第6話 光の勇者。鏡の姫。
「あーはっはっは!」
そんな俺達の中において、おさな可愛い高笑いが辺りに響いた。
背後を振り向けば、腕を組んで宙に浮いているのは、獰猛に笑っているアマテラス様!
その巫女服っぽい、豪華な和装素晴らしいです!!
「ついに、分身ではなく本身ごと私の世界に来たな、フィース!!」
「ふん! ロコ神風情が、グローバル神の力にひれ伏させてあげますわ!」
「ロコ神とか、言うなぁぁ!」
あ、憤慨するアマテラス様かわいい。
「いてて!?」
彩羽さん、なぜ抓りました?
「お願いだから、マジメに、ね?」
嫉妬ではなく、青い顔をしてマジ必死そうに訴えていた。
これは、……罪悪感。
「す、すまない」
「はははは! 焼きが回ったな! 異界の女神一人が、私の世界で勝てると思うか! まして、こちらには見事に成長した勇者もおるぞ!」
「ぐぬぬ! その勇者を育てたのはワタクシです! 寄こしなさい!」
「はっはー! 後から育てたのは自分とか言い出す輩は、賎しいのう!」
「言わせておけば、ご当地女神の癖にぃ!!」
…………実に低レベルな罵りあい、と思っていたが、直後に今までとは比較にならない次元侵蝕の波動が吹き荒れる。
「端から、異界に攻め込むのに力押ししかしないと思っているなら、大間違いですよ! 脳筋女神には分かりませんでしたかねぇ!?www」
「のの、脳筋!? い、言うに事欠いて、なんて侮辱的な!! お前にだけは言われたくないわ!」
「んなっ!? ワタクシだって、トラックをけし掛けるだけのアホではありません事よ! これを見て、ワタクシの力を思い知りなさい!」
そうしている間にも、校庭の上空に、まるで巨大なブラックホールの様な異次元の口が開いていく。
その先に、圧倒的な魔力の塊が蠢き、顔を覗かせようとしているのが感じられた。
「っ!? なんてモノを、わたしの世界に連れてきているんだ!」
「おーほっほっほっ! 私は勇者の魂を手に入れて、更に邪魔な魔物の数を減らせる! なんて効率的な作戦で――」
廊下に出現した魔物が、完全に現れると同時に大木の様な腕を繰り出していた。
魔物の腕にリノリウムの床は破り砕かれ、それを間一髪で邪神フィースが背後の窓ガラスを破って外に逃げる。
「っこれだから魔物は! 折角、人が気持ちよく勝利宣言しているのに、邪魔をするのではありませんよ!」
言うなり、背中から美しい純白の羽を六枚広げて空中に浮かぶ。
それは、まるでおとぎ話の慈愛の女神の様に神々しい姿だった。
「だぁからっ! ワタクシは最初から、慈愛の女神そのものなのですよ! 愛しい私の世界の人間達を守る為に、こうして出張までして体張っている健気さを讃えなさい!」
明らかに、こちらにとっては邪神である。
「ふん! トラックに勝てても、魔物には無力な自分を、そこでじっくり味わうが良いですわ!」
まるで悪役そのものの捨て台詞を残して、鬼子母神フィースは屋上の方へ飛び、姿を消した。
「翔よ! お主は何としても、邪神フィースをしとめろ!」
アマテラス様の言葉に振り向けば、教室の中に出てきた魔物も既に襲い掛かって来ていた。それを、苦々しい顔をして、アマテラス様の結界が抑えている。
しかし、問題はその先、校庭に出現した巨大な次元穿孔からは、信じられないサイズの魔物の脚が見えていた。
四本の脚は、幾何学模様の様な紫色の甲殻と、生々し脈動をたたえる黄緑色に光る血管の様なものに覆われ、それ一本で三階建ての校舎の高さに迫ろうとしている。
まるで、四角錐の宗教建築物の様だ。
……桁違いすぎる。
「本身を顕現させた今なら、神器をもってすればフィースを刺し殺せる! わたしは、外の厄介すぎる奴を足止めしてくる! 残念だが、仕留める事は期待するな! 急げ!」
それだけ言い残すと、結界を解いたアマテラス様は、剛腕を振るってくる魔物の間を潜り抜け、ついでに腕の一本をツルギの一振りで斬りおとす。
そのまま、教室の窓から校庭へ飛び出していった。
アマテラス様に置いて行かれた心細さからか、彩羽が俺のシャツをギュッと握る。
見れば、青ざめた表情でありながら、必死に悲鳴を我慢しているのが見えた。
「彩羽……。大丈夫だ。君は、俺が絶対に守って見せる」
優しく言えば、彩羽は必死に首を振った。
恐怖で口が動かないのようだが、何を言いたいのかは、それだけで十分わかった。
「あぁ、勿論! 俺も、絶対に生き残って見せる!」
直後に、片腕を失った魔物が襲いかかって来た。
「こいっ! 天の沼矛!!」
右腕を天に掲げ、神器の名を呼ぶ。
直後に校舎の屋上を突き破り、壁を吹き飛ばしながら亜光速の神槍が降り注いだ。
今まさに殴りかかって来た筋肉の塊のような魔物が、その瞬間減速の爆発エネルギーに肉体を押しつぶされ、次の瞬間には消し飛んだ。
召喚時の圧倒的な暴風を、俺は全力の魔力障壁で防ぎ、必死に彩羽を左腕で抱きかかえる。
目の前に顕れた神槍は、深紅の口金に、太陽の如き輝きを放つ穂先。
清涼な流水が流れるのは、濃淡美しい緑色の地を持つ柄。
陽光を受けて、生命の息吹を直に感じさせてくる様だった。
これが、アマテラス様が今日にいたるまで育ててきた、この世界の力だ。
命そのものの、力強さだ!
「今日だけは! そのバランスを無視した威力を、有り難く使わせてもらう!」
今まで、一度として手に取った事はなかった槍を、俺は今日初めてその手に握った。天沼矛を手に取った俺に、まるで生命力の塊が流れ込んでくるようだった。
聞き取れない咆哮を上げて、魔物が巨大な剛腕を振り落してきた。
しかし、今の俺にはそんなモノは全く怖くない。
「小型トラック程度の拳で、俺を止められると思うなあぁ!」
くり出した神槍が魔物の拳に接触した瞬間、眩い光と共に、拳が蒸発するように大穴を開ける。
魔物の巨体が怯み後退すれば、俺は彩羽を抱えたまま踏み込み、体を回す。
そして、横なぎに神槍を払うと、水平に旭光が奔り、魔物の胴体を真っ二つにした。
「彩羽!」
大丈夫か!?
俺の呼びかけに、返事の代わりにギュッと抱きついてきた。
彩羽も、その心はいまだに強い。
そして、俺を信じてくれている事がさらに力を与えてくれていた。
教室に残った二匹の魔物が同時に襲ってくる。
だが!
「目に見える動きなど! 死角からカッ飛んでくる小型トラックに比べれば、当たる分けがない!」
振り下ろされた拳を軽く左によければ、右手一本で持った槍をすくい上げるように斬る。胴体の半ばから上を、左右に両断された魔物が、どす黒い瘴気を吹き出しながら倒れて行く。
それを見届けるよりも先に、両腕を広げた魔物が来た。
逃げ道を奪うように、掴み潰そうというのだろう。
「袋小路で突っ込んで来た小型トラックの絶望感に比べれば、何でもない!」
神槍で魔物の左腕を切り落とし、襲って来た右腕は返す石付きで弾きあげると、回転させる槍の穂先で頭部を叩き斬った。
そこに、廊下から残っていた一匹の魔物が突進して襲って来る。
「来い! 俺が今まで、何度突進攻撃をかいくぐって来たか!」
俺は逆に、突進してくる魔物に向かって走り出す。
槍ごと押しつぶそうと、魔物が両腕を水平にガードしてくる。それだけで、まるでトラックのフロントの様な圧力と、質量を思わせる。
度重なるトラック攻撃に、本当に避けられない、どうにも成らない時もあった!
だが、脚がある魔物など、はるかに避けやすい!!
「足元が、がら空きだぁぁ!」
激突する直前で滑り込んだ俺は、魔物の股の下をくぐりながら、その胴体を縦に斬り裂いた。
勢い余った魔物は、真っ二つに切断された胴体から、瘴気をまき散らしつつ校庭に落ちて行く。
「はぁ、はぁ!」
今までの、トラック攻撃を何度となく回避して生き残ってきた俺の、その技術は、魔物すら上回ると言う事が、今、初めて示された!
出来れば、今後は示したくない!!
「しょ、翔くん?」
その言葉に、俺は慌てて抱えていた彩羽を見た。
「大丈夫? 怪我はない?」
青い顔をしながら、それでも俺を気遣ってくる。
本当に、彩羽はどこまでも強く、美しい心を持っている!
「大丈夫だ。彩羽も、怪我はないか?」
「うん……。私は、平気」
それを示そうとしたのか、俺を両手で押して、腕の中から抜けて行った。
しかし、すぐにへなへなと床に座り込んでしまった。
「あ、あれ? ちょっと、腰が抜けちゃった、みたい……」
無理もない。
こんな人外の魔物に襲われて、平気でいられる普通の女の子が居る分けないさ。
俺は片膝をついて、彩羽に視線を合わせる。
「ここで待っていてくれ。俺は、邪神のたくらみを止めてくる」
「…………」
不安そうに俺を見つめていたが、しかし、最後には彩羽の瞳に強い意志が戻っていた。
「翔くん。私は、心配しないよ! 翔くんなら、絶対に上手く出来るって、私はずっと見て来たから! 今度も、きっとみんなを助けられるから!」
何とも心強い言葉だった。
俺は、思わず彩羽を抱きしめていた。
「ありがとう! 待っていてくれ、すぐに戻って来る!」
それだけ言うと、未練を断ち切り立ち上がる。
そして、屋上へ向かおうと走り出した。
「翔くん!」
呼び止める彩羽の声に、俺は振り向く。
「例え、距離があっても! 私たちは、いつも、光で繋がっているよ!」
そうだ、赤外線通信だけでなく、俺達は今、全ての波長を映し合っているんだ!
「俺にとって、君は光だ!」
「私の光は、翔くんが輝いていたからなんだよ!」
最高の褒め言葉をもらい、俺は背を向ける。
左腕を天に突出し、勝利を誓った。
そして、後は何も言わなくとも、俺達の気持ちは最後の戦いへ走り出す。
***
屋上から校庭を見れば、既にその全貌を露わにした巨大な魔物が暴れていた。
四本の脚に、円盤の様な胴体が四段重なっている。
さらに、周囲を旋回する菱形の物体が、やたら滅多らに黒色の爆炎弾を撃っていた。
その爆炎弾をアマテラス様が局所展開する結界で防いでいるが、明らかに量が多過ぎるのか、人がいない場所に落ちる弾は防がず無視していた。
「こんな化け物を……」
「ほほほ……。貴方のせいですよ。貴方が、大人しく死んでいれば、こんな事をせずとも済んだのですよ」
「くっ……!」
邪神フィースの言葉は、やはり俺の心を抉る。
「自らの世界を守りたいと足掻くのは分かるが、それで関係のない世界まで破滅へ導こうとするならば、やはりそれは悪だ!」
「悪ですって? どの口が善悪を語りますか!」
その言葉と共に、フィースが剣を投げ放ってくるが、俺は天沼矛で叩き砕く。
「諦めろ! もう、お前に勝ち目はない!」
「笑わせないで欲しいですわね! 貴方なら諦められるのですか! 愛する人々が死ぬ未来を、受け入れられると言うのですか!」
「そ、それはっ!?」
確かに、ここでフィースが諦める事は、フィースの世界を諦める事なのか!?
「ワタクシを、ワタクシの世界を見捨てたあなたに、誰を悪だと糾弾できると言うのですか!」
「…………っ!?」
だが、世界の趨勢を決める戦いに俺一人の意志で――
「人のせいにするつもりですか! 自分の意志ではなく、周りが決めた事だと、責任逃れをしようと言うのですか!」
「そ、そんな積りじゃ……!?」
「だったら、貴方の意志を示してみなさい! 助けを求めて縋ってくる弱者を、斬り捨てて自分だけ平和を享受しようとしているのでしょ!」
ダメだ、フィースの言っている事は全て正しかった。
俺には、彼女の言葉を覆すだけの真実を持たない……。
「何が、弱者よ!」
その言葉は、俺の後ろからだった。
階段が入っている塔屋から、まだ覚束ない足取りで歩いてきたのは、彩羽だった。
「彩羽! 危険だから来るな!」
「私は! どこまでも翔くんに付いていくって、言ったよ!」
「だがっ!」
「おほほほ! 何の力も持たない小娘に、今更なにが出来ると言うのですか! 無力に這いつくばっていなさい!」
フィースが新たに剣を顕現させる。
それを彩羽に向けて投擲するのかと、俺は即座に身構えた。
しかし、剣を構えたまま、フィースは動かなかった。
「なんの……つもりかしら?」
フィースのその言葉に、俺も彩羽の方へ振り向いた。
「!?」
そこに居たもう一人のフィースに、俺は一瞬足を浮かせてしまいそうになる。
しかし、すぐにそうでない事が分かった。
そこに居たフィースは鏡像だ。
しかし、その表情は本物の様に焦り、苦しみ、後悔と懺悔にまみれた表情をしていない。
どこまでも気高く、自らの無力を前にしても決して歩みを止めない、強靭な心を宿していた。
そう、彩羽と同じ表情をしていた。
「その顔で、ワタクシを見るなぁ!!」
「しまっ!」
投擲された剣に、全速力で神槍を振るうが間に合わなかった!
そして、それは鏡像のフィースの胸へと突き刺さる。
「ぐあ!」
しかし、苦悶の声を上げたのは、本物の方だった。
「な、なぜ、ワタクシが……っ!」
気が付けば、鏡像のフィースは消え、そこには彩羽が立っている。
そして、本物のフィースは胸から血を流していた。
俺達と同じ、赤い血を。
「私には最初から、あなたが自分を傷つけている様にみえた」
「そ、そんなはずは!」
彩羽が、優しく首を振る。
「分かっているはずだよ。あなたも、こんな事をしても未来はないなんて言う事は」
「お前に、お前に! ワタクシの気持ちが分かるかぁぁ!」
激高し叫ぶフィースの前に、しかし彩羽は優しく微笑んでさらに前に出いた。
俺は慌てて彩羽を止めようとしたが、しかし、優しく微笑まれてしまう。
俺は、脚を止めてしまった。
「私にも、……あなたの苦しみだけは分かるよ」
「分かる、ものか……!」
何一つ武器も持たない、まして魔力も扱えないはずの彩羽が近づけば、女神フィースは畏れる様に後ずさり、ついには膝を落としてしまっていた。
「私にも、好きな人がいるの。けれど、彼はずっと命を狙われていた。なのに、私には彼を助ける力が何一つなかった」
「……!?」
その言葉に、フィースの顔色が変わった。
「彼は、いつも巻き込まれてしまう人を助けていたの。もし、私が好きだと告白すれば、彼は守るべき人を増やしてしまう。それは、逆に彼の命を危険に晒す事だと思っていたの」
全くその通りで、そして実際にフィースは、彩羽を標的に利用した。
その事実を改めて示されたことで、フィースの顔色が今までに見た事ない程に青ざめてゆく。
「けれどね。私は自分に映る彼の姿が、日に日に薄れ、消えかかっている事に気が付いたの。だから、告白する事を決めたよ」
決意の瞳は、無力なる事を理由にして、逃げるを良しとしなかったのだろう。
「無力に絶望して……」
俺は、自分の事をつぶやいていた。
「安易な選択肢を……」
フィースが、蒼白になりつつ言葉を紡ぐ。
「選んではいけない」
彩羽の、強靭な意志が、光をあるべき方向へ導く。
「!!」
震えるフィースの目の前に、慈しみの微笑みをたたえるのもまた、鏡像のフィースだった。
「荒ぶる神よ……在るべき姿にお戻りください」
彩羽の言葉と共に、鏡像のフィースが光り輝き、辺りを染め上げてゆく。
そして、光はフィースの元へ収束し、消えて行った。
血を流し、膝を落としたフィースだけがそこにいたが、今はもう、苦しみにもがく表情はない。ただただ、悲しみを湛えた表情だけがある。
まるで、本来がそうであった様に、優しい表情が戻っていた。
「……最初から、分かっていたのです」
ぽつりと、女神フィースがこぼす。
「命を狩るのは、死神のやる事だ、と……。それでも、ワタクシは、ワタクシの愛する者達を、誰も失いたくなかった」
強大な敵と、失われる猶予。
ショックと焦りが、女神フィースに思いつめさせた。
それが、真の意味の諦めを加速させてしまった。
「勇者の命を……奪う事でしか、救う事は出来ないと」
そして、奪う事も出来ず、足掻く時間も失わせた。
「フィースさん」
彩羽が呼びかけていた。
「この世界の人々を、私の大切な人の命を、奪わないでもらえますか?」
優しく、しかし強い意志をもって、それは発せられていた。
「ほほ……。もう、ワタクシには、どうする事も出来ないのですよ。あれは、ワタクシの意志とは関係のない魔物。そして、もう、元の世界に戻す力も、ワタクシには無いのです…………」
「くそ!」
俺が背後を振り向けば、散発的な攻撃が効果ないと判断したのか、巨大な魔物はその頭上に黒い程に濃い紫の大球を作り上げていた。
そして、次の瞬間には、校舎を貫く程の莫大な破滅のエネルギーを放出する。
「みんなが!」
巨大地震の様な激震と共に、校舎の一部が漆黒の奔流に呑まれ、大量の瓦礫を巻き上げ消し飛んでいく。
それどころか、背後の土手を貫いて大きな川を渡り割ると、対岸の街までも巻き込んでいった。
余りの被害に、俺は言葉を失う。
しかし、よく見ればその闇の奔流が通り過ぎた破壊の道跡に、小さな結界が転がっていた。中に、人を包みこんでいるのが見える。
アマテラス様が、最後の最後まで根性で守ったらしい。
しかし、もう限界のはずだ。
「……あんな巨大な奴どうやって」
俺の思考が止まりそうになった時、そっと右腕を包む温かさがあった。
「彩羽……」
「翔くん。君は光なんだよ」
「俺が……光?」
「うん」
うなずく彼女の言葉に、俺はもう一度自分というモノを思い出した。
そう、
「俺は……、光の、勇者だ!」
溢れる力は、陽光の如く!
降り注ぐは全方位に!
両手に再び構えた天沼矛が、全てを輝き照らす莫大なエネルギーを発散していた。
その力は、俺一人では制御しきれない程のモノだ。
「なら、私が翔くんの光を導くね」
その瞬間、俺達の周囲に無数の鏡が出現する。
円形のそれは、しかしガラスの繊細さはなく、強靭なその身と、光を反射する清らかな心があった。
「翔くん」
そっと離れた彩羽の、送り出す言葉。
「あぁ!」
一声を最後に、俺は屋上にヒビが入るのも無視して、全力で飛び上がった。
上空に躍り出れば、眼下に見えるは巨大な円盤を四枚重ねた四本足の魔物。
すぐさま、周囲を飛んでいた菱形が襲い掛かり、漆黒の爆炎弾を撃ちだしてくる。
「うおおおぉぉぉお!!」
俺は落下しながら全ての弾を斬り飛ばし、退け、そして槍を天に掲げる。
「輝け! 尽界を照らす天の日よ!」
槍の穂先から、強大なエネルギーをはらんだ光の柱が全方位に飛びだしていく。
全く狙いのつけられない光が、夕闇を押しのけ真昼の如き輝きを爆発させる。
周囲へ飛び散る無限の光、それに当たれば菱形は尽く焼き切り、爆散させていく。
その無差別な力が街にまで及ぼうとした時、そこに彩羽の鏡が顕現していた。
『私を! 受け取って!』
離れているはずの彩羽の声が、温もりが、再び俺に集まって来ていた。
「おおおぉぉ! 集え! この一槍!」
拡散した光が、再び全て、槍の先端に凝集していく。
この世界最大の光を集めた穂先が、全ての闇を討ち祓う!
それに対抗するように、再び巨大な魔物の頭上に漆黒の、全てを絶望へと誘う破滅の球が成長して行く。
そして、それが放たれれば、俺の視界を暗黒の闇が覆い、呑み込まんと襲って来た。
だが、そこに闇があるのならば!
「俺が!」
『私が!』
「『すべてを、照らし啓く!!』」
「天壌無窮!! 日輪の旭光よ! 貫けえぇええぇぇぇっ!!!」
自らの突進と共に、全てを焼き、全てを育む光が、俺と一体になり降り注いだ。
その軌跡は、誰の目にも見えない程の極大の光。
暗黒の世界を斬り裂き、突き破り、全てを浄化していく。
降り注ぐ神撃で、巨大な魔物の胴体四枚を、天上から刺し貫抜く!
「おおおぉぉぉぉ!」
光の速度に置いて行かれた俺の意識が戻った時には、校庭の中央に作ったクレーターの中で膝をついていた。
全てを出し切った天沼矛は、再びいつもの色に戻っている。
そっと頭上を見上げると、胴体に大穴を開けた魔物が、黒々とした瘴気をまき散らしながら、しかし、即座に浄化されて行くのは、力をそちらに使い始めたアマテラス様のおかげだろう。
魔物はじくじくと体を崩しながら、空間に溶ける様に、ゆっくりと消えていく。
「終わった……か」
それだけ呟くと、俺はそっと目を閉じた。
今はもう、立ち上がるだけの熱も残っていなかった。
しかし、地面に倒れる前に、柔らかいものに受け止められる。
「おかえり……。翔くん」
あぁ、俺は、再び彩羽の元に帰れた。
温かい……。
翔くんが、温めてくれたから……。