1-17 強化変身
さすがにその日のうちは疲労もあったので、ダンジョンに再突入するのはやめておいた。
翌日。渋りながらも、俺が死ぬのも困るというウンディーネが、今度は体内に入って付いてきた。
本人は簡単にやってくれるけど、毎度体に出たり入ったりが負担なんだよな……。可能ならもう少し優しくしてほしいもんなんだが、あのでっかい水まんじゅうを呑み込んだような感触は本当に慣れない。
さて、今回試すのはもちろん、ウンディーネの提案する『サクッと強くなる方法』だ。提案っていうか、俺が無理やり聞き出したようなもんなんだけど。
なんでも、ウンディーネ自身の力を使えるとかなんとか、むにゃらむにゃらとぼかした感じで言われて、俺の期待値はガン上がりしてる。
ひとまず小部屋を目指す。
と言っても、前回ボスと遭遇した小部屋がどこかなんて覚えちゃいないので、袋小路になるような部屋を勘で探す。
そこまでの道でいくつか目印を付け、焦って逃げてきた時でも分かりやすいようにしておいた。これに頼らずとも、ボスを倒しさえすれば問題ない。
ボスが出現する条件は『ハズレ(この場合はアタリか)の小部屋に入る事』だと推測したがゆえの行動だ。
コカトリスと違い、複雑な謎解きも何もない。出てくりゃ勝負になるという感じ。
突入から15分ほど経っただろうか。ようやく四方全てが施錠された部屋へ辿り着いた。
よし、ここからだ。
「俺はどうやって力を使えばいい?」
若干ワクワクしながら訊くと、間髪を入れず答えは返ってきた。
『アクア・ネビュラで心臓を貫きなさい』
「よーし……」
なるほどシンプル。
何事も手軽がいいですね。……えっ?
「あの、なんだって?」
『だから、アクア・ネビュラで心臓を貫くの。簡単でしょう?』
アフロの外国人画家みたいな事言いやがって。
それって要するに自殺だろうが。自殺すんのがそんなにお手軽にできるわけないだろ!
というか、死なないために戦ってるのに、手っ取り早く死ねってなんだ。
俺の抗議に、ウンディーネはぶすっとしたような声で答えた。
『言うなればこの力は、命を燃料として使うのよ。だからなるべくなら使わせたくないの』
「お、お前さあ! そういうリスクをなんでここに来るまでに説明しないんだよ……!」
『うーん。とはいえ、あなたのような人間は一度痛い目に遭った方がいいかと思って』
そんなキツい教育法があるかよ!
死んでもいいのか駄目なのか、スタンスをはっきりさせてくれや!
『来るわ。さあ早く心臓を』
「待て待て待て待て急かすな! これ、本当に安全なんだろうな!? やってから、うっそ〜テヘペロは無しだぞ!?」
『個人差はあるけれどたぶん大丈夫よ! 別に失うものは命だけなのだから、そう気にする事もないでしょう!?』
「お前今あらゆるマッドサイエンティストを過去にするレベルで物騒だからな!?」
せめて安全性を第一にしろよ、命あってのナントカだろうが!
倫理観をどこかに落っことしてきたような事言いやがってからに。
けどまあ、今さらそんな事言ってられねえ。
なにせあのゴリゴリと斧引きずる音と、扉を開ける音が順調に近づいてきてんだから。
「フゥーッ、フゥーッ…………。よーし、やる、やるぞ……俺はやる……ブスッと……やる……」
『早くー』
「せめてもうちょい、後押しする言葉かけてくんない!? 効果はどうあれ絵面がハードなんだからさあ!」
『人はいつか死ぬわ』
「死を理解してない異生物めが! くそっ、やってやるよ! オラ! 見とけ! 見……」
『まどろっこしい』
なおも躊躇いながら叫んでいると……。
ぶすっ。
突然、胃のあたりが引っ張られるように前に動いた。
アクア・ネビュラの切っ先が、それこそ水に指を入れる時のように、なんの抵抗もなく胸に刺さる。
「は……」
何すんだこの野郎、と声を上げる間もなく、俺の体に異変が起こった。
青い光が胸の中から溢れ出す。
それは次第に強くなり、中から赤い球が現れた。
胸に浮き出たそれを中心に、皮膚が服ごと、硬質な青い鱗状の組織に置き換わってゆく。
ただの鱗ではない。ファンタジーなんかで見る、スケイルメイルのような物だ。
金属のような光沢と硬さを持ちながら、不思議と動きを阻害せず、空気の抵抗すらないかのように軽い。
手首から肘に掛けてはヒレのような鋭いカッターが。
全身の筋肉が膨張し、体格も一回り大きくなる。
顔は流線型のマスクのようなものに覆われ、視界はぐんと広くなった。
単に視野の広さだけじゃない。光も、音も、いつもの数倍以上精細に捉えられる。
軽く手を握るだけで、はちきれそうなほどのパワーを感じた。
まるで、特撮モノのスーパーヒーローに変身したような感覚だ。
『これは、私が力を貸すんじゃない。私自身を纏い、力の全てを一時的に譲渡し、鎧として具現化する……。ネプテューヌ。それが、この姿の名よ』
「ネプテューヌ……! う、うおお、なんか、やれる気がしてきた……!」
力が漲る。
ステータスは見れないが、今なら陽花の125%どころか、300%くらいは補正が掛かってそうだ。
この状態でステータス更新したらどうなるんだろうか。
『それにしても、どうしてこんな力の事……』
「なんか言ったか? あ、そうだ。これ、どうせ使うと寿命が減るとかなんだろ? 具体的にどのくらい減るんだよ」
『? 全部だけど』
「…………はい?」
イマ、ナントオッシャイマシタカ?
全部?
全部ってどのくらい?
「全部?」
『全部』
「1秒残らず?」
『1秒残らず』
「つまり今、この変身を解くと?」
『即死』
嘘だろオイ。
じゃあこんなもん、変身した意味って!?
そんな、イタチの最後っ屁みたいな能力なのかよこれ!
『大丈夫よ。主を倒せばその生命力であなたは生き残れる。ね? 想像していたのと違うでしょう。労せず強くなるだけの手軽な能力じゃない。だから使わせたくなかったし、そんなに使いたいなら死ぬ気で挑んでほしかったの』
なんてこったよ。
本当は使わせたくなかった、とか口では言いつつも、実際ははしゃいでる俺をこらしめるためだけに、この能力を使わせたってわけか。
そんな生か死かの二択しかない教育法は絶対間違ってますよお母さん?
だけどわかるぜ。
使わせたくない力をわざわざ使わせてくれたのは、これを使えば確実に勝てる……と、そう判断したって事だろ?
だったら俺は信じるだけだ。なにせ、図らずもお前とは運命共同体だからな! なあ相棒! ……大丈夫だよね、相棒?
目の前のドアが開くのと同時に軽く跳躍して間合いを詰めようとする。
ところが、たったそれだけで一瞬にしてミノタウロスに肉薄してしまった。
止まる暇もなく、低空タックルする形でミノタウロスを押し倒す。
通路を滑りながら、偶然マウントを取ったような姿勢になる。
すっげえ、なんだこのパワー! 俺自身、全然制御ができない。
『ブモォォォォォ!!』
ミノタウロスが吼える。ここからどうすればいいのかもわからずにいると、岩のような拳が飛んできた。
「ひゃっ……」
力があろうがなかろうが、怖いもんは怖い。
無様な悲鳴をあげながら反射的に手を上げてガードする。
上げた腕ごと持っていかれるかと思ったら、普通に軽く受け止めてしまった。
なんだこれ。全然ヘボいぞ。
陽花がふざけてパンチしてきた時の方がまだ痛いぞ。あいつは力加減を知らない、親のいない虎みたいな奴だからな。
「もしかして、行けるか?」
『ブモォ!?』
焦ったのか、今度は左拳で殴りかかってくる。だが、それも簡単に止められた。
マウント取ってるから力が入らないのもあるんだろうが、それでもごつい丸太のような腕から放たれるパンチを、こうもたやすく受け止められるなんて思わなかった。
興奮してるだけでは勝てないので、腕を押し返しながら体を近づけ、ミノタウロスの鼻面に頭突きをお見舞いしてやった。
メキッという感触が伝わってくる。もちろん、相手の骨が砕けた感触だ。
「うおおお!!」
ミノタウロスが怯んだ隙に顔面にパンチ。太い歯が折れ飛ぶ。
もう一発パンチ。鼻がひしゃげる。
さらにパンチ。頭の中心が陥没する。
喧嘩もまともにした事のない俺の攻撃が、こんなデカい奴に効いている。
勝てる。
そう確信した俺はアクア・ネビュラを手の中に呼び出した。
「うおおおおおおお!!」
鋭い切っ先が軽々とミノタウロスの首を刺し貫く。
ダンジョン全体を震わせるほどの断末魔の叫びが響き、やがてミノタウロスの体が崩れ始めた。
「勝った……勝ったぞおおおおお!!」
勝利の雄叫びが、崩壊しつつあるダンジョンに響いた。
『え、嘘。本当に勝っちゃった……』
「は?」
『あっ、ううん。なんでもない』
何やらぼそっと呟いたウンディーネ。
こいつ、もしかしてぶっつけ本番で命と引き換えの能力使わせたんじゃないだろうな。
だとしたらとんだサイコダンジョン生命体だぞ。
人間の倫理観が期待できない奴に寄生されてると思うと不安すぎる……。
まあ、ともかくこれで命は助かったはずだ。変身解いて即死って事はないだろう。
気がつくと俺はアパートの床に立っていて、目の前には封の開いた段ボールがあった。
こうして戻れたということは、やはり完全攻略できたのだ。
さて、箱の中身も気になるが、まず俺が確認したのは……、
「今の寿命は?」
正直、あんな命と引き換えの力まで使ってようやく倒せた相手なんだから、多少は期待してもいいはずだ。
柴ベロスやコカトリスよりも大量の時間が手に入る事は期待できる。
「…………ええと」
なんだよ、勿体ぶるなよ。
「…………2週間」
「……………………………………はい?」
2週間? うん?
2週間って……何ヶ月でしたっけ?




