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第19話 あなたは私の親友です

「ニョホー! プラタひさしぶりでおじゃる」


 太陽が天高く昇っている時刻に、ヒコ王国の港では一隻のキャラベル船が泊まっていた。それはビッグヘッドでできた船、大頭船ビッグヘッドシップ、エルハヴァ号である。

 その船長であるプラタは銀髪を短く刈り取っており、革のヘッドギアを身に着けていた。


 筋肉隆々で港で働く海の男たちに勝るとも劣らない肉体美を披露している。黒いビキニパンツとサンダルだけで彼の生きた芸術を観衆に見せつけているのだ。


 ひさしぶりにヒコ王国に帰ってきたが、そこに声をかけてきた男がいたのだ。

 それはコバンザメの魚人であった。

コバンザメとはコバンザメ科の海水魚である。全長約80センチで体は細長い。

頭胴部は縦扁し、頭の上面に第1背びれの変形した小判形の吸盤を持っており、大形魚や船舶に吸着する。

体色は青褐色で、体側に幅広い暗色の帯が1本走っているのだ。


 小柄な体で、ブラウントラウトという魚で作られた魚皮製の服を着ていた。

 ブラウントラウトとはサケ科の淡水魚である。普通魚で服を作る場合は50匹ほど必要になるが、巨大な場合十匹で済ませられる。


 小さな体に関わらず、尊大な態度を崩していない。周りに比べれば巨人に囲まれた小人のようなものだが、堂々とした佇まいをしている。


「おお、スセッソじゃないか。ひさしぶりだな!!」


 プラタは破顔した。目の前のコバンザメの魚人は彼の幼馴染なのである。

 スセッソと呼ばれた小男も釣られて笑った。


「ニョホホ~。今までは太陽アマテラス列島まで船旅をしていたでおじゃる。しかし世界は広いでおじゃるな。海賊や巨大生物はもとより、天災や病原菌でどれほど苦しめられたかわからないでおじゃる。

 それでも向こうの旅は有意義でおじゃった! 太陽の珍しい宝石に鳳凰ホングァン大国の美しい刀剣類! さらにガルーダ神国の美味なる香辛料などはオルデン大陸では手に入らない至高の一品でおじゃる!!

 プラタはネプチューンヘッド様とともに旅をしておっても、稀代のお宝はお目にかかったことはないでおじゃろう!! ニョホホホホ!!」


 スセッソは高笑いするが、プラタは気分を悪くすることなく笑みを浮かべていた。実際プラタは宝に興味はなかった。

 ネプチューンヘッドと共に航海の最中に排出された涙鉱石ティアミネラルを売りさばき、プラタのための食料やヒコ王国では手に入らない穀物や豆、ドライフルーツなどを買い求めるのだ。


「ところでヴェンセドルが王様になっていたのを知ってたか? 俺は知らなかった」


「ふむ。ぼくちんは知っていたでおじゃる。というか暗黙の了解でおじゃるよ。

 イングリッドの実家は代々ヒコ王国を護る騎士の名家でおじゃる。あそこで預けられた子供は超凡な人物と疑うのが普通でおじゃるな」


 スセッソは幼馴染の鈍さに呆れ顔であった。もっとも母親が子供を見るような目つきである。


「それはそうとこちらも聞いたでおじゃるよ。あの凶暴なピヤーにオーセを殺したそうでおじゃるな。あいつらのせいで罪のない無辜の人々が無残に命を散らされたでおじゃる。今なら妖精王国の大使館に行けば賞金をもらえるでおじゃるよ」


「オーセはともかく、ピヤーももらえるのか。まあもらえるならもらいに行こう」


 すでにオーセの賞金はカスピトラの亜人であるアニトラが代理でもらっていた。その金はオーセに荒らされたペルギュン島の復旧に使われている。


「妖精王国の大使館はここから北の山にあるでおじゃる。ではこちらはこれで失礼する出おじゃるよ」


 そう言ってスセッソは去っていった。


 ☆


「ここが大使館か。変な形をしているな」


 プラタたちは目の前の建物を見てつぶやいた。それは巨大な樹でできた屋敷であった。木造ではなく、まるごと一本の木で作られているのである。

 屋敷を囲む塀は木の根が複雑に絡み合ってできていた。屋根の部分はみずみずしい緑の葉っぱで覆われている。


「全部木でできているのですね。こんな珍しいものは初めて見ました」


 全身鉄で覆われた女性が答えた。彼女はアイアンメイデンという珍しい亜人で名前はイエロという。

 他にも仲間はいるが、賞金をもらうだけならふたりだけでいいだろうということになった。


 門には赤いとんがり帽子をかぶった兵士がふたり立っている。レッドキャップという妖精だ。残虐で人をいたぶるのが大好きと言われているが、兵士なので分別は付く。


 イエロはピヤーからはぎ取った遺品を兵士に見せる。すると兵士のひとりは屋敷の中へ入っていった。

 待つこと数分、兵士が戻ってきてプラタたちを案内する。


 屋敷の中は緑の匂いで充満していた。かなり広い間取りである。そんな中金髪で耳のとんがった男がやってきた。薄緑色のぴっちりした正装をしている。


「初めまして。妖精王国大使館の駐在武官で、エルフの亜人フリードウッド・オアシスでございます」


 駐在武官とは一定期間外国に駐在する陸・海・軍武官である。ふつうは大使館付き武官をさし、軍事情報の収集などにあたるのだ。

 海外を荒しまわる賞金首に関わるのは必然である。


 エルフのオアシスはプラタに握手を求めた。白手袋を脱いでいる。プラタも握手をした。隣にいるイエロも握手をする。その背後にいた職員らしいエルフは苦い顔をしていた。こちらは口元にマスクをして白い手袋をはめていた。


「この度はオーセ・ダイアーとピヤー・ウォルターズに天罰を下していただき、ありがとうございます。あの者たちは我が妖精王国の国民だけでなく、他国の民まで巻き込む憎むべき犯罪者でした。特にピヤーの場合は長年にわたり、妖精海軍フェアリー・マリーンでさえ消息がつかめず、難儀していたのです」


 オアシスはオーセを倒したのが目の前の男であることを知っていた。彼にとって弱い者いじめを楽しみ、その命をもてあそぶ犯罪者が許せないのだろう。一見鉄仮面に見えるがわずかながら唇に笑みを浮かべて見えるのは気のせいだろうか。


「白鯨女王の傘下と自称をしていたが、これについてあんたはどう思うんだ?」


「こればかりは他国の方に漏らすわけにはいきません。ですがその名前で海賊たちが増長し多くの犠牲が生まれております。はるか北にあるホッドミミル王国では英雄と呼ばれておりますが、海を生業としているもとにとっては悪魔のような人物ですね」


 白鯨女王はホッドミミル王国では英雄視されている。国を荒そうとする海賊を蹴散らし、人を奴隷にして、船ごと売りさばく。他国の脅威から守ってくれるのだ。


 ただし他国から見れば自国の人間を捕まえては奴隷として売りさばき、略奪行為も辞さない悪鬼羅刹の集団と言える。見方によっては善や悪にもなるのだ。


 妖精王国にしてみれば白鯨女王の名前で自国の犯罪者が隠れ蓑とし、海賊行為を続けることは悪以外の何物でもない。


 さてプラタは賞金をもらった。そして大使館を出た。


「……なぜかわかりませんが、大使館の人々は私たちに対して敵意をむき出しにしておりませんでしたか?」


 イエロが訊ねた。オアシスはともかく、他の職員たちはプラタに対する視線に悪意がこもっていたのである。


「妖精王国の人間は他国を嫌うんだよ。あいつらはヴィーガニズムなのさ」


 ヴィーガニズムとは食事はもちろんのこと、あらゆる動物製品の使用を拒否することである。


 妖精王国は肉や魚を食すことを嫌うし、動物を殺して毛皮を取るのも拒否している。もっとも子供は十歳まで肉と魚を食べることを決められており、妊娠中の女性も、胎児のために栄養を取るために肉を食べることを義務付けられていた。


 野菜と果物が中心だが、大豆を利用した発酵食品も好む。豆腐やテンペというテンペ菌で発酵させた食べ物などがある。

 乳製品の代わりに豆乳やアーモンドミルクを好み、ナッツやタピオカでアナログチーズを作ったりするのだ。

 

 卵の代わりに亜麻仁を挽いたものを水と混ぜ合わせたりする。パンケーキの代わりにベーキングパウダーをつかったりするのだ。

 もっとも一般人は畑作業で働かせたヤギウシを潰し、収穫祭の祝いで食べたりする。貴族が菜食主義者であることが多いのだ。


 ヒコ王国は海洋国家であり、魚をよく食べる。そのため妖精王国の職員はマスクをして手袋をはめるのだ。あからさまな差別行為だが、ヒコ王国はまだましでナトゥラレサ大陸やアトゥム共和国では悲惨な日常を送っているという。


 ネプチューンヘッドと共に世界を旅したプラタならではの発言である。


「その通りですね。郷に入っては郷に従えとあります。私としては一個人としてあなたの友達になりたいのですがよろしいでしょうか?」


 オアシスが訊ねたが、プラタはすぐに承諾した。するとオアシスの顔はぱっと明るくなった。

 もちろん狂暴な犯罪者をふたり仕留めたプラタと繋がりを持ちたいのだろうが、個人的にも付き合いたくなったのかもしれない。


「なぜ妖精王国は菜食主義者が多いのでしょうか。不思議ですね」


 イエロがつぶやいた。


「その理由は妖精王国に行けばわかるよ。まあ、しばらくは行く予定はないけどな」


「そうですね。ぜひ我が母国へ来てください。驚かれますよ」


 さてプラタとイエロは賞金を手に大使館を出た。義理の父親であるジェンチュのロウソク屋に赴く。そこで他の仲間たちが待っているからだ。

 そこで客がひとり待っていた。トロルの亜人であった。身体はプラタよりがっしりしているがどこかどもり気味で、気弱な印象を受ける。


「おっ、おねがいなんだな。わっ、わたしと一緒に、よっ、妖精王国まで、ごっ、護衛して、ほっ、ほっ、ほしいんだな」


 そう言ってプラタに頭を下げた。

 スセッソはポルトガル語で成功を意味します。

 フリードウッド・オアシスは、イギリスのバンド、フリードウッド・マックとオアシスがモデルです。

 ピヤー・ウォルターズはイギリスの殺人犯、アニー・ウォルターズから取りました。


 作中に出ている魚皮製の衣服はアイヌ民族がサケやマスを50匹以上から作ります。

 ブラウントラウトは外来種指定された魚で、作中では巨大なものがいるため、衣服が作れる設定ですね。

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