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第2話 プラタ5歳の時

「どけどけどけー!!」


 初夏の港町を5歳の少年が走り回っていた。周りは露店が立ち並び、野菜や果物が山積みになっている。買い物に来ている通行人が多い中少年はまるで猿のようにすばしっこく動いていたのだ。


 その少年を複数の子供たちが追いかけてくる。全員目は大きく唇が厚い。魚人といってこの辺りでは普通にいる。先ほどの少年は人間だ。もっとも周りの者たちは人間を異質と思っていない。精々いたずら小僧がまた悪さをしているという目だ。


 子供たちは手に薪などを持ち、少年を追い回していた。どれも体格は一回り大きい。年上なのは明確であろう。年下の子供に対して獲物を持って狩ろうとしているのだ。


「ちくしょう、プラタ!! 止まりやがれ!!」


「そうだ! 今日こそはお前を袋叩きにしてやる!!」


「くそぅ、邪魔だ!! どけよ!!」


 年上の子供たちは息を切らしながら少年を追い回す。しかし捕まることはない。少年は走り続けるが息切れ一つ起こしていない。人にぶつかりそうになると急転して躱すのだ。まるで森林を走り抜けるイヌオオカミのようだ。


 イヌオオカミとは元は野犬だったがキノコ戦争の後、体型が大きくなり、狼並みの体躯を得たのである。つまり揶揄のひとつだ。


 少年は住宅街を走っているとT字路にぶつかった。そこを左に曲がる。するとそこは行き止まりであった。そこに少年を狩ろうとする子供たちが追いついてきた。全員息を切らしており、苦しそうである。一方で少年は汗ひとつ掻いていなかった。


「ぜぇぜぇ、ようやく、追い詰めたぞ……」


「ククク!! ここは、人が来ない! てめぇをいたぶっても誰も止めるやつはいないんだよ!!」


「さぁて、どういたぶってやろうかなぁ? ケケケケケ!!」


 子供らしくない残忍で下劣な笑みを浮かべていた。五歳の少年はそれを見ても動揺していない。まるで自分より年下の子を相手にする感覚であった。


 それを見た狩人たちは腹立たしくなった。彼らの趣味は弱い者いじめだ。それも貧乏人を相手にするのがいい。彼らの実家は裕福な商人だ。自分たちを注意すれば親が注意した者を制裁すると思い込んでいた。


「どうでもいいけど、さっさとこいよ。わざとひとのいないところにきたんだからさ」


 少年に挑発されると子供たちは激高した。自分より体が小さい年下の子に対して獲物を持ち、袋叩きにしようとするのだ。かなり性根が腐っているとしか言いようがない。


「ひゃはははは!! このヒコ王国は魚人の世界なんだ。人間を殺しても無罪になるんだよ!!」


 特に体格のいい子供は少年に向かって殴りかかった。だが少年は一歩も動かない。彼はお腹をぺろりと出した。


 ひゅんと風を切る音が聴こえた。その瞬間子供は膝から折れて倒れた。みると口から血が流れている。折れた歯がこぼれ、白目を剥いていた。


 他の子は茫然としていた。だがすぐに現実に戻ると少年に向かって獣のように吠えて殴りかかった。


「ころしてやるぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 もう子供たちは正気ではなかった。口から泡を吹き、目はうつろだ。人間の心は消え去り、獣の本能に支配されているのである。


「えええええい!!」


 少年は腹に力を込める。するとへそが飛び出た。それは拳の形を取り、子供たちのあごを砕いたのである。


 子供たちは全員地面に倒れた。その騒ぎを聞きつけて大人たちが駆けつけたのである。


 少年の姿はすでに消えていた。もっとも大人たちは犯人を捜す気はないようだ。


 ☆


「プラタ、お前また何かやったな?」


 港に近い商店街にろうそく屋があった。二階建てのレンガ造りの家だ。部屋ではプラタが食事をとっていた。涙のスープといって白身魚のすり身に木の実を入れた料理である。この地に古くから伝わる石のスープも好きであった。


 プラタに訊ねたのは赤い鯛の魚人である。でっぷりと太った女性だ。テーブルには痩せた鯛の魚人の男と金色のうろこがある人魚の少女もいた。


 男の方は黙々と食事をとっているが、少女はプラタをにらみつけている。


「うん、また絡まれたから殴ってやったよ」


「ふぅ、やっぱりお前の仕業か。路地で子供たちが倒れていたからもしかしたらと思ったが」


「プラタ! またあんたわるさをしたわけ!? あんたってやつは!!」


 人魚の少女が怒った。それでもプラタは涼しい顔をしている。毎度のことなので気にも留めていないようだ。


「オウロ、そう怒るもんじゃないよ。倒れたガキどもは年下の子供を追い回したことを目撃している。今は兵士たちにしょっぴかれて牢屋に入れられているよ」


「そういうことじゃないのよおかあさん!! プラタはほかのことちがってすごくつよいのよ。こいつのへそはおとなをきぜつさせられるほどすごいの!! それをとしうえでもこどもあいてにつかうなんてゆるせないわ!!」


 オウロと呼ばれた少女は不機嫌であった。その様子を見て母親はため息をつく。兵士たちもプラタの所業であることは調べがついている。それでもプラタの元に来ないのは追い回した子供たちの悪行がひどすぎるためだ。


 子供たちは実家が商人でお金を持っている。それを笠に着て弱い者いじめを楽しんでいるのだ。さらに親は子供をかわいがっており、いじめを行っても自分の子供を庇い、相手を非難する始末だ。


 もちろんそれは例外だ。ヒコ王国一番のポーロ商会にもスセッソという息子がいるが、プラタと仲が良い。会長もその手の人種を忌み嫌っていた。


 しかし今回は兵士団が動いている。さらに王室から逮捕状も出ており、親はプラタに復讐するどころか商人の資格を没収された。弱い者いじめの因果が巡り巡って返ってきたのである。彼らは南方のナトゥラレサ大陸へ送られるのだ。


「オウロは正義感が強いな。相手がだれであれ、暴力を振るうことを否定している。立派なものだ」


 父親がつぶやいた。しかし目を瞑ったままだ。娘の言い分は正しいと思っているが、同時にきれいごとだと理解している。


「プラタ。今回はなんとかなった。相手の親は仕返しすることはできないだろう。しかし運が良かっただけだ。お前だけではない、私たちも巻き込まれる可能性があったのだぞ。お前はオウロが自分の悪意を受け皿になってしまうと考えたことはないのか?」


 父親は静かに、しかしはっきりと言った。さすがのプラタも黙るしかなかった。


「プラタよ。お前はネプチューンヘッド様から預かった大事な身だ。だが俺たちはお前を家族だと思っている。まあ、家族は多くても困らないからな。あの方はビッグヘッド故に人間の常識は少々頼りない。だからこそ私たちにお前を託したのだろう」


 なんと父親はネプチューンヘッドがビッグヘッドであることを理解しているのだ。家族たちはまったく動じていない。おそらくヒコ王国にとってビッグヘッドは身近な存在なのだろう。


「そうだねぇ。あたしにお乳が出ればよかったんだけどねぇ。ヤギウシの乳じゃ物足りないだろうけどな」


 母親はやれやれとため息をつく。それにプラタは食事を終えたのか、彼女の胸に飛びついた。豊満な胸にしがみつく形になっている。


「へいきだよ。おかーさんのおっぱいはすえなくても、もむだけでこころがおちつくんだ」


「あらあら、甘えん坊だねぇ。まあお乳が出ないお詫びにいくらでも揉むがいいさ」


「いやいや! おかあさん!! プラタをあまやかさないでよ!! プラタはもう5歳だよ、おっぱいをそつぎょうしなきゃだめでしょうが!!」


 オウロは大人ぶった口調で非難した。プラタはどこ吹く風である。ろうそく屋の前では先ほどの騒ぎは通行人の耳に届いているが、いつものことだなと気にも留めていない。


 こうしてプラタの一日は終わるのであった。

面白かったらブクマと評価を頂けたら幸いです。

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