浮気の代償は
浮気ダメ、絶対。
「ちょっと、やめてよー」
「いいじゃんかこれくらい」
俺はそんな声を聞きながら、ドアに背を預けていた。
一人は俺の付き合って半年足らずの彼女、佐々木霧香。
そしてもう一人は俺の全く知らない男だ。
俺と彼女が出会ったのは、約半年前の大学の構内だった。
当時俺は学生ではなく、偶々仕事で訪れていただけだった。
それを見た彼女が俺に告白してきたことが付き合い始めたきっかけだった。
「ま、金持ちそうに見えたんだろうな」
事実付き合い始めてからこちら、彼女は色々な物をねだってきた。
時計、バッグ、食事、アクセサリー、化粧品等々。
そのときの俺は初めて出来た恋人に浮かれてホイホイ金を出してたから愚か極まりない。
そして三ヶ月位して「あれ?何かおかしくないか?」と考え始めた頃、彼女はとんでもないものをねだってきた。
それがマンションだ。
若干躊躇したが、俺は「俺の所有するマンションに空きがあるから、そこに引っ越して来たらどうだ?一応不動産屋を通した賃貸契約をむすぶが、家賃は要らないから」と、このマンションに彼女を住まわせた。
そして今日、仕事が速く片付いたからとこのマンションに来た。
「結果こうなった、と。ま、こういう日が来たときのためだったんだが、正直ショックだわな」
俺はそう呟き、表札の裏にあった紙を剥ぎ取って自分の家に帰ることにした。
「じゃあな霧香、今までありがとよ。精々その彼氏君と仲良くしな」
「しかし良いのかよ、その彼氏君が来たら不味いんじゃね?」
「大丈夫だって、あいつ今日は仕事で遅いらしいから。」
「まあな。しっかし妊娠かー、彼氏君にはしっかり稼いで俺たちの子供を育ててもらわないとな」
「そうだね、いままでいい思いさせてきたんだからそれ位してもらわないと」
そんな話をしているとき、ふとチャイムの音が聞こえてきた。
「ん?何か頼んだっけ?雄治出てくれる?」
「いや、彼氏君だったらやばいだろ」
「そっか、今行きまーす」
霧香が玄関に向かい、一応俺はクローゼットに隠れられるようにしておく。
しばらくすると、霧香は首をかしげながら戻ってきた。
「どうした?」
「うん、いたずらだったみたい。誰もいなかったし」
「いたずらかよ。まったく人騒がせだな」
そう言いながら、俺はその日霧香と一夜を過ごした。
「うん、そう、わかった。じゃあね」
そう言いながら私は通話を切った。
今日から二週間、表向きの彼氏である和人は出張で帰って来れないそうだ。
「今日から二週間、あいつのことを気にしなくてすむね」
それに帰ってきたらあるという大事な話、ね。
「きっと結婚の話ね。実際には卒業後だろうけど」
後半年くらいで私もあいつの奥さんしなきゃいけないわけだ。
その後は慰謝料と養育費のためにあいつの浮気の証拠作りをしないといけないし。
「今のうちに雄治としっかり愛し合わない『ゴトッ』と、何?」
今何か玄関から聞こえたような?
「…何もない、よね?」
リビングから見る限り、何もないように見えた。
「気のせいだよね」
そうして私は寝ることにした。
気がつくと、私はどこかの和室にいた。
慌てふためいて辺りを見回していると、隣の部屋からものすごい怒鳴り声が聞こえてきた。
『この阿婆擦れが!貴様は我が家の家名に泥を塗る気か!』
『待って、違います!誤解です!』
『何が違う!このような場でそんな言い訳が通るとでも思っているのか!』
そっと襖を開けて覗いてみると、時代劇のような格好の老人と半裸の若い男女が言い争いをしていた。
ああ、これは浮気の修羅場だな、と思っていると、
『やや子ができたと思うておってが、そやつの子であろう!すぐに出て行くがよい!雄三、貴様も出て行け!』
『お待ちください!私は命じられただけで!』
『雄三、何を言うのです!』
『お霧さま、あなたは言っていたではありませんか。《私の言葉ひとつでこの屋敷を追われるのよ?》と』
『な、何を言って』
うわー、あの人男に裏切られてるわ。カワイソー。
そんなことを考えていると、老人は腰にあった刀に手をかけた。
『だから何だと申すか!もうよい!手打ちにしてくれるわ!』
『ヒッ!』
『お、お許し』
「!!」
ベッドから飛び起きて思わず辺りを見回す。
暗いけど、いつもどおりの私の部屋だ。
「ゆ、め…?」
枕元にあったスマホを見ると、三時ごろだった。
「何なのよ、もう…」
呟いていると、夢の最後の部分が頭をよぎる。
首元から血を流して倒れている男女、返り血に染まる鬼のような形相の老人…
「ああもうっ!気分悪い!」
明日からは楽しい日々が待っているんだから、変な夢で台無しにしないでよね!
刑事になって十年は経つが、ここまで凄惨な現場は一度しか体験したことはないな。
「うをえっ、ぷっ」
「おいおい、ここで吐くんじゃねえぞ。外行ってこい」
今も後輩が外に出て行ったが、それを責めることはできん。
「四肢を念入りに潰されて、頭部切断。床と壁は血塗れで一部天井にまで飛んでいる。よほど強く恨んでいるやつの仕業か?」
「かも知れませんね。両手足潰された時点ではまだ仏さんらは生きていたようですし」
鑑識からの報告に、思わず顔が歪む。
外に出て、まだ息の荒い後輩に声をかける。
「ここのオーナーはどうした?確か恋人だっただろう?」
「連絡は取れました。どうも三日前から海外だったようです」
「アリバイ成立、か。一応ウラ取っとけよ」
「うっす。でもまあ、出張中に彼女に浮気されて、挙句の果てに殺されるなんて、さぞショックを受けるでしょうね」
「…案外そうじゃないかも知れんぞ?」
何せ、この部屋では以前にも同じことがあったんだからな。
「はあ、くわばらくわばら…。ほれ、そろそろ聞き込み行くぞ。しゃきっとしろ」
そう言いながら俺たちは無駄に終わるであろう聞き込みに向かった。