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奇襲


 完全に日が落ち辺りを照らす灯火は焚き木のみだが周囲に魔物の気配はなく、静かな夜となった。


「そういえば団長殿はローランドに来るまでの間、護衛はどうしていたのだ?」


 カイネが一人で戦い抜けるほどの強者であれば護衛など必要ないだろうが、おそらく彼女は戦うことができない。

 魔物や、仮にも狙われている身であるならば尚更護衛を必要とするはずである。

 それこそラディルでも連れてくるべきではないだろうか。彼は腕の立つ騎士である。


「しっかりと護衛は付けておりましたよ。ベイト殿の屋敷に入る際には別れましたが」


「何故だ。帰りのこともあるだろう」


 何故そこまで護衛をつけておきながら先に帰してしまったのだとパキンと弾ける焚き木をいじりながらアルカは問う。


「何故と言われましても、んー……。アルカを買い入れることは私の中では確定事項でしたし貴方がいれば問題ないかと思いまして。あとはそうですね、他にも人がいると込み入ったような話ができないでしょう?」


「ラディルからどのように聞いているかは存じないが、私に期待を寄せるのは勝手ではあるがあまり行き過ぎないようにした方が良い。私とて人の子なのだ」


 対処できないこともあると警告するようにアルカは言った。


「無敗の騎士団長が何を申しますか」


 しかし、どの口が言いますかとカイネは気にするような素振りも見せずに笑って見せた。


「……私はもう、騎士ではないからな」


「いくら過去の栄光だと言おうとも、その名は既に我がガマニア全土に轟いておりましたよ」


「今はそうではないというような物言いであるが」


「アルカは敗退した際に亡くなられたと思われていますからね。まさか裏の世界にいたなんて、私もラディルから聞かなければ知る由もありませんでした」


 どうやらアルカは表の世界では死んだことになっているようだった。


「それは随分な扱いだ」


「おかげで私の手に渡るに至ったとも言えるのですけどね。ラディルもなかなか頑固な性格をしていて心を開いてくれなくて大変でしたよ」


 ラディルとしても自身の騎士団長であるアルカを救うために手を打とうとしていたこと、下手に動けば救うことが叶わなくなってしまうリスク、カイネが信用するに値するかどうかにかかった三年という年月を要したことをカイネは話してくれた。


「彼はそういう男だからな」


 その彼が信用するに値すると認めた新団長がカイネ――、目の前に座る白銀の鎧を身にまとう彼女というわけだ。

 違う人に就いたことを喜ばしく思う反面、少々の虚しさをアルカは感じた。


「迎えが遅い、とか怒らないんですか?」


「ん? あぁ、彼は出来ない約束を交わすような人間ではないからな、いつまでも待ったさ」


 半ば心が折れかけていたのは口には出さなかったが、二度の敗北を喫しなかったのは彼との約束を果たすためでもある。

 

「その割には牢の中では随分と憔悴しきったようでしたが」


「あのような悪環境に居れば誰でもああなる。三年という歳月の末、廃人と化さなかっただけでも良しと思ってくれないか」


 もう少し遅ければ、もしかするとアルカの心は折れていたかもしれない。


「そうですね」


 クスクスと笑うカイネにラディルには話さないようアルカは釘を刺した。


――ガサガサ。


 談笑していたところで風のいたずらか草木が揺れ、葉が擦れるような音が静かな空間に響いた。

 焚き木を見るに風が吹いているような気配はない。


「魔物……、でしょうか」


「生憎と魔物はそこまで臆病な性格をした生き物ではない」


 獲物を見かけ次第遅いかかってくるのが魔物の性であることを長年騎士として君臨し続けたアルカは知っている。

 この気配が人によるものであることを。


「やはり団長殿はもう二名は護衛を連れてきておくべきだったのではないか」


 小石を一つ救い上げたアルカは、音のした茂みに向かって目いっぱいの投石をすると甲高い金属音が響き渡る。

 それが何の音なのか、すぐに感づいたカイネはすぐに行動に移そうと口を開いた。


「私は馬車に――」


「待たれよ」

 

 しかし、馬車に戻ろうと立ち上がったカイネをアルカは抑止した。


「今は馬車に戻らない方が身の為だ。既にここは奴らの領域テリトリーと化しているが故、団長殿はそこで座っているが良い」


 そういって先ほどまで股の間に置いていた長剣の柄をつかんでアルカはすっくと立ちあがる。


「隠れずともそこにいるのはわかっている出てくるが良い。何用だ」


 何度も死地を乗り越えてきたアルカにとってそれは甘すぎた隠密だった。

 次第に茂みの揺れが大きくなって暗闇の中から一人、また一人と黒い鎧を身に纏った兵士達が姿を現した。


「見破るとは恐れ入った、見知らぬ兵士よ」


 焚き木の灯りに照らされて姿が露わとなった兵士は全員で五名。

 いくら現在のアルカが貧相な格好をしているといえど彼を兵士と呼ぶあたり、アルカを知るものはここにはいないようである。


黒鎧くろがいの――、アルカ。彼らはガマニア帝国の暗殺部隊です!!」


「あぁ」


 知っている。

 夜の奇襲を得意とする彼らは騎士などではなく、暗殺者アサシンであることをアルカはよく知っている。


「姫様も不用心ですよ、せっかくの護衛を連れていたというのに帰らせるような真似を。その末に護衛にしたのが勘は鋭いようですがこのようなみすぼらしい男一人とは、命が惜しくないのであれば早々に申し出てくれれば良いというのに」


 一人の男がそういうと共鳴するように周囲の男たちも笑い始めた。

 どうやら他に隠れている暗殺者アサシンはいないようであると、アルカは彼らの油断しきった対応から読み取った。

 カイネも不用心だが、彼らもまた不用心であった。

 戦いはすでに始まっているのである。


「して、楽し気に笑っているところ魔を差すようで申し訳ないのだが、五人だけで奇襲とは貴公らは捨て駒と見ていいのだろうか。んん?」


 アルカがブンと一振りしただけで周囲に激しい突風が襲った。

 それは剣の質ではなく純粋な彼の実力から生まれた風圧である。


「――ガァッ!?」


 そして一人、胸に風穴を空けた暗殺者アサシンがずるずると貫かれた剣に引きずられて焚き木の近くに転がった。


「ほぅ……!! 多少は剣の嗜みがあるようで姫様も何よりといったところか。しかしそのなまくらで何度も我らの進撃を止めることは出来るか」


 一人、また一人と黒鎧が闇に溶けていった。

 どうやらアルカが威嚇のつもりで振るった太刀筋から瞬時に危険と察したようである。


「団長殿。私が何故三年前のあの日、死なずに生き残れたのか。その実力、貴殿の期待に果たして沿うことができるか、しかと見届けよ」


 闇に溶けたといっても彼らは姿勢を低くして視界から得られる色彩を薄くしたに限らない。

 何より土を踏む音が消し切れていないあたり、気配を消し切れていないといえよう。


「ふむ、私の領域テリトリーに踏み込む意気や良し。しかし、もう2歩は早くなくてはその短剣はこの身体に届かぬ」


「グフッ――!?」


 背後からの強襲に対してアルカは剣の柄を逆にして持ち、勢いよく引いた。

 かれらの黒鎧をたやすく貫くのはどこの武器屋でも埃を被っていそうな安物の長剣なまくらである。


「そして戦においていかなる時も身体を制止してはならぬ」


「な……??」


 これで三人が焚き木の近くに転がることとなり、敵は残りは二名となった。


「貴様、何者だ!?」


「私か?」


 一太刀振るえばまた一人、焚き木の近くに転げ落ちる。


「私は、死にぞこないのである。――もう聞こえてはいないと思うが」


 ものの数分にしてガマニア帝国の暗殺部隊五人を屠ったアルカは剣に付着した血を振るい落すように剣先を振るった。


「して、いかがか。私は団長殿にお眼鏡にかなったのであろうか」


 あまりの光景に声を失ったカイネはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。


「これが――、ローランド無敗の騎士団長……!!」


 今更ではあるがアルカと何年もの間、敵対していたことに恐怖を覚えた。

 彼がローランド陛下に裏切られていなければ今頃のガマニアはローランドにひれ伏していたかもしれない。

 それとともに衰えてなお余力を残す彼にカイネは口元を緩めざるを得なかった。

 自分だけの最強の騎士を手にいれたのだと。


 その後は彼らの屍から頂ける物を頂いたアルカは先にカイネを馬車で横になるよう促し、夜の警備にあたるのであった。

 久々に振るった剣は全盛期の頃のようにはいかなかったのか、付着した血を振るい落すことが叶わず錆びないようにカイネが寝静まった後から布で刃身を拭いていたのはまた別の話である。



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