見直しても見直しても
「ただいまー」
と旦那さんが帰って来る。今日も一日お仕事御苦労さま。旦那さんは部屋着に着替えながら、何気なく口にする。
「今日の更新分にさ」
ぎくり。
「誤字が3つあったよね」
知らんがな。知ってたらそもそも直してる。
「え、と、どのあたりだろう」
私の話の読者さんは誤字に寛大だ。というか、おそらく慣れ過ぎているのだろう。よほどの誤字がない限り、いやよほどの誤字があっても指摘して来ない。だから後で見直して、「そもそも町の名前が違う」などと悶絶することもしょっちゅうだ。
さすがに主人公の「千春」が「千秋」になっていた時は、親切な方が知らせてくれたが。
その悶絶する私を見かねたのか、第一読者たる旦那さんが誤字を指摘してくれるようになった。
しかし私はだいたい一話2800字を目安にしている。結構分量がある。今日はそのどこを見直せばいいのか。
「んーだいたいはじめのころと半ば過ぎと終わりの方?」
つまり全部の見直しだ。
「どんな?」
「千春がが、千春のの、みたいな」
ああ、パソコンで打ち直して削除しなかったやつ……。よくありますよね?
しかし、何度見直しても見つからない。そもそも投稿する前に最低三回は見直ししている。私は途方に暮れた。しかも、自分の作品を何回も見直すと、ぜんぜんおもしろく思えなくなってくる……。よくありますよね?
では、ここから少し真面目な話。なぜ誤字を見つけられないのだろう。
それは、あなたが読むという力に優れているからです。言っておくが、自分を賛美しているのではない。
「人は、文章の多くの部分があっていれば、多少間違った言葉でも語順が入れ替わった言葉でも、自動で修正して読める」という力があるのです。
まして、自分の書いた文章なら、言わずもがな。文字ではなく、文字を通して見える内容を読み取っていることになります。これが本を読むのが好き、読むのが早いと言う人なら、この傾向はさらに強いと思われます。なろうに投稿したり、読みに来たりしている人たちだもの、おそらく、読む力は非常にあるのに、誤字に苦しんでいる人は多いと思うのです。
もちろん、きちんと誤字をチェックできる人もいます。素晴らしいですね!
だから苦しんでいる人にこう言いたい。書く力と読む力があっても、誤字は出るし見つけにくい。誤字を出さないように気をつけるにしても、書きたくならないほどに落ち込まないで! と。
そして、見直しで誤字も見つけたければ、内容を読まず、文字だけを見ることが大切です。内容に気持ちが行ったとたん、文字は単なる文字ではなく、背景を持った絵となり、あなたの中で脳内補完が始まってしまうからです。
さて、それでも誤字っちゃう私は自力での発見をあきらめ、旦那さんに頼みます。だって見つけたのあなたでしょ。誤字を書いたのは私だけれど。
「ん? あれ、どこだっけ」
旦那さんも脳内補完してしまい。結局一個しか見つからなかった。
「そう言えば、がが、とのの、の他にもう一つなかった?」
「あった」
「どんなの?」
「列車が馬車になってた」
私は呆然とした。誤字以前の問題でした。ちゃんとした文章への道はうっかり者にはとても遠いのです。