第3話 プラタ10歳 三角湖の出会い 前編
「ここが三角湖か」
プラタは大頭船に乗ってやってきた。今年で十歳になる。今日は三角湖で行われる祭に参加しに来たのだ。もちろん父親代わりであるネプチューンヘッドも一緒である。
三角湖はオルデン大陸の中央に位置する。上空から見下ろせば三角形の形をした湖だ。百数年前はここに湖はなかった。キノコ戦争で起きたキノコの冬によってできたのだ。雪解け水が溜まり、湖ができたのである。
もっともキノコの毒が大量に含まれており、普通の人間が飲めば身体が腐って死んでしまう。ところがビッグヘッドなら平気なのだ。もともと毒を栄養とし、腐った大地を浄化するために人間の手で生み出されたのである。
「その通りだ。ここはカエルにヘビ、ナメクジの亜人たちが集まって作った村があるのだ。湖の中心には三すくみ岩というものがある。そこで祭を行うのだ」
ネプチューンヘッドがプラタの横に立つ。見ると湖の中心には大きな岩がぽっこりと顔を出していた。そこに木で組み立てた奇妙なものがあった。それは鳥居というものらしい。
三角湖に住む三つの部族はかつて日本人だったという。観光客だったがキノコ戦争に巻き込まれたのである。運よくキノコの熱風には回避できたが長い冬に閉じ込められた。そして自分たちは日本に帰りたい、帰りたいと願っていると自身がカエルになったという。他はヘビとナメクジになったがこれは三すくみというものが関係しているという。
ヘビはカエルを食べる。カエルはナメクジを食べる。ナメクジはヘビを溶かすという古典から取られている。それとネプチューンヘッドがもたらしたビッグヘッドたちのおかげで湖の毒は中和され、周りはビッグヘッドの森に囲まれるようになったのである。
「くぅ~、わくわくするな~。オウロも連れて来ればよかったよ」
「彼女は無理だ。ヒコ王国の民だからな。レスレクシオン共和国は通行証がなければ入れんのだよ」
「そうなのか。じゃあ俺は特別な人間なんだな。のわっはっはっは!!」
プラタは腰に手を当てて高笑いをする。ちなみにレスレクシオン共和国とは昔スペインと呼ばれていた国だ。現在はプリメロの町にある大統領が収めている。実際はフエゴ教団が実質ヒコ王国以外のオルデン大陸を支配しているのだ。
宗教団体が支配するのはまずいとして、形だけ大統領をお飾りとして置いてあるだけである。もちろんフエゴ教団の信者なので全く問題はない。大統領が教団に代理として軍を動かしている形としていた。各地にある村に布教活動を許可しており、ある程度の暴力は容認されている。
もっともプラタは細かいことなど気にしない。あくまで父親であるネプチューンヘッドが好きなのだ。もちろんヒコ王国にいるろうそく屋の鯛の魚人夫婦も自分の親だと思っている。
「さてわしはジライア村へ行くとしよう。お前も船を降りたら遊びに行くといい。今日は三角湖だけでなく各地に住む亜人たちが一斉に見物に来るからな」
「そうなんだ。でもなんで亜人だけなんだ? 人間はいないのかよ?」
「このレスレクシオンに住む人間は何故か排他的でよそ者を嫌うのだ。それも亜人を特に目の敵にしておる。もっともフエゴ教団が布教の際に差別をやめろと木の棒で頭を殴って説教をしておるがな。ここから上流にある八蛇河を上っていけばサルティエラという町がある。そこの人間たちは亜人に寛容なところだ。町長のイザナミは90を超えているがいまだ矍鑠しているという。人間にも色々いるのだよ」
そう父親は説明するが、肝心の息子は馬耳東風であった。村を降りて早く遊びに行きたい気分なのだ。大頭船はジライア村の岸へ近づいていく。大きい木造船が並び、村は木造の家がぴっちりと集まっていた。
港には半裸のカエル人間が汗だくになって働いていた。他にも犬や猫の亜人も混じっているが、そちらは村長の遠縁だろう。亜人でも気軽に他種族と結婚はできない。できるのは村長ぐらいなものだ。
プラタは岸につくと、一気に飛び降りた。作業をしているカエルたちはプラタの無鉄砲さに目を丸くしていた。ネプチューンヘッドはやれやれと巨大な頭を横にふるう。プラタは働く人たちを横目にすばしっこく動き回った。そうするうちに少年の姿は消えたのである。
☆
「なかなか面白いな。家がみんな木と紙でできている。さらに珍しい食べ物も売っているし、世界はまだまだ広いや」
プラタは村を歩き回っていた。木造の家を覗くと床には畳張りで部屋は襖で区切られている。着ている服は半被や着物でヒコ王国では見当たらない物ばかりだ。それに屋台で売っている食べ物も興味深い。
インドクジャクの焼き鳥に、イノブタの豚串は珍しくない。ヒコ王国での屋台でも売っている。ここには魚の形をしたたい焼きという焼き菓子にタコ焼きという、タコを小麦粉に混ぜて焼かれたものもある。他にもソバやうどんに、寿司などがあった。どれも初めて見るし、変わった匂いを漂わせていた。
プラタは父から教わったレスレクシオンの紙幣、テンパを取り出し片っ端から屋台の食べ物を買った。どれも初めての食感であり、とてもおいしかった。ネプチューンヘッドとともに南にあるナトゥラレサ大陸のクスクスやオラクロ半島の炊き込みご飯リゾットとは違うものである。
「うほほ~。どれもおいしいなぁ~。母ちゃんの作る涙のスープもいいけど、珍しい食べ物を食べるのって心がワクワクするな~」
プラタはぺろりと平らげると、腹をパンパン叩きながら散策した。ジライア村はカエルの亜人が大勢いるがプラタの事は珍しいのかジロジロ見ている。嫌悪感はなくあくまで好奇心のようだ。それに彼がネプチューンヘッドと共に入港しているのも知っている。
「どけどけ~!! あぶないぞ~~~!!」
突然声がした。何事かと振り向くとヤギウマが暴走していたのだ。ヤギウマに乗っているのは黄緑色のカエルと黄色いナメクジ人間だ。頻りにあぶないからよけろと声をかける。どうやら本人たちも制御不能らしい。
「仕方ないな。止めてやろう」
そう言ってプラタは暴走ヤギウマの前に立つ。カエルはどけろと叫ぶが無視する。プラタは腹に力を込めると、ぽこりとでべそが生まれた。それは人間の拳の形になる。両腕で輪を作るようなポーズを取ると、でべその拳はヤギウマのあごを打ち抜いたのだ。ヤギウマはあごを砕かれ、ばったりと倒れてしまう。
「ふふん。どうよ、おれのでべそ拳の威力は?」
プラタは声高々に笑っていた。先ほどの出来事を目撃した人々は少年の行った行為に茫然としている。素直に暴れヤギウマを殴り飛ばしたことを褒めている者もいれば、あれはフエゴ教団の司祭の杖が使う技だとひそひそささやいているのもいた。
そこにうめき声が聞こえる。ヤギウマに乗っていたカエルがナメクジの上に乗っていたのだ。これは黄色いナメクジ人間がクッションとなり、カエル人間を落下の衝撃から身を挺して守ったということだろう。
カエルの衣装は胸にサラシを巻き、半被を着ていた。下はふんどしを絞めており、草履をはいている。ナメクジも同じ格好だ。カエルは地面に頭をついており股を天に向けて倒れていた。
プラタは股間を撫でてみた。つるんとしており、男の証がない。
「金玉潰れたのか?」
「人の股を勝手に撫でるな!!」
カエルは起き上がり天高く飛び跳ねると、プラタの頭に蹴りを入れた。
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