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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
2章
31/112

2-13 新しい私

「ふおおおおっ!!??」


 ガチンッ!

 目の前で巨大なサメの顎が閉じられる。それをギリギリで躱し、首の届かない背中側に逃げた。

 だがそこには、ロケット加速するペンギンが迫っていた。

 避けきれず、3羽のペンギンの顎がモロに腹に突き刺さる。


「げぶっ……」


 そのまま内臓ごとブチ破られるかと思ったが、そこはどうにか持ち堪えたらしい。延々ベヒモスと戦ううち、ステータスが強化されていたんだろうか。

 がむしゃらに腕を振り回してペンギンを払い除け、急いで上に逃れる。ペンギン達はすぐに反転して追ってくる。

 可愛い外見をしているくせに殺意高すぎるだろ。もうこれ、水族館に行ったらトラウマで漏らすレベルだぞ。

 水族館なんか行けるかわかんねえけどな、この先!

 大量のモンスターに囲まれた俺は、無我夢中で海の中を逃げ回っていた。

 だがもちろん、海中は奴らのテリトリーだ。いくら加護があるとはいえ、人間でしかない俺ではこのガッチリとした包囲網を崩して逃げおおせるはずもない。

 次第に追い詰められつつある事は実感していた。


『やめさせなさい、ジズ!』


 体内のウンディーネが、俺を見て佇むジズに叫ぶ。

 その怒声にはしかし、牙の生えたイルカが突進によって応えただけであった。


「うおおおっ!?」


 なんとか牙を掴んで皮膚を破られる事は免れるも、とんでもない速さで後ろへ押されていく。

 ていうかなんでイルカに牙!?

 ……あ、そうか、海豚、豚、猪って感じの連想なのか?

 そこは可愛げのある豚の鼻とかにしておけよ!!

 などとアホな事を考える余裕ができてしまうくらい、長く突進が続く。電車道どころの騒ぎじゃないぞ。

 上も下もややこしいが、今はこいつらの腹の向く側、つまりは海底に向かって押されているようだ。

 もはや周囲は完全な闇。どこにも光が見当たらない。

 多少は見えていたイルカの姿もすぐに見えなくなった。もう、何に押され、どこに向かっているのかさえわからない。

 水圧などはウンディーネの加護でクリアできているようだが、肌に感じる水流から、未だに底に付いていないのだとわかった。

 打撃のダメージはないが高速で振り回されるせいで意識が遠のいてくる。

 ヤバい、落ちる……。


『曽良! しっかりして!』

「んな事……言ったって……」


 戦闘機のパイロットがGに負けて失神するのって、こういう感じなのかな。

 頭の中がぎゅうっとする。

 もはやイルカの牙を握っているのすらつらい。

 自然と離れていく手を止められず、そのまま全身に強烈な衝撃を受け、俺の体は沈んでいった。


◆◇◆◇


「……て……」

「んん……」

「起き……」

「なんだよウンディーネ……今日はバイト休みだって……」


 そう、今日は休みのはずだ。

 我々健全なフリーターとしては休みの日にまで早起きして活動する事には断固反対である。

 というわけなので、起こさないでくれ。


「起きなさい。でなければ、あなたは今すぐ死んでしまいますよ」


 死。


「うおおっ、それは嫌だ!」

「ふふ。そうですね。あなた達、定命の存在にとって死は恐れるものでしょう。であれば、惰眠で価値ある時間を捨ててはなりませんよ」

「お、おう! ……あれ? ここは……」


 チクリとくるお小言と共に目を覚ました俺は、慌てて周囲を見回した。

 普通に光がある。それも、辺り一面に眩しいくらいの光が。

 目に入ったのは一面のガラス……いや、水晶だ。どこかから差し込む光を乱反射して輝いている。

 しかもこの水晶、洞窟みたいにその辺に無差別に生えてるわけじゃなくて、きちんと人工的に作られたかのように整った配置と形だ。ここは、言うなれば水晶の宮殿だった。


「う、ウンディーネ、ここは……?」

「ここは生命の流転の果てに辿り着く、私の水晶宮。あなた方の言葉で言うなら、死後の世界、かしら。ああ、あなたはまだ死んではいませんから。ふふ、焦りましたか?」

「ばっ……焦ったわ……」


 まったくいきなりビビらせよる。

 にしても、死後の世界か。

 もっと花畑とか、あるいは一面火の海で鬼がいるとか、そういう極端な図を想像していたんだが。

 思ったより硬質で物寂しい場所だ。けれど不思議と、不快感や恐怖はない。


「で、なんで俺はこんなとこにぃぃぃぁぁ!? だ、誰だあんた!?」

「まあ。気付かれていなかったのですね、ふふ」


 何気なく声のする方を振り向いて仰天した。

 そこにいたのは俺の知るウンディーネじゃなく、もっとこう、神々しい雰囲気の美女だったからだ。

 いや、ウンディーネ、なのか……?

 よれたTシャツとデニムでだらしなく寝転がっていたウンディーネと同一だとはとても思えない、慈しみに溢れた笑みを湛えた優しげな風貌の美女だ。

 顔は変わってはいないが、天女のような羽衣に、裾の長い肩出しのドレスを纏っている。青い肌もより煌めきを増し、手に持っているアクア・ネビュラに似た槍は、俺の知っているそれより装飾が豪勢なものになっていた。

 加えてこの口調。こんなの俺の知ってるウンディーネじゃない。


「お、お前なんでそんな格好……。それにその、喋り方」

「私ですか? そう、私はそう言われるほど、印象の違う姿だったのね」


 なるほど、なるほど、と小声で呟きながら、ウンディーネ(?)は愉快そうに微笑んだ。

 その笑い顔すら、バラエティ番組観てケラケラ笑っているうちのウンディーネとは大違いだ。あっちの事はこれからウンディーネ(駄)と呼ぼうか。


「あの、ウンディーネ(美)さん……」

「び?」

「あ、いや、なんでも。ええと、俺はどうしてこんな所にいるんでしょう。死後の世界、って言ってましたよね」

「ええ、ええ。あなたは底に来すぎたのですね。どうして、普通の人間が踏み入る事のできない領域へ?」


 どうしてって言われてもイルカにぶちのめされただけだ。

 素直にそう伝えると、ウンディーネ(美)さんはまたも笑った。

 あいつと同じ顔なのにどうしてこう、気品に溢れているのだろう。普通に跪いて崇拝してしまいそうだ。


「迷宮から外れすぎれば、時間も空間も乱れた場所へ辿り着いてしまいます。けれど、定命のあなた達はどう足掻いても、本来はその領域へは行けません。だからあなたがここに来られたのは、きっと、あなたのそばにいる私の加護によるものではないかしら」

「ドンピシャっす」

「どんぴしゃ。ふふっ、面白い言葉ね。どんぴしゃ」


 響きが気に入ったのだろうか。

 確かにちょっと水っぽい響きもあるし、水の母精とやらには思う所もあるんだろう。


「俺の家にいるウンディーネとあなたって、何か関係でもあるんでしょうか」

「……さて、どうかしら。関係があるとも言えるし、全く別の存在であるとも言える。あなたにとっては、どちらが魅力的かしら」

「なっ……い、いや、それはもちろん、今のあなたですけど……」

「そう? ふふふ。ありがとうございます」


 なんか落ち着くのは間違いないんだが、ここにいつまでもいる事はできない。

 未だ戦闘は継続中だし、陽花達も待っている。

 だから帰らなければ。つーかそもそも、死後の世界にいたくない。

 このリラックスは、良くないものだと本能が訴えている。


「ここから帰る方法ってあるんですかね」

「ええ、もちろん。けれど、もう帰ってしまうの? なんだか、寂しい」

「……いやあ、さすがに死後の世界は、ちょっと」

「ふふ、そうですよね。ええ、冗談です。それでは、あなたを元の場所へ返しましょう。そこがどうなっているか、私にはわかりませんから、どうか気を付けて」


 勢いのままに海底に激突してるくらいならいいんだが、もし体がバラバラになってたら最悪だな。

 ん? 俺は別に魂になってるわけじゃないか。

 いや、でも現実? だとどうなってるんだ……。

 わからねえ。とりあえず、戻ってから考えるべきか。


「あなたのお名前は?」


 ウンディーネ(美)さんがそう聞いてきた。俺の名前も知らないんだな。まったく奇妙だぜ。


「曽良っす。錦曽良」

「錦、曽良さん。はい、覚えました。どんぴしゃです」

「それ、使い方違いますよ」

「あら、そうなんですか? ふふ。では、またお会いした時に教えてくださいね。それでは、曽良さん。新しい私の事(・・・・・・)を、どうかよろしくお願いします」


 新しい私?

 俺が問い返す前に、突如現れた水流が俺の意識を流して行った。


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