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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
5章
112/112

5-47 ポストクレジット

 飛び出てきた光はしばし、ウンディーネの周囲を回った。

 まるで何かを伝えようとしているかのように明滅した後、ゆっくりと俺の目の前に寄ってきた。

 どこか見覚えのあるそれを前にして記憶を探る。

 ……そうだ、確かあの時、ウンディーネ(美)さんから土産にと貰った石だ。

 俺にくれた加護だとかなんとか。

 石はしばしじっと俺の前に留まり、やがて、胸に浮き出た球と触れ合った。

 まるで溶けるように石が消えていった。

 それと同時に、指先からネプテューヌが解けていく。


「うおっ!? や、やべえんじゃねえのか!」


 慌てて解除しないよう念じるも、すぐに体は、発動前の状態に戻ってしまった。

 腹をぶち抜かれていたと思うけど、その傷もない。

 というか、俺、生きてる?


「い……生きてるゥゥ~~~~ッ!? えっ、あれ? なんで? 俺なんで?」

「センパイ? どうしたんすか?」


 あまりにも俺が騒ぐので異変が起こったと思ったのか、陽花たちがこちらを振り向いた。

 そして、俺が少女にアクア・ネビュラを向けてるのを見て顔が引きつる。


「わー! これは違う! いや違わないけど、とにかく殺したりしないやつ!」

「わ、わかったから、とりあえず怖いんでそれ、下げてくださいっす」

「曽良さん、ネプテューヌが解除されても生きてるんですか!?」

「あ、ほんとだ。センパイなんで生きてるんすか」

「その言い方やめろお前。いや、俺にもわからん……。なんかパーッと光ったと思ったら、なんか、生きてた」


 俺の拙い説明に、2人はますます訝しむような目を向けてきた。

 うんまあ、そうなるよね! でもほら、混乱してんのは俺! 一番は俺なのよ!


「ぷっ……あははっ」


 そんなやり取りを眺めていたウンディーネが噴き出した。

 彼女にしては珍しく、口を開け、大笑いしている。

 その様子に、俺達もすっかり和んでしまった。


「うん……本当に、良かった。私、ここに戻ってこれて、良かった」


 涙ぐむウンディーネが、満面の笑みでそう言うと、陽花がこつんと頭にゲンコツを当ててきた。

 なんだこいつ。


「ほら、言わなくていいんすか。フツー、こういう時は……」

「はあ? ……あー、はいはい、そういう事ね……。ええと、ウンディーネ」

「ん?」

「……おかえり」


 きょとんとした顔で、ウンディーネはしばし俺を見つめ、やがて。


「――ただいま」


 俺の胸に飛び込んできた。


◆◇◆◇


「……すっごい屈辱」

「お前そういうの失礼のK点飛び越えてるからな。なんなら、あのままブッ刺しても良かったんだぞ」

「あーそうですか。皆さーん! この男はー!」

「馬鹿かお前やめろ! へへ、すみませんね、いや、妹なんすけど、へへ……お前帰ったら覚えとけよ」


 渋谷ヒカリヤ、シアターホール。

 そこは、混乱を極めていた。

 いつぞや地下鉄のダンジョンを消滅させた時ほどではないにせよ、エクスプローラー達と、困惑する客達でごった返している。

 なにせ100人以上が一気に劇場内に現れたのだ。そりゃもう阿鼻叫喚の地獄のような騒ぎだった。

 そんな状況で感傷に浸れるはずもなく、俺達はひとまずは外へ出た。


「はー、今回は結構ガチでヤバかったっすねー」

「だな。ていうかお前、よくこの混乱の中でチュロス買ってこれたな」


 呑気に菓子を食う陽花と違い、真琴は中の混乱が気になっているらしい。

 先ほどから、劇場を出てくる人達を見ては、ソワソワとしている。

 やがて、


「あっ!」


 と声を上げ、駆け出していった。

 俺もウンディーネを負ぶって後を追う。


「父さん! 母さん! 梓弓姉さん!!」


 真琴が叫ぶ。向かう先には、中年の男女と、派手めな格好の少女が立っていた。

 高校生くらいだろうか。雰囲気は真琴と真逆だが、確かに顔が似ている。

 名前を呼ばれた3人は、キョロキョロと辺りを見回していた。

 その中の1人、梓弓と呼ばれた少女の肩を、真琴が掴んだ。


「わっ!? え、と……」

「姉さん……姉さん……っ!」

「えっ? 姉さ……あの、人違いじゃ……」


 真琴に追いついた俺は、やっぱりか、という顔になった。

 8年という月日は長い。10歳の真琴しか知らないのなら、当然困惑するだろう。


「ううん。私だよ。真琴だよ、姉さん」

「え……嘘、真琴……?」


 後ろにいた俺達に気づいた、おそらく真琴の両親らしき2人が「今何年ですか?」と聞くので、俺は年月日まで答えた。


「8年経った、のか……」


 父親は青ざめ、どこかへ電話しようとしたが、電話が止まっているのか連絡できないようだった。

 代わりに俺のスマホを渡すと、会社に電話しているようだった。

 何度も電話口で謝罪している彼を見ながら、大変そうだと考えていると、真琴と梓弓さんは黙って見つめ合っていた。


「本当に真琴……? 8年って……」

「うん。18歳になったんだ。今はもう、姉さんより歳上なんだよ」

「嘘……。ていうかあんた、ボロボロじゃない」


 まあ、普通信じられないよなあ。

 たぶん俺も、自分が8年もダンジョンにいたと聞かされれば、同じ反応をすると思う。

 2人のやり取りを見ている間に、父親の方は会社との連絡が終わったらしい。


「いやあ、参った。休職願いは出されていたから良かったものの、家はもう引き払われていたとかで……」

「あー、それは、また……その、なんて言っていいのかわかんないんですけど、ご愁傷様ですというか……」

「ありがとう……。はあー、参った、参ったよ本当に。明日からどうしようか」


 くいくい、と背中のウンディーネが肩口を引っ張ってきた。


「曽良、あれ、渡しちゃえば?」

「あれ? ……あっ、ああ、忘れてたわ」

「本当は貰っちゃおうとか思ってたんじゃないでしょうね」

「思ってねえわ! いや、思ってはいたけど……こういうの目の前にして、それは言えんわ」


 俺は背負っていたリュックごと、真琴の父親に差し出した。

 彼はといえば、いきなり知らない人間にボロボロのリュック渡されて、めちゃくちゃ警戒していらっしゃる。まあその反応は正しいけど、地味に傷つくからやめてほしい。


「あの、これは……」

「ダンジョンの戦利品ですよ。売ればそれなりになるでしょうし、生活を立て直す足しにしてください」


 ダンジョンを崩壊させる直前、ウンディーネが何か思い出しように、俺に瓦礫掘りを命じたのだ。

 絶対に損はさせないとかなんとか、インチキ商売の常套句を吐きながら必死で掘らせた結果、そこには道中で拾ったモンスターの核のような大きな石が、山のように落ちていた。

 過去、モンスターからの戦利品を売って100万になったこともあり、今回も値打ち物であろう事は容易に予測できた。

 まあでも、家が建てられるほどの金がいきなり入ってきても身を持ち崩しそうだし、あげちゃった方がスッキリするかな。


「いや、こんなものは貰えないですよ。その怪我……あなたが攻略したんでしょう? であれば、この権利はあなたに……」

「そういう堅いところも娘さんとそっくりですね……。とにかく、俺はいいんで。それに、ここを攻略できたのだって、娘さんが頑張ったからですよ」


 真琴は、梓弓さんとひしと抱き合い、ひたすら声を上げて泣いていた。

 おーお、8年分泣くといいさ。俺も、貰い泣きしそうだよまったく。

 なおもリュックを差し出すと、妻と顔を見合わせてから、父親はリュックを受け取ってくれた。

 あれ一袋でいくらになんのかね。まあ、たとえいくらになろうと、8年の月日を買い戻すには、全然足りないんだろうけれど。

 失われた時間の代わりに、真琴達には幸せな時を積み重ねてほしい。心から、そう願うばかりだ。



 ――こうして、俺のダンジョン攻略記は終わった。

 ちょっとばかりいい飯で打ち上げでもして、帰って寝れば、後はもう、日常に戻れるだろう。

 そしたらバイトして、陽花達と遊んで、またバイトして、たまにウンディーネと大喧嘩したりして。

 俺も、自分の生をやっていこう、と思う。

 ヒカリヤの階段もエレベーターも、家路を急ぐ人達でごった返していた。そりゃ8年だもんな。浦島太郎レベルが凄まじいだろうよ。

 なんならこの窓の外の景色だって、彼らにとっては見慣れないものに変わってしまっているかもしれないのか。

 そんな事を述懐しながら、ふと、窓の外を見た。

 ――――えっ?


「ノーム……?」


 渋谷の空に浮く、金の髪の少女。

 まるで翼のない天使めいて、彼女は俺を見下ろしていた。

 暗いはずの空で、その姿ははっきりと目立っていて。

 小さな口が動く。遠目のはずなのに、俺にはなんて言っているのか、嫌にはっきり読み取れた。


 ――終わってないよ。


 そんな、不吉な言葉を残して、ノームは俺の前から消えた。


「曽良?」

「えっ? あ、ああ、いや、すまん」


 背中のウンディーネの手を、なんとなく握ってしまう。それだけでは和らがない不安が、俺の胸の中で警鐘を鳴らしている。

 終わってない。どういう意味だ?

 そりゃ、全てのダンジョンが消えたわけじゃない。なら、あいつは何に対して終わってないなんて言ったんだ。

 困惑していると、けたたましいアラームが一斉に鳴り出した。その場のほとんどの人間がスマホを取り出す。鳴っていないのは、8年で契約が止まってしまった人達の物だけだ。

 不安を煽るその音は、緊急地震速報の物に似ているが、スマホに表示された文章はまったく別だった。


 ――東京近郊の4箇所の特殊建造物から、特異生物が出現。出現地域は――

 ――付近の住民は速やかに屋内へ避難し、絶対に外へ出ないように――

 ――続報です。特異生物が出現した特殊建造物は、計6箇所です――

 ――続報です――


「は、あ……?」


 モンスターが、ダンジョンから出てきた?

 なんだ、そりゃ。あいつらはダンジョンの中でしか生きられないだろ。

 しかも、報告されるダンジョンの数がどんどん増えている。

 あっという間に、20を超えるダンジョンからモンスターが出現したという速報がスマホを埋め尽くした。

 こんな機能があったなんて知らなかったし、おそらく誰も知らなかったはずだ。エクスプローラーらしき男が「なんだよこれ!?」と叫んでいる。

 不安は伝播し、一気にパニックになった。

 押さないでくださいと叫ぶ警備員すら、我先に逃げようとする人々に引き倒されている。

 俺はウンディーネと陽花を抱き寄せ、壁際へ避難した。真琴も、家族と一緒に近くに避難している。

 なんだこれ……なんなんだよこれ!?


「せ、センパイ、あれ……は、はは、ジョーダンっすよね」

「えっ? お、あ……んだ、あれ……!?」


 陽花が震えながら指さした先。

 そこには、渋谷の空を我が物顔で飛び回る、デカい鳥がいた。いや、鳥というより、恐竜に似ている。

 確かネットではワイバーンとか呼ばれてるモンスターだ。この近くの、小規模なダンジョンで出現する奴だったはず。

 スマホを見ると、そのダンジョンもモンスターが溢れた場所として名前が挙げられていた。

 そうしている間にも、速報はスマホに届き続ける。不安になって、俺はスマホを取り落としてしまった。


『てめェら、よっく見とけェ』

『これは、本気でみんな死ぬかもね。ううん、世界ごと、死ぬかも』

「おい、なんだあれ、教えろ!」


 好き勝手喋りだしたダンジョン生命体どもに怒鳴ると、代わりに、ウンディーネが呟いた。


「終わりの日……!」


 そう呟いたウンディーネは、震える手で俺にしがみついてきた。

 ますます2人を強く抱き寄せ、俺自身の不安も消そうと躍起になってしまう。


「く、そ……ふざけんな……いい加減にしろよ、ダンジョン……!!」



 ――その日。

 世界は唐突な、終わりの日を迎えた。


『いい加減にしてくれ、ダンジョン!』第一部(どこからどこまで???)完です。次回更新は未定ですが、一ヶ月以内には更新するかと思います。

ここまでお付き合いくださった皆さま、評価・ブクマしてくださった皆さま、ありがとうございました。

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