2-4 海獣が子
翌日。
市役所で交わした約束の時間の30分前に、真琴は俺の家に来た。
「すみません、今日の事を考えたらなんだか居ても立ってもいられなくて。迷惑でしたか?」
「い、いや、全然。むしろこんな格好でスンマセン」
俺は思い切り部屋着のくたびれたシャツにスウェットを着ていた。美形を前にしたドレスコードがあるとしたら、即つまみ出されるレベルの迂闊さだ。
真琴がウンディーネのダンジョンを覗き込んでいる間に、後ろでこっそりツナギに着替えさせてもらう。
しばしぬるい麦茶を飲んで待っていると、30分遅れで陽花がやって来た。
お前はむしろ早く来いよ。
「すみません、行こうか迷っちゃって……」
「迷うなや」
玄関で俺の後ろを見た陽花が、またも露骨に「うえっ」という顔をするので、こっそりと耳打ちした。
「知り合いか? 過去に、なんかあったのか?」
「そーいうんじゃないっすけど……」
「人好きなお前が珍しいな。まあ、相性ってのは如何ともし難いものだし、無理に仲良くしろとまでは言わないけど、こっからは協力もするんだし、な?」
「うーす……」
すげーふてくされてる。
いつもあっぱらぱーな笑顔の陽花が、こんな分かりやすいむくれっ面するの、俺がインフルエンザに罹って寝てる時に構ってもらえなかった時以来だぞ。
あの時は40度の熱が出てるんだから近寄るなって何回言っても看病しようとしてきたからな。
まあ、女子の気持ちは俺には分からん。童貞だし。
諸々の道具が入ったリュックを背負い、陽花、真琴と一緒に冷蔵庫のダンジョンに入った。
心配していたモンスターのリポップは起こっていないようだ。歩いていてもペンギンやシロクマ、ピラニア達は襲ってこない。
昨日到達した場所まで難なくたどり着けた。
目印として壁につけた傷は消えている。ダンジョンは自己修復機能があるのかもしれない。が、床に置いておいた俺用のバットはそのままだった。
それを拾い、真琴に渡そうとすると、真琴は首を傾げた。
「曽良さんの武器は……?」
「ふん、センパイは戦わないから武器なんて要らないっす」
「人聞きの悪い事言うなや! ちゃんと戦うっつの。俺はまあ、武器ならあるからさ」
アクア・ネビュラを手の中に出現させる。重さのない槍が切っ先を光らせた。
わずかに驚いたようだが、真琴は槍に顔を近付けてきた。
「へえ……。これは、どうやって手に入れたんですか?」
しげしげとアクア・ネビュラを眺める真琴に、経緯を掻い摘んで説明した。
「なるほど……。似たような力をボスから得られる可能性がある……? いや、そのダンジョンのボスが特殊だっただけ……。あるいは特殊なボスの出現条件が……」
「真琴さん?」
「あっ、は、はい。なんでしょうか」
「いや……。大丈夫か?」
「平気です」
なにやらブツブツ呟いて、ちっとも平気には見えなかったが。
とりあえず真琴は愛用している金属製の警棒があり、バットを必要とはしていないらしいので、引き続きバットは俺が持つことにした。
「ボクが持つ! ボクが持つっす!」
「はあー? お前はもう、1本持ってるだろ」
「二刀流にするんすよ! ボクにください!」
「はあー、しゃーねえな。ほら、壊すなよ」
買い物の付き添いで妙にはしゃぐ子供のような陽花にバットを渡す。
真琴の様子も変だが、こっちはこっちで妙だ。
いつもなら自分から真琴のパーソナルな部分にズケズケ入って行くくらいの勢いなくせに、今日はやけに態度が刺々しい。
「ボクは役に立つんで! シュッ! シュッ!」
「あっぶねえからバット振り回すなや! お前のステータスじゃ当たったら洒落にならん」
ナントカに凶器。やっぱ没収しとくべきか?
などと考えながら歩いていると、いかにもな小部屋に突き当たった。
「ウンディーネ、ボスの気配は?」
『いる……けど、妙な気配ね』
「またかよ。お前のセンサー、まともに働いたの柴ベロスの時だけだろ。妙、妙って、ひねくれた物差ししか持ってないんじゃないのか」
『どういう意味よ!? 今回はなんていうか、距離が遠いとかじゃなく、主そのものの気配なのにそうじゃないというか……』
「はいはい」
『聞いてー!!』
まあなんだろうと倒せば問題ないんだ。
気持ちを落ち着けてから部屋の扉を開けると、中には氷の塊があるだけだった。
『あれよ』
「あれか、やっぱし」
塊がのそりと動き、2つの宝石のようなもの……おそらく、眼球がこちらを見た。
全身が透明な氷だから、細かなディテールはよく見えないが、四足歩行で牙がある、どっしりとした体躯をしている。
これまでのコミカルなモンスターに比べると威圧感はあるが、ミノタウロスほどじゃない。あいつはマジモンすぎた。
見たところ、近い動物を挙げるなら、耳と鼻の短いゾウか……?
モンスターはすぐには襲ってこず、こちらの様子を伺っている。
「カバっすよ」
「カバ? カバはないだろ」
「サイじゃないでしょうか。ほら、ツノがついているし、顔もシャープだ」
「言われてみれば、頭にツノ付いてるな……。でもサイって牙あるか?」
「やっぱりカバっすよ、カバ!」
「カバはないって。ありゃゾウだよ」
「「ゾウ〜?」」
陽花と真琴がハモった。
仲良いなお前ら。小首をかしげる所までそっくりだ。
「す、すみません。ゾウはさすがに……」
「センパイ、ゾウ見たことないんすか? ゾウはもっとでっかくて、ツノ生えてないんすよ」
「カバだって生えてないだろ! 分かったよ、あれは」
「鼻も長いし耳も大きいんすよ〜?」
「ネチネチとうるせえ、いじめっ子かお前は! あれはゾウとカバとサイの合いの子な! はい、決まり!」
2人に攻められるのが辛かったのでさらっと頭にゾウをねじ込んでやった。
あいつはゾウ。付加要素としてカバとサイがある。それでいいじゃないか。
だいたいここはうちのダンジョンだからな、命名権は俺にある。そうだろ?
……いや、ここ賃貸だったわ。
『ベヒモス……』
「は?」
今度はウンディーネが呟いた。
体内の事なので陽花達には聞こえておらず、2人は俺が怒ったのかと思って驚いているようだ。
『あれはベヒモス。分かる……私の子供……』
「ウンディーネ? おい」
『えっ? あ、あら? 私、また何か……』
「大丈夫かよ。なんか、子供がどうとかブツブツ言ってたぞ」
『子供……?ご、ごめんなさい、何の事か、分からない』
マジで大丈夫か。
一応、いざって時にネプテューヌは必要だし、戦力としてアテにできるかもしれないんだから、しっかりしてくれよな。
まあともかく、あのゾウでもサイでもカバでもない、ベヒモスなるモンスターを倒さなければいけないのは確実だ。
陽花達を振り返ると、やたらビミョーな距離を置いて立っていた。
「おい」
「い、いや、大丈夫。私は『そういう人』にも、理解はあるつもりです」
「絶対なんか勘違いしてるだろ」
「センパイ……。辛い事があるなら、ボクが悩み聞くっすよ?」
「お前は事情わかってるだろ!? ウンディーネだよ、ウンディーネ! 今ウンディーネと喋ってたの!」
「ウンディーネ……それが、例のトイレのダンジョンに現れたというボスですか?」
体内で抗議するようなゴボゴボ音が鳴った。
こいつ、自分の泉をトイレ呼ばわりされるのすげー嫌がるからな。
たぶん真琴への好感度は急降下しているはずだ。体を外に出していたらぶん殴っていたかもしれない。
「そうか、特殊なボスを見つければ攻略に関する恩恵もある……人語の通じるモンスターなら、これまで誰も踏破できていない仕掛けの難解なダンジョンであっても……」
「? おーい?」
「センパイ、前!」
真琴がまたもあっちの世界に入ってしまったので呼ぼうとした瞬間、陽花が叫んだ。
ゾウ……もといベヒモスがずんぐりとした身体を起こし、口を開けている。その奥に、光が見えた。
なんか、まずい気がする。




