2-1 生活家電は洒落にならないからやめてくれ
「そっち行ったぞ!!」
「うひゃあー!? つ、つべたぁ…」
「大丈夫かよ……ほら、さっさと立て」
「すみません……ひぃあ!?」
「うおお!?」
2人してすっ転び、氷の床にしたたかに顔を打ちつけた。
口の中に血の味が広がる。歯が欠けてない事を確認してほっとした。
悲しい事に今は、歯医者に行く金も暇もないからな……。
「いってえ……」
「お尻打ったっす……。4つに割れた気がする」
「どれ、本当に割れたか見てやるよ」
「マジっすか? んじゃちょっと、お願いしまっす」
「ちょっとは拒否してくれ」
俺心配になっちゃうよ、お前のそういう所。
にしても、このダンジョンは忌々しい事この上ないな。
一面ツルッピカの綺麗な氷の床だ。まともに立ってる事も難しい。
加えて寒い。初夏の気温に慣らされた肌には、いささか酷な環境だ。
……こんなダンジョン、普通なら好き好んで来たりはしない。
けれど俺にはここを一刻も早く攻略しなきゃいけない理由がある。
このダンジョンは、なんとうちの冷蔵庫に現れたのだ。
冷蔵庫だぞ、冷蔵庫。
家丸ごととか、トイレとか、まあその辺はわかる。
段ボールはちょっと置いとこう。あれは色々と理の外だ。
が、冷蔵庫って!
もう少し空気読めない!? だって今6月だよ? これから暑くなるよ? つーか食材だのなんだの、保存もしなきゃならんのよ!?
このダンジョンの氷の上にでも置いておけば、というウンディーネの提案もあったが、やだよこんな謎の生物がうろつく場所にもやしとか保存すんの。
野良に餌やってんのと変わらないし、なんなら俺が餌にされてしまう。
それに、ちょうど寿命も尽きかけてる。ついこの間、ネプテューヌの力を使ったおかげで無駄に寿命が減ったばかりなのだ。
そんないろいろな理由のおかげで、俺はこのダンジョンを攻略せざるを得ない状況ってワケ。
「よーしよし、立てた、立てたぞ……うおおっ!?」
またもや転倒し、今度は尻を打ちつける。
陽花じゃないが、誰か割れてないか確認してくれ……!
「センパイ大丈夫っすか? お尻見ましょうか?」
「はしたないからやめなさい」
陽花の手に掴まって立ち上がる。どれだけステータス補正があっても、この氷の床では生まれたての子鹿にならざるを得ない。
このダンジョンは環境だけじゃなく、出てくるモンスターも奇妙だ。
南極や北極の生物がごちゃまぜになっているくらいなら、雑な『寒い所』のイメージだとわかる。ペンギンは可愛いし、シロクマもどこか愛嬌がある。
が、空を飛ぶ魚はなんなんだ。しかも、ピラニアかと思うくらい凶悪な顎を持ったカラフルな奴らが、集団で殺しにかかってくる。
言うまでもなく、うちの冷蔵庫に南米原産の魚なんて入ってない。とすれば一体、何に影響されてるんだろうかこいつら。
「ペンギン来たっすよ!」
陽花の指差す方から、緑と白のツートンカラーのペンギンが3羽滑ってきた。色味的に、冷蔵庫に入れておいたネギを連想させるそいつらに陽花がバットを構える。
俺もアクア・ネビュラを構えて迎え撃つ。
ペンギン達は体当たりしてくるだけで、あまり脅威でもない。一応レベルの上がった俺や陽花ならぶつかられた所で多少痛いだけだ。
なので無視したっていいんだが、まとわりつかれると羽でビンタしてくるのが鬱陶しいので倒しておく。
陽花が振り抜いたバットがペンギンをホームラン。壁まで吹き飛んだペンギンは床に跳ねて消えた。
俺はアクア・ネビュラでまっすぐ向かってくるペンギンに突きを繰り出す。単調な軌道で滑ってくるので、素人丸出しの突きでも普通に当たるのだ。
ところが、
「あっ!?」
「センパイ、何やってるんすか!」
なんとペンギンは直前でジャンプし、アクア・ネビュラと俺の腕を伝って顔に肉薄してきたのだ。
遠目で見ると可愛いけど、近くで見ると顔怖っ! 目がギョロッとしていて知性を感じない、獣の面構えだ。
躱そうと思った時には遅い。右の羽で思いきりビンタされる。
「ぐべえっ!?」
床に転がされて滑り、氷の下から突き出る岩に頭を打った。
すると、陰に隠れていたのか、数羽のペンギンが俺を取り囲んでタコ殴りにし始める。
「おごっ、ゔっ、ぶあっ!? や、やめっ、ちょ、ひ、陽花ー! 陽花、たす、助けっ!」
「今行くっす! って、うおお、こっちもなんか来たっす!?」
俺をボコボコにするペンギンの壁の向こうに見える陽花が、突如現れたシロクマの爪攻撃を受けていた。ちなみにシロクマと言いつつ、毛皮は真っ赤だ。ケチャップにでも影響されたのだろうか。
ペンギンは少し痛い程度の攻撃しかしてこないにも拘らず、シロクマはやたらリアルに殺意の高い攻撃を繰り出してくる。外見はまさにキャラクターのシロクマって感じなのに、一撃のパワーがえげつない。
が、コカトリスに素手で圧勝してしまう陽花さんだ。外で出会えば即死間違いなしの攻撃にも、バット一本で渡り合っている。
陽花の前蹴りがシロクマの巨体を押し戻し、次いで放たれた飛び後ろ回し蹴りが顔面を蹴り抜いた。
さらに空中でシロクマの頭を掴み、引き寄せる勢いで投げ飛ばす。
ダンジョンのステータス補正もあるとはいえ、とても細身の女とは思えない暴れっぷりだ。
下顎を打ちつけたシロクマが苦しげに呻いていると、背中に乗った陽花がその顎に手を掛けた。
そのまま、頭を強く捻ってねじ折る。
それでシロクマは跡形もなく消えてしまった。
こ、怖え~! 目が完全に暗殺者のそれだったぞ……! 一体何を習えばあんな動きができるんだ?
少なくともこの日本で、跨った相手の首を折る局面なんて存在しないだろ……。
ていうか実質、素手で倒してんじゃん。あいつまたステータス上がってるんじゃないのか?
いや、そんな事はどうでもいい。俺は早いとこ助けて欲しい。
さっきからペンギンどもは羽の殴打に加えて嘴まで使ってきてるんだ。しかも腕とか脚ならまだしも、尻や股間なんかの弱い部分を積極的に狙ってきやがる。
このままだと俺、大事なもの失っちゃうよ? ペンギンの嘴入っちゃうよ?
「陽花ー!!」
俺の声にハッとした陽花がこちらへ走ってきた。
今、残心してる時の目も素人のそれじゃなかったよ……。
こいつだけは絶対に怒らせないようにしよう。




