第1話 スポンジ対決?
由利香さんはちょっとしたお菓子を作るのが上手い。
「今日は、ラングドシャを作ってきたわよー」
「へーえ、ひとついっただきまーす・・・、お、なかなかやるっすね」
ラングドシャと言うのは、「猫の舌」って言う意味のフランス語で、その名の通り細長い形をしたクッキーだ。軽くてサクサクとしてるのが本来の焼き方なんだけど、由利香さんが持ってきたものの中には、モチっとしたケーキみたいなヤツが混じっている。
「こっちのは、なんかモチモチしててラングドシャっぽくないっすよ?」
「よくわかったわねー夏樹。そうなのそうなの。最後に絞り出すときにね、生地を多めにしたらどうなるのかなって実験してみたのよね。でも、それはそれでけっこういけるでしょ」
「んー、まあ本来のラングドシャからはかなり外れてますけどね」
「そこが手作りらしくていいんじゃない」
などと面白そうに言う由利香さんなのだが。
俺はどうにも解せないんだよな。
なんでって?
だってさ、由利香さんのお菓子作りは、ずいぶん以前、俺たちと出会う前からだって椿に聞いてる。
でさ、あの料理音痴〈へへ、すんません〉だった由利香さんが、なんでお菓子はこんなに上手に出来るんだろ、これは世界の七不思議だぜ、なんて大げさか。
で、本人に聞くのは怖いから、椿に聞いてみたんだけど。
「え? なんで由利香がお菓子作り上手かって? さあ、俺にもわからん。樫村さんの研修受けてるときにも、よくクッキーとか焼いてきてたから、ずいぶん昔からだけど」
「ふうん」
俺がそんな記憶を呼び起こしつつ、ラングドシャをモソモソ食べていると、俺の願いが天に届いたのか、冬里がやって来て言ったんだ。
「あれ、由利香またクッキー焼いてきたの? へえ、ラングドシャ、ね」
「なによ! なんか文句ある?」
「うん、ある」
ガクッ
音を立てるように肩を落とした由利香さんが、気を取り直して冬里に詰め寄る。
「なによ、文句があるなら早く言いなさい!」
「うん、由利香ってさ、料理はあんなに下手だったのに、なんでお菓子は教わりもしないのに上手なのかなーって思ってね」
「え?」
「あ! 俺も俺も! 俺もそれは前から不思議に思ってました」
冬里の言葉に思わず手を高々と上げて宣言してしまう。
由利香さんはそんな2人をビックリしたように眺めていたんだけど。
「んー、何でだろう」
と、考え込む始末。ちょっとお、自分でもわからないんすかー? それこそ俺もガックリ肩を落としそうになったとき、由利香さんがポンと手を打った。
「あ! わかったわ!」
「?」
「あのね、西洋のお菓子って、きちんとレシピ通りにしなきゃいけないからよ」
「え? でもそれは料理でも同じだと思うんすけど」
ぼそっとつぶやいた俺に、「違うわよ」と言って説明をはじめる。
「えーとね、洋菓子って、書いてあるグラム数とか何㏄とか、きちんとスケール使って量って作るでしょ?」
そう、洋菓子は1グラム単位まで量って作るのが基本っちゃあ基本。
「で、手順通りに混ぜたりこねたりしていくと、どんどん形状が変わっていってね、その過程が、なんか化学の実験みたいでおもしろーい、のよ。そう、それそれ!」
「は?」
「なるほど、由利香って理科の実験とか好きなタイプ?」
「うん! 解剖系は大っ嫌いだけど、ビーカーとかフラスコを使う実験は、大好き!」
ははあ、そういうことか。
由利香さんにとって、洋菓子作りは化学の実験だったんっすね。
「でもねえ」
と、長年? の疑問がようやく解けてスッキリしたのもつかの間、由利香さんはちょっと憮然とした感じで話を続ける。
「きちんと作ってるのに、なんでスポンジケーキってあんなに結果にばらつきがあるのかしら。しかもフワフワしない確立の方が高いのよね」
「はあ」
そうかなー、俺が作る時はいつもきちんとフワフワしてますよーって言いそうになって、慌てて口をつぐむ。そんなことを言ったら由利香さんの逆鱗に触れるのは目に見えてるよな。
「で! なんで鞍馬くんの作るスポンジは、いつもあんなにフワフワなの!」
「へ?」
「そりゃあ、シュウだもん」
「なによそれ! あ、きっといつもどこかで本気を込めてるんだわ、そうよね」
「いやー、それはなんとも」
本当になんとも言えないので適当にごまかしてると、また冬里が何か思いついたようだ。
「じゃあ、今度目の前で作って貰えば? 本気込められないように、ね」
楽しそうにウインクなどする冬里に、由利香さんはパチン! と指を鳴らした。
「それだわ!」
あーあ。
またふたりして、何やらとんでもない事を思いついたご様子。
本当にあなたたちは。
なんて、シュウさんのため息ついた顔が目に浮かぶようだった。
「スポンジケーキ、ですか?」
「そう!」
「よろしいですよ」
あれ、シュウさん、えらくすんなりOKしてる。
「それでは、これからすぐお作りすればよろしいのですね」
「え? あ、ちょちょ、ちょっとタイム!」
「?」
さすがの由利香さんも、すぐに始まるとは思っていなかったようだ。
「これからすぐって、材料は?」
「スポンジケーキ1枚分くらいでしたら、いつでも材料はうちにありますよ」
「へー、さすが。・・・って感心している場合ではない! 違うの違うの。私が持って来る材料でね、この・・・」
と、バッグから取り出したノートをペラペラとめくる。
「お菓子のレシピノートですか、由利香さん、さすがですね」
「そうでしょーこれでも努力してるのよー、あ、あった」
と、スポンジケーキと書かれたページを開く。
「このレシピ通りに作って貰うわ! で、いつもみたいにフワフワのが出来たら、鞍馬くんの勝ちよ!」
「話がよく見えませんが」
「由利香はね、シュウの焼くスポンジが、なんでいつもあんなにフワフワなのか不思議なんだって。ズルして本気込めてるんじゃないのーって」
すると、いつものごとくタイミング良く冬里が現れる。
それで話が見えたシュウさんは、思った通りちょっとため息をついた。
「それで?」
「由利香のレシピで、由利香がいつも使ってる材料で、しかも、由利香がびっしり隣に付きっ切りで作っても、あのようにフワフワになるのかの実験」
「そう! 実験よ実験。楽しいでしょ」
あきれたように2人を見ていたシュウさんは、
「本当にあなたたちは」
といいつつも、少し可笑しそうにうつむいたあと、おもむろに顔を上げて言った。
「かしこまりました、この勝負、つつしんでお受けいたします」
で、勝負は次の日曜日。
当然ながら、話を聞いた椿もやって来た。
「すみません、着いてきちゃいました。でも、いつも由利香が作ってるのとどこがどう違うのか、確かめたくて」
頭に手をやって言う椿に、シュウさんは微笑んで答える。
「なにも違いはないと思いますよ」
「え? いえいえ」
でもさ、実を言うと、俺も楽しみにしてたんだよね。実験云々はさておき、由利香さんの秘蔵レシピでシュウさんが作ったスポンジがどんなふうになるのか、興味は少し、いや、かなりある。
「では、始めますね」
と言うシュウさんの宣言で、勝負が始まった! (って、実際に作るのはシュウさんひとりなんだけど)
まずは計量から始まって、由利香さんが持ってきたノート通りにシュウさんのスポンジ作りは進んでいく。ノートとシュウさんを交互に見比べる由利香さんの視線が、レーザー光線のように鋭くて熱い!
「由利香の視線、怖っ」
「ホント、鞍馬さんにビシビシ突き刺さってる」
「どこかで本気込められちゃ、困るでしょ!」
そんな会話を、可笑しそうに聞きつつ、シュウさんの手は止まることなく進んでいく。
けど、いつも思うんだけど。
今回はレシピノートを確認しながら(由利香さんの厳しいチェックが入るので)なので、そのつど一瞬手は止まるけど。
なんて言うか、それでも一連の流れにはひとつの無駄もないんだよな。シュウさんの動きは優雅で美しくて、いつか出雲大社で見た剣舞のようだ。
トントン・・・
空気抜きのために、ケーキ型をテーブルに何度か落としたところで生地は完成だ。
「あとはオーブンで焼くだけですが」
「あ、うん、いいわよ」
さすがの由利香さんも、ここまでは文句のつけようがなかったらしい。
「うーん、本気を込めた様子はなかったようだし。あとは焼き上がりを待つだけね」
で、久しぶりにシュウさんの手順を見ていただけ、の俺は、また料理人魂に火がついてしまった。
「じゃあ、焼き上がりを待ってる間に、ランチ作りますよ。えーと、今日は何にしようかな」
「お、じゃあ、俺も手伝う!」
「私もてつだ・・・」
「「ダメ!」」
野郎2人にお手伝いを阻止された由利香さんは、そのあとすねて元ご自分の部屋へと隠れてしまったとさ。
ランチ作りの合間に、スポンジが焼き上がる。
オーブンの終了音と共に、ダッシュで隠れ家から飛んできた由利香さんは、シュウさんが型から外したスポンジを、綺麗な濡れ布巾にくるむのをこれまた真剣に眺めている。
「冷めたら味見してもいいわよね?」
確認する由利香さんに、シュウさんは頷きながらもひと言添えるのは忘れない。
「本来なら一晩寝かせた方が良いのですが」
「そんなに自信がないのー?」
面白そうに言う由利香さん。
「ええ、そうですね。自分のやり方とは少し違いましたので」
「ええー?! それって私のレシピが信用ないって事じゃない」
「そうは言っておりませんが」
ニッコリ微笑みながら言うシュウさんに「あらそう~」とかニッコリ笑いを返す由利香さん。
あれ? これっていつもの嫌味合戦かも、とか思ってると、ソファから冬里が、ひらひらとこっちに手を振って言う。
「由利香お腹すいてるんじゃない~? ランチ急いだ方がいいよ」
「「はい!」」
「なによそれ」
慌てる俺たちとふくれる由利香さん。そのあといつものごとく賑やかにランチが始まって。
「ああーお腹いっぱい!」
「ケーキの味、わかるかなあ」
冬里にからかわれながらも、由利香さんはお姉様らしくシュウさんに指示を出す。
「わかるわよ、失礼ね。さて、鞍馬くん、もうスポンジ冷めてるわよね? 試食よ試食」
「かしこまりました」
いつものごとく苦笑しつつも丁寧な返事で答えるシュウさん。
そのあと、ふと思いついたようにこちらを見る。
「?」
俺はなんだろ、と、思ったんだけど。
「デコレーションは夏樹にお願いしていいかな?」
って言うシュウさんからの魅惑の依頼に驚きつつ、俺は「はい!」と、大喜びで返事した。
でさ、でさ。
試食はデコレーション用に切り取った残り、いわば切れ端の部分だったんだけど。
それを一口味わった途端。
「!」「!」「!」
冬里を除く3人は、一様にビックリマークつけた表情になる。
「なにこれー!」
「う、美味い・・・」
「うう~ずるいっすよシュウさん」
そうなんだ。
俺が見てた限りでも、行程はごくごく普通だった。もちろん材料に特別な物を使ってもいない。さっきシュウさんが言ってたみたいに一晩寝かせてもいない。
なのに、なのにー!
何でこんなに、ふんわりしっとりさっくりもっちり、あーもう! 表現の言葉がどんどん出てくるほど、とにかく美味いんだよ。
そんな俺たちを、クエスチョンマークの表情で、首をかしげつつ見ているシュウさん。
「そーんなに驚くこと? シュウの作るものはいつも美味しいよ?」
冬里も同じく、こちらは可愛く首をかしげるんだけど。
「えー? でも、でもレシピは私のを使ったのよ! あんたも見てたでしょ。行程におかしな所だってなかったし」
「うん、そうだね」
「なのに、なんでぇー? あ、そうだわ。いつも夏樹がやってるみたいなマジックで、何か特別なエッセンスを入れたんでしょ」
「へ? 俺がですか?」
「違うわよ。きっとあんたよりずっと上手にネタ隠しが出来るのよ、鞍馬くんは」
そんなことを言い出す由利香さんに、俺はちょっとカチンときて言い返す。
「ええー?! ひどいっす。そりゃあ、シュウさんが本気出せば、俺よりマジックも上手でしょうけど・・・」
だだっ子みたいな由利香さんの言いぐさに、シュウさんは苦笑して言う。
「私はマジックなど出来ませんよ。ああいうことは才能がなければ」
って俺の方を見て、シュウさんは微笑みながら頷いてくれる。いつもながらのシュウさんの優しさに感激して、思わず俺もニコッと笑いをかえした。
そのあとシュウさんは、真面目な顔で由利香さんに向き直った。
「ところで由利香さん、このレシピですが、少し手を加えさせて頂いてもよろしいですか?」
「え?」
話が飛んでキョトンとする由利香さんに、シュウさんは今度は可笑しそうに笑ってレシピのいくつかを指し示す。
「私の見るところ、このレシピはかなりお菓子作りになれてらっしゃる方のものだと思うので、少しコツを書き加えておこうかと」
「ええ? なんでわかったの? そうそう、このレシピ、ずいぶん昔に、なんとかって言う大パティシエ先生の一日体験教室で習ったものなの」
「へえ、レシピ見ただけでそんなことまでわかるんですね、さすが鞍馬さん」
「恐れ入ります」
返事を返して、シュウさんは鉛筆を持ってくると、スラスラとレシピの横に、いくつかのメモみたいなのを書き加えた。
「今度はこういう所に気をつけて作ってみて下さい。あとでご自分の言葉に書き換えられるように、鉛筆書きしておきましたので」
「ありがとう、また挑戦してみるわ」
由利香さんはとっても嬉しそうだ。けど隣で、ふうん、と言う顔でノートを覗き込んでいた椿が、何やら解せない様子でいるので、俺はなんだろ? と聞いてみる。
「どうしたんだ、椿」
「え? あ、いや、鞍馬さんって、ていうか、お前もだけど、日本語書けるんだなって思ってさ」
「はあ?」
「いや、悪い。千年人って、字はどうやって覚えるんだ?」
「は?」
「だってさ、お前はドイツで産まれたっていうか、現れた、んだよな? 鞍馬さんと冬里はイギリス。で、ドイツ語と英語はわかるんだけど、夏樹なんて日本に来てまだそんなに時間がたっていないのに、漢字もひらがなもカタカナもスラスラなんだよな。しかも鞍馬さん! 目茶苦茶達筆!」
そう、よく見ると、シュウさんが書いたノートの文字は、新聞のチラシに入ってるボールペン習字の見本みたいな綺麗な字なんだよな。
「うーん、シュウさんと冬里は、昔日本にいたから、だけど・・・。けど、なんだろ? 俺の場合はさ、日本に来た途端に、日本語はしゃべれるし、書けるし、だったかなあ」
「そうなの?! すごーい」
「けど、文化的なことはわからないし、正座も出来なかったし・・」
声が小さくなる俺に、冬里が助け船を出してくれた。
「千年も生きなきゃならないんだもん。言葉くらいはその日のうちにマスターするのがあたりまえ、でしょ」
すると椿が、両手を頬にあてながら面白可笑しく言う。
「えー? あたりまえっすかー」
「あたりまえっすよー」
「なんすか、二人のその言い方」
「夏樹の真似~」
「真似~」
ふざける二人に「なんだよお」とか言っていると、シュウさんが目立たぬように食器を下げ始める。
「あ、後片付けは」
慌てて言うと、冬里がニッコリ笑ってあとの言葉をさえぎった。
「シュウと僕がするよ。ごちそうさま」
「とても美味しかったよ。ありがとう、夏樹、椿くん」
「あ、・・はい、へへ」
やっぱりシュウさんに褒められると、嬉しいな。
俺は、椿に良かったなって言うように肘で脇腹をつつかれて、笑みを深めつつ、自分も皿やコップをキッチンへと運んで行くのだった。
で、次の日。
俺は、ケーキのデコレーションを見てもらいたいからって、ちょっと強引に由利香さんと椿を招待してあった。
「お待たせしましたー」
「待たされたわよ。本来ならケーキうちまで宅配してくれるのが筋ってもんよ」
「なんすかそれ、どう言う理屈っすか」
ディナー営業が終わって2階へ上がっていくと、由利香さんと椿は、ソファで仲良く並んでテレビなんかご覧になっている。
あんなこと言うけどさ、夕食は俺が用意したんだぜ。
でもさすがというか、キッチンは綺麗に片付けられている。
「まあいいわ。で? デコレーションしたケーキってどこよ? 探したけど見つからなかったわよ」
「うわ、やっぱそうっすよね。由利香さんなら勝手知ったるで家捜しすると思ったんで、店の方においておきました」
「さすが、よく読んでるな」
驚いて文句が出るかと思ったけど、椿の言葉に妙に納得して、由利香さんはおとなしく引き下がったようだ。
で、そのあとシュウさんが上がってきて、紅茶の用意が整ったところで。
カチャ
ものすごく良いタイミングで、冬里がリビングへと姿を現す。
手には昨日焼いたケーキ。それを紅茶がセッティングされたテーブルに置きながら、冬里がニッコリと微笑んで言った。
「Congratulations」
その言葉に、「?」と言う顔の二人。
プレートには「HAPPYWEDDING」の文字。
なにを隠そう、これは俺が心をウーンと込めて書いたものだ。デコレーションだって、精一杯心を込めて、愛をいっぱいちりばめた力作、のつもり。
「これって」
「あ・・・」
そう、大それた事はしたくないからって、二人は結婚パーティもしてないんだよな。
だから。
「遅ればせながら、俺たちからの、ほんの心ばかりのお祝いっす」
「おめでとうございます」
「おめでと」
しばらくは言葉もなかった二人だけど、なんと、そのうち由利香さんの目がウルウルしはじめる。
「あ、ありがとう。予想もしてなかったから。あーっと、私が泣くと夏樹が困るのは、わかってる、・・・わかってるんだけど」
と、言葉に詰まった由利香さんの頬に、すうっと涙がこぼれ落ちる。
「え? あ、いや、あの、」
しどろもどろの俺に、冬里がいたずらっぽく声をかけた。
「ほーんと、変な事言いだしたのは夏樹だからね。ほら、なぐさめて抱きしめて上げなきゃ」
「え? あ、はい!」
ちょっとテンパってた俺は、思わず由利香さんに歩み寄ろうとして。
「だーめ、それは俺の役目」
と、椿に阻止される。
「もう、ふざけないの」
椿の腕の中で泣き笑いする由利香さんにつられるように、幸せそうな二人を見て、俺もちょっとうるっとしたんだけど。
「ではここで、お二人に共同作業をしていただきましょう」
すっと、ブーケとリボンで飾り付けしたナイフを差し出すシュウさんに、湿っぽくなるのをなんとか助けられた。
けど二人はまたポカンとしてる。
「わ、本格的だね」
「すごい、このブーケすてき。あとで貰って帰っても良いの?」
「由利香、所帯じみてるー」
「こら」
ようやくいつもの俺たちに戻った所で、和やかにケーキカットが行われた。もちろん、写真撮影とかもしたんだぜ。由利香さんは、だったらもっと良い格好してくれば良かったーとか、のたまわってたけどね。
でもさ。そのあと綺麗に切り分けられたケーキを一口食べたところで。
「!」「!」「!」「?」
言葉なく、心があったかくなってポワンとする俺たち。
どこでどうしたのかはわかんないけど、そのケーキには、なんと! シュウさんのすごい本気が、込められていた。
「シュウさん、ずるいっすーーーー!」
夜も更けた『はるぶすと』の2階リビング。
由利香たちが帰ったあとも、「ずるいっす、なんで言っといてくれなかったんすかー」とすねる夏樹をなだめるのには苦労したが。
どうやら夏樹は、本気がこもっていたのを知らなかったことに引っかかっているようだ。冬里も知らなかったのだから、自分だけ置いてけぼり、というのとも違う。
そんなお年頃なのかな、と、誰かさんのように冗談っぽく考えていると。
「まだ起きてたの?」
「冬里こそ」
まるでシュウの心を読んだように部屋から出てきた冬里は、フフッと笑って隣に腰掛けると、不思議そうな口調で聞いた。
「でも、僕としたことがホントわからなかったよ。どこでどうやったの?」
シュウは苦笑しつつも、冬里に嘘は禁物、素直にタネあかしをする。
「スポンジの表面が乾かないようにね、シロップを塗っていたんだけど・・・。つい、心を込めすぎたようだね」
「つい、ね?」
「なにかな?」
「ううん、なんでもない」
二人は顔を見合わせて可笑しそうに微笑みあった。
窓の外では、こちらも仲間に入りたそうに、月が綺麗に微笑んでいた。