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第6話 おやつ三者三様(冬の巻)


 僕だって、最初から正座が得意だった訳じゃ、ないんだよね。




「ふうん、島国だからどんな未開の地かと思ってたら、けっこう都会なんだねー」

「なんやお前は。京都をこけにするんか?」

 振り向くと、この時代にしては大柄な、他の人から頭半分ほど抜き出た爺さんが立っている。

「誰?」

「お前こそ誰や」

「僕は冬里。紫水しすい 冬里とうりだよ。でさ、きちんと名乗ったんだからそっちも名前教えてよね」

 その爺さんは、ちょっとだけポカンとしていたんだけど、いきなりガハハと豪快に笑い出して、僕の背中をどんっと叩く。

 ちょっと痛いんだけど。

「お前面白い奴やな。気に入った、昼餉を付き合え」

「大旦那様」

 すると後ろにいたお付きの者? が、小さくその爺さんに言うのが聞こえた。

「ん? なんや?」

「また素性のわからない者と・・・」

「素性はわかってるやないか。紫水 冬里や言うたやないか」

「ですが」

 困ったように言うお付きの顔をしげしげと眺めつつ、何事か考えていた爺さんは、あ、と言う顔になってポンと手を打った。

「お前、紫水言うたな、字は? おお、それみい。うちと同じやないか。こんなにはっきりした素性は、またとないで」

 僕が紫に水だと名字の漢字を説明すると、爺さんは嬉しそうに言って。

「わしは、《料亭紫水》の7代目、紫水院しすいいん 伊織いおり言うんや。よろしゅうな」


 それが僕と7代目の出会いだった。


 連れて行かれたのは、料亭じゃなくて庶民が大勢飲み食いしている、まあ言わば今で言う居酒屋みたいなところ。

 で、当然ながらテーブル席なんてない。

 僕は日本初めてだったからあぐらで座る。庶民の店だし、と言うか、当時の日本人だってほとんど正座なんてしてなかったよ。

 爺さんも立て膝でゆったりと座っている。

 ただ、お付きだけはつんとすました顔で、きちんと正座している。

「足、しびれない? こんな場所なんだから、もうちょっとゆったりしても良いんじゃない?」

 僕が不思議そうな顔で聞くと、お付きは負けないくらい不思議そうな顔をして、まじまじと僕を見つめていたんだけど、急に顔を真っ赤にして言う。

「お・・・、おおきなお世話でございます! わたくしは正座は慣れておりますので!」

 そしてそのあと、はっと我に返ると、なぜか僕に見えないように顔をあさっての方に向けてしまう。耳まで真っ赤だから、照れてるのかな? なんで?

「ハハ、九条、まあそんなにかたくなにならんでも・・・。許してやってえな、こいつはわしのお付きになってまだ日が浅いもんで、わしを守らなあかんとガチガチに思うてるんや。けど思いもかけずあんたが優しいのがわかって、さっきの失礼を取り消したいんと違うか?」

「へえ」

「旦那様!」

 旦那様の言葉に反応したお付きは、やっぱり顔が赤くなってる。けどそれとは裏腹に、表情は怒ったようにしかめ面だ。

「けど、根は真面目で優しい、ええ奴やねんで。でなかったら、誰が連れて歩くもんかいな」

「旦那様・・・」

 今度はちょっと顔を緩めて、泣きそうな表情になっている。

 面白いねー。


 でさ、もう気がついたと思うけど、お付きの名前は九条。

 そう、あの九条爺のご先祖様だ。

 12代目になって料亭紫水に戻ってきたとき、もう爺は爺の年だったから若い頃は知らないけど、あの爺も、この彼みたいに真面目で融通が利かなくて鼻っ柱の強い性格だったのかな、フフ。

 そのあと、京都が初めてだって言う僕に、爺さんは、頼んだ料理を豪快にかっ食らいつつ、僕にもあれ食えこれ食えと勧めつつ、四方山の話をしてくれる。九条は相変わらずムッとしたような顔で、けどその顔とは裏腹に、爺さんにも、そして僕にも細やかな心配りをしてくれている。決して目立つ訳ではないけれど、ちょっとした気配りってやつ。さすが、九条家は代々優秀なんだよね。


 話しをするうち、僕が宿無し職無しだとわかると、爺さんは持ち前のお節介を発揮して、

「だったら料理人見習いでうちに来い。うちで修行したとわかったら、都ではどこでも雇うてくれるで」

 などと言いだした。

 それを聞いて、驚いたのは僕じゃなくてやっぱり九条。

「旦那様!」

 と、「ん? なんや?」と聞き返す爺さんに耳打ちするのが聞こえる。

「ここでそんなことを決めてしまっては、また店の者が何を言い出すか! それに、この者は自分の事を僕などと言っております。長州の脱藩者やも知れませぬ」

 九条、焦って声が大きくなってる、筒抜けだよ。

 けど爺さんはそんなことお構いなしに「まあええやないか」とか言って、結局僕は《料亭紫水》に引っ張り込まれる運命? だったみたい。

 料理人かあ、シュウに色々伝授してもらったから腕に自信はあるけど。

 日本料理は初めてなんだよねー。

 ま、いいか。


 そんなこんなで、料亭での修行が始まって。

 やたらと腕の良い僕に、初めはうさんくさそうにしていたまわりの料理人たちは、目を白黒させていた。

 料理長はそんな僕に色々任せてくれるようになったけど、お決まりコースで、嫉妬から嫌がらせなんかしてくる奴も居た。でさ、あんまりうざいからあるとき、

「なんでそんなことするの?」

 って聞いてみたんだよね。

 そしたらさ。

「え? ひえええー」

 とか、夏樹がたまに出すような声で僕を見て、そこにいたヤツら、全員逃げて行っちゃった。

 その日からいっさいの嫌がらせはなくなった。なんでかわからないけどね。


 でね、はじめは店で顔を合わすと、ツンとすまして他人行儀な挨拶だけだった九条も、しばらくするとちょっとやんわりになり、そのうち笑顔も見せてくれるようになった。

 それからはよく話をするようになって、料亭の中のことを教えてもらえるようになり。

 けど僕のことを「冬里さま」とか言い出すんだもん、さすがにそれはやめてほしいと頼んだけど、頑として受け入れてくれなかったんだよねー。


 7代目のじいちゃんがあの高齢でなんで隠居しないかっていうのは、後をまかせた8代目が、病に伏せってしまったからだとか。この時代だから、爺さんには他にもたくさん子どもはいるんだけれど、もう各々自分の進むべき道を歩いているんだとか。

 あ、8代目にも会わせてもらったよ。

 自分の境遇を恨みもせず文句も言わず、使用人たちからの信頼も厚くて、何くれとなく皆、彼に相談に来る。百年人にしては珍しいような、良い意味で自分のない人だったね。

 で、九条が僕のことをどう話したのかはわからないけど、爺さんからのご指名で、僕がお付きとして出かけることも多くなった。

「お前さんは、ほんまに面白い奴やのお、あの気性の荒い料理人たちをひと言で黙らせたんやて?」

「なんでそんなこと知ってるの?」

「料亭内では、もう伝説やで」

「ふうん」

 別に何した訳じゃないのにね。


 そのうち幾月かして、ほぼ毎日爺さんと連れ立って外回りをするようになったある日。

「お前、うちの料亭を継ぐ機はないか」

 って言われたんだよね。

「ええー? やだよー8代目がいるじゃない」

「もうあいつは長くない」

「ひどっ、それにさ、料亭って代々血筋で受け継ぐんじゃないの?」

「そんな古めかしい事言うてるから、店が衰退していくんや。これからは、腕も人間性も考慮して、どしどし他からの血を入れるべきや」

 へえ、このバリバリ封建制度の世の中で、こんな爺さんもいるんだね。感心してた僕が、その次の言葉に耳を疑った。

「それにお前さんは、ただ者やないな。どこから来たんや? で、何者や? まさかこの世の隣にある写し世から来たんやないやろな」

 一瞬止まってしまった僕の動きを見逃さなかった爺さんは、うんうんと何故か満足そうに頷いて、納得したみたい。あー、僕としたことが。でも、今のは反則だよね?

「長く生きてると、人も妖怪になるんだね。なんでわかったの?」

「は? アハハ、違うわ! 仙人と言え」

 で、このときに千年人であることをカミングアウトしたら、何でかわかんないけど、また後日(って言っても200年後くらいに)当主になれって言うんだもん、参っちゃったよ。


「冬里があとを継いでくれるの? わたしは大賛成だよ」

 8代目も嬉しそうに言ってくれて。さすがの僕もこの人のこの純粋さにはかなわない。

「それに、冬里は他の誰とも違うしね」

 いたずらっ子の様な顔で言う8代目に、やっぱり見抜かれてたか、と、このときは妙に納得してた。

 店の者たちも、7代目と8代目が太鼓判押すならと、ひとりの反対者もなかったみたい。けど、あとで聞くとも無しに聞こえてきた話では、太鼓判押される前から、9代目はぜひ僕にって従業員の皆が推してたんだって。

 襲名が慎ましやかに執り行われたあと、本当に喜んでくれた8代目は、なんの未練も執着もなく、あっさりと天へ還って行ったんだ。


 あれ、正座の話が僕の昔話になっちゃった。


 で、僕が9代目を継ぐと決まったその日から、なんて言うかあたりまえに厳しい修行が始まった。茶道に華道、柔道剣道弓道、とりあえず道と名のつくものはひととおり教わるんだけど、そのほとんどが基本正座。

 だから正座に慣れちゃうのはあたりまえ。

 けど初めは嫌だったよ、足痛くなるしね。まあ、椿が言うように、正座って言うのは慣れだからさ、慣れちゃえばしびれを回避するワザも身につくし、けっこう楽だしね。

 ってこと。




「冬里! 今日はおやつ食べましょうよ、何にします?」

 夏樹が嬉しそうに聞いてくる。

 太郎が帰ったあとも、店が休みの日には、たまに3時のおやつを食べたりするようになった。

「うーん、そうだね」

 7代目が、よく8代目と食べていたお三時。

 縁側に腰掛けた7代目と、布団に起き上がった8代目が、嬉しそうに外を見ながら食べていた、それ。


「そだね、少し柔らかめの、落雁らくがんにしようか」

「らくがん?? ってなんすかそれ! 作れるんすか? わお、作りたいっす!」


 キラキラ瞳の夏樹を連れて材料を仕入れに行く僕を、シュウが苦笑いしながら見送ってくれた。

 天高く馬肥ゆる秋の、ある日のお・は・な・し。



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