2-5 正しい「ごめんなさい」のやり方とは
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直感と同時に陽花を突き飛ばすと、ベヒモスが水弾を吐き出してきた。
ゲロかよ、汚ねえ! などと悪態をつく間もなく、俺の上半身が水弾に包まれる。
ゴムボールに飛び込んだような、ぶよんっ、という奇妙な感覚。
倒れ込むも、水弾がクッションになり後頭部は打たなかった。
「がぼぼっ!?」
やたら粘性のある硬い水に包まれた俺はパニックに陥っていた。
視界は歪み、俺の口からはごぼごぼと酸素が泡になって吐き出される。
このままだと陸で溺れ死ぬ!
そう感じてそこら中を転げ回るも、水弾には穴すら開かない。
パニクるあまり、鼻や口からも水が入った。
これ、まずいぞ!?
「センパイ!」
「曽良さん!」
2人の俺を呼ぶ声が遠い。
あ、意識が………………あれ?
そこで俺は、大して息が苦しくない事に気付いた。
どころか、普通に呼吸できている。
正確には呼吸しているというか、水がそのまま酸素のように吸えるというか、不思議な感覚だ。
これはこういう攻撃なのだろうか。
だが、そんな意味のない攻撃、するか?
それに明らかに、俺の顔を覆っているのは水だ。ただし、鼻に入ろうが、あの独特のつんとくる感覚はない。
『私の加護よ。あなたは水母の加護により、水中での活動に制限がなくなっています』
「ばぼぼばばっ!?」
マジなのか、と言おうとして、ごぼぼぼと泡だけが出た。
ああ、本当に水だ、これ。そして、どうやら加護とやらで無限に呼吸できるらしい。
どうやら焦って脱出しなくても良いようだ。
陽花と真琴に、ジェスチャーで大丈夫だと示し、俺はアクア・ネビュラを構えた。
俺が平然としている事が気に食わないのか、ベヒモスはさらに水弾を放った。
こちらへ向かって高速で飛ぶ水弾。胸に当たれば骨折くらいしそうだ。
その瞬間、俺の前に、影が躍り出た。
「ふっ!」
真琴が飛び回し蹴りで水弾を打ち消す。うお、かっけえ!
だが、着地を待たずしてさらに放たれた一発が、今度は真琴の頭目掛けて飛んでくる。
「しっ!」
次は陽花が前に飛び出し、両手のバットをクロスさせ、斜め後ろに受け流した。こいつもかっけえ!
なんでどいつもこいつも、急にそんなヒロイックな動きができるんだ。
これがステータス上昇効果か……!?
「センパイ、ボクが盾になるから、近付いてあいつをぶち割るっす」
「ぼぼお(おうよ)!」
「なんて?」
「ごばばば(だから)、おぼぼぼゔえっ(了解って)」
「分かったっす!」
そう叫ぶなり、陽花が地面を蹴った。
摩擦の低さなど物ともしない、矢のような跳躍。
その勢いのままに両手のバットをベヒモスの口中に突き立てる。
あいつ盾になるとか言ってなかったか!?
「でええええやああああああああああっ!!!!」
掌打、裏拳、頭突きに2連続の膝蹴り、肘打ちに拳の打ち下ろし……目にも留まらぬ連打が、ベヒモスを頭から削ってゆく。
おい、ちょっと待て、こいつ何を分かったんだ!
「ばばばーっ(陽花ー)!」
ストップ! ストップ陽花!
それ以上やったら、やったら……あああ~……!
俺の制止も虚しく、粉々の塵になったベヒモスが、キラキラと光を残しながら消滅していった。
後には眼球になっていた石だけが残る。
おい、どうすんだこれ。寿命、取れたのか?
「ぶはっ!? コラァー!! 陽花――――ッッッ!!!!」
「ひえっ!?」
「何してけつかっとんじゃお前は―――!? 逆にビックリしたよ! その躊躇いのなさ! お前あれだな? 血を見るのが何より好きなバーサーカーだな!? 命を蹂躙するのがそんなに楽しいか! 地獄行きだぞそういう事すると!」
「あ、あの、落ち着いて……」
「じゃかあしい!」
滅茶苦茶に喚きながら陽花に向かおうとすると、急に脇の下から通された腕に阻まれ、それ以上先に進めなかった。
真琴が羽交い締めにしてくるのを振り払おうとするが、ステータス補正なのか、びくともしない。
こんな悲しい事、ある? 自分より華奢な奴に完全に力負けって……もうネプテューヌ使うしかないんじゃないの……。
「だ、だって、センパイ、頼んだぞ陽花、お前に任せたって……」
「たとえそう聞こえたんだとしても字数がおかしいからね!?」
「うううう……!」
「ま、待ってください! 竜宮さんは曽良さんのために、ボスを倒したんじゃないですか。先輩を慕う後輩の気持ち、汲んであげても良いでしょう」
「くっ……。はあ……すまん」
真琴に解放された俺は、ぎゅっと唇を噛んで泣きそうになっている陽花に頭を下げた。
くそダサい所を見せてしまった。
「それに、今のはボスじゃないようですよ」
「え? ……あっ」
そうだ、今のがボスなら、とっくにダンジョンから追い出されてるはずだ。
逆になんで気が付かなかったんだ俺は。
滅茶苦茶にダサいな!
「陽花! すまん! この通り!」
両手を合わせてさらに深々と頭を下げる。
もう土下座する勢いだ。俺はプライドとかないからね。悪いと思ったら土下座でも土下寝でもしてやる。
なんだかんだ言って陽花に嫌われるのは普通につらい。
「……良いっすけど……」
「う、棘のある声……。簡単には許してくれないか……」
「センパイに怒ってるっていうか……穂浪さんが……」
「え、私?」
「……フツーに嫉妬するじゃないっすか。ボク、せっかくセンパイとツーマンでやってたのに、ボクより強いし、美人だし……いや、それはどーでもいいっすけど、なんかこう、ずるいし……」
なんかゴニョゴニョ言ってるけど、せっかく~の辺りからなんも聞こえん。
とにかく、陽花は急に入って来た真琴におかんむりだったようだ。
そりゃ、俺達くらい仲良いと、軽々に割って入ってこられるのに思う所はあるのかもしれないが……。
そこまでか? と思うのは、俺に友達が少ないからだろうか。
「私は竜宮さんとも仲良くしたいのだけれど、駄目でしょうか?」
「……センパイ取ったりしないんなら良いっすよ」
取るってなんだ。
そう言われた真琴は、少し考えてから「ああ」と言った。
そして、そっぽを向く陽花を見ながら、俺に耳打ちしてくる。
うわ、良い匂い。
「合点が行きました。竜宮さんは、私が曽良さんとそういった仲になるんじゃないか、なんて心配していたんですね。てっきり私は、お2人はもう、そうなんだとばかり」
「そういった?」
「男女の仲、的な」
「男女の……んん?」
男女。男と女。
男は俺だとして、女?
ここにいるのは陽花、と……。
「……真琴さん、もしかして、女性?」
「え、ええ、一応」
「はあ~?」
語尾上げ気味な陽花がずかずかと俺と真琴の間に割って入って来た。
眉尻が釣り上がり、見た事もないくらい怒ってる。
「センパイ、知らなかったんすかあ!?」
えっ。
こ、これ、マジなやつ?
2人してからかってるとかじゃなくて?
「うわ、サイッテー……。あなた、死んだ方がいいわよ。今すぐ腹を裂きなさい、アクア・ネビュラ貸してあげる」
「がぼっ!? お、おばっ、なんっ」
口からちょろっと出て来たウンディーネが、超至近距離で俺を罵ってきた。
あまりの異質な光景に真琴が引いている。
「フツー、ひと目で分かるじゃないっすか。ボクなんか昨日初めて会った時に分かったっすよ」
「ちがっ……! あのな!? 超美形の中性的な人だと思ってて、それで……」
「言い訳? 女々しい~。死になさい、今すぐ。胸を裂いて死ぬのよ」
「いいんです。これまでも何度も間違われたりしましたし、制服のスカートを履いているのにメンズ誌でモデルやらないかって言われたり……。私、相当魅力がないんでしょうね……」
「す、す、すみませんでしたああああ!!!! 違うんです、真琴さんに魅力がないとかじゃなくて、いやむしろ」
「いいから死になさい。ほら、首を裂いて死」
「さっきからお前はカジュアルに自害を勧めんなや!? あとなんでちょっとずつ狙いが上に行ってるんだよ! 次は口か? 脳みそか!?」
1人と1匹の視線がバシバシ刺さり、土下座する頭上からはずーんと重い落胆がのしかかって来る。
かくしてこのパーティは、攻略途上にしてこの上なく気まずい空気に包まれてしまった。




