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第5話 現代勇者式・ラブコメ

 俺の頬が平手で打たれた音が、教室に響く。

 朝、授業開始までまだ20分ある。

 何人か教室に居たクラスメイト達の視線が、戸惑いと好奇心に揺れていた。



 だが、なによりも、目の前の少女は怒りと、悲しみの目を向けてきている。

 俺からしたら頭一つ低い身長。華奢(きゃしゃ)な手足に、今日も可愛いツインテールを揺らして、強気な顔は崩さない。

「すまない……」

 俺は、何一つ言い訳すらも持てず、悠美(ゆみ)ちゃんに頭を下げた。



「謝る相手が違う」

 言われて、俺は吉祥寺さんの席に体ごと向き直る。

 しかし、こちらを目の端で見ていた彼女は、反対側に顔をそむけてしまっていた。

 怒っているのだろうか。

 悲しんでいるのだろうか。

 彼女の心も、俺がすべき事も、今は何も分からなかった。



 近寄るのも、きっと彼女の負担になるだろう。

 俺は、その場で吉祥寺さんの方に静かに頭を下げるだけだった。



   ***



 結局、今日一日、吉祥寺さんとは会話どころか、目を合わせる事もできなかった。

 俺の欲目としては、彼女と仲直りしたいし、可能ならば恋愛なんて事が出来れば素晴らしいなとも思っていた。

 しかし、どんな嘘を言えば、昨日のアレを誤魔化せる?

 いや、そもそも彼女を(だま)し続ける事で手に入れる恋人なんて、本当にそれは正しい事なのだろうか。

 しかも、命の危険にまで(さら)してしまって。



 誰も居なくなった教室の中で、俺は自分の心が暗く落ちていくのを感じた。

 試しに魔力障壁を目の前に作り上げて、ぐっと右手に力を入れて強度を上げてみようとした。

 しかし、強度を上げようとするそばから、魔力バランスを崩した障壁が、濃い緑色に変色しながらボロボろと崩れ落ちていく。

「はは……、ここまで、力が落ちるモノなのか…………」



 こんな状態では、俺がまだ魔力を扱えなかった頃と同じだ。

 トラックが突っ込んで来たら、とても防げない。

 かといって、失意に()えてしまった俺の足では、避けられるかも分からなかった。

 邪神フィースの精神攻撃が、想像以上に俺の心をズタズタにしていた。



「今回ばかりは、あのドロボウ猫にしてやられたな」

 知っている声に驚き、俺は教室の入り口に目を向ける。

 そこには、この学校の制服を着たアマテラス様がいた。

 豊かな長髪を、ゆったりと後ろで一束にまとめている。

 微かに膨らんだ胸がかわいい。

「おい……。煩悩(ぼんのう)にまみれ過ぎだろ……」

「男子高校生として、健全だと自負します……」

「…………」

 その(さげす)む顔も愛おしいです。



「どうしたのですか? その制服。特注ですよね? とってもお似合いですよ」

「わたしの姿は、土地の存在そのものだ。その場が得ている記憶や想いが、わたしの姿を、お前にそう見せているに過ぎない」

「なるほど。分かりません」

「ふん。存外元気なようで安心した。この調子なら、彩羽(いろは)との仲直りも出来そうだな?」



 現実を思い出した俺の目から、不意打ち気味に涙があふれてしまった。

「……情緒不安定なようで、なによりだ」

「俺、もう、いいんです……」

「ふむ」

 近くまで歩いてきたアマテラス様が、隣の席の机に腰を掛けて、足をぶらぶらさせていた。

 あぁ、見えそうで見えない上に、オーバーニーソックスとか、素晴らしい……。



「あの、抱きついても良いですか?」

「う~む……」

 あれ? 予想と違って、いつになくアマテラス様が迷っておらっしゃる。

 てっきり、即却下されるだろうと思っていた。

「正直言うとな。今のお主は、あまりに精神が弱ってしまっていて、わたしは心配を通り越して、危機感を覚えている。恐らく、このまま帰宅しようとしたら、お主は死ぬぞ」

「…………」

 確かに、そんな気がずっとしていたから、既に日も(かたむ)いているのに、俺は教室から動けずにいたのだ。



「わたしが完璧に守ってやれればいいのだが。今のわたしでは、あ奴が全力できた場合、そこまで保証できる程には力がない……」

 そして、俺も今は力を弱らせている。

「だから、お前の生命力が戻るのであれば」

 そう言うと、床に降りたアマテラス様が、椅子に座っている俺の方にくる。

「少しだけ、(なぐさ)めてやらない事もない…………」



 そっと、俺の頭をつつみ込むように、アマテラス様が抱きしめてくれた。

 体を張って俺の身を案じてくれた想いが、愛に満ちた柔らかな体が、俺を包み、心から温かくしてくれる。

 必死に色々なモノを誤魔化して、自分を(だま)しながら来た事で、(きし)み、悲鳴を上げていたのだと、今頃になって、俺自身も気が付かされた思いだった。

 もし、今ここにアマテラス様がいなければ、俺が、本当の意味で一人だったら、きっと、心が折れて、死の誘いに(あらが)えなかっただろう。

 一人とは、それほどまでに(つら)い事なんだ。



「ほれ、どうだ? お主がずっと触りたがっていた、わたしの体は」

「うぐっ……。やわら、かい、です」

 吉祥寺さんの様に、溶けるような柔らかさはない。

 しかし、小さな体には芯の固さが感じられるからこそ、その体を包む優しい感触が嬉しくて、俺は泣きながらアマテラス様に抱きついていた。



「うぅ……、なぜ、なぜ…………」

 しかし、俺はそれ以上先を口には出来なかった。

 なぜ自分が勇者に選ばれたのかなど、(なげ)いても呪っても意味がない事は分かっている。

 俺は生き残る為に、肉体も、心も強くしなければいけない。

 それだけが、事実だった。

 なのに、心はどうしても駄目だった。

 アマテラス様の厚意(こうい)にすがって、今は、必死に自分を繋ぎ止めるだけだった。



「ありがとう、ございます……」

 しばらく、静かに涙を流した俺は、少しすっきりする。

 まだ、アマテラス様の優しさが名残惜しかったが、いつまでもすがり付いている分けにもいかないだろう。

「うむ、よい。人間、苦しい時は泣け。泣けば、どうにもならなくても、気持ちが落ち着くものだ」

「すみません……」

「謝る必要もない。お主は十分に頑張っておる。だが、わたしがお主一人に付き合ってやれる時間も、そう長くはない」

 !?



「アホ。そんな絶望したような顔するな。単に、わたしも忙しいと言うだけの事だ」

 ポンと置かれたアマテラス様の手が、俺の頭をなでていた。

「だからの、仲間を作れ。お前が、命を預けても良いと思える程の、本当の仲間を作るのだ。そうすれば、お前の心はどこまでも強くなれる。どんな悪意にも決して折れない、本当の勇者になれるだろう」

 勇者は、一人じゃ魔王とは戦えない……。

 大魔導師や、凄腕の射手、義賊とか、騎士とか強い仲間が必要だ。

 きっと、そういう意味なのだろう。



「いや、そういう意味じゃない…………」

「え? それで邪神を打ち滅ぼせと言う話じゃないんですか?」

「……お主は、非常識世界に合わせた過ぎたピントを、一度平和な日常に戻す必要がありそうだな」

「はぁ……」

 強くなると言う事は、更に非常識への道を歩めと言う意味かと思ったが、どうも違うようだった。

 所で、いつまでもアマテラス様が頭をなでてくださるのが、気持ちよくて幸せです。



「ほう。それはよかった」

 おぉ……、いつになく意地悪そうな顔をなさいますね……。

「良いか? わたしからのアドバイスだ。しばらく、お前は頑張って青春をしなさい。まず、せっかく告白してくれた女の子と仲直りするのだな。別に嫌いではないのだろう?」



「嫌いなんてとんでもない! 俺は、吉祥寺さんが大好きだ!!」

「えっ!?」

「ぬお!!!」

 (はか)ったな、アマテラス様!?

 俺の目の前の少女は、いつの間にか吉祥寺さんにすり()わっていた。

 しかも、俺の頭に手を置いたまま。



「あれ? えっと、私……翔くんに話を聞こうと教室に入ってから…………、なんで、こんな事していたのだっけ……?」

 なんてこった!

 アマテラス様、最初から吉祥寺さんの体に憑依(ひょうい)して俺に話しかけて来ていたのか!

 けど、明らかに違うあの感触は!? って、そんな事を考えている場合じゃない!



「きっ……!?」

 しかし、俺は焦れば焦る程、しゃべるべき言葉が出て来なかった。

 何を、どう謝ればいいのか分からない。

 そもそも、彼女の安全を考えれば遠ざけるべきで、謝って良いのかも分からなかった。



 そんな風に思考が空回りするのを、いっそう滑らかな空転を助ける様に、吉祥寺さんが俺の頭をなでていた。

「…………」

 なぜ頭を、このタイミングでなでようと思ったのですか!?

 俺は、嬉しいですけれども!

 顔を恥ずかしさに真っ赤にさせながら、吉祥寺さんは何も言わずに俺の頭をなでていた。

 その瞳は左右に泳ぎ、何かを(つむ)ぐべき言葉を考えているのが明らかだった。



「吉祥寺さん!」

 俺は大急ぎで立ち上がると、とにかく名前を呼んだ。

 この場で、最も不安なのは彼女だ。

 昨日、俺がとったとんでもない態度に、俺が何を考えているのか全く分からないはずの吉祥寺さんは、不安で不安で仕方ないはずなんだ。

 それなのに、自分から何かを言おうと、俺ともう一度話そうとまでしてくれたのだ。

 こんな良い()にこれ以上、男である俺が、まして勇者でもある俺が負担を掛ける何て、許される事ではないはずだ!



「昨日は、本当に! 本当に、俺が悪かった!!」

 心の底からの謝罪と、大急ぎで頭を下げた。

「きゃっ!」

「ほうっ!?」

 目の前に広がる、柔らかくもすばらs、間違えたあぁぁ!!!

 俺は急いで体を持ち上げようとする。



「行かないで!」

 吉祥寺さんの声とともに、俺の首に腕が回される。

「き、吉祥寺さんっ!?」

 彼女の胸に包まれて、俺はどうしていいのかも分からないままで、腕が固まっていた。

「良いの! 私、分かっているから! 本当は、知っていたの!」

 知って、いた?

 ま、まさか!



「ど、どうして、その事を!?」

「分かるよ! 変な女だと思うかも知れないけれど、私、入学してから、ずっと翔くんが気になってた! ずっと見てたから、気が付いちゃうよ!」

 そうか……。

 そうだったのか。

 もう、邪神の事を隠そうと慌てる必要もなかったのか。



「自分と付き合えば、私が巻き込まれるかも知れないって、そう心配していたんでしょ?」

「あぁ……、吉祥寺さんには、お見通しだったんだね」

「分かるよ……。こんなに優しい翔くんが、あんな態度をとるなんて、不自然だもの」

 俺は、そっと彼女の肩に手を置いて、全てを包む柔らかい愛からそっと体を離す。



「でも、本当に危険なんだ。出来れば、吉祥寺さんを、巻き込みたくはない」

「ごめんね。私、覚悟が足りなかったの。でも、もう決めたわ!」

 吉祥寺さんがトラックに()ねられて死ぬ。

 そんな風景が脳裏をよぎってしまった。

「そんな覚悟、決めないでくれ! 君の命が掛かっているのかも知れないんだぞ!」

 余りに恐ろしい想像に、つい叫んでしまう。

 こんな言い方では、彼女を無駄に怖がらせてしまのに。

 しかし、そんな心配は全く見当違いだった。



「分かっているわ! だから、私は覚悟を決めたのよ!」

 普段、どちらかと言えば引っ込み思案(じあん)な彼女からは想像できない程、その言葉は、その瞳は確固たる強い意志を俺に示していた。

「私は、翔くんに、どこまでも付いていくよっ!!」

 (たか)ぶった感情から、吉祥寺さんの目に涙が浮いていた。

 それを弾き飛ばすように、強く目を(つぶ)り、必死に俺に(うった)えかけていた。

「どうして、そこまで……!」



「好きだからに、決まっているじゃない!!」

「っ……!」

 その瞳は、強い覚悟と思いを俺にぶつけてくるようだった。

「今までずっと見てきた! 必死に戦って、周りの人を一生懸命助ける姿を! 翔くんは忘れているかも知れないけれど、私も、一度助けられているんだよ!」

 そうだったのか。この三か月間の間に、俺は既に吉祥寺さんとの縁が既にあったのか。



「そんな強い翔くんが、どこまでも眩しい姿が好きだった。なのに……」

 そう言うと、吉祥寺さんは両手を俺の胸つけ、そこに頭を預けてくる。

「翔くんが、消えちゃいそうだよ…………」

 そうだったのか。

 俺の落ち込みすらも、吉祥寺さんは見抜いていたのか。

 そして、それが極めて深刻な未来に繋がる事も、どこかで感じているのかも知れない。



「だから」

 ゆっくりと顔を上げた吉祥寺さんには、もう弱さや不安に押しつぶされるようなか弱い人ではなかった。

「私が――、翔くんを守るよ!!」

 その言葉が、その思いが、向けられる愛が、俺の冷えた心を照らしてくれるようだった。

 こんな、これ程に強烈な感情をぶつけられた事なんて、今だかつてない。

 吉祥寺さんの思いを前に、俺は全身に鳥肌が立つ思いだった。

 彼女は魔力も力もない、ただの普通の女の子だ。

 その子が、自分の命を()けて、好きな相手についていくと言うのだ。

 俺には、力があるはずの俺ですら(あきら)めかけた道に、自ら()み出すと言うのだ!



 最早、彼女の【好き】は、生易(なまやさ)しい言葉じゃない。

 覚悟、生き様、命、そう、魂の叫びだ!!

 だったら、俺は、俺が応えるべき思いは、一体なんならば釣り合えると言うのか!

「吉祥寺さん! いや、彩羽(いろは)!」

 俺の呼びかけに、力強い瞳が応える。

「その魂の叫び、確かに受け取った!」

 持ち上げた右手を、ぐっと力を込める。

「ならば俺は、君にこの命を預けよう!」

 全身からみなぎる力が、あふれ出る魔力が教室中で自然現出して、(きら)めく粒子を舞い散らせていた。



 アマテラス様の言った通りだ。

 彩羽と言う仲間、いや、魂の伴侶(はんりょ)を得て、今までの疲労感も無力感も、全てが吹き飛んでいくのを感じていた。

 どこまで、心が強く気高くなれる気がする。

 今なら、邪神フィースがどんな精神攻撃を仕掛けてこようとも、決して揺るがぬ自信があった。



「彩羽! 俺と、付き合ってくれ!」

「……重い」

「ぐおはっ!!?」

 余りに強烈な、致死性の精神攻撃を食らって、俺は視界が(ゆが)み、危うく倒れる所だった。

 ギリギリの所で踏みとどまる。

 幻覚か、現実か、濡れる口元を(ぬぐ)った手には、赤い血が付いていた。



「翔くん!」

 彩羽(いろは)が俺を呼ぶ声。そこには、心配する声色があった。

 だが、俺が声の元に視線を向ければ、彩羽(いろは)が立っていたのは教室の入り口だった。

「なっ! い、彩羽(いろは)が二人!?」

 目の前にも、きちんと存在している。

 つまり、どちらかが偽者だと言うのか!



「逃げて! それは女神フィースよ!」

「!?」

 教室の入り口で叫ぶ彩羽の言葉に、俺は慌てて目の前の彼女を見た。

 しかし、目の前の彩羽は何一つ反論しようとはしない。

 ただ、じっと俺を見つめているだけだった。



 そうか、反論する必要がないらしい。

 俺は彼女の元から離れて、教室の入り口に向かった。

「翔くん、早く行きましょう!」

 とても可愛らしい声で、俺を呼んでいた。

 しかし、俺は立ち止まる。

「どうしたの! 私と一緒に逃げましょうよ!」

 そう言うと、俺の手を取ろうと彼女が腕を伸ばしてくる。

 が、不可視の障壁に阻まれる。

「翔くんっ!?」



 魔力障壁に両手を付いて、彼女が必死に俺を呼んでいた。

 だが、俺は首を振る。

「俺は、彩羽(いろは)と共に立ち向かうと決めたんだ。もう、逃げない!」

「何を言っているの! フィースは後ろの女よ! こっちに障壁を張ったら、後ろから襲われてしまうわ!」

 それで良いんだ。

 俺は、彼女に命を預けると決めたのだから。



 ゾグっとした感触が、俺の背中に突き刺さる。

 見れば、彩羽が握ったカッターナイフが、俺に突き刺さっていた。

 カッターナイフを握る震える手と、俺を見上げる震える瞳。

 だから俺は、精一杯笑顔で答えてやる。

 そして、再び入り口に向き直る。



(あきら)めろ、フィース。ここにあるモノでは、俺を殺すことなど出来ないぞ」

 教室は安全だからこそ、俺は(おび)えて引き(こも)っていたのだから。

 例え、彩羽(いろは)の姿を偽り、彩羽(いろは)の体を操作して俺に攻撃を仕掛けようとも、俺の心は、全く揺るがない!

 …………最初の一撃は、冗談抜きでヤバかったが。



「何を言っているの! 翔くんを、その女は翔くんを刺したのよ!」

 往生際の悪い奴だ。

 俺を殺そうとしている奴が、こんなに苦しそうに、悲しそうな眼をする分けがない。

 俺は、刺さったカッターナイフを無視して、そっと彩羽に手を差し出した。

 それを、彼女も振るえる手で握り返してくれた。



「やはりな……」

 触ればわかる。

 彩羽(いろは)に張り巡らされた、強度の精神支配系の魔法。

 それを即座に消し飛ばす。

 これで、彩羽は取り返させてもらった。



「…………」

 魔法障壁の向こうに居た彼女は、もう俺を呼びかける事を諦めたらしい。

「なぜです……。これ程巧妙に仕掛けたのに、なぜ分かったのですか!」

 分かるさ。

 その口調の端々から(にじ)み出る、年増の雰囲気でな!

「んが!?」

 彩羽! なぜおれを殴った!?

「翔くん……マジメにやらないと、ダメな気がするの」

「す、すまない」

 既に、俺達は心も通じ合っているらしい!



「聞け、邪神フィース!」

 びしっと俺が指を差した。

「彩羽と言う、最高の仲間を手に入れた俺に、もはやセコイ精神攻撃など通用しない! 幾らレベルを上げようとも、物理も魔法も通用しないと知れ!」

 フィースには、最初のレベル1だった頃の俺を仕留め損ねた時点で、もう可能性はなかったのだ。

 そして、レベルを上げ、折れない心を手に入れた俺は文字通り無敵だ!



「なにが、仲間ですかぁ!」

 叫び声とともに、邪神フィースが偽りの姿を脱ぎ捨てて、再び熟し過ぎた女性の体になる。

「だぁれが、熟し過ぎですかぁああああ!!」



「ぬおぉっ!」

 叫び声と共に突然飛んできた剣に、俺は慌てて魔法障壁の重層化と局所展開をする。鋭い金属音と、数層の魔法障壁が貫き砕かれるが、それでも防ぐことに成功した。

 前回の拳銃の恐怖から、昨日必死に練習していた成果が、まさかこんなに早く役立つとはっ!



「ちいぃ! 一匹の魔物も倒していないくせに、無駄にレベル上がり過ぎなんですよ!」

「知るか! 誰の極度スパルタ教育のせいだと思っている!」

 ここで天沼矛(あまのぬまほこ)を呼ぶべきか!?

 しかし、そんな事をすれば、校舎に大穴が空く!



「かくなる上は、今日ここで仕留めさせて頂きます!」

 再び、何もない空中から邪神フィースが神々しいまでの装飾華美な剣を抜き放った。どうやら、手段を選んでいる時間もないのか、直接殺しにかかる積りらしい。

 こうなれば、俺も迷っている場合ではないだろう。

「甘いですよ、甘いですよ、甘々なんですよ!」

「魅力的な青春プランだ!」

「そういう意味じゃ、ありませんっ!!」

 邪神フィースが叫ぶとともに、廊下に、教室に、今まで感じた事ない規模で次元が歪み溶け合う衝撃が辺りを何重にも包み込む。



「ば、ばかなっ!? 世界そのものをくっ付けるつもりか!」

 邪神の考える最終手段に、俺は戦慄(せんりつ)を覚えた。

 トラックでひき殺して転生させることが出来ないのならば、こっちの世界と異世界を融合させて、一つにしてしまおうと言うのか!



「それだけの力があれば、最初っからやっていますよーだ!」

「無理なのかよ! てか、正直者かっ!?」

 明らかに邪神のくせに、邪神らしく最後まで姑息(こそく)に戦えよな!

「そんな軽口をたたいている余裕があるのですか?」



 局所的に融合した次元から、次元穿孔(じげんせんこう)から大きな影が足を踏み出してきていた。

 教室を埋め尽くすかのような、筋肉に覆われた黒い紫色の体。巨体は人の形をしてはいたが、禍々(まがまが)しく、感じた事のない嫌な魔力を辺りに充満させて行く。廊下では窓を壁を割り砕くように、また一匹が出現してくる。

 これが、魔物っ!?

「おほほほほほほほ!」



 邪神フィースの笑い声が、辺りを包み込む。

 禍々(まがまが)しくも、恐怖の体現の様に大きく(わら)う魔物の口。

 震える彩羽が俺にしがみ付いてくる。

 ついに、異界の女神が、全力で殺しにかかってきた……っ!?

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