錆びた剣
これは見ものかもしれないと大勢で賑わっていたロビーの人たちがぞろぞろと奥へと向かっていく。
どうやらその列の続く先に組み手を行う施設があるようだ。
後を付けるようにその列の中に混じり歩み始めたところでアルカはふと気になることがあってカガリに声を掛けた。
「カガリ殿、貴殿のその剣――太刀に鞘は無いのか?」
アルカは刃をむき出しにして背負っている彼女の細長い太刀の違和感に気が付いたのだ。
ローランドやガマニア近辺では滅多にお目にかかることのない太刀であるが、アルカが使う分厚い剣とは違い刀身をしまう鞘があったはずだと。
その質問に対して横を歩くカガリは答えた。
「この太刀に鞘は必要ありませんので」
何故必要ないのか、という内容を含んだつもりだったのだがどこか不愛想に答えるカガリにこれ以上の詮索は不毛だと思い口を紡いだ。
「なにカガリ殿、素直に言えば良いではないですか。鞘が抜けないと」
すると横槍を入れるようにラディルが言った。
「――ッ!?」
笑いながら馬鹿にするようにラディルがそう言うと顔を真っ赤にしてカガリは回し蹴りを喰らわせた。
しかし威力が少ないのかラディルはびくともしない。
「ラディルよ、鞘が抜けない……とは?」
はて、どういうことなのだろうかとアルカは問う。
その質問に対し、それ以上余計な事を言わさまいと抵抗する小さなカガリはラディルに掴みかかるが片手で往なしながら答えた。
「この通り、身体が小さい彼女ですのでこれだけ得物が大きいと腕の長さだけでは鞘から抜くことが出来ないのですよ」
ね? とラディルはカガリに言うが「死ね!」とだけ短く告げて小走りで列を無視して先に行ってしまう。
「ラディルよ、しばらく見ぬ間に随分と意地が悪くなったのではないか? お前はその様な性格を持ち合わせていただろうか」
その仲睦まじいやり取りを見ていたアルカは、ラディルの珍しい様子に疑問を抱いた。
「なに、からかいがいがあると言いますかその様な感じです。しかし団長、カガリ殿の実力は確かな物です。彼女の太刀筋は――」
「良い」
カガリを先に行かせたのはアルカにアドバイスを送る為だったが、それをアルカは良しとはしなかった。
「その先を聞いてしまってはこの立ち合いに意味が無くなってしまう。これは戦ではなく私を試す試合なのだ無粋な真似は不要であろう? 」
そして「違うか? 」とアルカはラディルに言った。
あくまでもフェアで臨むべきであるというアルカの言葉にラディルは笑みを浮かべる。
「やはり団長は変わりませんね」
その二人のやり取りを後ろからジッと見ていたカイネもどこか満足気に後ろで手を組みながら後を巨漢の男たちの後を付いて行った。
◇
「アルカ殿、本当にその様な装備で? 」
「うむ、問題ない」
アルカと向かい合った状態にあるカガリは彼の間に合わせの装備についてそれでいいのかと問う。
まるで数日前まで立っていた闘技場さながらの作り、そして歓声に慣れているのかアルカも堂々とした立ち振る舞いで答えてみせた。
いくら切れぬように互いの剣に細工を施しているといえど防具や剣そのものの強度や機能性は変わらない。
カガリは自身より大きな太刀を振るうに当たって動きやすいように防具を装備していないがアルカは違う。
彼のスタイルは重たい剣を振るう騎士であり、素早さを必要としないためラディルの様に鎧を着るのが主流であるにも関わらず皮の胸当て1枚のみの軽装なのだ。
アルカの二つ返事を聞いてからカガリは背負っていた太刀を手に取り、リィンと一振りする。
「甘く見ていたら痛い目に合いますよ」
それはカガリなりの警告であり、どこか遠慮しがちなアルカの態度に女だからって甞めてくれるなよと言いたげな表情であった。
ラディルといい、どこかローランドの騎士は小馬鹿にする節でもあるのかと。
「誤解を招いたようであるなら謝ろう、決して貴殿の実力を見誤っているわけではないのだ。如何せん久方ぶりに剣を握る故、このくらいが今の私には丁度いいのだ」
多少に目の肥えた者が見ればなまくらの剣、対するは見惚れてしまいそうになる美しき太刀。
得物だけの勝負は既に始まる前から決まってしまっている。
しかし――
「良い武器が本当に優れているとは、私は思わない。大事なのは使い手の技量に合っているかである。だとしたら錆びついている今の私にはこの剣が妙に似合っているとは思わぬか、カガリ殿」
静かにアルカはロングソードを片腕で持ち上げた。
両手持ちが主流のロングソードを悠々と持ち上げたその腕からは血管が浮き上がり、これには思わず一撃を貰おうものならとカガリは息を呑む。
アルカの姿はまさしく一本の剣。
錆びついてなお折れることを知らぬその姿にカガリは頭を下げ、そして彼から一瞬でもあふれ出た威圧から本物であると認める。
「失礼しました。貴方には敬意を持って全力でお相手致します」
「うむ。果たして貴殿の期待に沿えられるか、いざ参ろうではないか」
カガリは長い太刀を腰の位置から後ろに構え、アルカは胸の前に剣を掲げる。
より一層、周囲の観客と化した兵たちは盛り上がりを見せる中いよいよ3年間行方を晦まし、死亡説まで唱えられていたローランドの元騎士団長が再起をかけて始動する。