ステージ
あるマンションの一室で声をあげる人がいた。彼女は新人の俳優である。彼女の演技は素晴らしかった。だがあまり仕事はなく、最近は酒場に入り浸る日々が続いていた。
彼女は今久しぶりに入った舞台の仕事のため練習をしていた。舞台といっても小学校で披露する小さな舞台だが、彼女は一生懸命に練習した。しかし、こんな仕事ではなく、大きなホールで何万もの観客の前で演技をしたり、テレビにひっぱりだこになりたいという願望もあった。
そんなことを思いながら練習していると、インターホンが鳴った。
出てみると、そこには大きなカバンを持った男が立っていた。
「すいません、隣に引っ越してきたものです」
男は品物とともに挨拶にきた。
「いやぁ、いい演技でしたね」
「あ、ありがとうございます。聞こえてましたか。今度小学校でショーをするので、その練習をしていたんです」
「ほう、劇団俳優ですか。いい仕事ですね」
「でも仕事は少なくて…」
彼女は男に今の心情を語った。いつしか何万人動員の大舞台に出たいこと。テレビドラマで重要な役を演じるたいこと。今の夢を話した。男は相槌をうちながら聞いていた。
「なるほど、素晴らしい夢ですね。わたしがスカウトマンなら、あなたをすぐに採用するでしょうが……あっ、そういえば」
男は何か思い出したように呟いた。
「えっ、どうしたんですか?」
「実は私、友達にテレビ関連の仕事をしている方がおりましてね。今度のドラマの重要な役の俳優がまだ決まってないと言ってました。よかったら紹介しましょうか」
彼女は男の良心がとても嬉しかった。
「本当ですか!?私どんな役でもやります!階段から転げ落ちる役でも、殺される役でも、殺す役でもやります!」
「分かりました。では友人と交渉してきます」
男は帰っていった。
彼女はこのことが嬉しくて、小学校の舞台の台詞を覚える気にはなれなかった。
数日後、彼女のもとにまたあの男がやってきた。
「どうでしたか?」
「はい、OKでした。人がいなかったので立候補してくれてうれしいとのことでした」
彼女の興奮は抑えきれなかった。
「それで、どんな役なんですか?」
「実は序盤すぐに殺される役なのです。ですが、殺される際の悲鳴と、その後の死に顔で視聴者にインパクトを与える重要な役なのです。」
「そんな重要な役ができるんですか!?うれしいです!ありがとうございます!早速スタジオに行きましょう!」
「あ、ちょっと待ってください。これを…」
男はアイマスクを差し出した。
「何故これを?」
「ちょっとしたサプライズです。たくさんのカメラやエキストラがいる撮影スタジオの感動を体感してほしくてね。」
「何だか、楽しそうですね」
彼女はためらうことなくアイマスクを着けた。
「では案内します。しばらくは車で移動します」
彼女と男を乗せた車は移動した。数分後、彼女車を降り、男に案内されながら階段を登った。
「さあ、付きました。もうはずしていいですよ」
期待とともにアイマスクをはずした彼女の前にあった光景は、広い青空、多くのビル、そして眼下に広がる道路や行き交う車の姿である。
「ッ!?」
彼女は自分の足場の小ささに驚き、柵につかまったまま動けなくなった。彼女はあるビルの屋上の端にいるのである
「ちょっと!これどういうことですか!」
「あれ?言いませんでしたっけ?あなたが演じるのは殺される役です。犯人はあなたが自殺したように殺す設定です」
「カメラとか監督とかいないじゃないですか」
「カメラ?下にいますよ」
彼女が目をおろすと、そこにはこちらをスマホで撮影している人が何人かいた。
「ふざけないでください!」
と言おうとした瞬間、彼女は足を滑らせた。とっさに手でビルのふちを掴んだが、ここから戻る体力はない。
「助けてっ!いや!助けてッ!」
彼女は必死に叫んだが、男は助けようとしない。それどころか、
「いやぁ、素晴らしい演技力ですね。そろそろエキストラが来きます。では、頑張ってください」
と言った。
「えっ、ちょ」
彼女は一瞬目を離しただけなのに、あの男はいなくなっていた。
「そんな…」
彼女の手はもう限界であり、ついに手を離してしまった。
彼女は驚きと悲しみに満ちた、充分な悲鳴と共に落ちていった。
彼女の周りにはたくさんの人が集まった。スマホで写真を撮る人、その人々を静止する人、死体を車に運ぶ人、たくさんの人がそれぞれ役を演じるようにその場所にいた。その様子をテレビは放送し、多くの人が視聴した。彼女はテレビに出るほどの有名人になった。