第一話 ネプチューンヘッドとプラタの出会い
「4年ぶりのヒコ王国だな」
巨大な顔の老人がしわがれた声で言った。それは人間の頭だが熊のように大きいのだ。耳のところに腕があり、あごの下に足がある。なんとも異形としか表現できない姿だ。何も知らない人間が見たら腰を抜かすであろう。
青白く海藻のように長い髪の毛と髭は潮の香りをぷんぷんと漂わせていた。肌も溺死体のようにぶよぶよしているが、眉の下にある水晶玉のように大きな目は鋭い光を放っている。どことなく高貴な雰囲気があり、神の化身かと疑うかもしれない。
彼の名前はネプチューンヘッド。ビッグヘッドと呼ばれる種族であった。ビッグヘッドは174年前に登場した怪物で、石や鉄を歯で噛み砕き、汚染された水を飲み干すのだ。
その眼から涙と共に石が出る。涙鉱石という物質だ。鉄に銅、錫に金銀などに分別されるのだ。
「しかしすごい嵐だな。ポセイドン号でなければ沈んでしまうだろう」
ネプチューンヘッドは周りを見回した。今は嵐である。分厚く黒い雲に覆われ、雷鳴をとどろかせていた。雨はバケツをひっくり返すようなどしゃぶりで、波は荒れ狂っていた。
乗っている船は大頭船と呼ばれている。大きさはガレオン船ほどだが生きている船なのだ。船首には巨大な目玉がぎょろりと動いている。そして大きな口が海水を飲み込んでいるのだ。
船には数十体のビッグヘッドが作業をしていた。パイレーツヘッドといい、ネプチューンヘッドの配下である。彼らは梅クラスといい、言われた命令に従う存在なのだ。それを指揮するのは竹クラスであり、ネプチューンヘッドは一番偉い松クラスである。
「おや、あれはいったいなんだ?」
ネプチューンヘッドは遠くに何かが浮かんでいるのを見つけた。それは小舟である。激しく揺れており何時沈んでもおかしくない状態であった。まるで水たまりに落ちた落ち葉のようである。
普段なら気にも留めていないが、なんとなくピンとくるものがあった。この直感が歴史を動いたなど思いもよらなかっただろう。
ポセイドン号は小舟に近寄った。中には一人の女性が倒れている。赤毛で白い服を着ているが、左肩には黒い穴が開いており、血が流れた後があった。ネプチューンヘッドは配下に命じて女性をポセイドン号に引き上げる。すると女性は何かを抱いていた。それは白い布に包まれた赤子であった。銀髪でこのような状態でもすやすや眠ったままである。
「おい大丈夫か。まだ生きているか?」
「うぅ、―――さまは無事ですか?」
「この子の事か? ああ、こんな嵐の中でゆったり眠っているよ」
女性は自分の事よりも抱いた赤子の安否を尋ねた。元気だと答えると女性は安堵した表情になる。ここでネプチューンヘッドは興味を抱いた。
「おっ、おねがいです。この方を、しあわせに、そだててくださ……」
「わかった。まかせろ」
「ありがとう、ございます。わたしの名は―――」
ネプチューンヘッドの言葉に女性は安らかな笑みで自分の名前を告げた後、眠る様に亡くなった。あいにく波の音が響いており、聞き取ることができない。
「ふむ自分の身より、赤子を優先するか。変わった女だな」
自分の事より他人を優先する。理解できない感情ではあった。大抵人間は親兄弟でも殺しあう者だと知っている。その一方で赤の他人でも命懸けで護るということもあるから、人間は面白い。
ネプチューンヘッドは神から人間を守るように命じられた。大頭船も与えられたものだ。彼の役目は汚染された海を浄化することである。
大頭船は汚染された海水を飲み込む。そして海に散らばるゴミを喰らうのである。自然に帰らないプラスチックのゴミがほとんどだ。それが大頭船の中で涙鉱石として排出されるのである。それを人間たちにあげるのだ。
特にヒコ王国はその恩恵を受けていた。昔はポルトガルと呼ばれた国だが174年前にキノコ戦争が起きたのだ。大都市はキノコが生える際に生まれる熱風で焼き尽くされた。その毒は森や海を犯していく。
その後、キノコの傘は空を覆いつくした。人々は一年以上長い冬を経験する。おかげで人間の数は半分以上減ったらしい。もちろん動物や魚はたくさん死に、森も大半を焼かれたのだ。
春の雪解けにビッグヘッドはうごめきだした。元は中国と呼ばれた国にある砂漠から現れたという。キノコ戦争が起きる前にそこに使用済み核燃料を食していたのだ。そこからビッグヘッドの神が生まれたのだ。これは本人から聞いた話だという。
「わしで三代目になるが、まったくゴミが消える気配がないな。もっとも昔に比べれば半分も減っているがな」
ネプチューンヘッドは赤子を抱えながらつぶやいた。女性の遺体は鉄の串で腹部や肺に穴を開けてから海に流す。そのままでは死後、腐敗ガスで浮かび上がるからだ。その身は腐り魚のえさになるだろう。それは人の身体が母なる海にかえるだけの事だ。
女性の身体は波にもまれた後沈んでいった。その様子を見届けると改めて赤子を見る。身体を触れたがオスのようだ。
赤子は目をぱちりと開く。初めて見るビッグヘッドに対してきゃっきゃと笑顔を向けた。無知ゆえの行為だろうが大抵の赤子は自分を見れば怖くて泣き出すのが普通だったのだ。
「さてお前は事情があるようだから今の名前はだめだな。よしわしが名前を付けてやろう。今日からお前はプラタだ。ヒコ王国の言葉で銀を意味する言葉だ」
プラタと名付けられた赤子はきゃっきゃと喜んだ。異形であるネプチューンヘッドを見ても物怖じせずまるで実の父親のように両手を出して喜びの表現をしている。
それを見てどことなく嬉しい気持ちになった。実際は気まぐれで育てることを約束したが、本気になりだした。ビッグヘッドは子育てなどしない。ネプチューンヘッドはパインクラスである。これは人間以上に知恵のあるビッグヘッドの証だ。
彼は三代目と自分で言った。普通のビッグヘッドは一年ほど経つとその身を木へ変化させるのだ。オスは杉など家具や家を作る木になり、メスは食べられる木の実をつけるのである。パインクラスだと、自身の脳みそである神応石が出て来る。それを新芽に移すと自分の知識を受け継いだビッグヘッドが生まれるのだ。その子はすぐ言葉を発し、毒の大地を喰らい、腐った水を飲むのである。
「人の子はわしらと違う。育てたことはないが試してみるとしよう」
ネプチューンヘッドはそうつぶやいた。この子がどう成長するのかその先を見たくなったのである。ビッグヘッドである自分がこんな気持ちを抱くのは生まれて初めてだった。人間に思考が近いパインクラスとは言え、神の言葉だけが生きがいだったのに不思議である。
「しかし困ったな。わしは乳が出ない。人の子は乳を飲まねば死んでしまうのは知っている」
問題は自分だと乳を飲ませられないのだ。この辺りが人とビッグヘッドの違うところである。ネプチューンヘッドは目を閉じてしばらく考え込む。何かいい案はないかと頭をひねる。もっとも捻る頭はないのだが、それでも考えをやめない。
「そうだ。ヒコ王国にいるジェンチュに頼もう。妻がいるから乳くらいくれるだろう。ではさっそく向かうとしようか」
こうして彼は配下たちに命じて一路をヒコ王国へ向けた。嵐はまだ止まないがプラタは無邪気に笑っている。こいつはもしかして大物になるなと思った。
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