第5話 プラタ10歳 三角湖の出会い 後編
「ところでお前は何をしているんだ?」
プラタが地面に倒れているヒルの亜人、フビに訊ねた。
「木の上でお昼寝をしていたら、すごい衝撃が走ったんです。その拍子で落ちてしまったんですね」
彼女は淡々と答えた。かなりの高さから落下していたがケガはない。おそらくヒルの柔らかい身体が衝撃を吸収したのだと思われる。
「ハナ村か。確かヒルの亜人が多く住むところだな。あんたはそこの村長の身内か?」
カエルの亜人であるヒスイが訊ねる。フビは目をしょぼしょぼさせていた。
「あなたは男の子なのですか?」
「質問に答えろ。あと私は男じゃない」
「そうなんですか? 胸がないからてっきり男だと思っていました。それはそうと」
フビは癇癪を起しかけてるヒスイを無視した。ある場所に視線を定めると口を開く。
「そこにいる人は誰ですか?」
プラタたちは視線の先を見る。すると茂みの近くにひとりの少女が座っているのが見えた。気配は全く感じず、岩のように身動きをしていないのである。
少女は人間のように見えた。髪の毛は黒く、前髪は切りそろえてある。白いワンピースを着ており、整った顔立ちだった。
しかし少女の顔はまるで鉄仮面のように硬く、まばたきすらしないのである。フビが注意しなければプラタたちは一生気付かなかったかもしれない。
「なっ、あんたいつの間にいたんだ!?」
ヒスイは突然現れた少女に警戒感を抱いた。自分がうっかり他人を見過ごすなど夢にも思っていない様子である。
「ずっといた」
少女はぼそりと答えた。小声なので聞き取りずらい。
「あななたちが後からきて騒いでいた。早く消えて」
なんとも辛辣な口調である。声は小さいが強い意志を感じた。
ヒスイは無礼な少女に立腹している。だが先にこの場所にいたのは彼女の方だ。静かにしていたところ邪魔したのは自分たちである自覚はある。
コハクは何を考えているかわからない。純粋無垢なのだがそれ故に行動が読めないのだ。
「俺の名前はプラ……」
「知ってる。さっきから聞いてた。うざいから口を閉じて」
「そうか。なら君の名前を教えてくれ」
冷たい物言いにも関わらずプラタは少女の名前を聞く。少女はすぐに答えた。
「ライゴ村のイエロ。村長の妹。種族はアイアンメイデンよ」
それだけいうと後は口を閉ざした。
「アイアンメイデン。なんだそりゃ?」
プラタは聞いたことのない種族名に頭をひねる。そこにフビが口を挟んだ。
「アイアンメイデンは全身が鉄に覆われた亜人ですぅ。女性だけの種族でよその村からお婿さんをもらうんですぅ。ちなみに月に一度だけ体が柔らかくなるのでその日のうちに仕込むそうですよぉ」
フビが答えた。イエロは何も答えない。肯定ととらえてよいだろう。亜人にも多くの種類がある。哺乳類や爬虫類、昆虫などいるが、中には花やキノコ、木などの亜人もいる。ヒコ王国の魚人や人魚もいるし、妖精王国では妖精の亜人が多く住んでいるのだ。
中にも珍しいのが鉱物の亜人である。アイアンメイデンのように鉄の亜人もいるし、皮膚が岩のように硬い種族もいる。
これはキノコ戦争の影響で人間以外の種族になりたいと願ったためだというのだ。
アイアンメイデンは女の日が来ると徐々に皮膚が鉄のように硬くなる。月の物が排出されずに鎧のような皮膚へ生まれ変わるのだ。
願っただけで人間が亜人に生まれ変わるなどありえないが、ある事実がある。それはここで語る話ではないので省くとしよう。
「ライゴ村か。あそこだけは女はよその村に嫁に行かないんだよな。代わりに村全体で婿をもらうと聞く。うちの村からも婿になった人がいると聞いたな」
ヒスイがひとりでつぶやいていた。もっともプラタはどうでもよかった。肝心の話があるからだ。
「お前らはこんな人のいないところにいて寂しくないのか? もしかして友達がいないのか?」
ヒスイは不機嫌になった。痛いところを突かれたからだ。イエロもわずかに瞼が動いた。彼女と同じ気持ちなのだろう。
一方でコハクとフビは小首をかしげていた。おそらく孤独という自覚がないのだろう。
プラタは彼女たちを見まわした。そしていい名案が思い付いたようでそれを口にする。
「よし。今日からお前らは俺の仲間だ!!」
唐突な宣言にヒスイとイエロは怪訝な顔になる。コハクとフビはよくわかっていないようだが、なぜか嬉しそうであった。
「いや、お前は何唐突に言い出すんだよ。第一仲間ってなんだよ」
「決まっているだろ? 俺の船に乗ってもらうんだ。俺はネプチューンヘッドの息子だぞ。将来は親父と同じように大頭船に乗り、七つの海を駆け巡るんだ!!」
「あなたが先ほどからネプチューンヘッドさまの息子を自称しているのは聞いています。ですがなぜ私たちがあなたの仲間にならないといけないのですか?」
イエロは訊ねた。声色は変わっていないが非難しているのはわかる。プラタは身分を偽称していると思い込んでいるのだ。
「残念だが俺は18になったら船を降りなきゃならない。親父との約束なんだ。でも代わりに船を降りる際に大頭船の種をくれるんだ。そいつで俺は船長になり海賊になるのさ。そのためには仲間が必要だ。だからこそお前らに頼むんだよ」
答えになってない答えであった。イエロは舌打ちしている。それを見たヒスイも同じ気持ちであった。しかしコハクとフビだけ乗り気である。
「あのね~。船に乗ると言っても、コハクは何をすればいいわけ~?」
「そうですよぉ。私たちにどんな役職を求めるかきちんと言ってくれないと困りますぅ」
「いや、お前らはなんで乗り気なんだよ。怪しいだろうが!!」
ヒスイは怒った。しかしふたりは聞いていない。イエロは表情が硬いためか読み取れなかった。
「大体お前は友達がいないのかよ。いきなり見ず知らずのあたしらを誘うなんてありえないだろうが!!」
「友達はいるよ。シャチのヴェンセドルにアオザメのイングリッド、コバンザメのスセッソがいる。でもこいつらは船に乗れないって言ってるんだ。親の決めた職につかないといけないらしい」
プラタは残念そうな顔になった。そして改めてヒスイたちを真剣な目で見る。
「俺はお前らを見て分かった。お前らは今の村に居場所がないんだ。だからよその村に来てもこんな寂しいところで時間をつぶしているんだよ。だからこそ俺はお前らを仲間にしたいんだ。俺はお前らに居場所を作る。俺と一緒に海賊になって海に出ようじゃないか!!」
あまりに強引な勧誘である。そもそもこの4人は海に似合わない。
ニホンアマガエルにバナナスラッグ。ヤマビルに鉄の身体でできたアイアンメイデンときたものだ。
それでもプラタは真剣に彼女たちを見据えている。彼はバカだが噓つきではないと判断していた。
4人とも自分の村に居場所はないのである。ヒスイとコハクは女ゆえに跡継ぎにはなれない。弟がいるので自分たちは村の男と結婚するだろう。自分の力を試すこともなく、一生を村で終わらせるかもしれない。
フビとイエロもそうだ。村長の身内なのでこうしてよその村の祭に参加できたが、普通の村人では無理だ。今の村長に間違いが起きたら代理となるのである。そのためによその村と交流しておかないといけないのだ。
「最低でも必要なのは航海士に総舵手、コックに船医だな。船大工は大頭船だから必要ないからいらないんだ」
「……なら私は航海士になってもいい。よくジライア水運の船に乗っているからな。コハクは総舵手がいいかもしれない」
「あのね~。総舵手ってなにかわからないけど、コハクはがんばるよ~」
「なら私はコックですね。こう見えても料理は得意です」
「私はァ船医ですねぇ。村ではお父さんと一緒に医者の手伝いをしてますからぁ」
こうして話は決まった。プラタが18歳になったとき迎えに行く。そう約束したのであった。
面白かったらブクマと評価を頂けたら幸いです。
トゥースペドラーの時からヒスイとコハクはガマグチ親分の娘として登場させるつもりでした。
しかし仲間が一気に集まるのは味気ないと思うでしょうが、後から話を追加すればいいですしね。