3.伯爵令嬢とこの世界の情報
アイシャは今何と言いました?
私が知る限り、あの領地には村もあったはず。ドラゴンが出てくるので帝国との戦争も事実上停戦している。知識として間違えて覚えてない。
それに聞いた話だと確か……
「ねぇ、アイシャ。壮大に広がる見通しの良い膨大な大地よね?」
「はい、その通り何もない作物も育たない荒野でございます」
「……。領民は1人も居ないのかしら?」
「賊ならいるかも知れませんが食べ物も無く、食料から逆に食べられちゃいますね。他に食料があるのは森ですがドラゴンの巣ですから賊程度が生き残る事は無理でしょうね。あの領地で過ごせる位強いのでしたら賊などせずに国に取り入るでしょうね」
「……その地は領地と言えるのでしょうか?」
「帝国がその領地で住む事は何もない無人島に食料を持って、ここは我々のモノだと主張しているのと一緒ですね。一応、この国の英雄が保有していた土地なのでこの国の領地ですよ」
何もないのどかな風景が広がる大地って聞いたのですが違う様ですね。何もないから僻地には誰も向かわない。それにドラゴンや強い魔物がいるので平民達は滅多には行かないでしたがアイシャの話を聞くと全然違う。
それに領地の定義の一つが主権の及ぶ土地でしたので領地と確かに言えますね。
私の考えとは別にアイシャは話し出す。
「お嬢様の知っている情報には語弊があります。優秀だからこそ間違えたのです。あの地は何十年も前から人が住めなくなってます。魔物が強くなったと言うより人が弱くなったのです。かの英雄が隠居の為に移動した土地で帝国にとっては脅威でした。ですが英雄が亡くなり戦争で強者が減り、領地を維持できる治安は無くなり、領民は逃げ領主も絶えました。ですがその様な事を公言出来るでしょうか?ですからお嬢様の知る情報を貴族階級の認識にしています。辺境まで行かない者も同じですね。近隣の領民でもその領地を詳しく知らないので私の様な訪れた事のある者しか知らない事実です」
確かにその理由で無人の領地になったのなら国威の低下に繋がりますね。住めなくなったと言ってもそれまで住んでいたのだから国の人材不足だと公言しているもの。
戦争を止めた大きなドラゴンの話は有名だ。
ドラゴンを恐れて侵略を辞めた帝国が攻めて来なくなった場なのに自分達も住めなくなったと知られたら領地を奪われる可能性も出てくる訳だ。ならば知られない様に情報規制をしていたのね。
帝国からの商人もあの領地はドラゴンや魔物で通れない。遠回りになるので行く意味もない。帝国内にもあの領地の事を詳しく知らないのでしょうね。だから、情報操作が上手く行っているのね。
でも、無人の領地に私が住んでちゃんと国が保有してますよと証明する為に利用された訳ですか。
……いえ、彼も僻地の情報は同じでしたのでそれは考えすぎですね。
ところでアイシャは何故その地に?
「アイシャはこれから行く領地に行った事あるのね?」
私が尋ねるとアイシャはちょっと恥ずかしそうにモジモジし始める。
「その……お恥ずかしながら若気のいたりで相手が欲しくてドラゴンとステゴロしに行きました」
……恥じらうポイントなの?
ステゴロってドラゴン相手に使う言葉?
私の浮かんだ疑問も解決しないままアイシャの話は続く。
「魔法も刃も攻撃が通らない相手と聞きましたのでならば素手ならばと挑んだのですが敗北しました。戦った感想ですが魔法は彼等よりも強くないとダメージが通らないだけで極めれば通じるかも知れません。それと伝説級のドラゴンスレイヤーの武器が必要ですね。鉄は勿論ミスリルでも刃が通るか難しいです。過去の経験から人がドラゴンに戦うのは難しいです。ワイバーン種辺りならば私でも勝てる気がしますね」
ドラゴンやワイバーンと言われても良く分かりません。一緒じゃないとだけ伝わりました。
……私生きていけるのかしら?
「そ……そう。これから向かうのが怖くなりました。私大丈夫かしら?」
アイシャは私が居ますから大丈夫ですよと言ってくれた。その言葉に私は安堵する。昔からアイシャには助けられてばかりです。それにアイシャとはもう長い付き合いになりますね。
「ですが新しい場所です。私の力が利用出来ない場所で大丈夫でしょうか?」
アイシャ曰く、女神と対面して力を授かっているそうなのです。ですが私が見る限り上手く活用出来てないようですが。
「貴方は便利なモノに頼り過ぎるのよ。何事も挑戦するから形が出来、良き物が作れるのよ。不安でしたが手探りだけど楽しみましょう。それにもっと不幸になるはずだった私を救ってくれたわ。今更ですがありがとうね」
国に納める税は支払わなくて良いと勝ち誇った彼は言っていたし、お父様から戴いた陛下からの公約の書類にも私に利点ある事ばかりであの領地は私のモノで国は関与しないとまで書かれた破格の内容でしたし、領民が集まらずしてもアイシャとなら自給自足の生活も楽しいでしょう。
隣に座るアイシャに微笑むとアイシャは嬉しそうにする。
「お嬢様だからです。お礼を頂けるのならお嬢様のチューを下さい」
アイシャはテンションを上げて私にねだる様に迫る。私はそれをジト目と溜息で返す。
「あら、ここでアイシャは馬車からお降りになるのかしら?」
「ごめんなさい!つい出来事で調子に乗りました!」
「よろしい。冗談は程々にして下さいな」
たまにアイシャは何の冗談か私にちょっと恥ずかしい事を求めてくるので困る。私を困らせるのが趣味なんでしょうね。
「冗談じゃないんですが……ゴニョゴニョ」
「ん?何ですか?小声では聞こえませんわ」
アイシャの小声を聞き取れずに聞き返すがアイシャはションボリするだけで言い直さないのなら聞かなくても大丈夫ね。
「あの主人公限定の聞こえない耳が発動してるだと⁉︎……コホン、冗談を言い過ぎて追い出されないウチに話を進めましょう。話を変えますが領民が居ないのでしたら移住出来る様に環境を整えて領地運営をしましょう!冒険者に領地の自由な出入りを条件に治安維持に当てて街を整えます。それから内政チートの始まりですよ!」
……そんなに簡単に言われても困ります。私は溜息を吐き、アイシャにピシリと伝えます。
「簡単に言いますが危険な土地なのでしょう?外壁を作って安全な街を作る事が前提ですよね?作るのに人を呼ばないと行けないですし、その間の安全は確保できますか?それを実現させるお金は私の手持ちでは無理ですね。仮に街を作ったとします。食料はどうするのです?どの領地も食物は地産地消が原則ですよ。この国は豊かな方ですがこの領地に貿易して下さる領主がいると思いますか?世間では今の私は罪人扱いですから無理でしょうね。お父様の領地は離れすぎて食物の流通には向きません。ですからお父様はお金の援助をして下さるでしょう。まだ帝国と貿易をした方がマシでしょうね。しかし、帝国とは先の戦いで蟠りがあるので仮に互いに話し合う場を作れたとしても足元見られた取引を想定出来ます。問題点が多過ぎます」
「……ぐっ⁉︎確かにその通りです。しかし、商会を呼んで物流を盛んに出来たら作物系で日持ちする物を流通して、肉でしたら強いですが味は確かのバッファロー系の魔獣が居ますので沢山狩ります!」
「……狩れるのはアイシャだけでは?それに商会を呼ぶにして、彼等の利点は何ですか?この領地に来て彼等の利点はほぼ無いでしょう。前世の例だと楽市楽座的な街を作りますか?しかし、この地が栄えない限り彼等は来ないでしょうね」
「でしたら商会を設立しましょう!それなら出来そうでしょう?」
「それこそ無理です。商売とは信頼から始まるもの。この地から王都や他領へ販売して当たったとしても一時の稼ぎならば得られるでしょう。それは一瞬です。商売に絶対はありませんからね。それに背後には商会があり組合がある。彼等には彼等のルールがあります。彼等の土俵で荒稼ぎしても潰されるでしょう。貴族でもです。王族は権力、貴族は武力、富豪は財力のパワーバランスで成り立っています。その辺りの事も考慮しなければ他の貴族と富豪に睨まれるだけです」
「……お嬢様って詳しいのですね?それも妃に必要な知識だっのですか?」
「妃はもっと政治的な知識ですね。この知識は前世のですよ。話を続けますがアイシャにも分かり易く言いますが商会とは財閥の様なものです。その市場は既に支配されています。なら傘下に入るしか無いです。だから、ポッと出では無理なのです。分かりましたか?」
「……はい。こう言うのは簡単に行くのが相場なはずなのに」
「しかし、今後の未来には検討しなければなりませんね。どの市場からお金を引っ張るか?新しく呼べない。こちらからは無理ならココで新たなマーケットを作り出す事を視野に入れ、更に私達もどこの分野から商売を切り込むか検討しましょう。彼等の島を荒らさなければ彼等との衝突も少なくなるでしょうから。商売は目に見えるモノを売るだけが商売では無いですもの。それに領地に行かなければ何を特産品に出来るか分からないですね」
「そうですね!その時は私も協力致します!」
「それまではアイシャの話の通りだとサバイバル生活ですね。生活を良くする努力は必要ね。今は無理でも思い想像する事で形作るモノですから。領地と呼べる土地をまずは目指しますわ」
言葉にすると問題点が多過ぎますね。アイシャから聞いた話から推測しただけでもこれだけの問題が想定出来るとは大変な領地を戴いてしまいましたね。
既に内政が悪化してからの介入なら、まだやりようがありますが1から作るのは骨が折れそう。
ですが、人が集まらなければ小さな子供達も領地に来ない。
ん?いや、それならいっその事……
「ネ○ーランド的な領地を作ろうかしら?」
「……」
「……」
思わず口にしてしまってお互い無言になり気まずくなる。
するとアイシャは何かを思い出した様で話を変える。
「お嬢様、破門されたのなら新しく別の宗派に入る事を進めます」
……宗派ね。
この世界はちゃんと女神の恩恵があり、信者は加護の力を受ける事があります。だからこそ、それぞれの神を信仰している。
その中でも最大の宗派である女神ソール教から追放されました。この国ではソール様を信仰しているので他の神様を信仰すると居場所が無くなる事も多々あるらしいのですが私は既に破門もされ王都から追放された身ですので確かに他の女神様を信仰してもいいでしょうね。
普通は信仰している宗派から破門されると絶望的になるらしいですが前世で無宗教だったのが影響あるのか別に何ともないのです。いや、アイシャから聞いた女神様の裏話が影響あるのかもです。
「確かに破門されてしまったので加護が消えてますね。でも違う女神様を信仰するのなら決めてましたので治癒の神であるアポロ様です。ソール様とも親友関係のある神なので叩かれたりはしないでしょう」
信仰の自由とは何処に消えたのでしょう?罪ある者は教会から破門されるけど女神様は知らない。結局は人同士のやり取りなのです。
「お嬢様はアポロ様を選びましたか。ご自身のもう一つの属性の神アグニ様はやはり選ばなかったのですね」
この世界には魔法があり、私にも使えます。使える属性は治癒と炎です。両親から受け継いだ属性は2つです。2つの属性を受け継ぐのは珍しく両親は喜んでましたね。魔力を持つ者は属性が無くても各々の属性の力が宿った道具により使えますが劣るそうです。
2つの属性を受け継いだ私は髪に影響を受け、桃色なのです。身体に変化を与える程の属性と魔力はこの世界では優遇されるそうで私が王妃候補に選ばれた理由でもあります。
「争いごとは余り好きではないのでアグニ様ではなくアポロ様にします。属性神は確か毎日の祈りと属性を使用した魔力の奉納でしたね」
祈りや奉納するのは簡単ですが属性神に気に入って貰って加護を貰うのが難しいのです。
「お嬢様ならすぐに気に入られますよ。私もお嬢様の事気に入ってますから」
アイシャは私の未来を知っていました。この様な僻地まで付いてきてくれて私の事を気にかけてくれます。嬉しいですがずっと疑問に感じてました。
「ねぇ、ずっと私がこうなる事を知っていて付いて来てくれたでしょう?同じ世界の記憶を保持していても私と貴方は見ず知らずの他人よ。なのに何故私に肩入れしてくれるの?もうそろそろ理由を聞いても良いかしら?」
そうアイシャに話すとアイシャはそうですねと前置きをして話してくれました。
「別に隠す事でも無いので話しましょうか。昔の私はかなり捻くれてました。その物語の主人公の恋愛に魅力を感じませんでした。ですが身を滅ぼしてまで恋い焦がれる物語の中の悪役に私は惹かれました。身分差の恋、様々な試練、強大なライバルを乗り越え結ばれる。それは素晴らしいです。だけどそれだけです。元々手元にあった幸せを義務を守ろうとして悪と見なされる彼女は昔の私と重なったのです。ただそれだけの理由で貴方の元に来ました。えぇ、ただの偽善でございます。ですがここは現実です。私も貴方も物語とは違います。幻滅しましたか?」
困った様な微笑みを浮かべるアイシャに私も微笑む。
「いや、私を守る為なんて言われた方が困っていました。やはり貴方とは長い付き合いになりそうね」
きっとこれからもアイシャと私は一緒に居続けるでしょう。