1.プロローグ
今回はプロット作っての投稿です。なのでゆっくりと投稿していきます。
〜とある令嬢と当主のやり取り〜
「シュア、其方には失望した」
冷たい言葉が響く。
「お父様、申し訳ありません。この度の不祥事は伯爵家の名に瑕をつけました。責任は私が取ります」
長い沈黙の中、シュアと父親は目を逸らさずに見つめ合う。数秒の間の沈黙の末、折れたのは父親だった。短い溜息を吐き言葉にする。
「この話は一部の者しか知らぬ。陛下の直轄の上層部は今回の出来事を把握しておる。学園とは箱庭だ。子供達が失敗しても良い環境を作っておる。将来を見据えて貴族社会の縮図を作るには丁度良い。貴族の学園とは名ばかりで人脈作り、子供の出来の見せ合い、将来性のある平民の選別、色々な建て前が入り混じった場だ。なら、大人の介入はしないのが原則だ。そして、誰もが観察者であり中立であるのだ。よいか?学園内であれば取り返しはつく。そう、つくはずだった。しかし、あろう事か殿下と其方は互いの権力を使った。否、其方は何もやっていない事は陛下もこの国の上層部の一部は既に知っている。なのに其方は肯定し、認め従った。今までの其方では絶対にしない行為である。其方の肯定は殿下の未来に傷がつく。例えば……王位継承権の降格だ。理解は出来るか?」
シュアは父親の言葉を聞き、目を伏せ申し訳なさそうに話す。
「はい、ですが私が認めなければ学園側から調査が入り、私の無実が証明され、殿下の過ちは取り巻き達へ。その結果、未来ある御子息達が消えたでしょう」
「それは自業自得であろう」
「はい……その通りです。しかし、その所為で彼等の実家にまで迷惑が及ぶ事になるのは私は避けたかったのです」
「……其方はまさか、男爵の娘の事や取り巻き達が仕出かした行いを把握して、この結果を望んだのか?」
父親はシュアの言葉に思わず声をあげてしまった。
「はい、お父様の仰る通りでございます。私には彼等が既に破滅へと向かっていたのは解っていました。時間を作り彼等を止めようとしては私の悪評に繋がり、気が付いたら、彼等が取り返しのつかない事にまで手を出していたのを知りました。私は自分か彼等かを天秤に掛け、彼等を取りました。」
堂々と口にするシュアに父親は声を荒げる。
「ふざけるな!お前は自分を犠牲にしただと?あの様な連中を助ける義理はないだろう!」
滅多に怒る事のない父親の言葉に萎縮する事もなく淡々とシュアは話す。
「その通りですね。私も取り巻き達や殿下を失礼ですがとうの昔に見限っております」
「なら何故だ!」
「彼等の家族達には罪はありません」
「どういう事だ?」
「……お父様、彼等は男爵家令嬢の為に金銭は勿論の事、平民がいる場で実家の権力を平然と振るっておりました。それに悪にも種類があり必要悪があります。綺麗事では国を守れ無いのは存じております。ですが彼等は必要悪に子供の遊びの延長で中途半端に首を突っ込んでいたらどうなります?このお話はほんの一部です」
言いにくそうにシュアから聞かされた話に父親は頭を抱える。
「……考えるだけで頭が痛い」
「女性の前で恰好をつけたいのは分かります。しかし、やっていい事とやってはいけない事の線引きを誤った行動は彼等だけではなく、周りも取り返しがつかなくなるのです。私は彼等とは仲良くありませんが彼等の家族とは付き合いがあります。私が守ったのは国益と国に必要な人材であります」
「だが、其方の行動は理解が出来ぬ」
ここまで淡々と話を進めてきたシュアだが言葉を詰まらす。
「……理解ですか。それは殿下を愛していたからこその私の行動だから理解が出来なかったのでしょう」
シュアの言葉に父親は耳を疑い目を見開く。
「……其方がまさか。いや、愛していたなら何故正そうとしない」
「お父様、物事は全てを正す事は不可能でしょう。正しい様に見えて間違っている事は幾つもあります。今回の件は全てに対して異様でした。まるで初めから決まっていた運命の様に私の行動が正しかろうと間違っていると唱えられ、群衆は殿下と下級貴族の禁断の恋に酔いしれている様にさえ、お父様は箱庭と呼び、管理された貴族社会と言いましたがあの場は紛れもなく、殿下と彼女が主役の舞台でした。私の積み上げてきたものは意味は無く、全て殿下に潰され貶され、そして、無くなりました。そう、貴族としての全てです。そうして、私は気付いたのです。全ては殿下の為にとやっていた考えも私では殿下の為にはならなかった。それより、互いに成長し合い、寄り添い合える者が殿下に相応しいようです」
初めて見せる娘の困ったような微笑みを見て、父親は溜息をつき複雑そうな表情を作り尋ねる。
「其方はそれで良いのか?」
「はい、良いのです。私にも殿下の気持ちは理解出来ました。自分と言う者を見てほしい。王族では無い自分と言う個人を見てほしい。私も伯爵家令嬢として、自分を律し、個性を閉じ込め、7歳より殿下の妃として、王族に求められる気質を身に付ける為に様々な分野を修め、お国の為と殿下の為にと自分を殺して今まで生きてきました。ですがもう終わりです。お父様、私はお父様の娘として生まれてきた事を誇りに思います。お父様の事を愛しております。だからこそ、貴族として、自分という個を棄てて、今までお父様の言う通りに生きました」
「……そうか、其方に良かれと思っていた事が其方を苦しめていたのか」
「理想の女性になる為にやっていた事は周りもやっています。だからこそ、周りから見ると華やいで見えます。しかし、中で見るとどれも個性がなく、同じただ綺麗な花ばかりでは殿下も飽きたのでしょう」
シュアがそう話すと会話が途絶える。もう話は終わったが互いに本当は伝えたい言葉があるが伝えられない。だが、先に口にしたのは父親だった。
「だがあの僻地へ行くのは止めなさい。あそこに行くまでに賊が多すぎる。あの近くは帝国との戦区であり、互いに手が付けられない場所でもある。そんな所に娘を送り出せるはずがないだろう」
「お父様、幾ら、お父様でも私が殿下から初めて戴いた贈り物を無下にするのは許さないです」
「何を言っておる。殿下から頂き物はあるだろうが」
「いいえ、私と婚約してから頂き物はありません。きっと、私との婚約は互いの家が望んでいたモノですから頂き物を与えなくても私なら殿下を支えるだろうと思われていた様です。だから、周りも殿下には口を出さなかったのでしょう。それに。贈り物を私ではない誰かに渡していたのは調べればすぐに分かる事ですから私からは何も言いません」
「……そうか、殿下は今まで其方に贈るはずの贈り物は他者にか。それも世間に知られたら困った事になるな」
「そうです。だから、初めから言ったではありませんか。取り返しのつかない事をしていると。ですが、伯爵家令嬢として、お父様の娘として、最後のお願いです。今回の殿下や取り巻き達のやった事の事実は消えません。ですが、彼等には未来があります。だから、また彼等が歩める様に支えてください」
「娘を落としめた連中を救えだと?廃嫡にせずに育てよと?私には無理だ。彼奴らを許せない」
「国の為です。今は周りが見えてないのです。しかし、本来は優秀なのです。この国の為に彼等を失うのは惜しい。彼等の未来を救ってください」
「其方の未来は彼奴らの所為で無くなったのだぞ?貴族として、殿下から婚約破棄され多数の醜悪が纏わされ、このまま、勘当にしてから危険な僻地送りだぞ?」
シュアは考える。お父様じゃなくても怒るだろう。
だけど、シュアは既に伝える言葉は決まっている。
「私がその場で生きて、また明日を迎える未来はあります。貴族として生きていけなくても僻地ならば貴族としてではなく、私として生きていきます。僻地には王都へ向かうのも一苦労ですし、今までの私は捨てますので問題ありません」
えぇ、これからは自分のやりたい事をやらせていただきますと心の中でシュアは細く笑う。
「それに殿下から戴いた初めてのモノを取られたくありません。ですが好きでしたがここまでされて何も思わない程愚かではありません。彼がこの騒動で目を覚まし、このたびの事実を知ったなど言われ責任を取るなど言われたら困ります。なので今後は王族や今回の件に関わった方々との接触、干渉は出来ない様にお願いします。あと出来るなら、王族への召喚など出来ない方がが好ましいです」
「そうか、其方の決意は固いようだ。しかし、其方は私の娘だ。勘当はせぬ、事実を公認しないのなら周りからは甘い判断だと思われようが知らぬ。其方にはまだ伯爵家として私の娘として、誇りを持っている。なら僻地へ行くとなれば、多少の権力はあった方が良い。これは私からの餞別だ。その辺りの世間体も考え、調整しておく。其方は殿下には知られたくないのだろう?しかし、この事は陛下には報せる。……陛下は其方を本当に気に入っていた。それ故に残念がるだろう」
殿下に知られなければ良いかな?陛下とは話が合い、特に仲良くしてもらった故に今回の件は申し訳なく思う。しかし、殿下が選んだ事に私は何も言えません。殿下が好きだからこそ、応援をする。後押しする。
「お父様、最後まで私の甘い考えでお父様に迷惑をかけた事は叱って下さらないのですね。私のみならず伯爵家の名が落ちる出来事です。私はその覚悟をしてお父様と対面しております」
「……何を言う。それ位で名が落ちる家ではない。確かに其方の後始末は面倒だろう。だが、子のやったことの始末をせずして親を名乗れるだろうか?私とて人の親だ。其方には親らしい事は余り出来なかった。それに子を心配しない親はいない」
「お父様、娘の我儘を聞いて頂き、ありがとうございます。陛下には私が至らぬばかりに申し訳ありませんとお伝え下さい。では、今度こそはお父様に恥じない生き方をします。今までお世話になりました」
「……もう、行け」
こうして後日、シュアを乗せた馬車が僻地へと向かっていった。