師弟有情
「あぁ、もう待ちくたびれたぜ団長。その様子だとまだラディルさんにも会ってないよな?」
今しがたカイネと共に到着した様子を見てホルクスは言った。
その問いに対してアルカは「うむ」と短く頷く。
「それじゃあ早く伝えてやらねぇと。あの人が一番団長の事を待ってたからな、すぐに呼んでくるから団長はここにいてくれよ」
そう告げるとホルクスはすぐに掴んでいた腕を離して再び人ごみの中へと飛び込んでいくが、その背中を見つめていたアルカにカイネはジト目になりながら言った。
「アルカ……、もう少し何か言うことはなかったのですか?」
唐変木というか不愛想というか――、出会ってからまだ数日と経たないがもう少し感情的になっても良かったのではとカイネは思ったのだった。
「……? 帰還したことはしっかり告げたが」
しかし、先程の対応にどこかおかしいところでもあったかとアルカは不思議そうな表情で問い返す。
これにはカイネも思わずため息をついた。
「元気だったかーとかそういった気の利いたことをですね」
世間話の一つや二つ、時間もあるのだからすれば良かったのにということである。
「うむ、元気だったな」
しかし、アルカは元気に駆けていくホルクスを見てありのまま告げた。
「いえ、そうではなく……」
そういうことを言いたかったのではないと肩を落とすカイネだったが、その二人のやり取りを見ていたフィローラはくすくすと笑った。
「……フィローラ、何かおかしいところでもありましたか」
この気苦労を分かってくれとでも言わんばかりにカイネはフィローラにいう。
「姫様が手を焼いている姿が珍しいなぁと思いまして」
この傭兵団において最高の権限を持つカイネに刃向う者はいない。
彼女が右を向けといえば右を向く者達ばかりだが、どうやらアルカは一筋縄ではいかないように思えたのだった。その様子がどこか微笑ましく思わずフィローラは笑みを溢してしまう。
「団長殿は私に手を焼いていたのか、それは忝い」
そこであまり手を煩わせるつもりはなかったアルカはすぐさまに謝罪の言葉をかけた。
「謝らなくて良いです。何故手を焼いているのか、その理由が分かるまで」
がしかし、ツーンとカイネがそっぽを向いてしまうあたり謝罪は受け入れてもらえないようである。
何故だと困惑した様子をアルカが見せていると再び周囲がざわつきはじめた。
その原因が誰によるものなのか、なんとなく察しが付いたアルカはそちらの方へ目をやった。
「無駄ですよカイネ様。我が団長は昔からそういう人なのです」
やがて聞こえてきたのは落ち着いた男の声色。
その男が一歩進むごとに人で溢れていたロビーには奥へと続く道が開けていく。
そして姿が露わになりアルカが目にしたのは3年前の最後に見たあの日あの時と変わらぬ今は無き白銀に輝くローランドの鎧。
それを身に纏うは細身ながらも微塵も違和感を感じさせない風格を持つ男。
「久しいな、ラディルよ」
笑みというよりもニヤリと口角を上げると表現したほうが正しいだろうか。
なんともいえない表情でアルカはその男、ラディルに3年ぶりに声をかけることとなった。
「少々老いましたか、団長」
人ごみの中から姿を現したラディルはアルカの現在の様子を見て3年ぶりだというのに容赦のない言葉をかける。しかし師であり兄の様に慕ってきたアルカに代わりはなかったことを受け、ラディルも同じく口角を上げて応えて見せたのだった。