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第4話 心的外傷性ストレス攻撃

「あ、あのね、翔くん? やっぱり、病院に言った方が良いと思うの……」

 吉祥寺さんが、戸惑い気味に俺を心配してくれていた。

「大丈夫だよ。制服に刺さっていただけで、俺はかすり傷で済んだし」

「え? そ、そうなの? でも……、かなり深く刺さっていたような…………」

 治癒魔法も使ったので、本当にかすり傷程度しか残っていないから大丈夫だった。

 が、間違っても服を脱いで傷を見せようとしたら、制服の下のシャツに血でべったりな参事を大公開する羽目になる。その辺は内緒だ。



「で、でもね。やっぱり、携帯電話を買い替えている場合じゃないと思う……」

 いや、あの性悪邪神が(あきら)めていない今、出来るだけ早くアマテラス様との安全な会話のやり取りが出来る手段が欲しかった。脳内会話は、その間肉体が無防備になるので、下手な所では使えない。

 かといって、毎回顕現(けんげん)してもには、アマテラス様の力を使ってしまうから負担を掛けてしまう。

 今日を逃せば、力を取り戻した邪神フィースの攻撃を防ぎながら、再び来なければいけない。次は吉祥寺さんを守りきれるとは限らなかった。

 携帯電話は、今日、買ってしまいたい。



「せっかく吉祥寺さんとここまで来たんだ。携帯を買う所まで一緒にやりたいんだ!」

「そ、そうだね。……うん!」

 俺の抱えている危機的状況を察してくれたのか、吉祥寺さんも少し力を取り戻した返事を返してくれた。

 本当に、申し訳ない気持ちだった。

 やはりこんな危険に巻き込むべきではないのかも知れない。

 そう、まだ告白もされていないのならば、このまま俺から彼女を遠ざけるだけでいいじゃないか……。



「これで登録は完了いたしました。ありがとうございました」

 そう言って、諸々の手続きを終えた俺は、新しい携帯電話を手に入れた。

『頑丈なのください!』と言ったら、トルクというスマホをオススメされた。

 流石にトラックは受け止められないだろうが、繊細なスマホではすぐ壊すだろうなと言う心配は前から有ったので、この際、出来るだけ壊れにくいらしいものに買い替えた。

 今はまだ、爆風吹き荒れる海上油田基地からジャンプして海の中に脱出すると言うケースはないが、この先そんな危機に会わないとも限らない。

 …………現実的に考えれば、ガソリンスタンドの爆発から用水路に飛び込むぐらいはありそうで困る。

 不安だ。



「カッコいいスマホだね」

 もっとダサい程に頑丈そうなのが出て来るかと思っていたが、吉祥寺さんも()めてくれたので、ファッション的には問題ないようで安心する。

「ありがとう。丈夫なモノはガラケーじゃないと無理かなって思ってたんだ」

 ガラケーなら、耐久性は折り紙つきだが、やはり日課の【なろう】チェックが出来ないと言うか、困難なのは問題でもあった。

 ほんと、スマホって便利だよな。



 携帯ショップを出た後だった、

「翔くん。そこの公園で……、少し休んでいかない?」

 吉祥寺さんが提案してくる。

 俺も、流石に治癒に力を使って少し疲れていた。

 だが……、公園は出来れば避けたい。

 守るべき人が多過ぎる。



「どうせなら……、近くのカフェに行こう。俺がおごるよ」

「え! わ、悪いよ。私は公園でも大丈夫だよ?」

 頼む! 公園は止めてくれ!

「お願いだ! 俺に、おごらせてくれ!」

 真剣に、半ば必死に俺は吉祥寺さんにうったえた。

 彼女も、その思いが通じたのかは分からないが、最後は首を縦に振ってくれた。



 適当に飛び込んだ喫茶店は、大通りに面したチェーン店ではなく、路地裏に入った個人営業の小さいお店。

 ここなら、トラックが店の正面から突っ込んでくる心配もない。

 店の最奥に座れば、片道一車線の車道からの攻撃を心配する必要はないだろう。

 室内なら、頭上からの攻撃も大丈夫だ。

 即死系の毒物は、日本ではそう簡単に手に入らないので、あまり心配いらない。

 遅効性なら、死ぬ前に魔法で解毒できるしな。



「やっぱり、こういうお店が、一番落ち着ける……」

 ふぅ、と緊張を解いた。

 携帯ショップは大通りに面していたから、常に背後に気を付けなくてはいけなくて、精神的にかなり疲れたのだった。



「そっか。翔くんは、渋いお店が好きなんだね。なんか、かっこいいね」

 吉祥寺さんはそう言ってくれるが、やはり高校生の制服で入るには場違いだろう。

 すこし、気を遣わせてしまうのは申し訳なかった。

 シックな調度品と、暖色の照明が落ち着いた店内を照らしていた。

 コーヒーのおいしそうな匂いが充満していて、このお店で小説を読むのも良いかも知れないなと思う。



 コーヒーの名前とかはさっぱりなので、適当にメニューを指さして注文した。

 ついでに、吉祥寺さんと共に、お茶菓子……と言うのだろうか、小さいビスケット的なケーキもコーヒーと一緒に、今はテーブルの上に並んでいる。

「翔くんは、お砂糖いる?」

「いや、俺は大丈夫」

 緑茶とお菓子は苦いと甘いで楽しむもなら、コーヒーもきっと同じ楽しみ方なのだろう。……適当だが。



「あのね、翔くん……」

 コーヒーを飲み、一息ついた後だった。

 吉祥寺さんが、ひかえ目に聞いてくる。

「その、学校で、私を守るって言っていたけど……、えっと、どういう、意味なのかなって、思って」

 意味か……。

 そりゃ、邪神フィースの攻撃から守ると言う意味だが、はっきり言って、どうしていいのか、今の俺には少し分からなくなっていた。



「……その事とも関係があるんだけど、少し、悩みを聞いてもらっても、いいかな?」

 もちろん、全部そのままに言う事は出来ないけれど。

 言ったら、間違いなく頭のおかしい人だと思われる……。

「うん、聞くよ! 私でよければ!」

 ありがたい言葉だった。

 今まで、ほぼソロで戦っていた俺としては、なんか、久々に他人の好意を受け取った気分で、少し、目頭が熱くなってしまった。

「吉祥寺さんは……良い人だな」

「そ、そんな事ないよ!」

 照れたように両手を振る姿も、普通の女の子っぽくって、非日常が日常化してしまった俺の心に、温かく()みいる様だった。



 俺は(そで)で涙を(ぬぐ)うと、少し内容を変えて話し始める。

「実は俺、ある人からスカウトされているんだ。今、戦争で困っている国があるらしくて、そこで、人々を助ける為に働いてくれないかって」

 まだ、最初の入り口しか話していないのに、いきなり吉祥寺さんの顔色が青ざめて行った。



「しょ、翔くん! だ、ダメだよ! きっと、その人、危険な人だよ!」

「あぁ……、確かに危険な人だった」

 魂を寄こせと迫ってくる、即死系の邪神だしな。

 いや、それって死神じゃないか?

「そうだよね! もしかして、死んで敵を倒して来いとか言っていなかった?」

「よ、よく分かるな……。その通りだよ!」

 吉祥寺さんは、なにか特殊能力でもあるのだろうか。

 たった一つの俺の言葉から、十を見通すが(ごと)くだ。



「翔くん……、何か(つら)い事あったんだね」

「わ、分かるか! 本当に、俺はこの三ヶ月間が(つら)かったんだ!」

 今まで、親にも誰にも言えなかったこの辛さを、まさか同級生の女の子に理解してもらえるとは思わなかった! こんな嬉しい事はない!

「でもね、(つら)くても自棄(やけ)になっちゃダメだよ! 私も、一緒に考えるから!」

「そ、そうだよな。ほんと言うとな、もう(あきら)めようかと思ってたんだよ」



 俺が勇者を拒み続ければ、邪神フィースはいつまでもトラック攻撃を仕掛けてくるだろう。その度に、周りの人に被害を与えているのが、まして死人まで出てしまったら、俺は、自分のわがままで他の人を犠牲にしてしまっている。そういう事に、ならないだろうか。

「俺が、俺一人の命で、他の人が助かるなら……、その人のスカウトに応じても良いのかと考えていたんだ」

「っ! そ、それは違うよ! 翔くんが死んで、それで誰かが幸せになるなんて、間違っている!」

「き、吉祥寺さん……」

 ダメだった。そこまで真摯(しんし)に答えてくれた言葉に、俺は思わず涙を流していた。



「泣かないで。私に……、出来る事は少ないかも知れないけれど、何でも話して良いから!」

 そう言って、テーブルに置いてあった俺の手を、吉祥寺さんが両手で握りしめてくれていた。

 本当に、嬉しかった……。



「で、でも、俺が行かなければ、あっちで、大勢の人が死んでしまうかもしれない……」

 それだけが、ずっと(とげ)の様に心に刺さっていた。

「そうだとしても、それを翔くん一人に背負わせるのは、やっぱりおかしいよ。これじゃ、まるで翔くんが生贄(いけにえ)にされているみたいじゃない……」

「生贄か……。確かに、神様にくれてやるにはピッタリなのかも知れない」

 ぽつりと、ネタバレ的な事をつぶやいたら、俺の手を握る吉祥寺さんが必死に力を込めて来ていた。



「翔くんが思うようにね、きっと、今この時も多くの人が世界中で命を落としているのかも知れない。うんん、間違いなく命が失われている……のよね?」

「あぁ……。それが、ずっと苦しかった。俺には、救える力があるかもしれないのに、見捨ててしまっている様で」

 けど、いきなり世界を救ってくれだの、ましてやこっちでは死んで転生してくれなんて、俺にはどうしても、割り切れるモノじゃなかった。



「翔くん……」

 吉祥寺さんも、困ったような顔をしていた。

 こんな事、ただの高校生である俺達が手におえる事態ではない。

「あのね、聞いてほしいの」

「あ、あぁ……」

 キッと表情を引き締めた吉祥寺さんが、少し顔を近づけてくる。



「私は、翔くんを助けるって決めたの。だから、もし、翔くんがいくなら私も行く」

 !?

「そ、それは絶対にダメだ!」

「ごめんね。私、卑怯(ひきょう)な事言ってるよね……。でも、翔くんは自分ひとりの問題と思っているかも知れないけれど、それは違うよ」

「ど、どういう事なんだ?」

 邪神フィースの狙いは……俺だけのはずなんじゃ。



「こ、こいび………………」

「何だって?」

「友達! そう、友達って互いに助けあうモノでしょ!」

 何やら、焦った様子で吉祥寺さんがわたわたと言葉を続けてくる。

「だからね、その友達がどこかで戦い……いいえ、戦争をすれば、私たちは助けなきゃいけないし、逆に、相手は私たちも敵だと思って襲ってくると思うわ」

「そ、それはっ……!?」



 確かにそうだ。

 その可能性は今まで考えていなかった。

 この世界から俺が勇者として行けば、向こうの世界の、邪神フィースをも上回る力を持っている敵が、この世界に報復(ほうふく)してこないとも限らない。

 だからと言って、あちらの人々を見捨てるのも非道な話だ。

 だが、こちらの世界の人々を巻き込むのも論外になる。



「俺一人行けばいいと思っていたけど……。吉祥寺さんの言うとおり、これは俺一人で決めていい事じゃないんだな…………」

「そ、そうだよ! だからね、自爆テロとかやっちゃだめだよ!」

「え?」

「えっ!?」

 ……………………。



「ち、違う! 俺はそんな事考えていないよ!?」

「え、っと……。でも、戦争とか外国とか、死ぬとか、神様に命をささげるとか…………」

 た、確かに!?

 今までの話を聞けば、まるで、俺が武装テロリストにスカウトされて、中東で自爆攻撃でもしてくるみたいな話だったな! しかも、宗教的なナニカに目覚めて、殉教者(じゅんきょうしゃ)にでもなりそうだ!

 完璧すぎて、否定する(すき)がない!?



「ご、ごめん。こんな勘違いさせる言い方してしまって!」

「本当に……勘違い?」

 吉祥寺さんは目を細めて、じっくりと俺の表情を観察してこようとしていた。

 全力で疑われている!

 ゲーム、いや、アニメの話だと誤魔化すか? む、無理だ。苦しすぎる!

 どうする、何か良いアイディアは!?



 そうだ!

「ごめん。変な例え話をするべきじゃなかった」

「……例え話?」

「そうなんだ! 本当は他の高校に行った友達がなんか暴走族に入ってしまったらしくて、けどそこはあまり強くないから対立している暴走族に負けているそうなんだ。それで助っ人を頼まれたんだ!」

 なんだその、バッド・ボーイズ的な展開!

 暴走族どころか、学校を牛耳る不良グループとも接点なんて、俺は見た事もない!



「そ、そっか。……そう言う事だったのね。よかった」

「あぁ、不安にさせてごめん。で、でな、その友達を助けるべきかどうしたら良いのか悩んでいたんだ」

 ど、どうだ!

 10秒で考えた、俺の完璧な虚偽(ストーリー)は!



「そういう事なら、簡単よ!」

「おお! どうしたら良いと思う?」

「喧嘩が始まる時間と場所を聞いて、その時間になったら警察に通報しましょう!」

 なるほど! すごく普通で確実な方法だな!

「友達だって、いつまでも暴走族に入ってたら、きっと良い事ないわ! だから、暴走族なんて、両方壊滅させてあげるのが良いと思うの!」

 言葉は優しいけど、発想が過激派だね吉祥寺さん!



「分かった! そうしてみるよ!」

 よし、これで誤解も解けた上に、吉祥寺さんを(けむ)に巻く事が出来た!

「うん! もし、困った事があれば、いつでも相談してね」

「ありがとう、吉祥寺さん。俺も、これで少し気持ちが楽になったよ」

 これは本当だ。

 少なくとも、俺一人が自分の判断で異世界の事情に介入(かいにゅう)するのは、いろいろ危険だろう。その辺、アマテラス様にきちんと話を聞いておいた方がいいのかもしれない。



「と、所で……その」

 先ほどまでハキハキしていた吉祥寺さんが、突然顔をふせて、非常に言いにくそうにしていた。

「す、スマートフォンなんだけどね……」

「あぁ、そうか。そう言えば、携帯電話の番号も交換していなかったよな」

「えっ!? あ、うん。いや……、め、メール! 私が送ったメールを……見た欲しい、な?」

 あ、いま()んだ。

 ちょっとカワイイ。



 そう言えば、今日学校でやたら悠美(ゆみ)ちゃんさんに(から)まれたっけな。

「そうだった。すぐに確認できなくてごめん」

 慣れない新品のスマートフォンを操作して、昨日届いていたメールを見ていくと、送信者【吉祥寺 彩羽(いろは)】の名前が出てきた。

 あれ? そう言えば、なんでメアド知っているのだっけ?



 本文

『今日は沢山お話できて、とても楽しかったです。まさか、急に抱きしめて来るなんて、ちょっと驚きました。けれど、勇気を出して声を掛けた事を、今はとても良かったと思っています。

 最初に翔くんを見かけたのは、高校の入試会場でした。一目で気になってしまい、実はあのと近くの中学校を全て虱潰(しらみつぶ)しに探しましたが、見つけられずにすごく(あせ)ったのを覚えています。市内23校全てを、二か月かけて調べたんですよ? ふふふ。

 でも、こうして再び会えて、本当に良かった。

 入学式で翔くんを見つけた時は、幸せで、ほんとうに幸せでその場に倒れてしまうかと思いました。実は、その日の内に翔くんに話しかけようと、翔くんの家の中まで行ったのですが、勇気が出せずに、スマホからメールアドレスだけ貰って帰りました。

 なかなか話しかけられず、けど、私の中で翔くんの存在はどんどん大きくなるばかりで、本当に苦しかったのです。体育の授業の時に、教室に置きっぱなしだったシャツを新品とすり替えたりして、ずっと我慢してきました。

 翔くんの事がもっと知りたくて、翔くんがなろうでお気に入り登録している小説も、全部読みました。家にトラックが三回もぶつかったりして、大変でしたね。良く、家に帰らず一人でスマホから小説を読んでいる姿はとてもステキでした。

 そして……』



「三ヶ月間……多くの人を助ける姿は、まるで物語の勇者様みたいだったよ」

 本文を目で追っている俺の耳に、まるで、読み進める速度まで把握(はあく)されているように、吉祥寺さんが言葉を発する。

 俺は、得体のしれない悪寒に、視線を上げる事が出来なくなっていた。

 そして、本文の最後が締めくくられている。



『私は、翔くんと出会う為に生まれてきたのです。

 好きです。大好きです。異世界を敵に回してでも、私は、翔くんを愛しています。

 絶対に、邪神になんかには殺させません。

 逆に、私が神殺しをやってあげます。

 私が、翔くんを守り抜きます。

 だから、付き合ってください。 永遠に…………』



「うわあぁぁぁ!!」

 思わず、俺はスマートフォンをテーブルの上に投げ落としてしまっていた。

「ご、ごめんなさい。私、メールになると、どうしてもいつも気持ちが舞いあがてしまって、あはは。恥ずかしいなぁ」

 俺は、まるで自分の精神が侵食され、溶かされて行くような恐怖を感じていた。

 顔を赤らめてもじもじしている吉祥寺さんが、今はもう、普通の女の子には見えなくなる。



「翔くん。お願いがあるのだけど」

 気が付けば、彼女がピンク色の自動拳銃(S&W 4013)を俺に向けていた。

 ――死んでほしいの。

 余りの事に音を失った俺は、彼女の口だけが動いて見えた。



 拳銃弾は一度も受け止めた事がない。

 トラックの時とは違い、魔力障壁を必死に、何重にも正面に局所展開しようとしたが、慣れない操作に、遅すぎる展開速度に俺は戦慄(せんりつ)する。

「やめろぉ!」

 即座に振るった俺の手が、彼女の手から拳銃を弾き飛ばしていた。



「……はぁ、はぁ」

 荒い自分の呼吸。

 目の前で、彼女が目を見開いて固まっていた。

「どう、してっ」

 そして、その両目から涙を今度こそ(あふ)れさせてゆく。



 急に立ち上がった彼女が、急いで床の方へ手を伸ばし始める。

 拳銃を拾う積りだと思った俺は、椅子を蹴立てて飛びかかろうとした。

「なっ!?」

 しかし、床に転がっていたモノは拳銃ではなく、ピンク色のスマートフォンだった。赤外線通信の待機画面が表示されている。



 携帯電話を拾い上げた吉祥寺さんが、胸元に携帯を抱えて俺の方に向き直る。

 どうしてこんな事をするのかと、その瞳が訴えていた。

「……っ、ぁ!」

 何かを言おうとしたが、俺は言葉を発せず、伸ばした手は彼女によけられてしまった。

 泣きながらお店を出て行った彼女を、俺には追う事が出来なかった。



 一体、何があったのか……。

 俺はもう一度テーブルの上を見た。

 そこに転がっている新しい携帯の液晶には、短い本文しか表示されていない。



『いつも人を助ける為に頑張っている、天宮翔くん。

 とても格好良かったです。

 私と……、付き合ってください。』



 それは、多分、とても普通の女の子の告白文だった。

 先ほど見た、狂気じみた内容はどこにもなかった。

「なんて、事だ……」

 俺は携帯を手に取り、何度も吉祥寺さんからのメールを確認した。

 そうだった、メールを見て欲しいと、顔を赤らめてもじもじしている姿は、普通の恋する乙女だ。

 あの時の、長文メールの内容とあまりに違う事に、やっと俺の思考が追い付いた。



「そ、そうか。これは、邪神が改変したんだな……」

『翔くん? どうしたの?』

 はっとして、俺は吉祥寺さんが座っていた席を見た。

 しかし、そこにはもう、誰も居ない。



 どこからか、邪神フィースの笑い声が聞こえた気がした。

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