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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
2章
30/112

2-12 取り戻したい物

4000PVありがとうございます!毎日読んでいただいている方もおられるんでしょうか?とても励みになります。

『ある、じ……。あなたも、私の事、主と呼ぶの?』

「はい。我らが主。水の母精、ウンディーネ」

「おい、今、なんでウンディーネの声……」


 体の中にいる間、ウンディーネの声は誰にも聞こえない。

 俺は頭に直接響くようにして聞けるし、小声を出せば会話もできる。けれど、ウンディーネはどれだけ大声で叫ぼうと、周囲にはその音は漏れない。

 会話をするなら頭を出す必要がある。今は、それはやっていない。


『あなたは、私の事を知っている?』

「はい。我らが主。あなた様の名は、ウンディーネ」

『それは私だって知っている。私は、何?』

「我らが主。それはあなたが、水と命を司る母精であるという事実」

『だからそれも知っているの! 私は……私は、何のために生まれたの? 何をすればいいの? それが知りたい』


 ある種悲痛な叫び。どこにも漏れていないはずの声に、目の前の鳥は少し沈黙した。

 とても知性のある動物だとは思えない、野獣の眼光に射竦められ、俺はさっきから震えが止まらないというのに。

 何故だかこいつの話を聞かなきゃいけない。それがウンディーネのためなのだと、そう思わされ、逃げる足を止められていた。


「覚えておいででないのですか、我らが主。あの7つの日を。あの終わりの日を」

「終わりの、日……?」


 終わりの日。

 ウンディーネが話した、デュランドラだかいう奴がもたらした、洪水で一気に傲慢な民とやらが壊滅した物語。

 覚えてないのかって、どういう意味だ。こいつはきちんと覚えていたぞ、その話。


「我らが主。あなた様はこうして戻られた。一度消えたあなた様が、こうして戻られた。我ら、あなた様の配下を代表して、ジズが迎え入れよう」


 ジズ……?

 聞いた事もない名前だが、それがこの鳥の名前なのか。

 琥珀色の巨大な瞳が、俺を……いや、俺の中にいる、ウンディーネを見ている気がした。


『ジズ。あなたの知っている事を全て教えて。私がどうして、何もわからずあんな場所にいたのかも……』

「……我らが主。我らの記憶も、あなた様の消失と共に朧げになり、今は語る言葉を持たぬ……」

 少し悔しそうな声で、ジズはそう呟いた。

 こいつらにとってウンディーネが主だというなら、その力になれない事は恥なんだろう。

 というか俺、そのご主人様に小便ぶっかけてるんだけど、真相知ったら俺の事食ったりしないよな?

 黙ってよ……。

 気配を殺して存在を無にする。俺は雲……空を舞う雲……。


「して、主。何ゆえ、斯様に矮小な器に収まっておられるのか」


 スルーしてくれへんかった!

 両の眼が、明らかに俺を睨む。

 あわわ……と縮み上がっていると、周囲の水がにわかにざわめき出した。

 見れば、ペンギンにシロクマ、ピラニアといった見慣れたモンスターの群れ。

 加えて、牙の生えたイルカや背中から触腕の生えるトド、頭の2つあるサメらしきモンスターもいる。

 ヤバい。

 完全に囲まれてるじゃねーか!?


◆◇◆◇


 一方。

 残された陽花と真琴は、氷のドームで曽良の帰りを待っていた。

 揺蕩う水の彼方、曽良が巨鳥・ジズの下で危機に陥っているとは露知らず、ガールズトークに花を咲かせている。

 そろそろ話題も尽きようかという頃、ふと陽花がこんな事を口にした。


「マコのやりたい事ってなんすか?」


 陽花は先ほど、「将来はピラミッドに住みたいっす」と言った。

 実現の可否はさて置いて、友人として応援すべきだろうと、深く突っ込まずに軽く流した真琴は、陽花の問いに少しだけ悩んだ。

 素直に話してしまってもいいものか。

 陽花は悪い人間ではない。たとえ事情を明かしたとしても、それを誰かに言いふらしたり、茶化したりはしないはずだ。

 だが、いくらなんでも知り合ったばかりの人間に話すには、少しばかり重かった。

 だから真琴は、少しだけ虚言を混ぜる事にした。


「……お金を稼いで、世界を周りたいんだ」

「世界っすか? ハワイとか、グアムとか、バリとか?」

「う、うーん、観光地ばかりではないかな。そこも行くかもしれないけれど……。子供らしいと笑われてしまうかもしれないけど、世界中にあるダンジョンを調査して、攻略してみたい。いわば、冒険家が私の夢だね」

「冒険家!? うおー! すげーっすね! ボクも一緒に行きたいっす!」

「ふふ、陽花が隣にいてくれれば心強いよ」


 嘘はついていない。ダンジョンの攻略は、本当に真琴自身の『やりたい事』であった。

 ただしそれは世界を見据えた話ではなく、国内の、ある1つのダンジョンに限った話だ。

 渋谷のヒカリヤシアターに出現した、国内最高難易度を誇るダンジョン。

 出現してから8年間、二階層すら攻略されていないそこを攻略するのが、真琴の人生最大の目標である。


「(父さん…母さん…梓弓(あゆみ)……)」


 今も、真琴の大切な人達はそこにいる。

 あの日不運にもシアターを訪れていた幸せな家族は、なんの落ち度もなく、ダンジョンによって引き裂かれた。

 それを思うたび、真琴はダンジョンへの憎しみを募らせるのだ。新たなダンジョンが出現するたび、そこにまつわる人々の喜怒哀楽を見るたび、真琴は思うのだ。いい加減にしてくれ、と。

 そしてその憎しみが、やり場のない怒りが、真琴の原動力となる。


「マコ?」


 つい眉間にシワを寄せた、険のある表情をしてしまっていたらしく、心配そうに陽花が覗き込んできた。

 真琴はいつも通りの笑顔を浮かべる。

 彼女は貴重な協力者だ。ダンジョンで金を稼ぐ事なんて重視しておらず、自分の興味さえ向けば、モンスターもボスも全力で倒す。

 なによりエクスプローラーとして実力があり、素の能力も悪くないのか、動きも洗練されている。

 他のエクスプローラーではこうはいかない。能力か、攻略へのモチベーションか、どちらかが欠けている。

 彼女のモチベーションの源は間違いなくあの、錦曽良だろう。

 なら、2人とも利用するプランを立てなければならない。

 曽良本人は役に立たないものの、ウンディーネと呼ばれる超常の存在は、困難なダンジョンを踏破するのに必要不可欠だ。

 実際、ヒカリヤのダンジョンも、モンスターの強さ以上に道が見つからない事による攻略の遅延が大きいのだという。

 ただ強い人間が集まって攻略できるのなら、武力を持った組織を投入すればいいだけの話だ。そうはさせない原因が、明確に存在する。

 陽花にわかるはずもないが、真琴は心中で謝罪しつつ、彼女達をヒカリヤに連れ出す算段を練っていた。


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