第12話 ハーメルンの笛吹き
「オーッホッホッホ!! まったく使えないねこちゃんたちだこと!! 人間に対する憎しみを爆発させるどころか、猫の本能に目覚めるなんて思いもよらなかったわ!!」
ピエロの容姿であるビッグヘッド、ハーメルンヘッドが文句を言った。どうやらアニトラたちを操った犯人のようである。オカマ口調でキーキーわめいていた。
その様子を見ていた一般人はハーメルンヘッドを怖がっていた。しゃべるビッグヘッドは珍しくない。ネプチューンヘッドという前例があるからだ。初めて見る脅威を遠くから見ている。
むしろ固まっているのはヒスイたちくらいだ。彼女たちにとってビッグヘッドがしゃべるなど信じられないのである。亜人たちに伝わる伝承ではキングヘッドやミカエルヘッドが家畜と家禽をもたらしたというが伝説としか認識していなかった。
ヒコ王国はフエゴ教団の許しを得た商人しか入国できないため、情報は入ってこないのである。ヒスイたちにとってビッグヘッドは人を笑いながら喰らうスマイリーしか知らないのだ。
それ以上に港は大騒ぎだ。巨大なカモメと巨大なトビウオが建物や船に穴をあけているのである。
カモメのくちばしは槍のように鋭く、船のマストや鎧戸を平気で貫いていた。
トビウオは投槍の如くで樽や建物の壁に突き刺さるのである。刺さったままのトビウオはカモメがおいしくいただくのであった。
「やいやいやい!! このアニトラさんとかわいい部下たちを操ってくれたのはあんただね!? もう怒りでプンプンだよ!! さぁお前たちあのデカ頭をぶっ潰してやろうじゃないか!!」
カスピトラの亜人であるアニトラが猛る。部下の猫たちも同じく雄たけびを上げた。操られた怒りが爆発しているのである。
しかし彼女たちは戦えなかった。町の方から巨大なイエネコが襲ってきたのである。
大きさは虎ほどで普段は森の中に住んでいる。水辺に住むヌートリアや森に住むアナウサギにヤギ、アカシカを集団で狩るのだ。
人を襲うのはうっかり人が縄張りに入ってしまったくらいで、街中に進むことはなかった。
イエネコたちはアニトラとその仲間たちを襲う。鋭い虎のような爪で攻撃してくるが、アニトラはまったく怯まない。逆に睨み返して怖じ気つかせるほどだ。だが数が多いため、アニトラたちは手が離せない。
「こりゃだめだ! あんたたち、悪いけどあのデカ頭は任せるよ!!」
「にゃー、こちらはうちらがなんとかするにゃー!!」
「そうニャル! 汚名返上ニャルよ!!」
「早く終わらせて男としっぽりしたいねぇ」
アニトラ海賊団は壁となりイエネコたちと戦っている。不思議なことにイエネコは一般人には手を出さず、アニトラたちだけ襲っているのだ。
「オーッホッホッホ!! わたくしの口笛は動物を操ることができるんですよ!! この力でプラタを殺すつもりでしたが飛んだ見込み違いでしたわ。やっぱり亜人はだめね、扱うなら野生の動物が一番だわ!!」
ハーメルンヘッドは悪態をついた。狙いはプラタのようだがその理由はわからない。しかし自分の名前を出されて黙っているほどプラタはお行儀が良い性格ではないのだ。
「おい貴様、俺を殺したいなら俺だけを狙え!! 他人を巻き込むやり方を俺は許さん!!」
プラタは激怒した。それをハーメルンヘッドは鼻で笑う。
「オーッホッホッホ!! わたくしは笛吹きよん、高らかに笛を吹くのがお仕事なの。あなたひとりを殺すためにド派手な演出をするのが最高じゃないの。だけどリクエストに応えてあなただけ狙ってあげる。さあ、カモメたちよ!!」
ハーメルンヘッドは口をすぼめるとピーっと音を出した。するとカモメたちはプラタに向かって一直線に飛来してきたのである。おそらく動物に反応する音を自在に操るのが能力なのだろう。
カモメたちは数十羽飛んできた。黄色い槍のようなくちばしはまるで壁一面に埋まった棘のようである。それが徐々に迫ってくる感じだ。
ヒスイたちは前に出ようとするがプラタは両手で制した。自分でやると口にする。
その口調はやせ我慢でもかっこつけるものでもなかった。絶対の自信が含まれていたのである。
プラタは両腕を上に突き出し、後頭部の方へ組んだ。するとへそは拳の形を作る。
「でべそで拳ャワー!!」
へその拳が一斉にカモメを殴った。くちばしがへし折れ、血まみれになって吹っ飛んだのである。
しかしカモメたちは止まらない。仲間が死のうが知ったことではないのだ。ただひたすら目の前に立つ人間を突き殺すことしか考えていない。
相手はひとり、拳もひとつ。どう考えてもプラタの方が分が悪いだろう。
ヒスイたちは黙ってプラタを見ていた。目の前の光景に視線が釘付けになっているのだ。
真っ白いカモメの羽根が雪のように舞い上がっていた。プラタのへその拳がカモメたちを殴り飛ばしているのである。
その突きはまったく見えなかった。プラタにたどり着く前にカモメたちは次から次へと潰されていくのである。
ハーメルンヘッドはさらに口笛を吹いた。巨大トビウオも応戦している。石造りの壁や木の樽を貫く威力は油断できない。
プラタにとってそれは関係ない。トビウオさえも殴り飛ばすのだ。トビウオは身体をへし折られ、港に散らばった。
数分もしないうちにカモメとトビウオは始末された。イエネコの方はアニトラたちが対処した。
「すごいな……。巨大カモメとトビウオが一匹残らず倒されるなんて……」
ヒスイはプラタの戦いを見て感心した。8年前、初めて顔を合わせた少年の約束を守ったのはこの日のためだと思った。
あの日もプラタの言葉には偽りのない純粋な響きがあったのだ。口にした約束は守る、根拠はないのになぜか信じたくなったのである。それはコハクたちも同じ気持ちであろう。
「あらら、さすがはプラタ。ネプチューンヘッドに育てられたのは伊達ではないというわけね。とはいえ目的は果たされた。あとはあんたたちの好きにしなさいな。ばいば~い」
ハーメルンヘッドは空から飛んできたビッグヘッド、ギガントヘッドに捕まり去っていく。
あまりの呆気ない終わりにプラタ以外は全員惚けた顔になった。
「あっはっは!! 俺たちの勝利だ!!」
プラタは高笑いしている。そこへフビが口を出した。
「そうです。プラタはどうしてへそで攻撃できるですか?」
そういえばそうである。あまりに自然にふるまっているためみんな気づかなかったのだ。
普通の人間はへそで攻撃などできない。プラタの力は異質と言える。
「まるでサルティエラの町長、イザナミ様に似ていますね。あの人は筋肉の振動で風を巻き起こす力を持っております」
イエロが言った。サルティエラとは塩を販売する町だ。ビッグヘッドが捨てた涙鉱石を砕き、塩に精製するのである。オルデン大陸中に行商として売りまわっていた。ちなみにヒコ王国は自前である。
「そういえば子供の頃から使えるんだよな。不思議だね」
本人も疑問に思っていたようだ。小首を傾げても答えは出ない。
そこに騎士の一団がヤギウマに乗ってやってきた。全身鎧を着ており、右は緑、左は赤に分かれていた。
武器は所持しておらず、プラタの前に立つと全員降り立ち、彼に頭を下げた。
「プラタ殿。我らはヒコ王国騎士団でございます。我らの主がお呼びでございます。ぜひ城へ来ていただきたいと存じます」
隊長らしい騎士がプラタに言った。言葉はともかく口調はそれ以外絶対認めないという意思を感じた。
「あんたらの主だって、いったい誰なんだろ?」
プラタはまったくわからないようであった。周りの一般人も目を見開き、信じられないと言った表情を向けている。隊長は言葉が詰まると次の言葉を吐いた。
「……ヴェンセドル様でございます」
プラタはその名前を聞くと、意外そうな顔になった。




