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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
1章
3/112

1-3 エレベーターアクション

 目を覚ますと、そこは俺のアパートだった。

 しばらく掃除していない、汚い部屋の慣れ親しんだ空気に、ほっと胸を撫で下ろす。

 念のためトイレを見ても、そこには白い便器とユニットバスがあるだけだ。

 全部、悪い夢だったのだろう。

 安堵のため息を吐きながら床に寝転がり、何気なくテレビをつけると妙な番組がやっていた。

 全身黒づくめの紳士が、おいでおいでと手招きしているのだ。

 セリフもBGMもない。ただ、顔もよく分からない人影が手招きをしている。

 時間帯的にドラマの再放送とかだろうか。だが、どのチャンネルも何故か同じ番組を放送していた。


――起き…………!


 暫くの間、足元にいた豆柴と遊ぶ。

 やたらぬるぬるした豆柴だ。

 なんか臭いし、毛並みも謎の粘液でベタついている。

 可愛いんだがキモいな。

 その頭を擦り付けてくるもんだから、俺の全身はベタベタになってしまった。


――きなさ……そら……!


 なんだか無性に暑い。今が5月である事を考えても暑すぎる。

 暑いっていうか、熱い。

 温度調整を間違えた風呂に入っているようだ。

 風呂……風呂?

 熱いしベタベタする風呂?

 なんか、覚えがあるぞ。


――起きなさい、曽良!


◆◇◆◇


「うわわばっ、ぶあっ!?」


 なんじゃこりゃ!?

 意識を取り戻した俺が最初に見たのは、未来から来た殺人ロボットが映画のラストで飛び込んだ溶鉱炉を思わせる、煮えたぎった湯だった。

 というかそこに、思い切り浸かってしまっている。

 アイルビーバックできる気がしない。


「曽良、大丈夫?」

「ウンディーネ? あれ、俺……食われたんだっけ?」

「そうよ」


 絶対死んだと思ったんだが、どっこい生きていたようだ。

 だが、全く安心できない。体は胸まで溶鉱炉の中、上は塞がっていて全く光が見えない。そこら中明るいのは、この液体のせいだろう。

 もしかしてここは、柴ベロスの胃の中か?

 そういや柴ベロスって、炎が口の中に見えたもんな。あれって胃液から出てたものだったのか……うおお、汚え!

 もうとっくに体の半分ドロドロにされてるかと思いきや、そうでもないらしい。

 見れば、ウンディーネが俺の首に手を回して抱きついていた。

 やけにはっきり声が聞こえるかと思ったら、外に出る事もできたのか。


「これ、あんたが守ってくれてる感じか」

「そんな感じ。でも、あと3分で死ぬ」

「全然助かってないのな! あー……なあ、あんた『命の認識が』とか言ってたよな」

「? ええ……」

「あんたらでも死ぬのって怖いのか?」


 唐突な俺の問いに、ウンディーネはわずかに考えてから、


「よく、分からないわ。今があなた達の言う、生きているという状態だとも思えない」


 そう返してきた。

 マジで俺達とは生命に対する執着が違う、って事なんだな。


「正直めちゃくちゃ怖いぞ俺は」

「そう……。なら、申し訳ないわね、曽良。あなたを助けてはあげられない」

「ああー……。いいよ、別に、なんかもう。あんたみたいな美人と死ねるのも、なんか良い気がしてきた」

「……潔すぎて気持ち悪い」

「せっかく歩み寄ったのに酷くねえか」


 余命は残り2分を切った。

 やっぱ溶かされて死ぬのは嫌だな……。

 消化された後、こいつのフンにされるんだよな、たぶん。

 尊厳のある死とか特別に望んでた訳じゃないけど、デカい犬に食われてダンジョンの肥やしにされるのはそれなりにキツいな。

 はあ……せめてフンにはなりたく…………フン?


「ウンディーネ、まだちょっと頑張れたりするか?」

「ええ、まあ、多少はね」

「脱出法を思いついた」


 上に這い上がれないなら、下があるじゃない。

 俺は自分の機転にほくそ笑み、ウンディーネは「そんな顔できたんだ」ってくらい嫌そうな顔で返してきた。


◆◇◆◇


『オゥっ……!? ウッグッ……オォォォォォォォン!!』


 柴ベロスの苦しげな叫びが響く。

 それはまるで、日頃座りっぱなしの人間が便器で戦う時のような、痛ましい声であった。

 叫び、悶える首とは逆の方向。尻尾の付け根あたりで異常が起こった。

 まず、その『穴』から人間の腕が出た。それは手にした包丁で、『穴』の周囲を滅多刺しにする。

 当然包丁如きでは深い傷はつけられないものの、いくつかは裂傷を残すことができた。

 その傷を広げながらもう一本の腕が出て、『穴』の周囲を掴む。

 そして精一杯の力で、胴体を引っ張り出した。

 おぞましいさまざまな物と一緒になって、ダムが決壊したように放出されたその人物は、地面を転がり大の字に寝転がった。


「やってやった……やってやったぞ、ちくしょう!」


 今、達成感と生を掴んだ安堵感がないまぜになった感情のまま、曽良は拳を天に突き上げて叫んだ。

 ウン命に打ち克ったのだと、高らかに吠えた。


◆◇◆◇


 身体中にべったり纏わりついているアレを拭いながら、柴ベロスを見る。

 尻を裂かれた事でかなりのダメージが入ったらしい。今や柴ベロスは、ぐったりして動かなくなっていた。

 こうして見るとなかなかエグい事をしてしまった。

 なんとなく、自分の尻までキュッとなる。

 今ならとどめを刺せるはずだ。

 包丁はフンに埋まってしまったからもう使えない。いくらまみれてるとは言え、手を突っ込んで掻き回すのは無理だ。

 とはいえこのままにはできない。何か無いかと考えると、この場に唯一、殺傷能力の高そうな武器がある事を思い出した。


「ウンディーネ」

『嫌』


 即答かよ。


「まあ、聞けって。どんなに汚れたって、洗えば落ちるんだ。人間はいつだって綺麗な体に戻れるんだよ。だから鉄の槍くらい……」

『絶ッッッッッッ対に嫌!!!!』

「うーん……。こうか?」


 あの時俺の頭を殴りつけた三叉の槍を強くイメージすると、手の中にそれが現れた。


「おお!? やればできるもんだな!」

『なんで!? ちょ、やめて! 返してー!』

「柴ベロスの奴、どうやら後ろが弱点らしいからさ。こいつで千年殺しをお見舞いしてやろう」


 重厚な見た目に反して、不思議と重さの無い三叉の槍。ゲームだと『トライデント』とか呼ばれてるアレだ。

 こんなクーソーにまみれた自由を求める手で握るには、あまりにも神聖すぎる見た目をしてるんだが……まあ、仕方ないよな。


『やめてええええ! やめてよおおおおお!』


 脳内の絶叫の一切を無視して、トライデントを振りかぶる。

 男、錦曽良。一突入魂、行かせていただきます!


『嫌ああああああああ…………!』


◆◇◆◇


「……あれ? まーくん、ひろくん、どこ? かくれんぼしてたのに、帰っちゃった?」


 小さな女の子が遊具から這い出て、キョロキョロと辺りを見回している。

 それが何を意味するのか直感した。

 あの子はきっと、ここのダンジョンの発生に巻き込まれてしまったのだ。

 確かあのダンジョンは3年も前に出現したもののはずだ。つまり、3年も行方不明になっていたのだろう。

 3年間、誰も攻略しなかったダンジョン。俺の行いは、図らずも1人の少女を救ったのか。


「かーえろ、かえろ、おうちへかえろー」


 歌いながら、女の子は駆けて行く。きっと、同じ夕暮れの続きだと思い込み、少しだけ違う街並みの中、今も帰りを待ち続ける親の元へ向かうのだろう。

 その背中が見えなくなった時、何故か胸に清々しい風が吹いた。


「別に意識してた訳じゃないけどさ。こういうのなんか、嬉しいな」

「あら、あなたって意外と、善人なのね」

「俺をなんだと思ってるんだよ。でもまあ、うん。よかった。全て丸く収まったな」


 俺の奥義を食らった柴ベロスは、絶叫と共に塵になって消えた。そしてダンジョンは消え、俺たちは外に放り出されたという訳だ。

 豆柴も消えていたから、あれは本当にダンジョンのモンスターだったんだろう。

 ダンジョンの主とやらを倒したおかげで、俺の寿命も延びたはずだ。危険生物の住んでいたダンジョンは消え、中に囚われていた女の子も救い出せた。

 文句のつけようのないハッピーエンドだと言える。

 どうしてエクスプローラー達がダンジョン攻略に躍起になるのか、その一端が理解できた気がした。


「俺たちも、帰るか。それで、銭湯にでも行こうぜ」


 ポケットに手を突っ込み、家に向けて歩き出す。

 俺もなってみるかな。エクスプローラーにいいいいてててててててっ!?

 痛え!

 思い切り耳を引っ張られ、強制的に動きを止められた。


「何すんだ!?」

「ふふ、何すんだ、とは、ふふ。私の神器をこんな風にしておいて、ふふふふ」


 あっれ? どうも丸く収まってないっぽい?


「面白い技でしたよね、千年殺しでしたっけ? 私にも使えるかしら。ふふふ、ふふふふ」

「ちょ、ちょい待ち」

「聞く耳無し。覚悟ぉ!!」


 尻に激痛。

 こいつ、神器とかいうので刺しやがった!?

 俺の尻はいいのかよ!

 ていうか、


「いってえええええええええ!?」


 人生で一番といっても過言ではない絶叫が、夕暮れの空に響き渡った。


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