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ガマニア帝国 騎士団長現る


 日の当たらない牢の中で眠りに落ちてから随分と経ったのだろうか。

 鉄が地面をこすり付ける音――、再び扉が開く音が聞こえアルカは目を覚まして意識を覚醒させた。

 また今日も他の奴隷たちと闘う時間が来たようだ。

 アルカは大きく欠伸をしてから首を回し、やってくるであろう子爵の息子の方へと目を向けてジッと待った。


「汚い所で申し訳ありません、如何せんコイツを管理するのに莫大な資金が必要でして衣食住に回すような余力が私めには残っていないのですよ」


「ええ、構いません。彼の元に案内してください」


 いつもと違う口調の子爵の息子の声に続いて女性の声がアルカの耳に届き、コツコツと床を歩く足音が次第に近づいてくるにつれて目を凝らして注視した。

 使命を全うし、嫁もいなければ彼女といえる女もいなかったアルカにとって全くといっていいほど接点のない異性の人間が一体自分に何の用があるのだろうか。

 おおよそ子爵の息子が耐えかねて売りとばしたといったところか。


「ささ、騎士団長・・・・様、こちらです」


 ぬるりと薄暗い通路から先に姿を現した子爵の息子は調子の良い様にアルカを指した。

 そして後から白銀の鎧を身に纏い、腰にはまるで飾り物のような豪華な鞘に入った長剣が一本。

 頭部には煌びやかなサークレットをあしらった傷一つない美しい女性と目が合ったアルカはとてもではないが騎士とは似ても似つかわず、ましてや団長に値する人物には見えないといった印象を抱く。


「これは……、また随分と荒々しい姿で」


「闘技場は生半可な場所ではありませんからねぇ。生傷も増えることでしょう」


「ええ、噂はかねがね」


 ケタケタと饒舌を垂れる子爵の息子を余所に、女性は気が付かれない様にちらりと地面に転がる血の染みた鞭に目をやると眉間に少しの皺を寄せる。

 それから一歩二歩と女性はアルカに近づいて傷ついた肉体をまるで観察するかように眺めてから口を開いた。


「なるほど……。それではベイト殿、彼を購入するかどうかの判断材料として彼と少し込み入った話がしたいので二人にして貰えないでしょうか」


 どうやら子爵の息子の名はベイトというらしい。

 買われてから数か月の間であったが初めて明かされる彼の名を耳にしたアルカであったが、心底どうでもいいのかベイトの方へ目線を向けることも反応することもなく、それよりもどうやら次の主人になる可能性がありそうだということだけを理解した。


「それはもう、どうぞどうぞ!! ……おい、これ以上お前に使える金はこちらにはないんだ。ご厚意を向けてもらった騎士団長様に無礼を働くんじゃないぞ」


 こちとらずっと口を閉ざしているままなのだが、一体どちらが無礼に当るのだろうか。

 アルカは勝手に粋がっているベイトを憐れんだ。


「それでは私はこれで。用が済まれましたら、表に居りますのでお声掛けください」


 そう告げるとベイトは軽い足取りで牢から出ていった。


「さて」


 張り付けにされたアルカの目線に合わせるように屈んでから女性は声を掛けた。


「初めまして、元ローランド騎士団長アルカ殿。私はガマニア帝国、現騎士団長のカイネと申します」


「……女が騎士か。時代は変わったのだな」


 たったの三年。外の情勢を、情報を仕入れる手立ての無かったアルカはこの空白の三年の間で女も戦場に出る時代になったのかと呟いた。


「良くも悪くも時代は移り変わるものですよ」


 しゃがんだ膝に肘を当てて頬杖を付くカイネは微笑を浮かべながら言った。

 

「それで、敵国の騎士団長・・・・である貴殿・・が一介の闘技奴隷である私に一体何の用か」


「敵国だなんてそんな悲しいことおっしゃらないでください。今は統一されて――、そう、同じ郷の仲間ではないですか」


「用は何なのかと私は聞いている。生憎とここ3年のことについては何も知らぬが故、貴殿の期待に沿うことは出来ないと思われる」


 こちらの気でもほぐそうというのか、カイネは笑みを浮かべたままキツイ口調であたるアルカの言葉を受け止めた。


「そう答えを焦らないで下さい。幸い、お時間はたっぷりとございますので。せっかちな男性はモテないですよ? 」


「そうか。では、こちらからの質問とさせて頂こう」


 そちらが話すつもりがないというのならとアルカは切り出した。


「あのぅ……、聞いてました?」


 これには思わずカイネも維持していた笑みを崩しかけそうになる。


「ローランド陛下は今、どうしている」


 そんなカイネのこともお構いなしに自分を貶めた陛下はどうしているのか、アルカは一番に尋ねた。


「死にました」


 それに対してカイネもためらうことなく即答し、さらには想定外の回答であったことにアルカは少々の動揺を見せる。


「何故だ。陛下は私を売ってそちらと手を組んだはずであろう」


 今頃旨い汁の1つや2つでも啜っているだろうと思っていたアルカにとって、いつか復讐すべき相手だと決めていたアルカにとって信じがたい内容であった。


「ここでは詳しいことまでは申し上げられませんが、殺されたという言い方が正しいですね」


「して、それは誰に? 」


「貴方が良くご存じなられている方かと」


 アルカの良く知る人物で陛下を殺すほどに恨みを持っている者といえば――


「ラディルか。彼は今どうしている」


 彼もまたアルカと同様に一度は死地に落とされた一人なのだ。


の元で良く働いてもらっていますよ。さすがは元ローランドの副騎士団長ですね上司の教えが良かったのでしょうか、彼の強さからは気品すら感じますね」


「貴殿の下で――、か」


 依然としゃがみこんだままの着飾ったような白銀の鎧に身を包んでいる華奢なカイネを下から上まで見定めるようにアルカは言った。


「信じられません? でも本当のことですよ。彼からの願いがあって、私は今ここにいるのですから」


 疑いの目が向けられていることを悟ったカイネはこれが真実であることをアルカに告げた。


「では話を戻すが、貴殿は何を求めてここにきたのだ」


 ラディルの願いでここに来たという彼女はガマニアの騎士団長であり、かくいう自分は敵対国の元騎士団長である。

 いくらラディルが彼女に服従しようとも素直に元敵国の言うことを聞くとは思えないのがアルカの考えだった。


「先程のベイト殿から貴方を購入する――、これが何を意味するかは分かりますよね」


「私が貴殿の奴隷になるということか」


「その通りです。そして私にはどうしても貴方を手中に収めなければならない理由があります」


 それはなんだとアルカが聞くまでもなく彼女は続けてこういった。


「近々、帝国に私は殺されるようなのでどうか守ってもらえませんか?」


 三年前の戦いで裏切りにより一度は殺されたローランドの騎士団長。

 その彼に力を求めたのは同じく、これから自国に殺される運命にあるのだと告げる現騎士団長だった。

 

 

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