干支の流儀と騎士の領域3
カガリは自身の肩に置かれた手の平から、剣を振るう者としての気質を着物越しから感じた。
直接地肌に触れられたというわけでもないのに何度も豆を潰しては再生を繰り返されたであろう皮膚は固く、重く。置かれただけだというのにまるで全身を鷲掴みにされたかのような感覚――。
(肩が……、冷たい)
アルカから感じる重圧がカガリに重く圧し掛かっていた。
そしてなにより先程の突きを避けて見せたアルカの身体の動かし方は紛れもなく干支の流儀の一つ、猿の型であったことがカガリの動揺を激しく誘う。
「何故、騎士である貴方がその型を!?」
太刀を地に差し、宙でアルカを振り払うようにして再び距離を取ったカガリは問う。
随分と身軽なカガリに関心しながらもアルカは言った。
「して、その問いに対する答えであるが戦いにおいて自ら手の内を明かす者がいるとお思いか、カガリ殿?」
ギリリとカガリはその言葉を受けて強く歯を鳴らす。
確かにカガリの取った行動は愚かな行為ではあった。生きるか死ぬかの間際に手の内を明かす様な馬鹿がどこにいるというのか、考えなくとも分かることだとカガリは気が付いたのだ。
「さぁ、いざ打ち合おうぞカガリ殿」
だが、逃げ場をなくすかの様に再びゆらりとロングソードを構える。
対してカガリの心は早くも折れ掛けていた。
ここがもし戦場であれば、一手目で殺されている。
さらには続く二、三手目も不発に終わった彼女はもう何度殺されることとなったか分からないのだ。
是非騎士団長の実力が見たい? 一体何を馬鹿な事を自分は口走ったものか。
浮浪者のような姿から、覇気がないことから大したことは無さそうだと慢心したのだ。
だが実際はどうだ?
飛躍的に視力、認識力を上げる赤兎、さらには一番の速度と威力を誇る獅子の型を用いたというのにこの始末。
挙句の果てには自分にしか使えないとと思っていた干支の流儀の一つを行使され、アルカが相手では太刀の特徴である間合いの長さも活きてこない。
「ふむ……、来ぬのか? ではこちらから往くぞ」
もう闘いたくない、勝てるわけがないとカガリが漏らそうとしたがアルカはそれを許さなかった
しかしその言葉を吐いたと同時にヒュッとその場からアルカが消え、カガリが受け身の体制を取るよりも先に首にその太い腕が巻き付いていた。
「何を呆けているのだカガリ殿。ラディルにあそこまで言わせたのだ、まさかその程度ではなかろう? んん?」
アルカは一瞬にしてカガリを捉えていたのである。
グイとアルカが首を少し強く締め上げると小さなカガリの身体は宙に浮き苦しそうに足をばたつかせる。
「干支の流儀は他にもまだ残っているであろう? 何故使わぬのだ」
しかし止めを刺さずにアルカは問う。
アルカは戦いに置いて油断、そして慢心は死を齎すことを彼女に教えようとしていたのだ。
そして何よりこの程度の差であっさりと負けを認めようとするカガリが許せなかった。
「そん……なの使っても貴方には……」
意味が無い。
締め上げられるなかでカガリから苦し紛れに出た台詞は、やっても無駄だという情けない言葉だった。
圧倒的な実力の前では手も足も出ないということを思い知ったからこそ出た言葉である。
だが、アルカが聞きたい言葉はそうではない。
「ふむ、では死ぬと申すか。戦場で、守るべき人が後ろにいる状況で、貴殿は敵を前にして無抵抗に負けを認めるというのか」
追い打ちをかけるように言葉で攻めるアルカに対し、それは……、とカガリは小さく息を吐くように言った。
もし主人であるカイネに死が迫りくるその時、きっと自分は死ぬまで諦めないだろう。
しかし、それが絶対だとは言いきれなかった。言い切ることが今の状況に置かれた上で出来なかったのだ。
「さすがのラディルも老いたか」
するとただただ腕の中でもがくだけのカガリに対し、アルカは代わりが勤まるだろうと認めた張本人であるラディルを侮辱するかのように言った。
まるで見る目が無かったなとでも云わんばかりに、白けたとでも云わんばかりに。
だが、その言葉が耳に届いたと同時にピタリとカガリの身体は静止した。
彼女の真紅の瞳がさらに赤味を増して――。