19.伯爵令嬢と計画とドラゴン
「……帝国ですか」
ポツリと漏らすアイシャに私は深く頷きます。
ルーリーに大事な話をするからと伝えると頷いて宮殿の中に戻っていきます。
見送る間、アイシャはふむふむと考える仕草をして、急にぱぁっと笑顔になります。
「では帝都を攻め落とすのですね!任せて下さい!少しだけお時間下さい!3日で片付けますよ!」
妙にやる気を見せるアイシャに溜め息を吐いてしまいます。
「争う為に行くのでは無いわ。帝国と言っても隣の領地に行くだけで帝都には行かないわ」
そう教えるとアイシャは不思議そうにします。分かってなさそうなのでもう一度話します。
「英雄の時代から百年近く帝国と争っていた国があるの。50年位前に王族が降伏して完全に滅んだ王国があるわ。今は帝国領になっているの。つまり、川を跨いだ先にある帝国領となった隣の領主に挨拶しに行くの」
私の話した内容を理解したようでアイシャの表情が険しくなります。
「お嬢様、帝国の事は知りませんがオススメ出来ません」
確かに王国と帝国は争いをしています。更にグラウザム家は帝国からの侵略を何度も防いでいますので帝国側からしたら警戒しますよね。
「アイシャ、確かに危険だわ。でもね、ここで動かなければ先に進めないわ。王国内の市場や人を得るにもどの道、帝国を利用しなきゃいけないの」
私の考えには元々帝国から外貨を得る事を視野に入れていました。
それに隣の領主がどの様な人物か知らないですし、友好的とは限らない。
だからこそ、貴族として、新しく隣の領主となった事を伝えに行きます。
攻めてくるのなら二度と来ないようにガーネにお願いして追い払う事も出来ますし。
「確認しますがお嬢様の存在を向こうの領主が認識して、どの様な利点があるのでしょうか?危険過ぎて分かりません」
アイシャの言い分は分かります。ただ会うだけならば無駄な争いを生むだけかもしれません。
「向こうの人となりが分かるわね。それによって私の対応が変わるわ」
アイシャはますます分からないと言う表情を浮かべます。
「貴族としての対応や隣国との外交が出来ない領主に慈悲は必要かしら?」
私が笑うとアイシャは目を見開きます。
「お嬢様は争いが嫌いでは無いのですか?」
確かに争いは苦手です。他者を必ず貶めてしまいますから。ですが、人である限りは争いは必要です。成長にも繋がります。私が苦手な争いは戦争などの暴力的な争いです。出来るのなら血を見ずに終わりたいと思ってしまいます。
「争いと言うより戦争が嫌いよ。何故なら弱い立場の子供たちが一番の被害を受けるからよ。やっている側はいいわ。名誉、栄光を得られて死んで行き、残った子供たちはただ悲しむ事しか出来ないわ。だから、無駄な争いは嫌いなのよ」
グラウザム領には王都より多く孤児院があり、その大半が戦争孤児でした。
私は一呼吸置いて話を続けます。
「でもね、この世界では武力以外の争う術を知らないから簡単に戦争を起こすのよ。何も知らないから帝国も王国も戦争を選び、戦争でしか利益を得られない。しかし。これはチャンスでもあるのよ。争いは武力だけでは無いわ。相手はその事を知らない。そうなると私たちの独占場になるわ。……まぁ、それは向こうの領主次第です。争わずに貿易が出来れば友好関係も繋げますし互いに利益を得られるわ」
利益の話を持ちかけた時に人の本性が現れます。向こうの領主はどう反応をするのでしょうかね?
「それに帝国は争いでしか国が纏まらないと王国は思っているようだけど違うわ」
その事を伝えるとアイシャは驚きの表情を見せます。
「帝国は国を奪い過ぎて纏めきれないと聞いた事があります。それに帝国は武力で纏まっている国のハズです」
皇帝は武力で国を創り上げましたが纏めるのは家臣たちです。あの国は魔法使いが少ない国ですから帝国の知識人達は武人達の中で苦労していると王妃教育で知りました。
「帝国が戦争をする理由は二つあるわ。一つ目は領地が欲しいからね。これが一般的に知られている理由よ。そして、二つ目が食料不足の為ね。帝国は貧富の差が激しいわ。北の方では作物が育ち難い所為もあり、食料不足で餓死する貧困の帝国民は多いと聞くわ。しかし、知られたくない帝国は武力で王国の領地を奪いに来ているの。理解したかしら?」
武力で領地を奪おうとして本当の目的を隠す姿は僻地の状況を知られたく無い王国と似てますね。帝国は今の国を纏めるのに大変です。国が荒れている今は余計な領地や民を増やしたくないのに奪わなければ食料も増えないのでまた戦争をするのです。
「お嬢様、戦争には金や食料と様々な物が必要です。ならば戦争を放棄してお嬢様が言う通り帝国は王国と貿易をした方が良いのではないのでしょうか?」
アイシャの言葉に私は頷きます。
商人の一部は貿易をしてますが足りません。互いに友好関係でもないので難しい問題でもあります。
「その通りよ。だから、武力で争う術しか知らないと言ったのよ。彼等は武威で国を創り上げた民よ。分かっていても民は納得行くかしら?それに貴族への報酬方法にも問題があるわ。だから、争いに発展するのよ。膨大な財力があるのに領地の帝国が食料不足と知らずに貴族達は戦争を繰り返しているわ。貧富の差が激しくなり、だから現状の帝国内は荒れているの。支配下に置かれている元王国がどの様な立場にあるのか想像出来るくらいにね。私がこれから挨拶しに行くのは元王国の半分の領地よ。帝国が奪った方だから富豪ばかりいるでしょうね。領主も帝国民でしょう。王国貴族よりプライドの高い帝国貴族に貴族として訪問したなら、ちゃんと帝国貴族として出迎えはされるでしょう。対応は別としてね」
帝国は従士制であり、貴族達は国内を纏めるより国外の領地を奪った方の報酬が良いのも原因でしょう。長年遠征を失敗し続けた結果が更に自国の貴族を意固地にさせてしまい成功の報酬も跳ね上がり、本来ならば自国を纏めなきゃいけない時期なのに他国へ目を向けさせてしまっています。
アイシャは私の説明を納得したようです。しかし、気になる事がありますと聞いてきます。
「お嬢様は帝国内の状況に詳しいのですね?王妃教育でそれだけの知識を得られるのなら王族はどうして行動に移さないのですか?」
アイシャの疑問はご尤もです。
王国にも帝国からの亡命者がいます。匿う見返りに帝国内の内政を教えて頂きました。
しかし、互いに理解し合えないのに向こうの制度を聞いたからと言って理解できないのです。
現状で和解しても帝国民は認めずに更に荒れるでしょうね。王国の学校に穏健派の皇子を通わせるだけでちょっとした内戦に繋がったそうですし。
「それは単純に王国側が重要な情報として理解してないからね。私の今の情報は外交を学ぶ時に帝国の内情を知る者の話を聞いたわ。聞いた話の情報から想像して纏めただけよ。資源が豊富な王国しか知らない者達が餓死の話を聞いても貧富の差が激しいと考えるだけで食料不足の想像は出来ないのよ。それにグラウザムの領地に来る認可された帝国商人達が必ず求めるのは保存のきく食料だったわ。それで納得出来るの。私とアイシャは前世の記憶があるわ。帝国も王国も封建社会なの。だから、まだ資本主義と言う概念がないのよ。お互い貴族は武力で外交が務まる内は資本で国を豊かにする事を考えないわ。特にこの国は既に豊か過ぎるからよ。領主も領地運営や領地内の内政が出来てもそれだけよ。外貨を稼ぐ事をするのは商人ばかりね。その商人も王国内だけ牛耳り満足しているわ。まだ帝国の商人の方が優秀ね」
帝国から来る商人たちは皇帝から特許状を受け、王国に害を与える事は許されず帝国貴族の権力も及ばないときいています。この商人達は貿易差額主義に近い考えでした。
なら私との取り引きに応じるチャンスはあるはずです。
「いい?この国の考えは重金主義に近いわ。国が豊かだからです。しかし、僻地では難しい考えよ。だから、私は貿易でこの領地を豊かにしようと考えているの。争う事前提ではなく、互いに利用出来るか見極める為に帝国との接触が必要だわ。初めに言ったでしょ?私は商人では無くて領主よ。何も無いのなら現実化を想定するのが私の役目で1から何かを作るのは私の仕事じゃないのよ。民から仕事を奪ってはいけないわ」
私が微笑むとアイシャは鳩が豆鉄砲を食ったような表情をします。そして、ポツリと言います。
「……頭がパンクしそうです」
……。
「……これ位の知識は分かるでしょう?」
「お嬢様、知っていても活用出来なければ意味が無いのです。そこまで私は難しく生きてませんので」
アイシャは頭に手を当てて、参ったと表情を浮かべます。
私はその姿を見るとため息を深く吐き、一呼吸置いて弱っているアイシャに話します。
「なら私の言う通りに動いてくれたら良いわ。領主に手紙を出すからその場で返事を貰ってきて欲しいわ。僻地が危険だからと相手を気遣っている事を伝えれば大丈夫と思うわ」
ガーネに町もないのに人なんて集まるはずが無いと愚痴りましたが帝国と取引きが成功したらどうにかなりそうです。
町が出来れば色々とまた動けます。
そして、帝国に居る子供たちを歓迎して私の町を作るのです!
夢が広がったと考えていた時です。
スッと地面から足が遠のいているのに気づいた瞬間、アイシャの面食らった表情を見た時には遅く空中に飛びだってしまいました。突然の出来事で不意をつかれてしまい情けなく悲鳴を上げてしまいました。
「お嬢様⁉︎」
空中なのに声が聞こえると言う事はアイシャも空にいるようです。
急だったので驚きましたがガーネが私を両手で掴み空へ連れ去ったようです。余裕が出来て背後を見ると必死に尻尾に捕まっているアイシャが居ました。
そのまま何も出来ずにガーネに連れ去られて20分もしない内にドラゴンの森を通過します。
そして、更に10分した時でした。
スッと地面に着地をしてゆっくりと私は降ろれました。
「ぐふぇっ⁉︎」
……アイシャの降りた声も聞こえましたし大丈夫だと思います。
すぐにアイシャが駆け寄ってくれます。
「……お嬢様大丈夫ですか⁉︎手羽先め、急に連れ去るとは何事だ!」
アイシャがガーネに怒っていますが私はそれどころではありません。
アイシャの袖をぐいぐいと引っ張ります。ガーネに文句を言っていたアイシャも私と同じ視線を向けた先のモノに絶句してしまいます。
そして、アイシャがポツリと言います。
「……異世界にはゴ○ラは本当にいたのですね」
普段伝わらないアイシャのネタもこの時は納得しました。
目の前にはガーネが小さく見える位の大きな羽の付いてない恐竜に似たドラゴンが2体が双方に構えて、6枚の羽を持つ更に山ほどある巨大なドラゴンが中心に居ました。




