干支の流儀と騎士の領域2
◇
見破る……?
とんでもない、と汗一つも流さないアルカを余所にカガリは何が起こっていたのかさっぱりだった。
伸びる剣など聞いた事がないし、仮にもアルカが持つロングソードがそんな仕掛けを含んでいるような代物には到底思えない。誰がどう見ても剣である。
ではなんだ? 純粋に彼の実力だとでも云うのか。
――まずは彼の間合いを見切らねばなりませんね……"赤兎"。
するとカガリはスッと目を瞑り、次に開いた瞳は黒から真紅へと変化していた。
遠巻きながらカガリのその微弱な変化にアルカは気が付いて口を開く。
「カガリ殿、もしやその目は干支の――」
目を傷つけてしまったかと思ったが充血とは違う真っ赤に染まった瞳に違和感を感じたのだ。
飛躍的に視力、認識力を向上させ脳への伝達を早める赤兎と呼ばれる技能。
「まさか干支の流儀まで存ぜられているとは、アルカ殿は余程に識者ですね」
だが、今となっては世にも珍しい干支の流儀を知っているアルカに三度カガリは驚いた。
なにせ何十年も前に滅んだ一族の技術なのである。
「ですがその技。さすがの貴方も見たことはないでしょう――ッ!! 獅子の型!!」
そう言ってからカガリは再び地を踏み込み、疾風の如く駆けだした。
一手目の長い刀身を擦りつけるような持ち方とは違い、まさしく獅子の牙の如くアルカを貫かんとする鋭き"突き"を繰り出す。
だが、それが来るのが分かっていながら避けないほどアルカとしても手加減をするつもりはない。
再び領域に踏み込んだ猪突猛進のカガリに対し、迎え撃つかのように一歩前進して斬り込んだのである。
「む……? 」
だが、その剣先がカガリを捉えることはなく空を斬った。
ところが斬った場所からカガリは変わらず真っ直ぐに向かってきており、長い太刀の刃先が今にもアルカを貫こうとしている。
しかし、そう易々と一撃を喰らってやるものかと二度目の斬撃をアルカは繰り出す。
(多段攻撃かと思いましたが、まさかただの一度の振りで真空刃を飛ばしていたとは……)
ところが二度目も避けてみせたカガリは速度を殺さぬまま、赤兎にてアルカの秘密を見抜きまもなく太刀の先はアルカの腹を捉えようとしているではないか。
「なんと――!!」
これには思わずアルカも驚きの声を上げた。
迫りくる太刀先との距離にアルカが三度目を振るう余裕はもう残されていない。
(――獲ったッ!!)
間違いなく誰もが、そして何よりカガリ本人が一番の手ごたえを感じた瞬間だった。
やったか! と湧き上がる歓声。
太刀先が届くまでのその間もカガリは一瞬たりとも目を閉じることはなかったのだが、逆に目を見開くこととなった。
――太刀先がアルカを貫くことはなかったのだ。
「なんと美しい剣なことか!! しかし、――もう一歩早くなくてはこの身にその刃先は届かぬよカガリ殿」
嬉々としたような声色でアルカは言う。
(――この人、マジですか!?)
カガリが突き出したままの腕の付け根――、ようする肩に分厚い手を乗せたアルカが悠々と笑みを浮かべて立っていたのだ。