第4話 プラタ10歳 三角湖の出会い 中編
プラタは森の中に入っていた。木はすべて自分の背を軽く超えており、見上げても天辺が見えないほどだ。それに生い茂った葉で太陽は隠れてしまっている。
緑の匂いが充満しており、遠くで鳥の声が鳴いていた。虫が飛び、アナウサギやリスが遠巻きにプラタたちを見ている。
なぜここにいるかといえばカエルに引っ張られたのだ。カエルといっても目の位置は人間と同じだ。肌の色は黄緑色で手には水かきがついている。黒目で鼻は低く、口が大きいのが特徴だ。黄色いナメクジもカエルより一回り体格が大きく、水死体のようにぶよぶよした肌をしていた。どちらも髪の毛は薄い。頭部にうっすらと肌の色より濃い毛が生えているだけだった。
「俺をここに連れてきてどうするつもりだ? まさかアイビキをするつもりなのか。港町に時々くる船乗りたちが言っていたけど」
「だっ、誰が逢引きなどするか!! 汚らわしい!!」
「あのね~、姉上はエッチなことが嫌いなんだよ~」
カエルが否定するとナメクジは伸びた口調で答える。それを聞いてプラタはきょとんとなった。
「エッチだって? アイビキはエッチなのか?」
カエルは軽く驚いた。そしてプラタをじっと見る。
「……お前、赤ちゃんはどうやって生まれるか知っているか?」
「決まっている。コウノトリが運んでくると親父から習った!!」
「そうなのね~。コハクも初めて知りました。そっか~、コウノトリさんが運んでくるのね~」
プラタの言葉にカエルは右手で頭を抱えていた。予想を超えた答えに呆れかえっているのだ。
「そういえば姉上っていってたけど、お前は女だったのか?」
プラタの質問にカエルは長い脚で蹴りを入れる。かなり怒っているようだ。男と間違われてかなり不機嫌である。
「あのね~。コハクも女なんだよ~。姉上とは双子の妹なんですよ~」
コハクは聞かれてないのに勝手に答えた。カエルとナメクジが双子など信じられないだろう。
しかし亜人ではそれが普通なのだ。例え他種族同士でも生まれる子供は片方の親の種族で生まれるのである。犬と猫の亜人なら、子供は犬か猫の亜人となる。ただし先祖に狸の亜人がいるなら、隔世遺伝で狸の亜人が生まれる場合があるのだ。
おそらく二人の親は片方がカエルでもう片方はナメクジなのだろう。亜人と言っても容姿が人間と違うだけだ。人間でも病気で肌の色が変わったり、獣のように肌から毛が生えることがあるのである。
「へーそうなんだ。俺はプラタ。ネプチューンヘッドの息子だ!!」
プラタはふたりの事情など無視して、自己紹介を始める。カエルはため息をつくと自分の名前を教えた。
「私はヒスイ。ニホンアマガエルの亜人だよ。ジライア村の村長の孫だ」
「あのね~。コハクはコハクだよ~」
「……コハクは私の双子の妹だよ。バナナスラッグの亜人だ」
ヒスイは代わりに妹を紹介する。さて気持ちが落ち着くとプラタはなぜ自分がここにいるのか思い出した。
「なんで俺はここにいるんだ?」
「そんなの知るものか」
「なんだ。ヒスイでもわからないのか。答えがわからないなんてなんて難しい問題だろうか」
プラタは頭をひねった。しかし答えなど出てこない。ヒスイをからかっているわけではなく、本気で悩んでいるのである。
「あのね~、姉上は自分がすごいことをみんなに教えたかったんだよ~」
妹が暴露した。身体が大きい割に頭の回転は鈍そうである。
「それでね~、うちで一番やんちゃなライデン号を手名付けようとしたけど~、失敗しちゃったの~。プラタが止めてくれなかったら、すっご~くあぶなかった~」
コハクは感謝の言葉を述べていた。ライデン号は暴れヤギウマのことだろう。ヤギウマとはキノコ戦争の胞子で肥大化したヤギのことだ。生まれた当時は単眼だったり、下半身が欠けていたりと奇形が多かったが、まともな身体の方を積極的に交配させた結果、現在の形になったのだ。一部の地域しかいない本物の馬は希少なため、寒村などではヤギウマを重宝しているのである。
「ふん、私たちのことなどどうでもいいだろう。それよりお前はさっきネプチューンヘッドさまの息子だと言ったな。ビッグヘッドが人の子を産むはずないだろう?」
ヒスイは皮肉交じりに訊ねた。おそらく妹の言葉は痛いところを突いたのだろう。勝手にヤギウマに乗った挙句暴走させたのだ。それで気まずくなり森の中に隠れたのである。
「へぇ、おやじに様付けするんだな。レスレクシオンはビッグヘッドを嫌っていると言っていたけどお前は違うみたいだな」
「問いに答えてないだろ。まあ、この国の人間はなぜかビッグヘッドを忌み嫌っているがね。亜人やベスティアは公然の秘密にしているけどな。ここから八蛇河を上って先にあるサルティエラの人間は別だけどさ」
「いろいろあるんだなぁ」
プラタはしみじみと言った。ヒスイは苛立っている。人の質問に答えないからだ。短い付き合いだがこの少年はかなり自己中心的で人の話を聞かない性質だと見抜いた。
「あのね~。なんでネプチューンヘッドさまの子供なの~?」
「赤ん坊の頃拾われたんだよ。それ以降おやじが育ててくれたんだ。もっともヒコ王国に住む魚人のお母さんにも世話になったけどな」
「なんでコハクの質問には答えるんだよ!!」
ヒスイはかなり腹が立っていた。するとプラタは彼女に近づく。そして彼女の胸を触った。
サラシに巻き付けられた胸は平坦であった。それに女の日が来ていないのか全く膨らんでいなかった。
コハクのほうだと胸が大きい。ただし体格ゆえだろう。揉んでも母乳は出まい。
「お前かなり苛立っているな。何が不満なんだ? 胸が大きくならないぞ」
「……人の胸を揉むな!!」
「ぐえっ!!」
ヒスイは自分にされたことを理解すると、足をまっすぐ伸ばした後、プラタの頭部にかかと落としを決めた。
蹴りは見事に決まり、プラタは地面に頭ごと叩き付けられた。ぼこりと地面にめり込んだ。
ヒスイは肩で息をしている。あまりの出来事に頭が暴走したのだ。コハクはプラタの安否を気遣っている。
「ふぅ、いい蹴りだな。頭がぐらぐら揺れたよ」
プラタはすぐに起き上がった。顔についた土を払い、首を振る。かなり力を込めた蹴りがまったく効いていないのだ。ヒスイはかなり動揺していた。
「あんた、私の蹴りを喰らってどうして……」
ヒスイの言葉は遮られた。いきなり木の上から何かが落ちてきたのだ。ぼてんと地面に転がったのは白い服を着た何かだった。茶褐色の肌をしており、ちらりと見えた背中には栗色の縦線模様が見えた。
それはヒルであった。髪の毛に見えるのはヒルである。ヒル人間なのだ。
スカートを履いているので女性だと思われる。いったい何者だとヒスイはプラタとコハクを腕で遮り遠ざけた。
「……うぅぅ」
ヒル人間はうめき声を上げる。そして起き上がるときょろきょろと周りを見回した。
「……何が起きたんですか?」
女の子の声であった。彼女は自分の身に何が起きたのかさっぱりわからない様子であった。
「いや、あんたは今木から落下してだろうが!! ケガはないのかよ!!」
「ケガですかぁ? どなたかケガをした方がいるのですかぁ?」
「だからあんたのことを聞いているんでしょうが!!」
少女はまったく気にも留めていなかった。プラタは彼女の前に来てしゃがみこんだ。
「俺はプラタ。ネプチューンヘッドの息子だ!!」
「そうですか。私はフビ。ハナ村でヤマビルの亜人です」
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