1-14 マジモンのやつがやってきた
人間1人が通るのがやっとの入り口を抜けた先は案の定、異様に広い空間になっていた。
壁も床も天井も、つるりとした石でできた通路。時おり左右に分かれたり、小部屋があったりするが、一向に階段が見つからない。
金属の扉には押し下げるタイプのノブが付いている。重そうな見た目に反して、押した感じは軽い。
ドアを開けて小部屋へ入る。小部屋と言っても、広さはそれなりにある。四方の壁には入り口と同じ扉があり、うち2つは鍵が掛かっていた。
これまで見つけたどの小部屋もこうなっていたので、おそらくダンジョンの仕様みたいなものなんだろうな。
適当に開けては先へ進んで行く。今の所、攻略が行き詰まっている感はない。
「ねえ、ほんとに帰りましょう。あなた絶対死ぬから」
珍しく外に出て俺の隣を歩くウンディーネが周囲を見回しながら言った。
こいつはさっきからずっとこの様子だ。
「死ぬ死ぬって、モンスターも全然出ないじゃん。危険なトラップがあるわけでもなし」
「主の強さも分からないのに無策で飛び込むなんて愚かすぎるのよ。第一、あなたどうやって戦うつもり?」
「アクア……」
「お尻に刺すなら使わせない」
ちっ。
色んな穴の小せえ奴だよまったく……。
「そういやまともに出てきたの初めてだけど、お前ってなんかできんのか?」
今まではずっと俺の体内だったからな。出てくるためにはなにか条件でもあるんだろうか。
「全盛の頃はそれこそなんだってできたけれど、今はそうね……」
シュッと腕を振るうと、水がカッターのように飛び、壁に深い傷をつけた。
「うおっ」
「これが精一杯かしら。後はあなたにしてあげられるのは止血と、毒を受けたりしたらその進行を弱める事くらい……。思ったより、力がなくなってしまったのよ」
「なるほどねえ。そりゃ大変だ」
誰のせいだと思ってるんだ、とでも言いたげな視線を送るウンディーネを無視して先へ進む。
しかし、本当に不思議な空間だ。
入り口の段ボールごと移動しても、ダンジョンはこうして問題なく存在する。どこかが崩れたり壊れたりもしていない。
中から外へ掘っても外へは出られないようだし、ほんと、どうなってるんだろうな。
「おっと、ここも鍵掛かってら」
ガコッ、とドアノブが固まる。
振り返ると、ウンディーネも同じく鍵のかかったドアを引き当てていた。
残るは1つ。この正解を当ててみろシステム、面倒にも程があるな。ゲームなら即攻略サイト見てるよ。
まあでも、ハズレの扉の先にこそ、やたら強い武器とかレアアイテムとか、トロフィー解除の収集品とか落ちてたりして……。
……ガコッ。
「あれっ」
残る1つもハズレ。つまりは袋小路だ。
くっそめんどくせえ〜! どこかで分岐を間違ったかな。
って言っても、当てずっぽうで来ただけで、少しでも考えた部分は一切なかったけど。
しょうがない、一度戻るか…。
「ね、ねえ」
帰り道のドアを開けようとしたウンディーネが青ざめた顔(もともと青いけど)で振り向いた。
「開かない……」
「はあ〜? お前そういう笑えない冗談……開かないッスね……」
マジで開かない。
いやいやそんな事あるわけないだろ。
だって今ここから入ってきたんだぜ。ああそうか、真四角の部屋に同じデザインのドア。俺達、揃って勘違いでもしてるのか。
手分けして他のドアも開けようとするが、当然のように開かない。
2人がかりで押しても引いても、まさかの引き戸説を疑ってみても開かない。
ま、さ、か。
「閉じ込められた……!?」
うっそだろおい。
うおおおおおお!! なんだこの大ピンチ!?
焦った俺達はそこら中をいじくり回し、開けるためのスイッチがないかを入念に探した。
アクア・ネビュラやウンディーネのカッターで壁やドアを攻撃して壊せないかも試すが、傷が付くだけで、深く掘る事ができない。
これはいわゆる、
「詰みやんけ」
思わず関西弁で呟くほどの衝撃。ハハッ、死んだわこれ。
いやいやいや、笑い事じゃないよ。
これが他のエクスプローラーも入ってくる普通のダンジョンならいざ知らず、俺の家だからね?
玄関も窓も、ばっちり施錠してるからね?
くそ! 平和な日本においても当たり前の防犯を忘れない意識の高さに殺されかけてるなんて!
「うおおお……っ!」
「混乱しすぎよ。ここが迷宮なら、何か先へ進む方法があるはず」
「うぐっ……そ、そんなん無理ですよ……」
「あなたなんで心折れて泣くのは異様に早いの?」
しょうがないだろ……!
俺は、こんな時でも諦めない強い心を持つ主人公とかじゃない、フツーの24歳フリーターなんだぞ……。
せめてここにボスが出てきてくれれば、ワンチャン脱出もできるのに。
「ウンディーネ、ボスの気配はあるのか?」
「ええ。でも、前の迷宮と同じで、気配が散って捉えられないの。おそらく条件が必要なんじゃないかしら」
「そうか……。じゃあもう死ぬかー、おつかれ」
「だからなんで諦めるのだけはそんなに早いのよ」
と、その時だった。
ガコン……と、何か動いた音がした。
どこかのドアが開いた、そんな音だ。
それは徐々に大きくなり、近づいてきているのが分かる。
まさか、誰か救助に来た?
でも、俺の家に無断で入れる人間なんて陽花くらいしか思いつかない。あいつなら野生のカンとかで助けに来た線もあるよな。
「うおお! もしかして助かる系か!?」
「立ち直るのも早い……。待って、この気配って」
「陽花ー! 俺はここだー! おお――――い!」
ガコン、と目の前のドアが動く。
思えば俺は、陽花に強く当たりすぎていた。
あいつのお馬鹿な行動に、時に厳しいツッコミも入れてきたけど、今こそ全てを許そう。
そうだ、よく見れば可愛い後輩じゃないか。少々行動がエキセントリックで、思考の200%がぶっ飛んでる事を除けば……。
『ブモーッ……』
……陽花、しばらく見ない間に成長した?
目の前に現れたのは、2メートルはあろうかという巨大な牛の頭の化物。所々が石になった、筋骨隆々な人間の体をしている。
ファンタジーじゃお馴染み、ミノタウロスだった。
「主よ!!」
ウンディーネが警戒を発したのと同時に、目の前に現れたそいつは手にしている斧を大きく振りかぶった。
ドアを大きく削り取りながら斧が振り下ろされる。
あ、これ、死んだ。




