥さん……」
「ウンディーネ、ね」
「雲梯さん……?」
「ウンディーネ!」
「やめとけ、こいつ脳が8bitくらいなんだ」
「えへ、照れるっすよ、ファミコンくらい親しみやすいって事っすかー?」
相変わらずすげえな。絶対8bitの意味は理解してないくせに、一つ上を行く返しをしてきやがった。
この馬鹿……もとい、悪魔と取引して知性と引き換えに有り余るほどの馬鹿元気を手に入れた女は竜宮陽花。
俺の3つ下の21歳の後輩で、現役の大学生だ。
メジャーの『ヤンキース』を不良の集まる高校だと思ってたレベルの人間が入れる大学なんて、この世にあると思うか? 残念ながらあるんだ。俺の母校だよ。
俺が4年の時、学食で財布がなくて半泣きになってたのを助けてやったのが出会いだ。
それ以来なにかと付きまとってくるもんだから、自然と仲が良くなってしまった。
顔は可愛いしスタイルも良い方なんだが、いかんせんそれを帳消しにするレベルで馬鹿なのと、もはや妹みたいな立場だから、なにも思わなくなってしまった。
なんならたまに合鍵使って勝手に風呂入って休んでるからなこいつ。何か間違いが起こる前に、警戒心だけは草の根分けてでも探して取り戻しておいてくれ、頼むから。
「で、ウンバボさんは先輩と何してたんすか!? ていうか、何者!?」
「ウ・ン・ディ・ー・ネ!! わざとやってるのか喧嘩売ってるのかどっち!?」
「落ち着け、こいつは本当に可哀想な奴なんだ。馬と鹿のマリアージュで生まれた珍種の生命体なんだよ」
「馬と鹿……。早くてツノめっちゃデカいって事っすか!? うおー、最強じゃないっすか!」
こいつ無敵かよ。
ギリギリと歯を鳴らしそうな勢いで睨むウンディーネが不憫になってきた。
ちなみに今、ウンディーネは完全に人の姿になっている。
なんでも柴ベロスを倒した時に得た力で、余命が延びるのと同時にこういう芸当ができる程度にまで回復したらしい。
ちなみに、今の俺の余命は1ヶ月だ。くそ、柴ベロスのフンにまみれた程度じゃそんなもんなのか。
「センパイ、ボクというものがありながら、こんな美人を連れ込んで真昼間っからイチャイチャしてたんすか? やーらしー」
「お前が電気ケトル口から突っ込まれるのをイチャイチャと呼ぶ国で生まれたのなら、なにも否定はしねえよ。話すと長いんだが……いや、短いんだが、まあ直接見てもらったほうが分かるな」
ダンジョンを見せれば説明が省けると思い席を立とうとする前に、陽花は勢いよく立ち上がった。
「あ、長くなるんなら先におしっこ行っていいっすか?」
「コラ! はしたないからお花を摘むって言いなさい」
「お花してくるっす!」
全然理解してない言葉と共に、陽花は勢いよくドアを開けてトイレに向かった。
……あ、やべえ!
「待て、トイレは……」
「ぎゃあああああああ!?」
「……遅かったか」
ガンゴンドタンバタンと派手な音を鳴らしながら、陽花は階段を転げ落ちたようだ。
あのドアさっさと塞いでおかないと、ふとした拍子に俺が忘れそうだぞ。
陽花は超合金製だからともかく、俺は簡単に死ぬからな。
「ちょっと、また私の泉に尿意の徒を近づける気!?」
なんだその微妙に神聖っぽい言い方は。
とにかく下手な事する前に救出してやらな。
急いで階段を降りると、やたらスッキリした顔の陽花が戻ってくるところだった。
ハンカチで手を拭きながら「およ?」とか間抜けな顔でこっちを見上げている。
よし、遅かったなこりゃ。
「嘘でしょ、あなたも泉にしたの!?」
「へ? ……ちょっ、する訳ないじゃないっすか! 手洗う場所なくなっちゃうっすもん!」
「あ、あはは、そうよね、うん……って、どこにしたのよ!?」
俺たちを押し除けて階下に向かったウンディーネの悲鳴が聞こえてくる。
どこにしたんだよ。あそこ土の地面だけどさ。
「なーんか、慌ただしい人っすねー」
「お前に言われたらマジの終わりだと思うぞ」
◆◇◆◇
「あああああ……と、とうとう私の泉が手洗い場レベルに……なんで……命の回帰する大いなる泉なのに……」
ローテーブルに突っ伏してさめざめと泣くウンディーネが本当に不憫でならない。
トイレ扱いされるのと、した後に手を洗われるのだとどっちがダメージが大きいのか、冗談でも聞かないほうがよさそうだ。
「あー、あれうんこさんのトイレだったんすか」
「お前喋るなもう! あのな、陽花。今お前がトイレ扱いした場所、あそこ、ダンジョンになっちまったんだよ」
「トイレのダンジョンっすか!?」
「違っ……わないな、うん。で、そこの主がこいつ。ウンディーネ」
「ウンディーネさんそんな偉い人なんすか!?」
「だからウン……ディーネって言ったわよね今? なんなのこの子、読めない……」
こんな脳細胞がじゃじゃ馬な奴、誰も乗りこなせやしないだろうが、真面目な部分もあるウンディーネは案の定扱いかねているらしい。
3日前に起こった事――ダンジョンの出現や柴ベロスとの戦い――を掻い摘んで説明すると、ようやく事態が飲み込めたらしい陽花が不満の声を漏らした。
「センパイ、ボクに連絡してくれたら手伝ったのに」
「いや、そんな暇もなかったと言うか……。お前じゃアテにならんし(ぼそっ)」
「えー。これでもボク、エクスプローラーの資格持ってるんすよ?」
「なにっ!?」
どこのアホだよ、こいつにそんなもん与えたの。責任者連れてこい。
だが、話を聞くとエクスプローラーの資格というのは千円払って講習を受ければ誰でも取れるらしく、その辺の主婦ですら持っているのは珍しくないのだという。
めんどくさいので取らずにいたが、今こうなってしまったからには取得も考えるべきか。
「ほら、これがボクのステータスカードっす」
ステータスカード。確か、エクスプローラーの身分証も兼ねた、ステータス確認用のカードだ。
形状や、顔写真と名前、生年月日が載ってるのは運転免許に似ているが、左側には『Level』『Rank』や『STR』『AGI』『DEX』というゲームでお馴染みの項目が並んでいた。
陽花は現在ランクD、レベルは1。ステータスは全て0。登録したはいいが活動はしていないのだろう。
基本的に活動は自由なので、こんなふうに登録だけして放置したとしてもお咎めは無いのだそうだ。
「へー、これがねえ。このステータスってのはなんで全部0なんだ?」
レベルが1なのは理解できるんだが、普通ステータスってのはある程度の初期値はあるもんじゃないか?
陽花は『INT』はまごう事なきマイナス数値だとしても、運動神経はいいんだし、STRだのAGIは多少は数字が出るはずだが。
「なんか、ホセーチってやつらしいっすよ。レベル上がんないと数字も出ないとか」
補正値か。陽花はおそらく意味が分かってないだろうが、数字が増えると何パーセントか能力が上がったりするんだろう。
具体的にどれがどんな風に能力を補正してくれるのかは分からない。DEXとか、どうやって表すんだ。
「ねーセンパイもエクスプローラーになりましょうよー。ボクが手取り足取り教えたげるっすよ」
鬱陶しく絡みついてくる陽花を振り解く。
手取り足取り教えられるほど経験ないだろお前……。
「曽良、あなた、エクスプローラーになりなさい」
しげしげと覗き込んできていたウンディーネが唐突にそんな事を言い出す。
「迷宮の多くは、エクスプローラーにならなければ入れないのでしょう? あの公園の迷宮はたまたま主が外に出ていたからいいものの、このままでは満足に活動もできないんじゃない?」
確かに、柴ベロスは何故か子供の遊び場みたいなダンジョンの安全圏に出てきてたけど、本来はダンジョンに入る事もできないのが普通だもんな。
軽く調べた限りではそんな安全なダンジョンも、近場にはほぼ無いらしいし。
命のためだからと遠征繰り返してたらしまいには破産しちまうよ。
「なら、選択肢は一つ。あなたは明日の講習に参加しなさい」
いつの間にか俺のスマホで検索したらしく、画面を見せながら迫ってきた。
ダンジョン産の得体の知れない生命体が、さらっと現代のITを使いこなすなや。お前の世界観への順応の早さ、どうなってるんだ。
「ええー……」
まったく気が進まない。
先にも言ったが、そういうの面倒なんだよなあ。
「センパイ! やりましょうよ!」
「明日バイトあるし……」
「曽良!」
「センパイ!」
すげーグイグイ来る。
気は進まないけれど、なし崩し的に講習の申し込みをさせられてしまった。
もちろんバイトはキャンセルだ。
さらば、日給1万円……。




