5-40 絶体絶命
俺の声が天に吸い込まれるように消えた直後、異変が起こった。
巨大な雲……いや、巨大な『海』が天に現れる。
いつだったか、冷蔵庫のダンジョンで見た時のような逆さまの、広大で澄んだ天球の海だ。
その奥から、巨大な影が浮き上がってくる。
影は3つ。俺はその正体を知っている。ジズ、リヴァイアサン、ベヒモス。頼れる俺のシモベ達だ。
が、いつもと違う様子に俺は驚愕していた。
ダンジョンで呼べば、大人1人を楽に掴み上げられそうな程度には巨大化して現れるが、今回はその大きさすら遠く及ばないほどにデカい。
初めてジズやリヴァイアサンを見た時のような大きさだ。ベヒモスもまた、同じくらいデカくなっている。
海から這い出てきた3体は咆哮を上げた。ビリビリと空気が震える。
『曽良様、ご無事でしたか』
「ああ。つーかお前らデカくね?」
『どういうわけか、異様に力が漲るのです。おそらく今、我らは最盛期の能力を取り戻しております』
「マジか! じゃあ、あれと戦えるか?」
床や塔を破壊しながら進むモンスターを指すと、ジズは『御意』と短く呟き、他の2体と共にモンスターの元へ飛んだ。
モンスターは上空のジズ達に気が付き、ウツボのような口から濁った液体をビームのように吐き出す。
それを躱したジズが、鋭い爪先でウツボの顔を挟み込み、口を閉じさせた。
さらにリヴァイアサンが回り込み、モンスターに幾重にも巻き付いて動きを止める。
ベヒモスは重厚な音を立てながら地面へ降り立ち、分厚い前足でドラゴンのような頭を踏みつけた。
す、すげえ! 一瞬で無力化しやがった!
俺もこうしちゃいられない。一気にケリ付けないと。
尖塔を蹴って飛び、握り締めたアクア・ネビュラをウツボ頭の根本に突き立てる。
太く分厚い首は、表皮が滑って刃が通りづらい。なんとか切断しようと踏ん張って突き刺すと、モンスターはくぐもった声を上げた。
よし、ダメージは通るな。このまま一気に……!
『オォォォォォ……!!』
「なっ……」
ところが、そう簡単にはいかなかった。
塞がれた口で吼えたかと思うと、モンスターは急に身震いを始めた。
そして、1本が人間の胴ほどもある指先の触手の先端がバクリと割れ、中から何かがおちる。
な、何だ? 出産?
困惑しながらそちらを見ていると、生まれ落ちた物は蠢き、立ち上がった。
現れたのは土塊でできた人型だ。目はないが、どことなく顔つきやガタイがおっさんを彷彿とさせる。服着てないのもそっくりだ。
ねっとりした粘液に包まれた全裸の土おっさんの群れ。どんな地獄が顕現したのかと思うくらいだが、放つプレッシャーは凄まじい。
ジズ達はモンスターを抑えるのに手一杯で、こいつらの相手は俺がしなくちゃならないっぽいが、如何せん数が多すぎる。
しかも1体1体が明らかに強い。無双ゲームみたく、ワンパンで倒せたりはしなさそうだ。
「くっそ!」
首からアクア・ネビュラを引き抜き、土塊どもに投擲する。
高速で放たれた槍は、まるでボートが水を切るように左右に波を起こし、群れを一直線にぶち抜いていく。
直撃した者だけではなく、余波を受けた土塊もボロボロと崩れるが、かなりの数が立ったままだ。
もう一投しようとした瞬間、土塊の破片が蠢き、一かたまりになった。
みるみるうちに塊がおっさんの姿に変わる。再生能力まであんのかよ! 厄介すぎるだろ!
だが、直撃させれば復活できない者もいるらしく、気休め程度でも数は減った。
行ける、と確信した俺だったが、すぐに顔を曇らせる事になった。
土塊の腕がボコボコと変形し、三又の大きな槍になったのだ。
まるでアクア・ネビュラの再現だ。まさかとは思うけど……!
その危惧は当たった。
土塊が振り被り、次々とアクア・ネビュラもどきを投げつけてくる。
その一投一投が鋭く、速い。
さすがに俺のような衝撃波が出せるわけじゃないけれど、当たれば大ダメージは免れなさそうだ。
俺は眼前に迫る物をいくつか躱し、間に合わない物は横面を叩いて強引に弾く。
くっ、重い……!
ネプテューヌに変身してなきゃ、とっくに穴だらけにされてたぞ。
「ジズ! このままじゃジリ貧だ! 何かできないか!?」
鉤爪で首をねじ折ろうとしているジズに叫ぶが、どうもモンスターの対処で手一杯のようだ。
他の2体も同様に動けそうにない。
そうしている間にも、土塊どもは手にした武器を投げつけてくる。
そしてついに、1発が俺の腹に……!
「がっ、はっ……やべえ、もらっちまった……」
貫通したそれを引き抜くと、すぐに鱗が傷を塞いでくれた。
が、失った血が戻るわけじゃないらしく、痛みも激しいままだ。本当にただ傷を塞いだだけらしい。
追撃されたら死ぬと思ったが、それ以上は投げてこなかった。
体の一部を使ってるっぽいから、あまり消費しすぎると自滅するんだろうか。
だとすればもう少し、回復する余裕が……!
……結論から言うと、その推測は大間違いだった。
『ーーーー!!』
「おいおい、マジか……!」
土塊どもが全力でこちらへ走ってくる。
投げなくなったのは単に、俺の足が止まったかららしい。
絶体絶命だ。嬲り殺される以外の未来が見えない。
陽花は逃げただろうか……。
土塊の群れを睨みつけながら、そう考えていた時だった。
ーーガガガァァァァンッッ!!
目の前の地面が爆裂し、土塊が塵になっていく。
雨のような攻撃をすり抜けた奴らは、一直線に飛んできた炎の腕によって薙ぎ払われ消滅した。
「おいおい……逃げろって言ったのに、馬鹿後輩がよ……!」
「なーに言ってんすか、センパイ。そーいうカッコいいの、似合わないっすよ」
「あなたを置いて逃げたりしたら、明日から前を向いて生きられませんから」
俺を守るように立ちはだかった、2人の頼もしい背中に。
不覚にもこの時、仮面の下で俺は、涙ぐんでしまっていた。




