第49話 ケダモノたちの宴
「またせたね。それであたしに何の用かな?」
カスピトラの亜人アニトラが訊ねた。ここは蟲人王国にあるデュマという港町。彼女は銀髪で筋肉ムキムキの人間、プラタを相手にしていた。
「お前に頼みたいことがある。俺たちを今すぐホッドミミル王国に連れて行ってほしい」
唐突な言葉にアニトラは面を喰らったが、横にいるニホンアマガエルの亜人ヒスイが詳しく説明した。
プラタと同じ乳を飲みあったオウロがその国に連れて行かれたというのだ。アニトラはホッドミミル王国を縄張りにする白鯨女王の仲間なので、プラタは彼女に案内を頼んだのである。
「そうなのか。あたし自身、あの国の事はよく知らないね。6歳の時に妹と一緒にパパに連れられて一回行ったきりだった。その後パパがピークォド姉さんを連れてきて、そこから一緒に七つの海を航海したわけよ」
その際にナトゥラレサ大陸からサイクロプスを、ウルル共和国からコアラーズなどを仲間にして回ったという。
アニトラの父親はストラーダといい、蟲人王国では少数の猫の亜人の村出身だという。エビルヘッドに支配されて以来、50年以上過ぎており、他国や他人に対する嫌悪感は薄らいでいたという。
ストラーダは十年前に病気で亡くなり、当時18歳だったピークォドが後を継いだという。アニトラや妹のトラファルガーでは抑えきれないが、ピークォドだと制することができたのである。
彼女は故郷であるホッドミミル王国に戻り、そこを拠点に海賊活動に精を出していた。
アニトラはまだ世界を見て回りたいので、猫の亜人たちを中心に連れて行ったという。別に仲たがいしておらず、今でも定期的に手紙を送っている。
向こうからの手紙はペルギュン島にしてもらっていた。
「しかしプラタの妹がそこにいるなら話は別だ。ピークォド姉さんも喜んで協力してくれるだろう」
「そうか。じゃあホッドミミル王国に必要な装備を教えてくれ。それと商売になる品物もそろえたい」
オウロの救出が最優先でも、行く先の情報を仕入れ、商売をする気持ちは忘れていない。
横にいたオークウッドの亜人であるベルフェゴールは感心していた。
「さすがやねぇ。どんな国にも儲け話はある。それを見逃すようでは海賊としても商人としてもだめだめやな」
「そうでもない。こいつはおやじのまねごとをしているだけだ。俺の考えなどほんの少しでしかない」
「謙遜することないで。大抵は自分大好き、他人大嫌いで人の言うことなんか聞くことを苦痛と思うやつもおるんよ。あんさんは商売の基本をきちんと守ろうとしてるわ。そこは強いで」
べた褒めされてもプラタは何とも思わなかった。当たり前の事をやっているだけなのだ。
「ところでこの女は誰だい、あんたの恋人か?」
「ちゃうねん。うちはベルフェゴール、プラタの仲間やで」
アニトラの質問をさらっと答えた。するとアニトラの雰囲気が変わる。
「……プラタ。あたしを差し置いてこんなおばさんを仲間にしたわけ?」
「おばさんやて? うちはまだ28歳でぴちぴちや。おばさん呼ばわりされるいわれはないで」
「ふん、あたしにとってはおばさんだよ。何さ肌がかさかさで、ろくすっぽ手入れをしてないじゃないか。それで女を名乗るのはおこがましいもんさね」
アニトラとベルフェゴールの空気は不穏なものになっていた。おいてけぼりになっているのがプラタだ。なぜふたりが喧嘩腰なのかわからない。
「ちなみにあたしもプラタの仲間なのだ! 名前はロビンヘッドなのだ!!」
スイカほどの大きさであるビッグヘッドが答える。金髪で赤い帽子に赤い手袋に靴を身に付けたかわいらしい女の子のビッグヘッドだ。
異質な存在ではあるが、愛らしさを感じる稀有な異形である。
「そうなのかい。そりゃあよかったね」
アニトラはさらっと流した。ベルフェゴールは許せなくても、ロビンヘッドの場合はお目こぼしになるようである。
ロビンヘッドも「あれ~?」とない首を傾げていた。
「ロビンちゃん~、これはね~、女だけしかわからないんだよ~」
「ロビンも女なのだ! どうしてわからないのだ!!」
「そうです! あなたはまだ子供だからなのです!!」
コハクとフビが慰めた。ロビンヘッドはふたりに言われて納得する。
それを見たヒスイとイエロは顔を見合わせ、ため息をついた。彼女たちは精神構造が一緒なのである。
「……ちなみにうちはエビルヘッド教団の司教や。神であるエビルヘッドはんの使いであるウィッチヘッドはんの命令でついてきとるだけや。プラタには何の思いもあらへん。それにうちは子持ちの人妻さかい、なおさらやで」
それを聞いたアニトラの表情は明るくなった。ちなみにベルフェゴールの肩書を聞いても眉ひとつ動いていない。背後にいる団員たちも同じだ。
彼女たちにとってエビルヘッド教団は数多くある宗教団体のひとつでしかないのである。
「なぁんだ、それならそうといってくれればいいんだ」
アニトラは安堵した。ベルフェゴールはにやりと笑う。
「今度の航海で貞操を奪ったらええやん。一緒の船でなくても心さえ繋がればええんとちゃうか?」
ベルフェゴールにこそっと耳打ちされ、アニトラは真っ赤になる。顔は毛で覆われているが、赤面しているのは素人目でも分かった。
「後ろにいる猫ちゃんたちも一緒やで。プラタが酒を飲んでぐでんぐでんのときに一気にやるんや。プラタはええ男や。ええ男と繋がるんは女の幸せやで」
ベルフェゴールの露骨な表現に、アニトラの配下たちは赤面したり、納得したりしていた。
「ニャー……、でもそんなのだめニャ。それが嫌で家を出たのニャ……」
「でもリジーナ。強い男に乙女を捧げるのは、いい女の証ニャ。プラタはガルーダ様の使いだから捧げてもいいニャ」
「何言うニャルかヴェルナー。直接戦って私を犯してくれなきゃ認めないニャル!!」
「どうでもいいよ。今すぐ抱いてくれないかねぇ、フーマオみたいに無理やりでもいいよ」
「……ごくり」
「タイガーリリーも、イタドリと同じ。プラタと寝ること望んでいる。オルガも一緒」
「オーホホホホ! このわたくしズーラもお忘れなく!!」
彼女たちの大騒ぎにヒスイとイエロは呆れていた。先ほどは険悪な雰囲気だが今ではすっかりと息が合っている。
「じゃあコハクも一緒にプラタと寝たいな~」
「はいです! でも実際の性交は艶本とは違うのです。あと性病防止に避妊具は必需品なのです!!」
コハクとフビもやる気満々である。
「言っておくが俺は仲間と友達を抱くつもりはない。抱くのは金で買う娼婦だけだ」
プラタが大声で言った。それを聞いてアニトラたちは静まった。
「もっとも俺自身娼婦を買ったことはないけどな。気持ちよくなるなら右手だけで十分だし」
それを聞いたベルフェゴールはやれやれと首を振った。
「あんなぁ、アンタ今年でいくつやねん。いつまでも右手が恋人でもあかんやん。仲間や友達を大事にするのはええんよ? せやかて彼女らも生身の女や、いつ野蛮で粗暴な男たちに肉壁を破られ、血を流すやもしれん。その前にあんたがこの子らの処女を貫くほうがええんとちゃうか。みんなあんさんに魅かれて集まったんや、これくらいの女を制覇できへんと海の男にはなれへん。いつまでもネプチューンヘッドのものまねしかでけへんよ」
プラタは黙り込んだ。確かに今まではネプチューンヘッドの真似だった。しかし女性たちの初めてを破る権利など自分にあるだろうかと、自問する。
「まどろっこしいわ。誰かこいつを捕まえたり」
「は~い」
「まかせるのです!」
ベルフェゴールが叫ぶとコハクとフビが抱きついた。なぜか先ほどの話にノリノリのようである。
「うわっ、ふたりとも離すんだ!!」
「離したらあかんねん。今から船に連れて行って、全員女にしてもらうで。うちとロビンヘッドは無理やけど、他の女はみーんなプラタの女になるんよ。もちろん役割は変わらへんけどな」
そう言ってベルフェゴールはプラタをエルハヴァ号に連れて行った。
ヒスイとイエロは引き気味だが、ベルフェゴールは逃がさない。
「観念しいや。プラタはまだ子供や、青臭い正義感で凝り固まっとるんよ。ここでちゃらちゃらしたもんをとっぱらわんと、今後の活動に支障がでるで」
「だからといってプラタと結ばれるのは……」
「私は一度足抜けをしたので、罰則としてなら……」
ふたりとも乗り気ではなかった。しかしふたりは船に引っ張られる。
その晩、エルハヴァ号では獣の叫び声が聞こえたという。




