表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第5話 薔薇と猫


 たまたま日本に帰る事になったから。

 たまたま長い休暇だったから。


 ただ、そんな理由で鷹司たかつかさはここにいた。



 しばらくぶりにシュウに連絡を入れたのが、日本の薔薇の季節だった。

 久々に長い休暇が取れるので、日本に行こうと思っている事を伝えると、その時は〈そうですか〉と、いつものごとく素っ気ないような返事が返ってきただけだった。

 けれど、何日かして珍しくシュウの方から連絡が入り、何事かと思っていると、

〈もしご都合がつけば、いちど庭を見て頂きたいのですが〉

 と、なんのことはない、庭師の鷹司への依頼だった。

 自分が送った「レディ・ヴィアン」と名付けた薔薇の様子も見たかったし、シュウがどんな庭造りをしているのかも興味があったので、二つ返事でOKした。

 もし手入れが必要ならば、何日か滞在しなくてはならない。

 その旨を伝えると、〈ちょうど部屋が一つ開いていますので、そこを自由にお使い下さい、ベッドはいつでも使えるようにしてありますので〉と、ご丁寧な返事が返ってきた。

(お察しの通り、それは以前由利香が使っていた部屋だ)


 何日かして、鷹司は『はるぶすと』へ姿を現した。

 ちょうどランチの時間が終わる頃だったので、シュウは店を冬里と夏樹の2人に任せて2階へと案内する。

「へえ、なんとまあ可愛い部屋じゃねえか」

 通された、元由利香の部屋に入り、鷹司は何故かとても楽しそうだ。

「由利香さんが使っておられたものですから」

「あ、そうか。そう言えば前に来たときには、2階をしげしげと眺める暇はなかったな」

「そうですね」

「まあ、今は幸せになってる嬢ちゃんが使っていた部屋だ、良い夢が見られそうだな」

 はい、と返事しつつ、シュウは苦笑いをしている。

「それでは、荷物を解かれたらリビングへいらして下さい。お茶をお入れしますので」

「OK」

 と、彼を残して部屋をあとにしたのだが。

 なにをしているのか、なかなか出てこない鷹司を待っている間に、ランチタイムが終わってしまったらしい。夏樹が2階へと上がってきた。

「ふえー、ランチタイム、無事終了!」

「お疲れ様。今、お茶を入れるから」

「はいっす、・・って、あれ? 鷹司さんは?」

 不思議そうに効く夏樹に、シュウはまた苦笑いをひとつ落として「さあ」と返事する。

 そこへ冬里もやって来る。

「あれ? 太郎は?」

 太郎と言うのは、鷹司のファーストネームだ。

「なんだろう、荷物の整理に手間取っているようだね」

 2人に同じように聞かれて可笑しそうに言うシュウに、夏樹がフットワークも軽く立ち上がる。

「じゃあ、俺ちょっと声かけてみます」

 と、勇んで? 部屋へと行ったのだが。

 今度は夏樹が珍しく苦笑いを浮かべて戻ってきた。

「どうしたの?」

 冬里の問いに、

「時差ボケっすかね、ものすごーく気持ちよさそうに眠ってます」

 と答えつつ、今度は嬉しそうに笑顔を見せたのだった。


「いや、すまない。向こうを出るときに、急な仕事が入っちまって、けっこう睡眠不足だったんだな、これが」

「いいんじゃない? おかげでさっぱりしたんだから」

 なんと鷹司は、あのあと翌日までグッスリとお休みになって、朝、生まれ変わったようなスッキリした顔でリビングにお出ましになったのだった。

 用意された朝食をモリモリ平らげたあと、早速仕事に取りかかるべく、庭へと降りていく。シュウは彼のあとについて庭に出ると、2、3の気になった所だけを伝えて、あとは彼にお任せすることにした。

「了解。昨日到着したときにざっと眺めた所じゃあ、よく手入れしてるって印象だったぜ、さすがクラマだな」

「恐縮です」

 そのあとは、シュウのことなど目に入らないように庭を眺めはじめたので、邪魔にならないように軽く会釈して、シュウは店へと戻ったのだった。

 ちょうどランチの仕込みが終わった頃、鷹司が入り口から顔を覗かせた。

「よう、手は空いてるかい?」

「はい、今仕込みが終わったところです」

「そりゃあナイスタイミングだ。ちょっと来てくれ」

 ニンマリ笑って言う鷹司に誘われるように、夏樹も一緒に庭へ出てくる。

「お、夏樹も来たのか」

「はい! 庭の水やりが大好きなんで、そのあたりの技を伝授してもらおうかな、なんて思って」

「ハハハ、水やりに技なんかあるもんか。けど水をやり過ぎるといけないヤツらもいるから、覚えといてもらうかな」

「うぃっす!」

 ふざけて敬礼などする夏樹にまた大笑いして、鷹司はまず水やりの極意? から説明する。

 そのあと、なるほどと納得した夏樹が「これからは教えを守って水やりするっす」と、勇んで店へ入ったあと、今度はシュウに向かって、気をつける点や、先ほどの気になった所の回答を丁寧にしてくれるのだった。


「よくわかりました。やはりプロの方に教えて頂くと、ひと味違いますね」

「いやあ、なになに。けどよ、あのレディ・ヴィアン。よく手入れしてるじゃねえか。あれだけ見事に咲かせられるなんて、ホントに全くだぜ。どうだクラマ、やっぱり造園の方に転職しないか?」

 半ば本気で言っているような鷹司に、シュウは笑顔で首を横に振る。

「いいえ、やはり私はただの料理人が好きですので」

「ただの料理人が好きときた。けど、ただの庭師もいいもんだぜえ」

 と、シュウの肩に手を置いてポンポンと弾ませていたが、急にその手が止まる。

「おや?」

 鷹司の視線の先には、かのレディ・ヴィアン。けれど彼は薔薇ではなくて、その根元で、まるで薔薇の香りを楽しむように歩いている猫を見つけていた。

「クラマの丹精込めた薔薇の良さは、猫にもわかると見える」

 肩に置いていた手を外して、その手を顎にあてつつ感心して言う鷹司に見えないように、シュウはその猫に軽くお辞をした。

 何を隠そう、それはシュウが日頃お世話になっている? 猫のタマさんだ。

「いい香りだろう。その薔薇はな、俺が苦心して開発して、このクラマがみごとに咲かせた特別な薔薇なんだぜ」

 鷹司は何の気なしにタマさんに話しかけたのだろうが、とうのタマさんは驚いた様にこちらを見ている。

 しばらく固まっていたが、ひょいと視線をシュウに向けると、シュウがかすかに首を振ったので、タマさんは、

「にゃーお」

 と長く鳴いたあと、クルリと向きを変え、どこかへ行ってしまった。

「お? 今のは肯定か。やっぱり良いもんは猫にもわかると見える」

 嬉しそうに納得する鷹司に、

「ところで鷹司さん、日本には、お10時という風習が昔はあったそうですね。ちょうど区切りも良いですし、お茶とおやつをご用意しましょうか」

 と、シュウが提案すると、彼は嬉しそうに返事を返した。

「そりゃあいい。だったらあそこに腰掛けて、夏樹の水やり指導も兼ねるとするか」

 彼が指さしたのは、入り口の前にある、腰掛けるのにちょうど良い階段だった。




 鷹司はそのあともしばらく滞在して、庭の手入れをしてくれることになった。

 彼が熱心に花たちに語りかけていると、通りすがりの花好きが、声をかけてきたり質問したりしてくる。そんなとき、鷹司は特に面倒くさがりもせず、丁寧に答えてやる。たまにそこに、水やりの夏樹が加わって、フレンドリーさがいっぺんに跳ね上がったりした。

 あとは、シュウが最初に出したお10時と、そしてお3時と呼ばれるおやつがなぜか日課になっている。

「鷹司さん! 今日は何系がいいっすか? 洋菓子? 和菓子? えーとそれとも」

 ここでも夏樹は大張りきりだ。スイーツとはまた違った、おやつという軽い菓子類が、彼の感性にビビッと来たようだ。

「そうだなー、あ! それなら○×堂の栗ようかんがいいなー」

「ええー?!」

 嬉しそうに聞いてくる夏樹を、冬里に負けず劣らずのはぐらかしぶりでガックリさせる鷹司だ。

「そりゃないっすよ、せっかく俺が精魂込めて作ろうと思ってるのにぃ」

 またそこへ、打ち合わせてあったかのように、袋を差し出す冬里。

「はい、○×堂の栗ようかん、だよ」

「ええ?! なんすかそれ!」

「え、何か不味かったかな?」

「アンビリーバブルー!」

 叫ぶ夏樹にはお構いなしに、鷹司は「美味そうー」と手を伸ばすのだった。


 そして。

 天気の良い日には、さすがに階段では申し訳がないからと、シュウが用意した床机(日本式ベンチ?)に腰掛けておやつを食べるのだが、そこにお客が来るようになった。

「ああー、良い天気だねえ、なあ、タマさん」

「にゃーお」

 床机に丸くうずくまって、たまに大あくびなどするタマさんと、その横でお茶を啜る鷹司の構図は、なんとものほほんとして見る人をほっこりさせる。

 鷹司はシュウのように、タマさんと会話が出来るわけではない。

 ただ、最初の出会いからこの2人は、お互いに何か感じるものがあったようだ。何くれとなく話しかける鷹司を嫌がりもせずにタマさんは、ときおり返事のように猫語? で答えを返している。

 そうして決まって2人がその日の別れをするのが、レディ・ヴィアンの前だった。



 そうこうするうちに、庭の手入れも完了を迎える。


「また是非来て下さいね!」

「ああ」

「期待しないで待ってるよ」

「こいつ!」

「今回は、色々ありがとうございました」

「相変わらず丁寧なヤツ」

 キッチリとお辞儀するシュウに、慌てて同じくガバッとお辞儀する夏樹。

 冬里はニッコリ笑って手を振っている。

 駅まで見送りに来た彼らに、「もうここでいいぜ」とあっけらかんと言うと、改札を抜けてホームに入る。3人もそのあたりは心得ていて、電車が来るまで待っていたりはしない。

「おや?」

 ただ1人、違ったヤツがいた。

 ホームに、人の邪魔にならない端っこの方にちょこんと腰掛けているタマさんがいる。

「見送りに来てくれたのかい?」

 うんともすんとも言わず、ただ黙ってタマさんは、鷹司と並んでそこにいた。

 やがて電車が来て。

「じゃあな」

 と乗り込んだ鷹司に、「またな」と、声をかけたタマさんは、ヒョイとホームをあとにした。

 笑顔で「またな、・・か」とか言っていた鷹司は、「え?!」と、我に返って慌ててホームを見る。彼の目には改札を通るタマさんのシッポが、ちらりと見えただけだった。

「おいおい・・・」

 肩をすくめて首を振る鷹司は、けれど何故かとても楽しそうだった。




 歩いて店まで戻った3人の目に、『はるぶすと』の裏玄関にちょこんと腰掛けるタマさんが写る。

「あれ、さすがに早いね」

 冬里がニッコリ笑って言うと、

「当然だ」

 と、気取ってタマさんは言う。

「けど、珍しいっすね、タマさんが百年人にあんなになつくなんて」

「俺がなついたんじゃない、あっちがなついてきたんだ」

「タマさんらしーい」

 笑って言う冬里に、だろう? と言う風にふふんと頷く。

「お入りになりますか?」

 シュウが言うと、タマさんは少し首をかしげていたが、まあ良いだろうと言う感じで言った。

「そうさな、最近は庭ばかりだったから、たまには部屋にも入ってやるか」

「歓迎いたします」

 胸に手を当てて、うやうやしくドアを開ける夏樹。

「ありがと」

 いつものごとく、冬里が当然のように先に中へ入り。

「うわっ、ひどいっすよ、冬里」

 あとに続くタマさんが、ヒョイと後ろを振り向いて言った。

「クラマも早く入れ。今日は2階からの方が綺麗だぞ」

 見上げた空には、屋根に半分隠れるようにして、煌々と月が輝いていた。


 同じ頃、鷹司が誘われるように見上げた空にも、美しい月が昇っていた。



今回のお話しは、「6月と薔薇と『はるぶすと』」に登場した、鷹司たかつかささんが久々に登場します。特になんてことはない、お庭のお話しでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ