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第2話 神さまのお手伝い


 その日『はるぶすと』は、珍しくシュウが不在だった。


「珍しいわね、鞍馬さんがお休みするなんて」

「何百年ぶりかの熱いお誘いが断れなくて、ひととき逢瀬を楽しんでおります」

「ほほ、何百年ぶりなんて紫水さんもおっしゃること」

「まあ! でも、熱いお誘いなんて、どんな妙齢のご婦人かしら」

「ねえ、気になるわよね」

 冬里の思わせぶりな言い方に、マダムたちはお相手を勝手に女性と決めつけている。

 これは帰ってきたら、きっとシュウさんマダムたちに問い詰められるなー、と、夏樹は心の中でため息を落とす。けれど冬里の前で、滅多なことは口に出来ないけれどね。

 すると、なぜか冬里がこちらを見てニッコリ微笑む。

「ん? なにかなー、夏樹。なにか言いたいこと、ある?」

「いえ! そんなまさか! あ、俺、スイーツお持ちしてきます」

 夏樹は、顔に出てたかな、ヤバイヤバイと思いつつ、慌ててソファー席にデザートを運ぶのだった。




 実際、その人? との再開は何百年ぶりだった。

「200年ぶり、くらいでしょうか」

「おう、なっつかしいぜー!」

 シュウの前には、ヤオヨロズともうひとり、妙齢のご婦人ではなく、ヤオと同じように精悍な顔つきで、これまたヤオに見劣りしないほどガタイの良い男が立っていた。

「まあ、立ち話もなんだから中へ入ろうぜ」

「ここ、俺んちなんだけどな」

「ガハハ、堅いことは抜きだ、スサナル」

 ヤオヨロズはスサナルと呼んだ男の背中をドン! と叩いてむせさせながら、シュウを来い来いと手招きする。

 シュウは、そんな2人を苦笑いしながら見つつ、彼らのあとへと続いて行った。


 ここは★市の山間やまあい

 以前、彼らが梅仙人に遭遇した時に訪れた梅林から、もう少し標高の高いあたりにある、由緒正しき神社の本殿のそのまた奥にある、普段は滅多に人が訪れないあたり。

 2人がとある大木の前に立つと、すい、とあたりの景色が歪み、そこに美しい玄関の引き戸が現れる。そして、何と言うことでしょう、スサナルが近づくと、引き戸が勝手に左右に開いた(自動ドア?)

「クラマも早く入れ」

「だーかーらー、ここ俺んちだって」

「まあ、堅いこと言うな」

「堅いことじゃない、まったくいつだってお前はそうだ、・・・そうだ! あのときだって!」

 と、スサナルが言い出すのを笑って聞き流しながら、ヤオはシュウの背中を押して、3人は無事に中へと入っていった。

 当然のごとく、引き戸は自動で閉まり、また空間が歪んで、玄関とおぼしきものは跡形もなく消え去った。


「何飲むー?」

「あ、私がやります」

「お、そうか? クラマのお茶飲むのひっさしぶり。楽しみだぜー、何しようかなー」

 案内されたのは、ごく普通の日本家屋の、ごく普通のリビングルーム。キッチンに入ったスサナルが声をかけると、シュウはソファへは腰掛けずに自分もキッチンへと入って行った。

「何でもありますね」

「だろ、お茶するの好きだから、けっこうこだわって揃えてるんだぜ」

「そうですか」

 シュウは興味深そうに、並べられた紅茶の缶やコーヒー豆や日本茶を眺めつつ、ソファでくつろぐヤオに声をかけた。

「ヤオヨロズさんは何になさいますか?」

「ブランデーをお湯割りで」

「?」

 不審そうに見やるシュウに、ガハハと大笑いするヤオ。

 スサナルがすかさず言う。

「あんな奴にお茶なんていらねーよ。俺、アイスレモンティーをちょっと濃いめで。えーっと、茶葉は何にしようかなー」

「ひでえな、スサナル。じゃあ俺もスサナルと同じで良いぜー」

 ギロッと睨むスサナルと、その横で可笑しそうに微笑むシュウ。

 そのあとも茶葉に迷うスサナルだったが、結局無難なアールグレイに落ち着いた。


「う~~! やっぱクラマの入れる紅茶はサイコー!」

「恐れ入ります」

「こんなのいつもだぜえ、お前、クラマが本気で入れたヤツ飲んだことねえのか?」

「なんだよ。あるに決まってるだろ」

 この2人は、とても仲はいいのだが、お互いに遠慮がなさ過ぎて、たいていこんな感じだ。シュウは何年たっても変わらない2人を、ただ微笑ましく見つめるのだった。

「それで、今回のご用件というのは」

 ひとしきり大騒ぎして落ち着いたところで、シュウが本題を切り出した。

「ああ、チラッとこいつには言っておいたんだけど」

 と、スサナルがヤオを顎で示す。

「ちょーっと時代にそぐわなくなってきた。だから、つるぎを検分しなくちゃならなくてな」

 スサナルのつるぎとは、武器としてあるのではなく、その時代のなぎ払いを行うための物だ。

 前回の検分はちょうど200年ほど前、動乱の幕末を乗り切るため、どこに吹くかわからないつむじ風のような意外性が必要だったため、冬里がかかわっていたということになる。

「今回はお前さんの本気、つまりすごい癒しの力が必要だってことよ。まあ、今すぐって訳じゃないんだがな。どうにもこう、ぞわあっとくるんだよな」

 スサナルが身体をぶるっと震わすと、ヤオもウンウンと大きく頷いて同意する。

「そうそう、地球につもりに積もった何億年分もの癒し。クラマの寿命が縮まっちまうかもな」

「だな」

 ニヤニヤ顔で言う2人は、当然冗談で言っているのだ。だが、シュウが生真面目に「それは構いませんが」などと答えるので、今度は2人とも「おっ?」という顔になる。

 そして顔を見合わせたあと、大笑いを始めた。

「アハハ、クラマは本当にくそ真面目だな~。冗談だってば」

「だぜえ、ハハハ、」

 ひとしきり笑ったあと、ヤオが真剣な顔つきに変わる。

「でな、人が自分勝手に自分本位でまき散らした物は、すべてまき散らした本人に還ってくる。この天のシステムには1つの狂いもない。けど、本人に還るまでに、ちっとばかし時間差が入るんだ。これがくせものでな。お前さんならわかるだろうけど、今、地球はまき散らされた自分勝手で、もういっぱいいっぱいだ。これ以上自分勝手を増やすんなら、どうでもなぎ払いをしなけりゃならない」

 ここで一呼吸置いたヤオのあとを、スサナルが引き受けて続ける。

「けど、俺たちはこう見えても神様だからな。森羅万象、いっさいの万物が可愛くて可愛くて仕方がないんだ。それは人もそうだが地球もそうだ。だからなるべく、すべてに優しくしたいんだよ」

「はい」

「で、俺がガァーッとしちまうと、こう、なんていうんだ、優しくしても力が入りすぎるって訳よ。だからお前さんの癒しを取り込みつつ検分したいって訳だ」

 ここまでで大体の話はわかった。だが肝心の癒やしを取り込むと言うのは、いったいどうすれば良いのだろう。

 シュウがその疑問を投げかけると、スサナルはあっさりと意外な事を言いだした。

「なあに、俺が検分している間の、おやつを作ってくれれば良いだけだ。しかも! 究極の本気を込めてな」

「おやつ、ですか」

「ああ、和菓子も好きだが、紅茶に合う洋菓子も好きなんだぜえ。クラマの本気がこもったスイーツ! う~、楽しみだ~」

「あ、ズルいぜ。俺も俺も! 俺も来るからな」

「コイツのには本気なんて込めなくて良いからな!」

「・・・はい」

 シュウは、ふざけあう2人を少しあきれて眺める。

 そのあと、ふ、といつものように苦笑いしてうつむくと、早速何を作ろうかと、あれこれ思い描き始めるのだった。



「スサナルのおやつ作り?」

「ああ。今度の日曜日にね」

「へえ、ご丁寧に店が休みの日を選ぶなんて、さすがくそ真面目のシュウだね」

「それはあの2人にも言われたよ」

 ちょっと苦笑いしながら言うシュウに、肩をすくめる冬里。

 この2人の会話には、訳がある。

 スサナルから依頼を受けて、「では、店が休みの日を選んで」と言いだしたシュウに、2人はキョトンとして言う。

「なんでだ? 時間も空間も関係ないぜ」

「そうそう、なんなら今すぐでも平気だぜえ」

 なにせ相手は神様だ。彼らにとっては時間や空間はなんの意味もない。

「そういう訳には行きません。それに、何をお出しするか、少し考えさせて頂きたいので」

 そんな風に言うシュウに、2人は納得する。

「さすがは生真面目のクラマだな」

「まあ、楽しみにしてるぜ」

 そのあと、次の日曜日にと約束をして帰ってきたと言うわけだ。


「それで、考えたのだけど、私の本気はいったん置いておいて、冬里や夏樹にも、おやつ作りを協力して貰えないかな、と」

「なんの話しっすか?」

 夏樹が庭の水やりを終えて店に入ってきたのを見ると、シュウはそんな風に切り出した。きちんと説明すると、思った通り夏樹は大喜びだ。

「え! 俺も作っていいんすか?! いやったあ」

「僕はいいけど」

 と、冬里の方は、また何か考えが浮かんだようだ。

「由利香にも、あ、と言うことは椿にも協力して貰えば?」

「え?」

「由利香のお菓子作りの腕、けっこういけてるじゃない?」

 たしかに、たまにクッキーなどを作ってくる由利香のお菓子作りの腕前は、なかなかのものだとは思うが。

「ヤオはあの2人好きだし、きっとスサナルも気に入ると思うよ?」

「わかったよ」

 冬里は、なぎ払いの話しを聞いて、百年人も巻き込んだ方が良いと考えたのだろう。

 これには夏樹が大乗り気になって、さっそく椿にメールを入れている。

 ランチタイムが終わった頃、椿から返事が返ってきた。

〔メールだけじゃ話しがよくわからないから、今晩由利香が聞きに行くって。残念ながら、俺はこれから出張なんだ〕


「で? なにがどうですって?」

 由利香は、ディナータイムが終わった2階リビングで、もうすでに部屋着に着替えて待機している。椿がいないので、1人で家にいてもつまんないもーん、と、今日は実家? に泊まる気満々だ。

「久しぶりに実家にお泊まりするのに、手土産も無し? 酷いお姉様だね」

「いきなりメールしてきたの、そっちじゃない。こっちの方がお土産頂きたいくらいだわ」

 と、冬里と軽い冗談を交わしたあと、由利香はちょっと吹き出す。

「でも、大丈夫よ。きっと椿が何かお土産買ってきてくれるわよ」

「さすが気配りの椿。出張も楽じゃないね」

「大丈夫よ。帰ってきたら、うーんと癒してあげるから」

「はいはい、相変わらず仲のよろしいことで」

「どうぞ」

 そこへタイミング良くシュウがティカップを差し出す。

「ありがとう」

「ありがと」

 そのあと夏樹も加わって、冬里がなぎ払いの説明をし、シュウがそれにまつわるおやつの依頼を話した。

「へえ、すごいんだか何だかよくわからないけど。でも、私なんかがお手伝いしていいの? 椿も私もただの百年人なんだけど」

 由利香が珍しく、遠慮がちに言ったとたん。


「〈大歓迎だぜえ、あんたの作るお菓子は俺も初めてだから、楽しみにしてるぜ~〉」


 そこにいた4人の頭の中に、直接ヤオヨロズの声が響き渡る。

「え?!」

 驚いて両手で頭を抑える由利香と、わ、と小さく言う夏樹。

「いつもながら、ヤオはヤオだね」

 冬里は驚いた様子もなく、優雅にお茶を飲みながら言う。シュウも少し微笑んだだけで、落ち着きはらったものだ。そのあと、笑みはそのままで由利香に話しかける。

「ヤオヨロズさんのお許しも出たことですから、由利香さんも参加と言う事でよろしいですね。何を作るかは、椿くんと相談して、日曜日までにレシピを頂けますか?」

「いいけど、なんでレシピ?」

「あちらで材料を用意して頂くので」

「あちらって」

「もちろん、スサナルさんにです」

「ええ?!」

 由利香は、神様が買い物に行くのかと思ったけれど、何のことはない。パッとしてサッと取り出せばいいだけだそうだ。

「その辺は神様なんだから、ね?」

 冬里に言われて、そうかー神様だもんね、と、妙に納得したあと、さて、何を作ろうかな、と、改めて考え始める由利香だった。




 と言う訳で、次の日曜日。


「こんな所に神社があったのね」

「ホントだね。それにここに来る前に、梅林って書いてあったよ。このあたりは梅も有名なんだね。また時期になったら見に来ようか」

 2人のたわいない会話に、ちょっと目を見交わす3人。

 シュウはそんな皆を引き連れて神社の建物を通り過ぎ、裏山へ入って行く。不思議そうについて行く由利香と椿、そして興味津々の夏樹だったが。

 とある大木の前にシュウが立ったとたん、そのあたりの空間がぐにゃりと歪み、立派な玄関引き戸が現れた。

「!」

 声を出す暇もなく、今度はその扉がスルリと左右に開く。

「自動ドア!」

「なんすか由利香さん、そこっすか」

 あきれたように夏樹が言う。椿もちょっと笑っている。

 開け放たれた扉の向こうから、声がした。

「良く来てくれたな、さあ、入れ」

 そこには、嬉しそうにニンマリ笑うスサナルが立っていた。



 ここでメンバーが制作することになったおやつを紹介しておこう。

 まず、由利香と椿は、バナナを入れたチョコレートケーキだ。

「チョコとバナナって相性抜群だし、バナナは体力回復にも良いの」

「それと、このケーキはフワフワに膨らまさなくていいもんね」

「もう、椿! ばらしちゃダメでしょ」

「ハハ、ごめんごめん」

 2人の会話からわかるように、しっとり濃厚なバターケーキなので、フワフワと言うより、どっしりとした質感が特徴らしい。

 夏樹もケーキだが、彼が作るのは、みずみずしいフルーツをたっぷり使ったタルトだ。

「フルーツいっぱい使うと、健康に良さそうでしょ? ビタミン豊富だし」

「わあ、すてき」

 由利香が楽しげに言う。やはり女子はフルーツたっぷりに弱いようだ。

 冬里は変わった提案をした。

「んーと、僕はさあ、その場でパフェ作って上げる。っていうか、どっちかって言うと抹茶クリームあんみつ、みたいな?」

「うお、美味そうっす」

「私のも作ってー」

「由利香さんずるいっす、だったら俺も」

「俺も、お願いします」

 皆がこぞって手を上げるので、冬里は「どうしよーかなー」などとはぐらかす。

「で? 肝心のシュウは?」

 冬里が皆の関心をそらすようにシュウに聞いた。

 その攻略? は功を奏したようで、皆が固唾をのんで(というのは大げさだが)シュウの答えを待っている。

「私はシンプルな和菓子を考えています」

「へえ」

「鞍馬くんらしいわ」

 笑って言う由利香に、皆、同じように納得するのだった。



 5人は、と言うよりシュウと冬里を除く3人は、物珍しそうにあたりを見回しながらスサナルのあとをついて行く。

 通されたのは、つい先日シュウがいたリビングだ。

「どうしたんだ、クラマ」

 今日は夏樹が、「手伝います!」と、嬉々としてキッチンに入り、由利香と椿も「ずるい」と、こぞって後に続く。3人いればなんとかなるか、と、スサナルは後を任せると、リビングに戻ってきて、そこで少し考えるように佇んでいるシュウに聞いた。

「いえ、便利なものだな、と、思いまして」

「?」

「この間来たときより、部屋が広くなっていますね」

 きょとんとしていたスサナルは、ちょっと可笑しそうに言った。

「あったりまえだろ、人が増えればそのぶん空間も広くなるのは」

「それが百年人なんかには、理解に苦しむ所なんだけどね」

「? そうなのか?」

 冬里の言葉を聞いて、またまたきょとんとするスサナルに、シュウは苦笑いしながら頷いた。

 そして。

 和やかな珈琲タイムの途中で、由利香があたりを見回しながらスサナルに聞く。

「ねえ、スサナルさん」

 由利香にしては珍しく遠慮がちだ。

「なんだ?」

「もしかして、ここも本当は金ピカリンなの? あ、えーと、私たちにはわからないように幻惑してて、実は全部金で作られてる、って言う意味なんだけど」

 由利香は以前に行ったヤオヨロズの住居? のことを思い出しているようだ。

「ははあ、なるほど」

 質問の意味を把握したスサナルは、ニッと笑うと、パンと手を合わせた。

 その途端。

「わっ」「うわあ」

 予想通り? あたりがすべて黄金に輝き出した。けれどそのまばゆい光は、人がゴールドに持つような嫌らしい想いはひとつもなく、ただただ、本当にあたたかい。

「なんなら、このままにしておいても良いけどな」

 楽しそうに言うスサナルに、由利香たちは、「落ち着かないから」と、元通りにしてもらうのだった。


 そのあとスサナルは「剣を見せてやるよ」と言って、5人を別の部屋へ連れて行く。

 案内されたのは、美術館の展示室のような部屋で、壁には洋の東西を問わず、絵画や墨絵や掛け軸が飾られているのだが、1つの違和感もなく、それらは当然あるべき所にある、と言う印象だ。

 広めの部屋の真ん中に、いつの間にか飾り台のようなテーブルが現れ、いつの間にかシンプルなつるぎが置かれている。

「これがそうだ」

「へえ、何の変哲もない剣ね。けど、シンプルなのにすごく綺麗」

「ああ、日本刀のように鞘には収まってないんですね」

 由利香と椿は、ちょっと思っていたのと違う、という微妙な表情で剣を眺めている。

 するとスサナルは、他の3人に目配せしつつ、2人の背中に手をあてて彼らを移動させる。

「お前さんたち2人は、クラマの影に隠れてな」

「え?」「?」

 クラマは心得たもので、「どうぞ」と、壁際に2人を立たせてその前に立つと、夏樹を呼んで彼も前に立たせた。

「なんだよクラマ。厳重だな」

「シュウは心配性だからね」

「違いますよ、シュウさんは完璧主義なんすよ」

「念には念を入れて、です」

 4人のやり取りを不思議そうに聞いていた由利香が、説明してよ、と口を動かす間もなく、スサナルが剣を手にした。


「え? ええーーーー!」

 その途端。

 剣が部屋いっぱいに広がり、金と銀の美しい光を放ったのだ。スサナルがそれをぶん! と振ると、光たちは美しい弧を描いて、剣の軌道を示す。

「綺麗・・。でもなんだか熱いわ、どうなってるの?」

 由利香は好奇心からチョコッと手を前に出して、慌てて引っ込める。

「あつっ」

「ダメっすよ、しばらくはスサナルさんの熱い気持ちが剣に移ってるんすから」

 夏樹がまじめくさって言う。

「お前は平気なんだ」

「なんせ千年人だからな」

「へえー、頼もしいー」

 しばらくすると、落ち着いた剣に、何かが映し出されているのがわかった。

「へえ、今日は大サービスだね、スサナル」

「あったりまえよ」

 ニンマリ笑うスサナルが、よく見えるように、ふい、と剣を持ち上げる。すると、そこには、燃えさかる火山をいくつも蓄えた丸い火の玉に、どこからか氷の塊が飛んできてドンドンぶち当たる様子が見える。

「あれって」

「地球だよ。地球の始まり」

 冬里が何食わぬ顔で言うが、由利香と椿は言葉もない。

 まるで大スペクタクルSF映画のように、剣に映し出された地球は進化していく。

 最後の方で、人がどんどん自分勝手になり、傲慢になり、貪り、いがみ合い、愚痴ばかり言って酷い仕打ちをしても、地球はただ黙って耐えて、耐えて、耐えて・・。

 由利香と椿は、それでも地球がつきることなく与えてくれる癒やしに心を溶かされ、その優しさに、あふれる涙を抑えきれなかった。



 リビングに帰ってからも泣き止まない由利香の背中をさすりながら、椿も重々しい表情でまた目に涙をためている。

「ありゃ、ちょっとあんた達にはきつすぎたかな」

 スサナルはやっちまったという顔で、ガシガ頭をかくが、椿が「いえ」と、真面目に返事した。

「これが真実なら、こんな俺たちが、ホントに針の先1つほどでも出来ることがあれば、お手伝いさせて頂きたいです。ね、由利香」

 由利香は言葉にならず、ただウンウンと頷いている。

「そいつは良かった。だったら頼むぜえ」

「はい!」

 力強く返事した椿の横で、由利香がようやく言葉を発する。

「・・なか、」

「え?」

 聞き返す椿に、由利香は泣き声で宣言した。

「・・の前に、ごはん。おなか、・・すいたー」

 ポカンとしていた面々は、そのあと大笑いだ。由利香の予測を超えた決めぜりふに、その場の空気はガラリと変わってしまっていた。




 検分の作業は、三日三晩にわたって執り行われる。

 由利香と椿が最初のおやつを作ることになったのだが、スサナルが1人で行うと思っていた検分は、どうやら大勢がかかわっているらしい。

 まず、当然ながら、ズガガガーン! と現れたヤオヨロズと、もう1人はニチリン。

「俺の奥さんだ」とスサナルに紹介されたクシナ。

 そのほかにも懐かしいオオクニやミホツもやって来て、しばし再会を楽しんだり。

 珍しいところでは、大天使と呼ばれている方々や、シヴァやラーやアポロンや。とにかく地球で神話になっている方々が、わんさと押しかけてきたことだ。

 驚く由利香と椿は、名前を覚えるだけでも大わらわだ。


「どれだけ大量に作らなきゃならないのぉ」

 と、貧血を起こしそうになった由利香だが、さすがは神様の世界、思いも寄らない強力な助っ人がやって来た。

 途方に暮れていた2人の前に現れたのは。

 キュ、キュ、キュ! と可愛い音を響かせて二足歩行してきた、アニメのようなネズミ隊。

「由利香しゃま、椿しゃま。我らが来たからには、ご心配には及びません。どうぞ私たちを助手にお使い下さい」

 と、丁寧にお辞儀をしたのだ。

「え?なに? まあ、可愛い~」

 由利香は大喜びだ。

 その上このネズミたち、有能なことこの上ない。

 最初に由利香たちが作る手順をしっかりと見ていたかと思うと、あとは流れ作業で計量をしたり、こねたりオーブンまで運んだり、はては洗い物をしたり。ネズミサイズなので、ホール1つが人にとっては一人前だ。


 ただ、由利香が心配したのは、

「これだと最初の1つ以外は、私たちが作ったことにならないんじゃない?」

 と言う事だった。

 だが、そこはまた神様の世界。ヤオヨロズが「心配するな」と、説明してくれる。

「あいつらはな、あんたたちの想いを受け取って、その心をそのまま込める事が出来るんだ。だから、あいつらが作ってはいても、あれはあんたたちのおやつなんだよ」

「へえ、すごい」

「そうなんですか」

 顔を見合わせてホッとしたり嬉しそうな2人だった。

 そしてもう一つ。

 最初の1つが出来上がった所で、由利香たちはシュウに本気を込めてもらおうとしたのだが。

「いいえ、これはおふたりの心がこもった大事なおやつです。私が本気を込めるわけにはいきません」

 と言う。

 隣で聞いていたスサナルも、他の神様達も、大きく頷いて納得してくれている。

「俺たちは、あんたたちのような純粋な想いが大好きなんだ。だから、あんたたちの想いがこもったおやつ、ありがたく頂くぜ」

 と、皆、その日のおやつを大切に大事に堪能してくれたのだった。


 三日三晩とはいえ、あちらの世界にはなんの影響もないので、由利香たちはおやつを作ったあとは、存分にこちらの暮らしを満喫することにしている。



 2日目のおやつは、冬里の抹茶パフェ。

 彼にも助っ人が来るのかと思いきや、そこはそれ、さすがは千年人。

「さあーて、始めるよ」

 と言うが早いが、ずらりと並べられたパフェグラスに、なんとも優雅な動きで、けれど目にもとまらぬ早業で盛り付けをしていくのだ。

「す、すごい」

「・・・」

 これには椿も由利香も、ただ口をアングリ。だが、さすがに冬里は冬里だ。

「あれ? 由利香、椿、何やってるの? さっさとお抹茶点ててくれなくちゃ、間に合わないよ?」

「「?」」

 クエスチョンマーク顔の2人の耳に、焦った夏樹の声が入る。

「由利香さん、椿! 早く抹茶点てて! 上からひとつずつ、かけていくんすよお」

「「ええーー?!」」

 驚きつつも、大急ぎで夏樹と並ぶと、注ぎ口のついた茶碗に次々抹茶を点てていく。

 で、ここで待ってましたと登場したのは、昨日のネズミたち。

「由利香しゃま、椿しゃま、今日は夏樹しゃまも、私たちにお任せを」

 と、小さな茶碗に抹茶を点てて、どんどん出来上がったパフェにかけていってくれる。

 盛り付けられたアイスに、点てたばかりの抹茶は見た目にも美しいパフォーマンスだと、神様たちには大好評だ。

 最後のひとつに抹茶をかけて、3人は、はあーっと大きな息をついた。

「ああ、腕がつかれた」

「手がー、手がー」

「しばらく抹茶は点てたくない」

 ブツブツ言っている3人の前に、キュ、キュ、キュ! と可愛い音がして、何かが運ばれてくる。

「お三方、どうもお疲れ様でございました。これは冬里しゃまが心を込めて製作したパフェ、どうぞご堪能下さい」

 見ると、ネズミたちが車輪の着いたお盆を引っ張っている。

 上にはパフェが3つ。

「わあ」

「ありがとう」

「いただきます!」

 ご丁寧にも、彼らのパフェにはネズミたちが抹茶を点ててその場でかけてくれる。

「「「う~ん、美味しーい」」」

 一仕事のあとのおやつは、至福の時間をもたらしてくれるのだ。



 3日目のおやつは、夏樹のフルーツたっぷりタルトだ。

 今回は非常に楽しいお手伝いが出来るらしい。

 彼らがやって来たのは、住居の裏に、いつの間にか広がっていた農園。イチゴと桃とブドウとベリーが、同じ季節にたわわに実っている。

 ここでのお仕事はフルーツ狩り。

「わあ、すごい。このイチゴ、おおきくてすごく綺麗よ」

「この桃も、すごいや、なんて言うか、美しいね」

「ブドウも果汁たっぷりってかんじ」

 手分けして収穫されたフルーツは、夏樹の待つキッチンへ運ばれ、夏樹の指示で切りそろえられていく。

 そして極めつけ。

 キュ、キュ、キュ! と聞き慣れた足音がして、ネズミたちが運んで来たのは。

「夏樹しゃま、お待たせしました。ご依頼の、メロンでございます」

 なんと、みずみずしさが際立つような、たくさんのメロン。

「お! ありがとう。これで完璧、ってね」

 嬉しそうな夏樹は、早速メロンを切り分けると、真剣にタルトの飾り付けをしていく。

 1つが出来上がると、それに倣って冬里やネズミたちが、真剣に飾り付けをし始めた。由利香と椿も、一息ついた夏樹に断ってから、ちょっぴり遠慮がちに飾り付けを手伝うのだった。

 見た目にも美しく、3日目の疲れた身体に、フルーツは精気をもたらしてくれるのだった。この日のおやつもまた、大好評で幕を閉じた。




 シュウは、1日目の由利香たちの出来上がりを確認すると、夜はひとり別にしつらえられたキッチンにこもるようになった。

 彼が作っているのは、上用。

 いわゆる、おめでたい席に使う紅白まんじゅうの事だ。今回は白いもののみだが。

 シンプルながら、最後に出すものとしてふさわしいだろう。


 上用は何度も作ったことがあるので、よほどの事がない限り失敗はしないと思うが。

 本気を込めると言う事に、今回ばかりは、かなり神経質になっている自分がいた。

 夜も更けたキッチンの窓に、美しい月がかかっている。

 由利香と椿を招待するとわかると、スサナルはわざわざ「三日三晩」と言って、ご丁寧に夜まで作ってくれた。こちらの世界には本来なら夜はないはずだ。

 けれど、月が好きなシュウにとってはありがたい話しだったが。


 コンコン

 ノックの音に振り向くと、そこに冬里が立っていた。

「シュウしゃまは、かなりナーバスになってるから、簡潔にね」

「?」

 何のことかと思っていると、キュ、キュ、キュ! と可愛い足音がして、くだんのアニメネズミが入ってくる。

「クラマしゃま。最後のおやつ作り、ご苦労様です。ご用がありましたら、私たちに何なりとお申し付け下さい」

 そう言って丁寧にお辞儀をすると、彼らはそそくさと部屋をあとにした。

「ネズミと侮るなかれ、彼らはかなり優秀だよ」

「知ってるよ」

 シュウは小さく微笑むと、珍しく入り口にもたれかかったままの冬里を中に招き入れる。

「冬里らしくないね、遠慮するなんて」

「遠慮なんてしてないよ」

 と、冬里はシンク前に置かれた休憩用のスツールに移動して、ひょいと軽やかに腰掛けた。

「でーもさ、何をそんなにピリピリする必要があるのかな、ってね」

 肩をすくめて言う冬里に、シュウは珍しく微笑みも浮かべずに黙り込む。

 しばらくシンとした時間が流れて。

 シュウはどうしようかと迷ったが、このままだと、冬里は一晩でもシュウが口を開くのを待っているだろう。

「私の」

 ようやく紡ぎ出された言葉に、先を促すように首をかしげる冬里。

「私の本気が、どれだけのものなのか。皆、かなり期待しているようだけど。ちょっと買いかぶりすぎなんじゃないかと」

「へえ? で?」

「?」

「それだけ?」

 ニッコリ笑う冬里に、本音をはかりかねるシュウだったが。

「そりゃあ期待するよ、だってシュウだもん」

 それはなにかな、と、いつものように返そうと思ったところで、もっと笑みを深めつつ、冬里は言う。

「でもさあ~、今さらシュウがそんなこと言うのは、ちょっとずるいよ」

「え?」

「じゃあ、昨日までの僕たちの本気は、どうなるの」

「・・・」

「由利香も椿も、厳しいとわかってて、それでも挑戦してくれたよ? それは夏樹だって、もちろん僕だっておなじ。シュウが僕たちにおやつ作りを任せてくれたときから、僕たちは僕たちなりに、シュウの期待に応えられるように頑張ったんだよ。シュウは僕たちの本気をどう受け取った?」

「それは」

 言いよどんでいたシュウは、あらためて彼らの奮闘を思い出したのか、暖かい笑みを浮かべはじめる。

 冬里はそんなシュウに満足したように、フフ、と顔を上げて窓の外の月を見上げる。

「シュウはいつもみたいにポーカーフェイスで・・・」

 そこで冬里の言葉が途切れ。

「冬里?」

 月から視線を外すことなく見開かれた目にかぶるように、わあーーーー、と小さな叫び声が聞こえた。


 ドサッ! グシャ!


 キッチンの天井をすり抜けて、空から人が落ちてきた。

「えーと、誰、かな?」

 冬里の方からは顔が見えなかったらしい。

「いてててて」とつぶやきながら、上半身を起こした彼は、ご丁寧に冬里の質問に答えた。

「あ、初めまして、ツクヨミって言います。って、あ、冬里じゃない。ビックリしたよね~ごめん。もう、ホント姉上は酷いんだから。貴方は今晩中に行って、姉上が遅れるってスサナルに伝えといてって、蹴っ飛ばすんですよぉ」

「ふうん」

 そして、改めてまわりを見回した彼は、シュウを二度見して、驚いた声を出す。

「あ! クラマだ! 貴方はシュウ・クラマですよね! うわー、いきなり会えるなんて、ラッキー。姉上がね、貴方のおやつ、すごーく楽しみにしてるんですよお」

 ツクヨミは座り込んだまま、ものすごく嬉しそうに言う。

 それを聞いた冬里も、何故か嬉しそうに話し出す。

「へえ、そうなんだ。けどさ、君が座り込んでるその下って、何があるかわかってる?」

「へ?」

 夏樹のように素っ頓狂な声を出したツクヨミは、思わず立ち上がって自分が何の上にいるかを確認した。

 そこには、あとは蒸すだけに整えられた、上用まんじゅうがぺしゃんこになって並んでいた。

「わあー!」


「すみませんすみません! 元に戻すのは簡単だけど、それじゃあ僕の上用になっちゃうので。クラマが作らなきゃ意味がないのに~、あー、あとで姉上にいっぱい文句言いますよお」

 米つきバッタのようにペコペコ謝るツクヨミをなんとか抑えて、シュウは「大丈夫です」を何度も繰り返して。

 そして、ようやくツクヨミを見送ったあと。

 キッチンのドアを閉じたまま、シュウが固まっている。

 不思議そうに彼を見ていた冬里は、シュウの肩が小刻みに震えているのを確認する。

 そして。

「アッハハハハ、ごめん、どう、いえばいいのか、・・ハハ、アッハハ」

 大笑いを始めるシュウに、冬里は「もう大丈夫だね」と、嬉しそうに頷くのだった。


 ぺしゃんこになった上用を、笑いをこらえながら片付けたあと。

「それでは、また一から始めることにするね。手伝ってくれるかな、冬里」

 シュウはスッキリした表情で宣言する。

「いいよー」

 と、承諾した冬里の前には、神々しくまばゆいシュウが、微笑みながら立っている。

「わあ、最初から本気のシュウだ。役得だねー」

 冗談めかして言う冬里に、シュウはとても暖かい気持ちで、新たに材料をこね始めるのだった。


「じゃあ、ここから少し手伝ってもらおうかな。みんな、入っておいで」

 出来上がった皮を前にして、冬里は外に呼びかける。

「かしこまりました」

 と可愛い声が聞こえ、キュ、キュ、キュ! とこれまた可愛い足音を響かせて、ネズミたちが縦列でキッチンへ入ってきた。

 そしてシュウをひと目見て。

 ぽわわわーん

 と、頬を赤く染めながら、うっとり彼に見とれるのだった。

「これが世間で噂の、本気のシュウしゃまですか~」

「お手伝い冥利につきましてございます」

 そんな風に言うネズミたちに、少し面はゆそうにしたあと、シュウは「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる。

 彼らにやってもらうのは、皮に包む餡を量ってもらう作業だ。

 テーブルにお行儀良く並んだ彼らが、説明を聞き終えてシュタッと敬礼すると、シュウは微笑みながら、ひとりずつ優しく頭をなでた。

 ネズミ隊は、夢心地に浸りながらも、手早く正確に仕事をこなしていく。

 彼らの誠実な働きの甲斐あって。

 しばらくの後、あとは蒸すだけ、の、たくさんの上用が、いくつもの大きな蒸し器のなかで整然と並んでいた。

「ありがとうございました」

 と、差し出されたシュウの指を嬉しそうに握り返したあと、「どういたしまして」の言葉と共に、ネズミたちはまた縦列になってキッチンを出て行った。


「さて、あとは蒸すだけ、だね」

「ああ」

「じゃあ、ここで僕も退散するとしよう」

 ニッコリ笑った冬里は、ヒラヒラと手を振ってキッチンを出て行こうとする。

「冬里」

 呼び止めるシュウの方を振り向くと。

「見返りはまた考えておくから、ご心配なく」

 そう言ってちょっといたずらっぽく微笑み、冬里はあっさりとドアを閉めるのだった。

 シュウは、「まったく」とため息をついたあと、「ありがとう」と、そこにいない人に丁寧にお礼を言って頭を下げた。


 そして。

 いったん本気を解いていたシュウが、目を閉じて静かに集中し始める。

 ふたたび目を開いた彼には、先ほどのような神々しいまばゆさはかけらもない。

 けれど、すっと背筋を伸ばした彼は、少し身体が透けているようにも見える。そのあと音もなく流れるように蒸し器の蓋を閉めていく。

「お願いします」

 すべての蓋を締め終わったところで頭を下げ、つぶやいた。

 すると。

 蒸し器の乗ったコンロから、ぽう、と音がして、シュウのイメージに似通った青い炎が灯る。やがてシュンシュンと沸騰した音が立ち、湯気がダイヤモンドのように輝きながら、天空へと立ちのぼって行くのだった。




「あっぱれ」

「おおー見事じゃー!」

「Good!」

「美味しいのう~」

 検分の打ち上げに振る舞われた上用に、神々は、やんややんやの喝采で大賑わいだ。おまけにシュウは、ひとこと感想を述べたい神様の間で引っ張りだこだ。

「まったく、なんてものを作ってくれたんだ」

「いつもより、ちっとばかし出来がいいな、うん」

 主催者席で、各々堪能しつつ感想を述べるスサナルとヤオヨロズ。

 そこへやって来たのは、気の強い姉上。何を隠そうアマテラスその人だ。

「スサナル」

「おう、姉上。ご機嫌麗しゅう」

 丁寧にお辞儀をするスサナルを手で制して、苦笑いしながら神様にもみくちゃにされているシュウを可笑しそうに見ている。

 いや、よく見ると、シュウだけではなさそうだ。

 その隣で夏樹が嬉しそうに、少し離れたところでは、由利香と椿も沢山の手に頭をなでなで? されている。

「あら? 冬里はどうしたのかしら」

 姿の見えないあと1人を探すアマテラスの隣で声がした。

「僕がどうしたって?」

「冬里! 本当に貴方って神出鬼没ね、こら!」

 と、アマテラスは冬里を捕まえて、その髪をクシャクシャっとなで回す。

「わ」

 と、ひと言だけ言って、あとはされるがままだ。

「あら? おとなしいわね」

「気の強いお姉様に逆らうと、怖いからね」

 ふふ、と笑う冬里はやはりいつもの冬里だ。

 あきれたように手を離したアマテラスは、あらためてお辞儀をしながら言った。

「貴方のパフェも美味しかったわよ。弟のために、どうもありがとう」


 そうなのだ、神様には時間も空間も関係ないので、遅れてきたアマテラスやツクヨミも、すべてのおやつを楽しむことが出来たのだ。


「どういたしまして」

 一筋縄でいかないコンビが微妙に目を見交わしていると、ようやく解放されたのか、あとのメンバーが次々やって来た。

「もう、神様ったら、せっかく決めたヘアスタイルがクシャクシャじゃない」

「全然綺麗だよ」

「ふえー、にしてもギュウギュウクシャクシャで、もう大変ー! っすね」

 ホッと息をつきながら言う3人に、スサナルが可笑しそうに言う。

「ハハハ、許せ。なんせ皆、あんたたちが可愛くて仕方がないんだよ」

「わかってます。皆さんの気持ちが、心にダイレクトに流れ込んで来ましたから」

「うん、すごく心地が良いよね。鞍馬さんが作る料理を食べたときとはちょっと違う感覚」

「っすね」

 嬉しそうに3人が顔を見合わせていると、シュウが姿を現した。

「いよ、真打ち登場」

 ヤオヨロズが楽しそうに言うと、シュウは照れたように「やめてください」と言いながら、後ろを振り向く。

 すると、お馴染みの、キュ、キュ、キュ!  という足音と共に、頭上に桐の箱をかかげ持ったネズミたちがやって来た。

「トリは、今回のメンバー皆で、です」

 シュウは、ネズミたちの前にしゃがみ込むと、あとの4人にも来るように言った。

「この箱に、手を当てて下さい」

 何が始まるのかわからなくて、一瞬躊躇するメンバーだが、そこは切り替えの早い由利香のこと。

「こう?」

 と、進み出て1番に手を当てる。

「え? 俺も、いいのかな」

 遠慮がちに言う椿に、

「なに言ってんだよ、いいに決まってるだろ。ほい!」

 夏樹が椿の手を取って由利香の手に乗せ、その上に自分の手を重ねた。

「ほら! 冬里も早くしなさい!」

「うわ、出たよ。もう1人の怖いお姉様」

「こら!」

 ふざけあいながら、冬里も素直に手を置いた。

 最後に、シュウが静かに皆の手を包み込む。

 シュウが目を閉じると、そこからなんとも言えない暖かさが順々に降りていくのがわかった。

 幸せそうな由利香と椿、夏樹はいつものごとくちょっと涙目になっている。

 そんな皆を楽しそうに見て、ニッコリ微笑む冬里。


「ありがとう、終わったよ」

 目を開いたシュウが、いつもの微笑みで皆に告げると、静かに手を離す。

 そして、ネズミたちに「重くなかった? ご苦労様」と声をかけると、桐の箱を受け取った。

「皆さまのお役に立てて、私たちはとてもうれしゅうございます」

 丁寧にお辞儀を返す彼らに、シュウも丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます」

 受け取った桐の箱を、シュウはスサナルの前に持って行く。

「これは、一番の大役をなさるスサナルさんが、少しでも心穏やかに役目が果たせますよう、心ばかりの品です。どうぞ召し上がって下さい」

「お、おう」

 受け取って、そろりと蓋を開けてみる。

 中には、紅白の上用が美しくおさまっていた。

「まあ、すてき」

「うーん、これはみごと」

 そばにいたヤオヨロズとアマテラスも、中を覗き込んで感心している。

「なんとまあ。けどさ、俺ひとりで頂くってのもなんだかなあ」

「だったら俺が手伝ってやる」

「私も良くてよ」

「あ、僕も」

 後ろから遠慮がちに姿を現したのは、ツクヨミだ。

「お前たち、ずうずうしいぜ。俺はクシナと食べようと思ったんだ」

「あら、嬉しい」

 その声に振り向くと、クシナがニチリンと共に笑って立っていた。


 それで、結局の所、上用は2つなので、スサナルとクシナが代表して? 頂くと言うことに話がおさまったのだか。

「皆が見てるところで、どや顔で食べられるかよ。これはあとでクシナと2人、大事に食べることにする!」

 と、宣言したスサナルに、他の神々は大いなるブーイングを送ったのだった。


 そんなこんなで、無事に検分も終わりを迎える。

 神様たちは、名残を惜しみつつ、次々とスサナル邸をあとにしていった。

 最後に残ったシュウたちと共に、「さようなら」を言いに来た由利香が、ずっと疑問に思っていた事を口にした。

「ところでスサナルさん、なぎ払いっていつするんですか?」

「さあな」

「「?」」

 返事になっていないスサナルの言い方に、不思議な顔をする由利香と椿。

「何年何月何日なんて決まってないさ。これはもう、地球に生きる人次第だ。人がこのまま自分勝手していくなら、そりゃあなぎ払いも起こるし、それは大事になるだろう。けど、これじゃいかんと思うやからが増えていけば、何も起こらずに済むかもしれん」

 超真剣な2人を見て、「そんな怖い顔しなさんな」と、吹き出したスサナルは、また話しを続ける。

「まあ、しばらくは大丈夫だ」

「えっと」

「少なくとも僕たちがいる間は起こらないんじゃない?」

 冬里が可笑しそうに言うと、スサナルもまた可笑しそうに笑う。

「ま、そうかもな。ヤオも地球のメンテナンス、頑張ってくれてるしな」

 キョトンとする由利香と椿の肩を抱くようにして間に入ったスサナルは、ガハハと大笑いをして、彼らを玄関まで見送った。




 皆が引き払ってしんと静まったリビング。

「さあーて、最後の1つ、じゃなかった、2つ、いただこうぜ」

 スサナルがクシナと並んでソファに座っている。

「それにしても、綺麗な和菓子ね」

「クラマが作ったんだからな」

 2人は、半分に切った紅白を、分け合って口にする。

 ・・・

 しばし無言だったスサナルが、ふい、と居ても立ってもいられないようにつるぎの部屋へ飛んで行き、すうーーー、と手で剣をなぞっていく。すると剣は燃え立つように部屋いっぱいに広がり、金銀をあたりにちりばめながら美しい渦を巻いていく。

 どれくらい時がたったのか、それはまたすうっと元のとおり静かになった。

「おや?」

 手を離したスサナルは、つるぎの隣に、一振りのけんが現れているのに気がついた。それは美しい鞘に収められ、手に持つと、慈悲と慈愛があたりに広がっていくのがわかる。

「なるほどな」

 楽しそうにつぶやいたスサナルは、その2つはそのままに、悠々と部屋をあとにするのだった。




 ここは『はるぶすと』の2階リビング。

 夏樹が「火星が大接近してるんですって!」とレンタルの望遠鏡を、嬉しそうにベランダに設置している。今年は、天体ショーが数多く見られる年で、毎月のようにネットなどでなにがしかが話題となっている。

 ラッキーなことに、ちょうど雲が切れて絶好の観測が出来そうだ。


「?」

「どうしたの?」

 ワインベースのカクテルを作っていたシュウが、ふと手を止める。それを見逃すはずがない冬里が声をかけた。

「・・・いや、きっとスサナルさんが、今おやつを食べてくれたんだね」

「で? どうだって?」

 わかるはずのない感想を面白そうに聞く冬里。

 肩をすくめて「さあ、そこまでは」と生真面目に答えると、「出来たよ」と、冬里にグラスを1つ渡し、自分は夏樹の分と2つを持ってベランダへと出て行く。

「あ、月も出てきたんだね~」

「そう! そうなんすよー」

 嬉しそうな夏樹にグラスを渡すと、シュウは月に乾杯してカクテルグラスに口をつける。


 紅い火星が大きく輝くそばに、ほぼ丸い月が昇っていた。

 一瞬、月と火星の間に、一筋の光が走ったように見えた。





ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

今回は、ちょっと長めの、ファンタジー満載、と言うより、もろ不思議系の物語です。

またまた新たな神様が出てきてしまいました。作者、神様が大好きなので(笑)

とは言え、お菓子もちゃんと関係してきますよー。

このシリーズ、まだのんびり続きますので、また忘れた頃にでも遊びにいらして下さい。

それでは!


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