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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
2章
29/112

2-11 三頭一対

 海中は意外なほど快適だった。

 呼吸も会話も問題なくできるし、なんなら地上より体が軽い。

 海水が口の中に入っても、喉を焼くような味はしない。まるで真水だ。


『私の加護で、あなたの体が水に適応しているのよ』

「じゃあ今の状態で漏らしたりしたらどうなんの?」

『それなんで今聞くの? あ、あなた、まさか……』

「例えばの話だよ。実際ちょっとヤバいけど」

『お願いだから私から離れてしなさいよね……』


 大丈夫、俺はプールの中で致してしまうタイプのアウトローではなかったから、こういう状況で漏らしたりはしないんだ。

 ただ限界ってのは誰にでもあるし、その時はすまん。

 ……どちらかと言えば泳ぎは苦手なはずなのに、体がスイスイと進んでいく。

 なんとなく、こうだろうというやり方を体が勝手に取るのだ。

 少し調子に乗って体勢を変えたりしても、自由自在に動く事ができる。

 しかも速い。かなりゆっくりに泳いでいるのだろうが、ペンギンやピラニアすら追い越せる速さだ。

 こうして槍持って泳いでると漁師になった気分だ。

 周囲を泳ぐモンスターも、不思議と攻撃してこないが、だからといって攻撃したら無事は保証されないだろう。

 下手に刺激しないのが得策だな。

 リヴァイアサンはどこかへ行ってしまい、今はもう見えない。

 下……この場合は、さっきまで立っていた地面の方を見ても、既に暗くなっており、見えなかった。

 ここだけに限らずダンジョンは本当に不思議な場所だ。

 こんな、広い海が冷蔵庫の中だなんて、言われなきゃわからないだろう。

 上下逆さまに泳ぐ、緑や赤のペンギンが横を通り過ぎてゆく。

 こいつらにもこれまでの暮らしとか、積み重ねてきた歴史とか、そういうものがあるんだろうか。

 それとも、ダンジョンの発生と共に急に生まれた存在なんだろうか。

 どちらにしたって不可思議な生物である事には変わりない。

 人間よりはるかに強くて、倒せば消えてしまう存在。これが自然の生き物なのだとしたら、肉食獣なんかは困りそうだ。

 ……いや、シロクマとかペンギンって肉食じゃん。何食ってんだ、こいつら。


「……」

『何か私に、聞きたい事があるんじゃない?』


 沈黙しながら泳いでいると、ウンディーネがそう問い掛けてきた。


「あー、聞きたい事だ? んなもん、ごまんとあるよ。なんでそんなに俺に厳しいのかとか、なんで現れたのがトイレなんだよとか、ろ過装置眺めるのがそんなに楽しいのかとか……ぶっちゃけ何者なのか、とか」

『……』

「でもどうせ、記憶なんてないんだろ。じゃあ聞かねえ」


 ゴボ……という音が体内から響く。

 ウンディーネは何か、ダンジョンと特別な関わりがある。それは間違いない。

 このダンジョンだってこいつがいなきゃクリアなんて到底不可能だった。そうだ、こいつがいたから、コンビニのダンジョンだってクリアできた。

 あんな、どこか別の世界の物語や文字を知っていないと、当てずっぽうじゃなきゃクリアできないようなダンジョンを。

 けれどそれを追求するのは今ではない。ただ、そう感じただけだ。

 どうせ無駄だってわかってるしな。


『気を使っているつもり? そういうの気持ち悪いわよ』

「よく言われるよ」

『本当に……。ねえ、曽良』

「なんだよ」

『もし、もしもよ……もしも……』


 ウンディーネがもごもごと何かを言う。

 が、俺はそんなもん、聞いてはいなかった。

 いや正確には聞いてる場合じゃなかった。

 そいつは突然現れたのだ。暗い暗い海の底、俺からすれば天から、そいつは現れた。


「お……おおおおおいっ!? なんじゃこいつ!!」

『へ? え、ええええっ!?』


 デカい鳥だ。コカトリスなんか比べ物にならない。まるで海の中の闇全てがこいつ自身であるかのようにデカい鳥だ。

 しかも普通の鳥じゃない。頭や前足はたぶん猛禽類だろうが、半分は陸の動物の体をしていた。

 近いものを挙げるならライオンだろうか。動物園くらいでしか見た事がないけれど、たぶんそういう胴体をしている。

 で、その馬鹿みたいにデカい両眼が俺を見ていた。


「あ、あわわ、あわわわ……」

『に、に、に、逃げ、逃げなさい、曽良……!』

「言われなくても……で、でも、腰が抜けて……」

『ここ海の中よ!? とにかく、闇雲でもいいから逃げて! ネプテューヌになったって、あなたじゃ絶対に勝てない!』


 どこがミノタウロスよりは弱いくらい、だよ!?

 俺1人じゃ倒せないどころか、こんな奴、束になっても勝てねえわ!

 鳥は俺を見下ろしている。

 獲物を狙う眼なのか、はたまた別の意図があるのか。とにかく視線は外してくれない。

 ……あ、しかも今、かなりデンジャーな感触が股にあった。

 これウンディーネに言ったらブチギレると思うんだけど、でもさ、こんな規格外の化け物を目の前にして、我慢しろって言う方が酷だと思うのよ。

 というわけで正直に言います。かなりマジめに漏らしました。


「拝啓、故郷のお母様。先立つ不幸をお許しください」

『辞世の句なんて詠んでる場合じゃないの! とにかく逃げ……』

「……主……」


 突如響いた、重々しい音。

 音、というか、声……?

 こんな音をテレビで聞いた事がある。確か、世界のミステリーを特集するバラエティで、海底から響く謎の音だとか言ってたやつだ。

 あれはガスの噴出だとかなんとか結論されていたけれど、今ここに、そんなものは見当たらない。

 とすれば、音、いやさ声を発しそうな奴は……。


「主よ。よくぞ、戻られた」


 今度こそはっきりと、奴はそう口にした。

 奴ってのは誰かって?

 もちろん、目の前の鳥だ。


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