入国
アルカの言葉にカイネは仕方ないですねと返事をし、父には別の手段で一泡吹かせてやろうと思った。
「では、これから関所を通りそのまま傭兵団へ向かいます。ただ、個々に挨拶するわけにもいかないと思いますので、挨拶は要所に。他の者へアルカが来たことは広報にて連絡を回そうと思いますがよろしいですか?」
「あぁ。団長殿の配慮、感謝する」
ガマニアの関所では門番が入国にあたり検査をおこなっていたが、アルカの姿が熊のような体つきに無造作に伸びた髪や髭のせいかまさか元ローランドの騎士団長だとは微塵も疑われることなくカイネの買った奴隷だと言えばすぐに信じ、通ることができた。
既に統合されていることからアルカであっても問題はないのかもしれないが、元より死んでいることになっているのだからしばらくの間は静かにしておいた方がいいだろう。
「ほら見てくださいアルカ! この区画からが私の領域になります」
門を潜り、ガマニア城へと続く華やかな大通りを少し進んだところで路地に入るとカイネは前方に指をさして自信に満ちた表情で言った。
入ったことの無いガマニア帝国の街並みに興味を示していたアルカはカイネの指さす方へ視線を移すとそこは人1万が住むには充分な面積を持った城下町が眼下に広がっている。
しかし今立っている場所から家一軒ほど高低差があり、このまま馬車で通ることはできそうにない。
「ここから先は随分と下がっているのだな」
見渡しは良いがどうしてこんなにも掘り下がっているのかとアルカは問う。
「元はスラム街でしたからね、悪いことをしたらここに落とされると語り継がれていたくらいです。多少の名残は残っていますがその彼らも今となっては私が兵として雇っているので治安はそこまで悪くはないと思いますよ」
答えたカイネは、それはそれはとてもお見せできるような状態ではありませんでしたよと当初のことを思い返したのか苦笑いを浮かべる。
そこにはそれ相応の大変な苦労があったのだろうことが見て取れる。
そしてローランドの孤児たちを思い出したアルカは国は違えど弱き者の扱いは変わらないのだと思った。
「さぞ民たちも喜んでいることだろう」
整備された軒並みの中にちらほらと廃屋が見受けられるがそれがカイネのいう名残というものだろう。
ローランド同様として捉えるならばおそらくこの区画一帯のほどんどが廃屋に近い状態であったに違いないはずである。
それをここまで復興させるにはかなりの苦労があったことをアルカは感じ、繕いの言葉をかけた。
「えぇ、今では城下町の者達も気兼ねなく足を運んでおりますし悪事を働く者も減りましたからね」
その言葉が嬉しかったのか誇らしげにカイネは言う。
それから馬車を近くの小屋に預け、カイネに案内される形でアルカは階段を下りしばらく歩みを進める中でアルカには気が付いたことがあった。
すれ違う人全てが兵だとは思わないが、カイネとすれ違うたびに会釈をしたり笑顔で挨拶を交わすあたりここの者達は随分と彼女のことを信頼しているように感じるところである。
だが、それと同時にまるで浮浪者丸出しのような恰好をしている自分がカイネの隣を歩くことで向けられる嫌悪の目が少々情けなかった。
これにはもう少しカイネの言うようにこましな格好をすべきであったかと頬を掻きながら少なからず反省した。
「さぁ、着きましたよ」
やがてピタリと足を止めたカイネは言う。
どうやら目的の場所、拠点とやらにへと着いたようである。
仁王立ちして腰に手を当てているカイネの後ろには城や砦のような派手さはないが、ここら一帯では一際大きな木造の母屋を持つ建物があった。
あれから3年――。アルカは、いよいよ元部下たちと顔を合わせることになるのだと思うと自然と表情が引き締まった。
「ふふ。貴方でも緊張するのですね」
大きな熊のような男が目の間で硬直しそうになっている姿を見てカイネはクスリと笑う。
「あまり無理を言う出ない団長殿。前にも言ったが私も人の子なのだ。……どのように顔向けしていいのか、まだわからなくてな」
皆、自分を信じて進軍し策に嵌まり敗退した一番の犠牲者である。
その彼らにどのように詫び、諂えば良いか考えがまとまっていなかったアルカは素直に言った。
「そんなの決まっているじゃないですか」
しかしどうにも自責の念が強いアルカを見かねたカイネは答えは決まっているだろうと言い、続けて言葉を送った。
「ただいま。それだけでいいんですよ」
「ただいま――、か。そうか……、思えば随分と久しく発していない」
ここがこれから帰って来る場所になるのだ。
はたして自分を快く迎え入れてくれるだろうか、という不安は残っているが悩んでいても始まらない。
カイネの後に続いて扉を押し、中へと入っていった。