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第7話 おやつ三者三様(夏の巻)


 朝夕がめっきり寒くなってきた頃、みかん農家のばあちゃんから、宅配便が届いた。


「おわっ、ばあちゃんミカン送ってくれるって言ったけど、箱が3つも来るとは思わなかったっすよー」

 俺が驚き半分、嬉しさ半分でほくほくしながら言っていると、冬里が可笑しそうに言った。

「仮にも農家だよ。まさか1個や2個送ってくると思った?」

「い、いやまさか、ハハハ」

「うーん、察するに、3人で暮らしてるって言ったから、1人ひと箱って言う事かな」

「ええ?! ばあちゃん気前よすぎ!」

 すると、ちょうどお茶を運んで来てくれたシュウさんが、上から嬉しそうにする俺を覗き込むようにして言った。

「もうそんな時期なんだね」

「はい!」

 その時は、ただミカンの時期だって事を言ってるのかなと思ってたんだけど。


 で、なんと、次の日!


「おわっ、こたつだあ~」

 朝起きてみると、リビングのソファ前に、なんとこたつが鎮座していたんだ。

 俺はもう、嬉しくて嬉しくて、早速足を突っ込む。けど、予想に反して、中は冷んやりと冷蔵中だった。

「わ、冷たい」

 すると、誰かがやって来た気配とともに、中がじわっとあったかくなる。

「スイッチ入れてなかったんだよ、ごめんね」

 シュウさんが電源を入れてくれたようだ。俺は「いや、シュウさんのせいじゃないっすよ!」とか言いながら、ポカポカしてくる足に幸せをかみしめる。大げさかな?

「うう~、余は満足じゃあ」

「夏樹、入るのは良いけど仕込みには遅れないでね」

 朝食のプレートまで持ってきてくれたシュウさんが、微笑みながら言う。

「ありがとうございます、了解っす!」

 そうなんだよな、こたつっていったん入ると、なかなか抜け出せないんだよな。その吸引力は、まるで手品か魔法か。こたつの中には、出て行かないでオバケがいるんじゃなかろうか。

 なんちゃって。

 で、ぬくぬくしながらシュウさんのあったかくて美味しい朝食なんか食べてしまうと。

「ふわぁ~、ああ、もう俺はずっとここでこうしていたい・・・」

 とか、心にもないつぶやき、いや、半分本心かも? とか思いながら突っ伏してしまう。

 すると、また誰かの気配がして。

「なつき~何してるのかな~? もう仕込みの時間なんだけど~」

 耳元で、押し殺すような声がした。

「ひえっ! は、はい今すぐに!」

 こたつの魔力も、冬里の魔力にはとうてい叶わないのだった。


 ランチタイムが終わって2階へ上がり、ふと見ると、こたつの電源が入ったままだった。「あれ? 俺、店へ降りるとき切ったと思ったんだけどな」

 と、つぶやきつつスイッチを切る。

 すると、何だかわからないけど、こたつ布団がモニョモニョとうごく。

「え?」

「こら、人がせっかく気分良く寝ていたのに」

「あ、タマさん、すんません!」

 なんとぬうっと顔を出したのはタマさんだった。

「よくお休みになられましたか?」

「おう、ありがとよ」

 シュウさんがキッチンからかけた声に答えて、タマさんはういーんと身体を伸ばす。俺はそのほっこりタマさんにとっても嬉しくなって、彼をヒョイと抱き込んでこたつに足を突っ込んだ。

「なにすんだ」

「わあ、タマさんあったかいっす~。一緒にぬくぬくしましょー」

「ふん!」

 鼻で返事すると、タマさんは俺の腕をスルッと抜けて、こたつの中へ戻り、またくるんと丸まってしまった。

 そこで俺は、ふと思いついて店へ降りると、食品保管庫からみかんをいくつも籠に入れて持って上がる。戻ってみると、こたつに冬里が座っていた。

「はい、どうぞ冬里」

「ありがと、これぞ日本の風物詩、こたつみかんだね」

 冬里がみかんをひとつ取り上げてニッコリ笑う。それにニカッと応えながら、俺もミカンを手に取った。

 コトン、と音がして、日本茶のいい香りが漂う。

「どうぞ」

 マグカップを俺たちの前に置いたシュウさんもまた、こたつに入ると、優しく微笑んでみかんを手に取るのだった。

 ひとときの、俺たちのおやつタイム。




「で? なんでここに由利香さんがいるんすか?」

 今日は日曜日。

「久しぶりに走らないか?」って言う、椿からの早朝ジョギングのお誘いに、二つ返事でOKして、爽やかな汗を流して帰ってきたら。

 なんと、本当に幸せそうな顔をして、こたつに入っている由利香さんがいたんだ。

「いいじゃない、実家でこたつに入るのがそんな悪いこと?」

「って言うか、こんなに朝早いと、槍が降ってきますよー。いつもは昼前まで惰眠を貪るくせに」

「なんですって!」

 へへーん、こたつの威力を知ってる俺は、由利香さんの手の届かないところで文句を言ってるもんねー。狙い通り、こたつから出たくない由利香さんの手は、むなしく空を切るのだった。


 そのあとは、シュウさんの美味しい朝食を、皆で囲む。

 朝食を取りながら聞いた話では、椿と由利香さんの家にはこたつがないんだって。だから暖を取るために、うちへ来るのだと由利香さんはのたまった。

「ふーん、タマさんと同じっすね」

「うん、そうよって、タマさんって猫ちゃんよね? 良く来るの?」

「そだね、誰かさんみたいに、こたつが出てくると頻繁にね」

 ふふ、と笑いながら冬里が言うと、由利香さんは「失礼ね」とか言ったあと、また無理難題を押しつけてくる。

「じゃあなんで今日は来てないのよお。ねえ、夏樹、呼んできてよ」

「はあ? なんすかそれ。タマさんにだって都合ってもんがあるんすよ」

 由利香さんは無類の猫好きだもんな、けどここは譲る気もないし、こたつから出るのも嫌なので、俺はズズッとこたつ布団をすり上げる。

 すると由利香さんとは違う方向から声がした。

「タマさんはいいとして、僕、珈琲のおかわりがほしいなー、夏樹、入れてきてよ」

 冬里だ。

「へ? 俺っすか? えーっと」

 いつもなら1つ返事で立ち上がるんだけど、なぜかおしりに根が生えたように動けない。冬里の(普通の)お願いよりも強いこたつの威力に、さすがの俺も逡巡していた。


「いま入れてくるよ」

 天の一声とともに、シュウさんが軽やかに席を立つ。ひええ、さすがです、なんの躊躇も執着もないんだよな、シュウさんは。

「あ、じゃあ私はロイヤルミルクティ」

「すみませんが、俺も珈琲おかわりで」

 立っているものはシュウさんでも使え、てか。

 皆! 情けなさ過ぎだぜ。

 とか思いつつ。

「すんません、俺も・・・珈琲おかわりで」

 などと言っちまった俺も、相当情けなかったりする、よな。


 さすがに後片付けをシュウさんひとりに押しつけるのは、あんまりだ。なので椿と俺は、決死の覚悟で(そんな大層なもんか)、こたつを這い出ると、キッチンで連携して後片付けをしていた。

「なあ、お前も由利香さんもこたつ好きそうなのに、なんで買わないんだよ?」

 ゆすいだ皿を水切りカゴに入れながら、ちょっと疑問に思っていた事を聞く。

「え? ああ、それはあれだよ」

 と、椿はさも可笑しそうに、こたつでフニャリとなっている由利香さんを示す。

「ふたりとも、いったんこたつに入ったら、天変地異があっても出てこない、って言うのは大げさだけど、どちらも譲り合って、家事全般がきっとおろそかになるからね」

「なるほど」

 俺は大いに納得して、大いに頷く。


 そのあと、ちょっとしたおやつを冷蔵庫から取り出してリビングへ持って行った。

「はい、どうぞ」

 置いたのはミカンゼリー、いちおう手作りだ。

「あ、ゼリー。ちょうど良かった~、のど渇いてたのよ」

 由利香さんは嬉しそうに一つを手にとって、口に運ぶ。

「いただきまーす、・・・。美味しーい! 鞍馬くんが作ったのね?」

 さも当然という感じで言うので、おれはガクッとなりそうになったけど、いちおう訂正はしておく。

「違いますよお、俺が作ったんす。この間お土産に買ってきたミカンゼリーを研究して!」

 すると、ちょっとポカンとしていた由利香さんが、へえーと言う顔になって、なぜかシュウさんに話しかける。

「鞍馬くーん、これ食べた? あ、そうよね当然よね。でも、師匠としてはとっても嬉しいでしょー」

 これ食べた? の所で頷いたシュウさんに、そんな風に言う。

「へ? どういうことっすか?」

「だってこれ、鞍馬くん級の美味しさに近いわ。腕を上げたわね~夏樹~。うんうん、これは鞍馬くんも草葉の陰で喜ぶはずよ」

「草葉の陰って、シュウはまだここにいるんだけど?」

 ブッと吹き出して、冬里が可笑しそうに言った。

「まあいいじゃない? でもそうでしょ?」

 楽しそうにウィンクなどする由利香さんに、シュウさんは大いに苦笑いをしている。


「お! ホントだ。これは美味い」

 すると、いつの間にかこたつに戻っていた椿も、ちょっぴり驚いた様に言う。

 美味しいと言われれば嬉しいはずなんだけど、ふたりともビックリしたように言うから、複雑な感じ。

「なーんすか2人とも。美味しいならただ美味しいって言えばいいじゃないっすか」

「うんうん、美味しい」

「美味いよー、夏樹ちゃん」

「あー!、やっぱ2人ともバカにしてる!」

「「してないしてない」」

 同じように手を振る2人にむすっとしてると、ゼリーを食べ終えた由利香さんがおもむろに言った。

「ところでね。この間もらったみかん、まだいっぱい余ってるから、私も何か作ろうと思って。それで、これ」

 と、スマホを出してみせる。

「? なんすか?」

 見るとそこには、みかんプリンという文字が浮かび上がっていた。

「みかんプリン」

「そうなの、美味しそうでしょ~」

「でも、これもうレシピ出てるじゃないっすか」

「んーそうなんだけど、試しにいくつかのレシピで作ったんだけど、なんかいまいちだったのよねー」

「へえ、そうなんすか」

 だ・か・ら、と、誰かさんのように指を振ってニッコリ笑う。

「夏樹、実験に付き合ってよ」



 と言う訳で、善は急げ、とか由利香さんはまた訳のわかんない事を言いだして、俺たちは今、キッチンにいる。

「やっぱり鞍馬くんの家はいいわあ。買い出しに行かなくても、プリン作る材料揃ってるんだもの」

「卵とか牛乳なんて、普通にどこの家にもあるっしょ」

「わかんないわよ。そんなことは良いから、さ、実験を始めましょう」

「調理だよ」

「調理実験よ!」

 スマホに出ているレシピをいくつも見比べながら、あーでもないこーでもないと騒ぎつつ、俺たちの調理実験は進んでいく。

 由利香さんは、本当に理科の実験さながらに、グラム単位で材料の配合を変えていくんだよな。おかげでプリンのもとは何十種類にも及んだ。

「ひえー由利香さんすごい情熱っすね。でもこれ出来上がったらどうするんすか?」

「もちろん、全部夏樹に試食してもらって、一番出来の良いのを正式なレシピにするわ」

「ええっ?!」

「今更忘れたとは言わせないわよ。和食の時の試食地獄!」

 と言って由利香さんは、ちょっと恐ろしげに微笑んでみせる。

「も、もしかして由利香さん。あのときの敵討ちっすか?」

「まーさーかー、ただの試食のお願いよ~」

 ニッコリ笑う由利香さんに、絶対根に持ってる! と確信を深めた俺だった。

 けど実際あの時は無理なお願いしたしな。

 えーい、もうこうなったら仕方がない! 受けて立つしかない! と腹をくくる俺だったが。


「ぐええ、もう無理っす、もう入らないッす・・・、うぐ・・・」

「ちょっと夏樹、吐くならトイレ行ってよね」

「ひでええー、鬼~悪魔~、・・・うっ」

 口を抑えて横たわる俺に、由利香さんは容赦ない言葉を浴びせる。

 俺の隣では、俺ほどではないにしろ、椿もまた苦しそうだ。

 たかがプリン、だけどプリン。

 ほんの一口ずつでも、種類が半端なかったのでふたりともこの有様だ。言い出しっぺの由利香さんは、試食を俺たちに任せて、自分は作るの専門だったから涼しい顔をしていられるのだ。

「ご苦労様、もう夕食の時間だよ」

 もうひとり、涼しい顔をして冬里がちょっと可笑しそうにとんでもないことを言う。

「・・・」

「いや、今食べ物の話は、実際きつい・・・」

「ふふ、だよね」

 仕方ないから、君たちはそこで休んでなさい、と、冬里らしからぬ優しい言葉を残して、どこへ行くのかと横目で見ると、カウンターにしつらえられた簡易テーブルに、由利香さんと2人腰掛けている。

 どうやら今日の夕食は、俺たちの目に食べ物が入らないようにとの配慮から、そこで取るようだ。

 あ、いいな、あんな所で食べられるなんて。

 だってシュウさんが出来たての料理を出してくれるんだぜ、今日の献立はなんなんだろう。

 俺ってば、こんな時ですらそんなことを考えてしまうんだよな。

「夏樹」

 そんな俺に椿が声をかけてくる。

「なんだ?」

「無理なら無理しなくていいんだけど」

「なになに? 変な言い方」

「忘れないうちに、何番が1番美味かったか、お互いに聞いておいた方が良いと思って」

「え? あ、プリンか・・・うえ」

 プリンという言葉にお腹が反応した。

「あ、ごめんごめん」

「いいよ、そうだなあ」

 なんと由利香さんは、試作のひとつひとつに番号をつけてたんだよな。その数なんと70と8種類!

 俺は、1番から順に味とか口溶けとか、そのほかにもあれこれ思い浮かべていく。全部覚えてるよ、その点はさすがプロだってほめてもらいたい。

「13番かな」

「お、俺もそうだ、気が合うね」

 なんとはなしに微笑み合う俺たちだった。


 それとは別に、カウンターでも今日のプリン談義をしていたらしい。

「13番のはまだ残っていますか?」

 料理を出し終えたシュウさんが、まだそこに立てかけたままだったプリン材料のレシピに目を留めていた。

「え、なに? ああプリンね」

「冷蔵庫に番号順に置いてあるよ」

「わかりました」

「なになに? 鞍馬くんも試食してくれるの?」

「はい、この13番。配合がとても興味深いので」

 なんと、シュウさんは配合を見ただけで美味しさがわかったみたいだ。

「へえ、だったら僕も後で食べてみようっと」

「私も!」

 嬉しそうに手を上げる由利香さんに、冬里が不思議そうに聞く。

「あれ? 由利香食べてないの?」

「ええ、試食は2人に任せてたから」

「ひどっ」

 言葉とは裏腹に、すごく楽しそうな冬里は、たった今置かれたばかりのワイングラスを持ち上げる。

「じゃあ、みかんプリンがどうやら13番に決まりそうなので、それを祝して」

「ええ? まだ決まったわけじゃないわよ」

 可笑しそうに言ったものの、

「まあ、鞍馬くんの見立てに間違いはないはずよ、ね?」

 と、自分もグラスを持ち上げた。

 シュウさんはそれには返事せず、カウンターの向こうでグラスを持つと、静かに言った。

「とりあえず、夕飯をいただきましょう」




 でさ、そのあとみかんプリンはどうなったかって言うと。


「お待たせしました。本日のスイーツは、みかんのプリンと・・・」

 なんと、店のデザートに出せるほどの完成度だったんだ。とはいえ、少しの改良は必要だったけどね。

 これがお客様にも好評で。


「ふうん。ねえ、シュウ」

「なにかな」

「お菓子作りってさ、やっぱり化学実験だったんだね」

「?」

「みかんプ・リ・ン」

「ああ」

 微笑み合うシュウさんと冬里。

 2人がそんな話をしているとはつゆ知らず、俺は今日も元気よくソファ席へとスイーツを運ぶのだった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

おやつのおはなし、最終話です。

冬みかんって、昔は(今もかな?)お正月前にひと箱買ってましたよね。で、下の方がカビちゃったりして。いつももったいなーい、と思ってたので、今回みかんを使ったスイーツ話です。とはいえ実際のレシピは個人でお調べ下さいねー(無責任~(^_^;))

わたしはおやつって言うと、今はチョコレートとか柿の種(それはおつまみ?)とか思い浮かべるんですけど、皆さまはどうでしょう。それこそ範囲も種類も千差万別、ひとそれぞれですよね。一日のほんのひととき、思い入れのあるおやつで休憩してみたら、あとの仕事がはかどるかも、ですよ。

色んな事がありますが、『はるぶすと』は、今後も通常通り営業してまいります。

それではまた!


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