2-10 海の中へ
氷ではなく石でできた階段を上ると、ドーム状の広い部屋に出た。
床はこれまでと変わらず氷だが、ベヒモスの部屋とさ比べ物にならない広さだ。余裕で野球できそうなくらいだな。
だが、なにより目を引くのは天井だ。
「これは……水?」
床から2メートルほどの所に、透明な水が揺らめいている。
それが天井一面を覆っており、その中には上下逆さまに泳ぐダンジョンのモンスター達がいた。
落ちてこないのを見ると、水に見えるだけの何かだろうか。
「よっ」
「んっ? ちょっ……!」
ドポン、という音。
見れば陽花が水に上半身を突っ込み、どんどん上って行っている。
「うおおい! 何やってんだ!」
慌てて足を掴んで引っ張り戻した。陽花は上半身がびしょ濡れになっている。
こいつ1秒たりとも目が離せないわ。
幼児の親ってこんな気持ちなんだろうか? 常にヒヤヒヤさせられて、全然心が休まらない。
大体、まだボスがここにいるって限らんのに、好奇心だけでこんな訳のわからんもんに突っ込むかフツー。
頼むから年齢相応にまともな行動を取ってくれ……。
「しょっぱいっす!」
「お前の行動もな。この水? しょっぱいって事は……」
「本物の海のようですね」
警棒で水を探った真琴が呟いた。
手近な床をアクア・ネビュラで削り、かけらを投げ入れてみる。
すると、重力に逆らって上へ上へと上って行った。
あっという間に暗い天井に吸い込まれ、見えなくなっていくかけら。
どこから光が差しているのか分からないが、天井の海は普通の海と見え方は変わらない。
底に行くにしたがって深い色になり、見えなくなっている。
「主はこの海のどこかよ」
「あっ! でっかいのいたっす!」
「どれ……で、でっけえ!?」
海の中を悠然と泳ぐのは、海蛇のように長い体を持ったデカい生物だ。
全身が黒く、刺々しい鱗に覆われている。複数の眼がギョロギョロとあちこちを見回している。
ゲームとかで言うなら確か、リヴァイアサンってやつだろうか。なんかの神話の化け物だったと思う。
さすがにあれと戦えってのは無理だぞ。ネプテューヌ使ったって勝てる気がしない。
冷や汗を垂らしていると、ウンディーネが口を開いた。
「あれは主じゃない」
「あ、あの図体でボスじゃないのか……」
そういや、ここのボスはミノタウロスよりは弱いんだっけ。それもどこまで確かかわからないが。
「本物はこの海のどこか……。あっちに、強い気配を感じる」
ウンディーネの指差した方は青く輝く海が広がるのみだ。色とりどりのモンスターが泳いでおり、その脇をリヴァイアサンが通る。
こりゃ、ボスに辿り着くのは一苦労だな。
大体、このダンジョンは意地が悪いぜ。ボスまでの通路は隠されてるし、肝心のボスも……。
……あれ? ちょっと待てよ、これって……。
「センパイ、ボクらたぶん行けないっすよね、これ」
「うっ、そ、そうか、そうだな……」
忘れてた。海って事は当然酸素もないし、普通の人間じゃ活動できるわけがない。
そして海の中でも問題なく活動できるのは俺だけ……。
このボスは、否が応でも俺1人で戦わないといけないのか。
くそ、ここに来てマジかよ!
このダンジョンで多少は強くなってるかもしれないけど、俺だぜ? 元の能力値も底辺を叩いてそうな、この俺だぜ?
いきなりのガチ試練にビビり倒すしかない。
でもここまで来て嫌だとか言えないよなあ。
先導してくれたベヒモス君も「はよ行け」とばかりに視線を送ってくるし。
知性のない石つぶての瞳のくせに、やたら雄弁なのはなんなんだ。
「海に入った瞬間、あいつにパクッと行かれたりしないよな」
リヴァイアサンを指差すと、ウンディーネが首を傾げた。
「さあ……」
「不安〜〜〜〜!」
あーくそ、覚悟を決める時か……。
あーほんとやだやだ、ダンジョンってやつは、なんでこう人の暮らしを侵食して、命懸けを強要してくるかね……。
仕方なく意を決した俺はジャンプし、腕の先を海に入れた。
すると、体全体が『沈むような』感覚があった。
「変な感覚だ……。うし、ちょっくら行ってくるわ」
心配そうに見送ってくれる陽花達を後にして、俺は海の中へ突入した。




