干支の流儀と騎士の領域
◇
アルカとカイネが向かい合っていたその頃。
カイネとラディルは並んで見守るように席に着いていた。
「アルカは大丈夫でしょうか」
そこまで心配しているわけではないが、カイネはどことなくそのような言葉をつぶやいた。
「今のカイネ様を見るにそこまで団長のことを心配しているようには思いませんが」
カイネの表情からその心情を読み取ったラディルは合わせるように質問を返す。
「ですがカガリは一度、貴方にも勝っていますから一筋縄ではいかないでしょう?」
傭兵団を結成した当初、ラディルは一度カガリに後れを取ったことがある。
それは、先程アルカに伝えようとしたカガリの見慣れない太刀筋に翻弄されたからであり、もっとも慣れてしまった今となっては全て白星を上げているのだが。
「痛いところをつきますねカイネ様は。しかしそれを知って尚、彼女をあてがったのはどこかで団長の実力の片鱗を見たからでは?」
でないと侍女であるカガリをわざわざ推薦するわけがないとラディルは言う。
「えぇ、ここに来るまでに黒鎧の暗殺者に襲われた際に」
あの時の光景は忘れられない。一瞬にして5人を相手にひれ伏せたアルカの剣に高揚したカイネの心は期待を寄せる一方なのだ。
故にもう一度見たさから提案をした手前、ここでアルカが醜態を晒す様なこととなれば扱いが難しくなってしまうリスクがある。
かといって他に手段があったのかと云われれば、皆に納得をいう形を与える方法は思いつかない。
「どうでしたか、その時の団長は」
カイネがそんな葛藤を抱いているとラディルが声を掛ける。
彼もまたアルカの剣を久しく見ていないが大丈夫だという絶対的自信があり、カイネの目にはどのように映ったのかと聞いたのだ。
「凄かった……、としか言いようがありません」
しかし、カイネはその問いに対して上手く返事をすることができなかった。
出来ることならどう凄かったのか事細かに一言一句にして伝えてやりたいが表現できる物では無く自身の持つ語弊力を悔いていたがそれを聞いたラディルは声をあげて笑う。
「凄かったでしょう? あの人を見たら皆、口をそろえてそう言います」
そしてアルカがカイネに誓った言葉をラディルが続けて言った。
「誰が相手でも大丈夫ですよ、我が団長に二度の敗北はありませんから」
◇
ジリリとカガリの足袋が床を擦って音を立て今にも踏み出そうとし、それに対するアルカはカガリからの一手を待っていた。
互いに準備が出来た所で誰が合図を入れるわけでもなくカガリは大きく踏み込み、先手を取ろうと小さく身軽な身体は低い姿勢で勢いよく駆け出す。
そのカガリに対して一歩だけズシリと歩を進ませるようにアルカは前に出てみせた。
そのまま勢いとスピードで一太刀振るおうと思っていたカガリはアルカの起こした行動にハッとして急遽進路を変えるように飛び退いた。
そして再びアルカを見据えるといつの間にか振りぬかれていたアルカの剣先には着物の切れ端が付いていることに気が付き、一体どこを持って行かれたのかと下に目をやる。
なんと、見てみれば腹の部分が細工されたロングソードによって裂かれ――、いやまるで引き千切らているではないか。
アルカの持つロングソードとカガリの持つ太刀とでは射程範囲は確実に太刀が上回っているはずであり、それにも関わらずまだカガリが射程範囲に入っていないというのにアルカはロングソードを用いて腹を裂いて見せたのだ。
それは明らかにアルカの間合いでは無かったはずの出来事だった。
「な――、なんですか今のは……!?」
一体何をされた? と、これが真剣であればと驚きと焦りの色を隠せないまま思わず裂けた部位に手を当てたカガリはドッと汗を流した。
リーチの差でまさか太刀が負けるはずがないと思っていたカガリは一体何が起こっているのか分からなかったのだ。
しかし、そう簡単に手の内を明かすわけでもなく今度は自分からといわんばかりにアルカはズシリと一歩踏み込み、何があるか分からないとカガリは出来る限り飛び退いて距離を取ろうとした。
そこで後ろに下がる中でカガリは信じられない光景を目の当たりにする。
決して届かぬ距離で振るわれた剣先が既に目先の近くまで伸びてきていたのだ。
アルカから振るわれた剣をなんとか姿勢を崩しながらも太刀で往なすことに専念したことでカガリに分かったことが一つある。
――あれは残像ではなく、確かに剣と剣がぶつかり合う音がした。
「む、まさか二度目で見破られるとは」
再び一歩踏み込んだ位置に留まった状態にあるアルカは素直に驚いていた。
が、カガリはそれ以上に目を丸くして固まっていた。
◇
「どうしてカガリは退いているのでしょうか」
カイネは素直に抱いた疑問をラディルにぶつけた。
アルカが一歩踏み出すごとに大げさな距離をカガリは取っているのである。
確かに見えぬほどの速度でロングソードを振るっているのは分かるが、明らかにリーチ差が優位なカガリが圧されていることに繋がるとは到底思えず疑問を抱かざるをえなかった。
「なるほど、カイネ様には見えていないのですね」
一体ラディルには何が見えたというのだろかとカイネは不思議そうな表情を浮かべる。
「そうですね、簡単に説明するのであれば団長の領域にカガリ殿が踏み込んだからというべきでしょうかね」
「領域……?」
そう言われて先日の暗殺者での事を思い出した。
"私の領域に踏み込む意気や良し。しかし、もう2歩は早くなくてはその短剣はこの身体に届かぬ"
あの時はその意味がさっぱりと分からずただただアルカが強いのだと思っていたがどうやら違うようである。
「我が団長には絶対的に相手との間合いを見切ることができ、またその剛腕から繰り出される剣筋は風の刃を飛ばすかの如くたちまち間合いに入った者を貫くのです」
「そういえばあの時もそのようなことを……」
だからあの一人目の暗殺者は剣が当たりもしないのに胸を辺りを貫かれていたのかとカイネは思った。
「しかしやはりカガリ殿もなかなか鋭い嗅覚をお持ちのようで、どうやらもう団長の技に気が付いたようですよ」
ただ、気が付いただけではどうしようもないのですがとラディルは言うが既にカイネの耳には届いていなかった。
当然の如くラディルはアルカについて語るが、カイネが今まであってきたどの兵士の中でも彼は群を抜いて規格外すぎるのだった。